第64話 ハッコウの美少女 ☆大橋小春視点
今回は素直で可愛い妹、大橋小春視点です。
「お邪魔しま~す……」
部屋の主は対外試合で留守なのはわかってる。
でも一応、礼儀としてね?
親しき仲にも礼儀ありなのだ。
ばすん、と勢いよくお兄ちゃんのベッドに倒れこむ。
「すぅ――――んふう~~っ」
布団に顔を埋めたまま大きく香りを吸い込み、そのままゴロゴロどたん、ばたばたばた。人間春巻きの出来上がり。
「うへへへへ」
兄香に存分に包まれ、だらしない顔をしているのがわかる。
鼻腔一杯に兄香が広がり、まるでお兄ちゃんに抱きしめられているかの様だ。
不足しがちなお兄ちゃん成分を補給しに来たにも拘わらず、わたしの方が食べ物にされて食べられているのではと、錯覚すらしていた。
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……
頭がくらくらしてボーっとするし(※酸素不足です)、身体がどんどん熱を帯びて熱くなってくる(※初夏も近いのに羽毛布団に包まっているからです)。はぁ……ここは天国……(※逝ってはいけません)
わたしをこんなにして、どういうつもりなのかな?
無自覚なところが、我が兄ながら恐ろしい(※何もしていません)。
それに、わたしはいつも助けられてばかりだ。
自分の性格がツンとしてて社交的じゃない自覚もあるし、今まで友人と呼べる人はいなかった。
素直になれずキツイ言葉を投げかけていた時期も、拒絶せず見守ってくれていた。
それが今や、咲良ちゃんという友人が出来たのもお兄ちゃんのおかげだ。
最近では話しかけてくれる人も増えてきている。
何かしてあげたい――
そう思うのは自然な事だった。
紳士コレクションから、姉モノとかお姉さん系が好きなのを知っている。
だからちょっと背伸びしてお姉さん系の格好を意識しているけど、あまり反応がよくない。
わたしが年下で妹という意識が刷り込まれているからなのかな?
だから発想を変えてみた。
お兄ちゃんをお姉ちゃんにすれば良いと。
まずは意識改革からだ。
美容に興味を持ってもらうために、スキンケア用品をプレゼントした。
そして次はこれ。
『男のコお姉ちゃん』
『かおる君兄×姉リバーシブル』
『比芽君のヒメゴト~幼馴染のお兄さんはお姉さんにもなりました~』
一見百合にも見える、男の娘×女の子モノの紳士漫画。
お父さんの名義を使って、ネット通販で購入したものだ。
内容はわたしの折り紙付き。
つい面白くてドキドキして、自分の分も買ってしまった。
大丈夫、わたしはこれでもイケる。
具体的にご飯3杯はいけた。
ダイエットにちょっと泣いた。
それらを、いつもお兄ちゃんが保管してある場所へと忍ばせた。
これできっと――
『こんなこと、秋斗君は望んでいるのか?!』
ふいに、先日の保健室での出来事を思い出した。
そう言った彼女は龍元結季。
この地のお殿様の血を引くお嬢様だ。
スラリとしたモデルのようなスタイルに、人形と見紛うばかりの端正な顔。
そして見るだけでそのサラサラさが伝わってくる手入れの行き届いた長い髪。
キリリと頼りがいもありそうな、理想のお姉さんといった感じの女だ。
私も、彼女の様に生まれていれば……
それは嫉妬だった。
焦燥感もあったと思う。
随分と幼稚な事をしたかもしれない。
『あなたにお兄ちゃんの何がわかるっていうの!?』
そんな言葉と共に、頬を引っ叩いていた。
自分でもその行動にビックリだった。
だけど、とにかく気に入らなかったのだ。
なんだか分かった様にお兄ちゃんの事を言う彼女を。
そのくせ、自分をどこか偽っている風な彼女を。
きっとこれは同族嫌悪だ。
素直じゃない女に――
……
◇ ◇ ◇ ◇
「うぅぅうぅ~」
「どうしたの、小春ちゃん?」
翌日、私は教室で唸っていた。
昨日は失敗だった。
あの後、見事に寝こけてしまったのだ。
枕の中身を取り替えたり、いつも使っているシャーペンの中身を取り替えたり、こっそり下着にわたしの名前を書いたりとか色々やりたいことがあったのに……
それもこれも、妹幸せ粒子を発生させているお兄ちゃんが悪い。ばか。でもすき……
「咲良ちゃん~、ちょっと失敗しちゃったの~」
「失敗? 小春ちゃんでも失敗することあるんだ?」
「むしろ失敗ばかりしてるよぉ」
「ほへぇ、どれか赤点取っちゃったの?」
「赤点?」
よくよく周囲を見てみれば、私と同じように唸っている人も多い。
そういえば、今朝中間テストの張り出しとかあったんだっけ?
ちなみに赤点は無かった。
……いくつか危ういのあったけど。
「げ、英語赤点」
「はは、追試頑張れよ」
「数学はオレの勝ち、これで3勝」
「へ、平均点は超えたし!」
「それより聞いた? 2年のあのクラス」
「全科目、他のクラスより平均点20点も高かったって」
「しかも一人も赤点取った人いなかったとか」
「うそ?!」
クラスでは自分たちの点数に悲喜こもごもの反応だ。
そんな中、他学年のとあるクラスが話題に上がっていた。
なんでもそのクラス全員が軒並み高得点を叩き出し、大幅に平均点を引き上げたらしい。
あまりに突出した急激な成績の上昇っぷりで、うちの学年でも噂になっていたのだ。
それは純粋に凄い事だと思う。
「あのクラスって、お兄さんのとこだよね?」
「そうよ」
「何か特別な勉強法とかしたのかな?」
「なんでも、皆で授業に集中しただけとか」
「ほへぇ~!」
何を隠そう、とあるクラスとはお兄ちゃんのクラスの事だ。
まるで自分の事の様に誇らしい。
思わずにやにやとしてしまう。
きっと、お兄ちゃんのおかげなんだろう。
お兄ちゃんは変革を促す者なのだ。
わたしの世界を変えてしまったように、皆の世界も変えてしまったに違いない。
もしかしたら、わたしを妹からタダの女へと変えてしまう日も――
「東野さんはいるかい?」
「はーい、ここ――えぇえぇぇっ?!」
予想外の訪問者に、咲良ちゃんは悲鳴に近い声を上げた。
「あれって龍元結季先輩……? うそ、本物?!」
「うわぁ、顔ちっさい! 髪つやつや! 美人~!」
「山の方の豪邸に住んでるんでしょ?!」
「東野さん知り合いだったの?!」
「あれ、でも何か儚げというか雰囲気が違う……?」
それは咲良ちゃんだけじゃなく、クラスの皆にとっても予想外だったのか、驚きに戸惑っている様子だ。
龍元結季はどうしていいかわからずあたふたする咲良ちゃんを見据え、憂いを帯びた表情でゆっくりとこちらに向かってくる。
……
なんだろう、以前と纏う空気が違う。
上手くいえないけど、何かが確実に変わった。
「東野咲良さん、だね?」
「は、ははははひっ!」
「少し時間いいかな? 話したい事があるんだ」
「え、えぇぇえぇぇ、私とですか?!」
龍元結季は咲良ちゃんの手を取り、何かを堪えるような儚げな笑みを浮かべる。
それは弱々しくも美しく、今にも散ってしまいそうな花を連想させた。
「綺麗……」
「あたし、ドキドキしてきちゃった……」
「なんか年上だけど守ってあげたくなっちゃうっていうか……」
「はぅぅ、言葉が出ない……」
一言で言えば可憐な乙女だった。
しおらしく守ってあげたくなる美少女だ。
同じ女としても見惚れてしまった。
事実、微笑を1つ見せただけでクラスの皆を魅了し、空気を変えてしまっている。
だが、以前の精悍できりりと締まった雰囲気とは違い、どうしても戸惑いを感じてしまう。
一体彼女に何が起こったっていうの?
わからない……
わからないけれど、お兄ちゃんが何か関係しているという直感じみたものがあった。
「ここじゃ恥ずかしいので別の場所でいいかい?」
「え、えぇ、いいですけど……一体何を?」
「お、乙女の為の本の、その……」
「え? あ! あ~~~っ!!」
「続きとか、何ていうか」
「ふっふ~ん、いいのありますよ~!」
何か2人の間で通じ合うものがあったらしい。
だけど、2人を結びつける要素がわからない。
きゃいきゃい興奮気味の咲良ちゃんに、はにかむ龍元結季。
意気投合し、仲良さそうにどこかへ――
「咲良ちゃん!」
「小春ちゃん?」
それは焦燥感からの叫びだった。
自分でも馬鹿げていると思う。
だけど、友達を取られてしまうと思ってしまった。
「ちょっと龍元先輩と行ってくるね!」
「いや、その、でも」
「んふふ~、大丈夫! 先輩はむしろ同志かも?!」
「……」
声を掛けたはいいけれど、何を言っていいかわからなかった。
何て言えばよかった?
行かないで?
そんなことを言える権利なんてあるわけない。
ああ、もう、わたしどうしたんだ?!
「……くすっ」
そんなわたしを見て、龍元結季は陽炎の様に曖昧で儚げな笑みを零す。
今の線が細く華奢な雰囲気の彼女に良く似合う笑みだ。
だけど、どこか芯の強さを感じさせる不思議な瞳をしていた。
『お前には負けない』
まるでそんな事を言わんばかりの目だった。
何か1つの迷いを振り切った、意志の強さが垣間見える目だ。
弱々しく見えるのは見せ掛け。
下級生の教室の手前、そう演出しているだけかもしれない。
なによりあれは、自分の進むべき道を見つけた武士の目だった。
それが咲良ちゃんとどう関わりがあるのかわからないけど……
「じゃあ先輩、漫研の部室にいきましょう!」
「え、えぇ。でもいいのかい?」
「もちろんです! あそこには他にも乙女向けのが色々あ――」
「早く行きましょう! さぁ!」
楽しげに去っていく強敵の背を見送る。
そう、強敵だ。
お兄ちゃんの好みドンピシャそうな、そう――
言うなれば、はっこうの美少女。
「負けたくない……」
知らず、そんな事を呟いていた。
言い様の無い感情を持て余し、スマホで『除毛クリーム』『メンズブラ』『タイ行き』と検索する。
お兄ちゃん……
そんな事を調べた所で胸の中のもやもやが晴れるわけでなく、ただジッとしていられなくて廊下を彷徨っていた。
「宇佐美先輩にはわからないんです!」
「あ、待って! その薬は――」
ふらふらといつの間にか来ていた非常階段の方から、飛び出してくる女の子がいた。
すわ大変と、その子を追いかけ出てくる女子には見覚えがあった。
「あ……あなたは大橋さんの妹さん……」
「ど、どうも……えっと確か、宇佐美先輩でしたよね?」
ふゅーちゃんの友達、あの保健室でお兄ちゃんが足を治した宇佐美智子先輩だ。
その顔は、亡き父のスパイクをボロボロにされていた時のように、影を落としていた。
気持ちが歪んだ空気を醸し出している。
一体何があったのだろう?
いまのわたしは龍元結季と咲良ちゃんの事で手いっぱいだ。
自分に出来ることなんてたかが知れている。
だけど、ふとお兄ちゃんの顔が思い浮かんでしまった。
私の憧れの、大好きなお兄ちゃん。
こんな時ならきっと――
「宇佐美先輩、何があったか話してくれませんか?」
「え、でも……」
「お兄ちゃんならこんな時、絶対見過ごさないと思うんです」
「お父さ……大橋さんなら……」
……
ん? お父さん?
いつも応援ありがとうございます。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングとゼロ?!
って感じていただけたら、励みになりますのでブクマや評価、感想で応援お願いします。
今夜のお供はビターアップルでっ!











