第65話 事件
中間テストも無事に終わった。
しかもうちのクラスの平均点が、他より全教科20点以上高いという。
俺も過去最高得点だった。
あっはい、確実に美冬の仕業です。
中西君たち脳筋組が、血涙を流しながら勉強に取り組んでいたのも大きかっただろう。
ていうか、あれは正直怖かった。
君たち夏実ちゃんに、一体何を求めてるの?!
とにかく、中西君の留年問題も解決した。
不思議な事に、宇佐美さんの足やスパイクも治ったという。
懸念していた憂いも無くなった。
というわけで、俺は思う存分ゲームに没頭していたのだ。
開放感からのゲーム没頭、堪んないね!
「よし、ビンゴ! レアモブ沸いてた!」
『これで6連続! オータム君すごい読みだね~(°◇°;) 』
「なんていうか歪み的なものを感じて……いや、ゲームなのに何言ってんだ俺? 忘れてくれ」
『ああ、わかるよ、中二病が疼いたんだね( ´艸`)』
「ちょ、綿毛らいおんさん! くっ、攻撃しかけるぞ!」
『(≧∇≦)b OK!』
確かに自分で言ってて歪みって何だ? と思った。
なんとなく画面上を見ていて、普段現れないものがポップしそうな気がしたのだ。
最近そういった不自然なところを、何となく感じることが多くなっている。
特に福祉を飲むとその感覚が研ぎ澄まされるような気が――
『やぁ、こんばんわ』
「ばんわー季節龍さん」
『やっほー、今日は遅かったんだねー(^-^*)/』
そんなロクでもない考えに嵌まりこもうとした時、季節龍さんがやってきた。
『オータム君、キミも宍戸近辺に住んでいたよね? 大丈夫だったかい?』
「へ? 大丈夫って何が?」
『今日は昼からずっとレアモブ狩ってたよねヾ(*´▽`)ノミ☆ 』
『そうか……なら通り魔事件には巻き込まれていないんだね』
「『通り魔事件ッ?!∑(゜□゜;)』」
え、なにその物騒な事件?
手元のスマホでニュースサイトを開いてみる。
――宍戸駅前の繁華街裏手で暴行事件、犯人は10代後半~50代くらいと思しき男性、被害者は宍戸学園の男子生徒――
犯人についてわかってることはほぼ無し……で、うちの学校の生徒が被害者だって?!
そういや夕方、小春が外に出て行ったような……大丈夫か?
『なんでも、"獣"をよこせとか言って襲――』
「ごめ、ちょっと落ちる」
『また妹さんかな? お疲れ~(@^^)/~~』
『……お疲れ、オータム君』
なんだか季節龍さんの態度が気になったが……それより小春だ。
駅前からうちは随分と離れているし、問題ないとは思う。
だけど小春は妹で女の子だ。
どうしても心配してしまう。
慌てて自室を飛び出した。
階下に降りようと小春の部屋の前を通りかかったら、奇妙な音が聞こえてきた。
スパァァンッ!
シュパァアンッ!
何かの風きり音だ。
かなりの高速で何かが振るわれているらしい。
一体何が……?
それだけじゃなく、『ふぅうぅ、はぁはぁ』と悩ましげな、ともすれば色っぽい喘ぎ声のような声が聞こえてきた。
……まさか?
悪漢にでも捕まり脅され、部屋に連れ込まれ淫らな事を強要されているんじゃ――
「小春っ、無事か?!」
「お、お兄ちゃん?!」
「ご、ごめん!」
バァン! と慌てて勢いよく扉を開くも、そこにいたのはランニングシャツにポニーテール姿の小春だけだった。
汗が張り付いた薄手のシャツは、兄から見ても見事なプロポーションを存分に引き立てている。
普段見なれない、髪をアップにしたポニーテールから覗く上気したうなじが艶めかしい。
思わずドキリとしてしまい、ゴメンなんていう言葉が飛び出してしまった。
「ど、どうしたの? わたしの部屋に来るなんて初めてじゃ」
「ああ、それは……」
確かに、妹とはいえ年頃の女の子の部屋にノックもなしに入るのはデリカシーがなかったな。
ほら、小春も「もしかして」「心の準備が」とか恥ずかしそうに言ってるし。
「ごめん、でも夕方に家を出ただろう? この近くで通り魔事件があったって聞いてさ」
「え?! 通り魔事件?! もしかして心配してここに?」
「そ、そりゃあな」
「そ、そっか! お兄ちゃんが……うふふ……」
「ところで何をしてたんだ?」
何かを振り回すかの様な風切り音が聞こえたが、特に何も道具が無い。
小春と言えば、ランニングに出かけたような恰好のままで手ぶらだ。
「えっとね、その……ボクササイズ」
「ボクササイズ?」
恥ずかしそうに小春が告げる。
はて、ボクササイズ?
たしかボクシングの要素を取り入れたエクササイズだっけ?
「その、こないだちょっとお肉がその……だからなの!」
「あ、あぁ……」
「それにね、わたしもちょっと強くなりたいなぁって思って」
そう言って、小春はシュッと拳を繰り出した。
ごめん、シュッ! じゃなかった
スパァアァンッという風切り音が響いた。
……
あれ、そのジャブ音速超えてない?
「う~ん、お兄ちゃんのおかげでソニックブームは出せるようになったんだけど、わんこに教えてもらった遠当てが上手くいかないんだよね」
「遠当て?」
「気を乗せてね、遠くの敵を倒す技なの」
「へ、へぇ……」
なにそれ人間技かな?
ていうか夏実ちゃん習得してるの?!
あと俺のおかげってどういうこと?!
「お兄ちゃん、わたし頑張るから!」
「お、おぅ、ほどほどにな」
……
なんだろう、部屋に入る前とは別の意味で不安になってきた……
◇ ◇ ◇ ◇
『――宍戸駅近くの繁華街で暴行事件があり、犯人は逃走中。被害者の男子高校生は全身を強く打撲し、全治2週間の怪我を負いました。最近、アスリートたちがいわゆる脱法ドラッグともいえるモノを摂取して問題になっている件と合わせて捜査が――』
テレビでそんな朝のニュースを見ながら、パンを齧ってコーヒーで流し込む。
昨日ネトゲで季節龍さんに教えてもらった通り魔事件だが、こうしてニュースで見ると結構大きな事件の様に思える。
一体誰が……犯人が良くわかっていないというだけに不安な気持ちが沸き起こる。
「……? どうしたのお兄ちゃん?」
「ん、あぁ……早く食べろよ、遅れるぞ」
「それって……ッ!? お兄ちゃんから初めて一緒に行こうって……ッ?! はぐ、んぐ、ぐぐっ!!」
「お、おい、がっつくなよ小春!」
「ら、らってぇ~」
そりゃあ、流石に何かあったら怖いしな。
これでも妹だし。
うん、だから腕の関節が極まり過ぎてるからちょっと手加減してな?
ちゃんと離れないから。
今日くらい手は繋ぐから。
あとその顔人様に見せられないほどだらしないから。
ほら、美冬が驚いて赤くなって変な事呟いてるだろう?
「それで、今朝のはるちゃんあんなだったんだ」
「そーゆーこと」
「あたしてっきりはるちゃんと……」
「ん?」
「な、なんでもないよ!」
教室についてやっと小春から解放された俺は、机の上でへたっていた。
ちなみに美冬は道中ずっと『倫理の壁が』とか『ついにあきくんが一皮むけた』とか『計画第二段階へ』等とよくわからないことを呟いていた。
多分それ、深く考えてはいけないやつだ。
ちなみに夏実ちゃんは一緒じゃなかった。
うちの朝練に、鎌瀬高の人達が参加したいと言ってきたらしい。
なにやら『序列』だとか『群れの秩序』だとか『崇拝』等とよくわからない単語を言っていたらしい。
うん、これも深く考えてはいけないやつだ。
「そっかー。それならあきくん、これ見てよ」
「宍戸ライブウォーカー?」
「来月発売号なんだけどね、この子見て! どう思う?」
「どうして来月号を美冬が持ってんだ? どれどれ……」
美冬が指さしたのは、とあるモデルの子。
セミロングのストレートの黒髪で、すらりとした感じで如何にもお嬢様然した女の子だ。
ちょっとだけ龍元先輩に雰囲気似てるかな。
好みと言えばそうかもしれ――
「この子ね、清純そうな顔して男を骨抜きにしては別れてばっかなんだって」
「お、おぅ」
「周囲の撮影班が知ってるだけでも12人の男を食っては貢がせて、全員自己破産させてるんだって。ここまでくると身を崩させるプロだよね!」
「あの、美冬?」
どうしてそんな事を知って?
ていうか、どうしてそんな生き生きとしてるの?
「ねぇ、あきくんどうかな? どう思う?!」
「ど、どうかと思う」
それ以外どう言えと。
「ともちゃんはどう思う?」
「ふぇ?! わ、わたし?!」
その矛先は、登校してきたばっかの宇佐美さんにも向けられた。
どう答えていいか分からない質問に彼女もオロオロとするばかりだ。
俺は心の中でゴメンと合掌する。
「わ、私は可愛くても普通の性格の子の方が……だ、だよね、お父さん!」
「「お父さん?」」
「ち、ちがった大橋さん……あうぅ……」
幼稚園児や小学生が先生の事をお母さんと呼んでしまうあれかな?
突然の事に、宇佐美さんはそれくらい動揺したらしい。
うんうん、そんな間違え、恥ずかしいよね。
「お父さん……パパ活……援助!」
「美冬?」
「ほらほら、あきくんとともちゃん! 多目的教室なら今はだれもいないハズだから!」
いきなり何か天啓を得たとばかりの美冬が立ち上がる。
「お、おいちょっと押すなよ」
「み、美冬ちゃん?!」
「うふふふふ」
そして宇佐美さんと2人、有無を言わさず多目的教室へと押しやられた。
「あきくん、はいこれ。ごゆっくり~」
「お、おい美冬? てかこの封筒……現金3万円?! これをどうしろと?!」
美冬は謎の現金と、頑張れよと言いたげな良い笑顔を残して去っていった。
本当、なんだこれ?
俺と宇佐美さんは、どうしたものかと互いに顔を見合わせる。
最近美冬の行動がよくわからないんだよな……
「あ、あの!」
「うん?」
そんな事を考えていると、宇佐美さんはこれはいいチャンスだとばかりの表情が話しかけてきた。
「この間、柔道部がとても敵わない強豪校と練習試合をしたと聞きました!」
「どうしてそれを?」
「そんな! やっぱり……」
違うよね? と言いたげに尋ねた彼女の顔は、一気に絶望へと彩られる。
はて、これは一体……?
「きっと、参加した人は下手すれば再起不能なほどボロボロにされたと思うんです!」
「へ?」
「それこそ仕組まれたことで、罠なんです! 信じてください!」
「ちょ、ちょっと宇佐美さん?! 落ち着いて?!」
「落ち着いていられません! 昨日の通り魔事件知っていますか?! あの被害者は同じ陸上部なんです!」
「え?! ちょっと待って、どういうこと?!」
どういうことだ?
あの通り魔事件と、対外試合に何か関係があるというのか?
「嵯峨先生に奇妙な薬を渡されるかもしれません、だけど絶対に飲んでは――」
「大丈夫、落ち着いて。そしてもっと詳しく教えて?」
もし関係があるとすれば、俺だけじゃなく、夏実ちゃんや獅子先輩、中西君達にも被害が及ぶかもしれない。
それに、普段一緒の小春や美冬達も……
俺は宇佐美さんの肩を掴み、落ち着いてと思いを込めて、出来るだけ優しい笑みを浮かべてその目を見つめる。
「対外試合はあったけど、特に誰も怪我なんかしてないよ。大丈夫、そこは心配しないで?」
「うそ?! だって相手は薬を飲んだインターハイ常連の鎌瀬高だって!」
「誰も怪我してないから。ほら、俺だってどこにも怪我していないだろう?」
「あっ……ほんとだ。やっぱり大橋さんすごい……」
うんうん、またお父さんって言ってしまう程、動揺してたんだな。
「ほらお父さん、ちゃんと話を聞くから。だからゆっくり教えてくれるかな?」
「えっとね、智子ね、実はね」
「…………」
「…………」
「……宇佐美さん?」
「ちっ……違うから! ただの言い間違えだから! あうぅうぅ、きゅぅ……」
「う、宇佐美さん?! 美冬?! ちょっと美冬?! 宇佐美さん気絶したんだけど?!」
正気に戻ったら戻ったで、宇佐美さんは羞恥からか気絶してしまった。
って!
おーい、起きてよ! このままじゃその、俺の立場と言うか絵面が悪い!
しかし、嵯峨先生と薬か……なんだろう、嫌な予感がする。
いつも応援ありがとうございます。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロング×ゼロ!!
って感じていただけたら、励みになりますのでブクマや評価、感想で応援お願いします。
今夜のお供はドライ・ザ・シャープでっ!











