第63話 対外シ合④ ☆当宇麻俊視点
今回は鎌瀬高柔道部と一緒に宍学柔道を潰しに来た、レスリングの有力選手当宇麻俊視点です。
オレは当宇麻俊。
幼い頃から体格に恵まれ、小学生の頃から主要なレスリングの大会で好成績を収めてきた。
今や全国有数の選手に数えられ、国体の強化選手になっている。
だが人生というのはどうして、儘ならないものだ。
「今日はこれくらいにしておこう」
「コーチ、オレはまだまだ出来ます!」
「前の大会は残念だったが……まだ腰の怪我も治ってないんだろう? 今はじっくり治せ」
「コーチ!」
最近オレは伸び悩んでいた。
公式戦での黒星の数も多い。
前回の大会でも無理に勝ちを拾いに行こうとして、腰を痛めてこの様だ。
このままだと特別強化選手枠や大学への推薦枠も……
くそっ!
目の前で、最近めきめき実力を伸ばしている選手を見ては歯噛みする。
オレがこうしている間にもこいつらは――ままならねぇ!
焦るばかりの日々だった。
結果を思うように出せなくて、怪我で練習もできない自分に苛立ちばかりが募る。
そんな時だった。
『結果を出したくないかい?』
それは悪魔の囁きだった。
怪我が治る上に、強くなれる薬だって?
バカバカしい!
そんなものがあるわけない!
あったとしても、真っ当なものじゃないだろう?
だが、オレはその誘惑に抗うことができなかった。
「ぜあああぁああぁあっ!!!」
「ストップ、ストップだ当宇麻! やりすぎだ!」
「なんだ、もう終わりか……チッ!」
「すごいな、絶好調じゃないか」
「まぁな」
その薬――"獣"――の効果は凄かった。
腰の痛みが気にならなくなり、相手の動きがスローモーションに見える。
もはや、誰にも負ける気がしなかった。
難を言えば、このオレについてこられる奴がいないくらいか?
あと、手加減しないと相手を壊してしまいそうになるのも厄介だ。
アア、思イッキリ暴レタイ!
『宍学の柔道部との試合で、彼らを壊して欲しい』
だからその誘いは天佑だった。
思ウ存分ヤレるなんテ!
しかもあの天才格闘家、星加流まで一緒に来るという。
なるほど、あの強さは"獣"のおかげだったのか。
クライアントの本気さが分かるというモノだ。
どう壊シテくれヨウ?
オレは期待に胸を膨らませ、意気揚々と宍学の門をくぐった。
だが、その対外試合は予想外の展開だった。
「うぉおぉおおっ!!」
「くっ! このっ!」
俺を掴もうとしてくる手を、全力で払いのける。
しかしその力はあまりにも強烈で、腕が痺れてしまう。
「ふっ!」
「このっ!」
そして間髪いれず次の手が伸びてきて、それをバックステップで回避する。
このやり取りは、既に数十回にも及んでいた。
もはや柔道という体を成していない試合だ。
相手はオレより頭1つか2つ分は背が低い。
体重に至ってはヘビー級のオレと比べてライト級か? 5~6階級は下だろう。
だというのに、翻弄されているのはオレの方だった。
何より動きが読みづらい。
気、とでもいうのだろうか?
攻撃をしかける時に発する闘気のようなものが、正面のこいつだけでなく、場外からバシバシ飛んで来るのだ。
それが攻撃のタイミングを予測しづらくしていた。
まるで個人じゃなく、群れを相手にしているような錯覚すら覚える。
端的に言って、オレは苦戦していた。
何なんだコイツは……!?
宍学なんて本選にも出た事さえ無い、弱小校じゃなかったのか?!
繰り出される手はまるで爪の様に鋭く、組み付かれるとまるで牙で噛み千切らんとするほど執拗だ。
その姿はまるで狼。
「ふぅー、ふぅー」
「はっ、はっ、はっ、はっ!」
距離を離しつつも、常にこちらの隙を伺っているのがわかる。
くそっ!
向こうはわずかに息を荒げる程度に対し、オレは肩で息をするほどの満身創痍だ。
恨みを篭めて『どういうことだ?!』と主将の方に目をやる。
「お、おぃいぃ、当宇麻が苦戦してるぞ」
「柔道とレスリングで勝手が違うとか……」
「中西って言ったか? 誰か聞いた事あるか?」
「少なくとも入賞経験は無いハズだが……」
だが返って来たのは驚愕の声だけだった。
このままだと負ける……"獣"を飲んだオレが負ける……ッ?!
馬鹿な! そんなことがッ!
くそ、柔道で戦るのはもう無しだ。
腰を深く落とし、得意のタックルの構えを取る。
柔道には無い技だ。
何の対策もなくモロに受ければ、あばらの何本かは覚悟しなければならない威力を誇る。
「おい、あれって……」
「当宇麻のランスチャージタックル!」
「騎馬兵の如き鋭いっていうあの……ッ」
「おいおい、あいつ死んだわ」
ああ、元から相手は壊しても良いというお達しだ。
その辺りを思いやる必要もないだろう。
「くくっ」
堪え切れない笑いが思わず漏れる。
相手はどういうことだ、と困惑の表情と共に警戒を強めた。
さぁ、覚悟――
「中西先輩、何遊んでるんですか?」
「「「「ッ!!?」」」」
ゴォアアアァアアァアアッ!!!
突如扉が開いたと思えば、経験したことの無いような圧を感じてしまった。
なん、だ……これ……?!
脂汗が出るのが止まらない。
現れたのは小学生と見紛う小さな女の子。
確か最初、宍学の対戦相手に出ようとしていたような……
「あれ、なんか身体が震えて……」
「はは、おい見ろよ宍学の奴ら皆膝をついたり、倒れてる奴もいるぜ」
「お嬢ちゃんじゃなくて、お姫様ってか……へっ」
「でも変だな……身体が動か……」
オレの中の獣……いや、生物としての本能が告げる。
あれは食物連鎖の上位存在だと。
今ならわかる。宍学のやつらが『残酷』だと言ったわけが。
あれは童女の皮を被った化け物だ!
チッ!
だが宍学のやつらもこの状況じゃ動け――
「中西が負けたら全員頭丸めます」
「むしろ全身の毛をすべからく剃ります」
「眉毛は片方だけ剃り落とします」
「むしろそれで服が邪魔なので着ません」
「おい、裸になるのはダメだろう」
「ああ、夏実様の前で一糸纏わぬ姿とかご褒美だな」
「そ、そうか」
な、なんだコイツら?!
もしかしてあの童女にして欲しいことを呪文のように呟いているのか?!
そして何で恍惚とした表情になってんの?!
く、狂ってる!!
「お前には憧れたものがあるか?」
「は……?」
「オレはある。大勢の武器を持つ剣道部員に囲まれ、我らが恐れ敬う獣神を三柱従えた黄金の……」
「何を言って――」
「あの日から少しでも近付きたいと、オレは目に焼きついた技を徹底的に鍛え上げた!」
そういって彼は脱力し、棒立ちでオレを見据えた。
オレのタックルなぞ構える必要もないという意思表示だろうか?
……ふざけやがってッ!!
「すぅ……はぁ……」
再度気を取り直し、大きく深呼吸し、気を張り巡らせる。
構えてイメージするのは騎馬。
己を騎兵槍に見立てての突撃。
幾多の試合で勝ちをもぎ取ってきた必勝のタックルだ。
"獣"を飲んだ今なら――くくっ!
「せぁッ!」
小さく息を吐き出し、それを合図に大地を蹴る。
それは初速にして既に最速。
足から伝えられたエネルギーは全身に行き渡り充実。
その刹那、オレは1個の兵器へと成り変わっていた。
はっ! こいつはすげぇ!
今までのが何だったんだと思えるくらいの完成度の技だ!
これなら今すぐ世界大会に出ても勝て――
「――I am Re:bone of his drinking welfare――」
「え?」
それは自分に対する暗示の呪文だった。
最後まで聞き終える間もなく、オレは宙に舞っていた。
ズドォオオオオォオォオオンッ!!!
「あっ……がはっ……!」
道場を揺るがしかねない程の大きな音を立て、オレは床に叩きつけられた。
受身も取れず、衝撃がそのまま身体に打ち響く。
一体オレは今何をされて――?
動かぬ身体で目線だけそいつを見れば、納得のいかないという目をしていた。
それだけじゃない。宍学の他のメンツもやはり全然ダメかと囁きあっている。
これほどの技の何が不満――え? 道場が全然揺れてないから全然ダメ? 上手く決まればビルが揺れる? こいつら何言ってんだ?! 健康? 健康って何? 投げ技と何か関係あるの?!
「血が騒ぐっすね! 自分も参加――」
「つ、次の奴かかってこいやぁー!」
童女の声を遮るように、そいつは声を張り上げた。
その後、俺を倒した奴は1人で勝ち抜き全勝した。
それは特筆することがないくらい、あっさりと決着した。
瞬殺とはあのことを言うのだろうか。
そしてその後、血が騒ぐといっていた童女の意見が押し切られ、乱取り交流稽古が行われた。
それはもう反対した。
全力で止めにかかったといってもいい。
悲劇を回避しようと、なりふり構わずだった。
宍学生達が。
それは乱取りという名の蹂躙だった……
…………
……
◇ ◇ ◇ ◇
世の中にはどうして、どうして、儘ならないものがある。
オレたちはそれを痛感して宍戸学園を後にしていた。
「皆、一勝もできなかったな……」
「宍学、公式団体戦出たことないってマジかよ」
「入部したばっかの中学生に負けたんだけど」
「俺達、実は弱かったんだな……」
行きのギラギラとした顔はどこにも無く、皆の闘争心と言う名の獣の牙と爪は、すっかり剥がれてしまっていた。
そして誰もが何か憑き物が落ちたような――
「やぁ、今日はご苦労だったね」
「あんたは……」
突如、金髪でホストのようなチャラそうな男が現れた。
醸し出す軽薄な雰囲気とは裏腹に、それを見た鎌瀬高柔道部員たちの顔は引き締まる。
オレ達に"獣"を与え、宍学柔道部を壊してくれと頼んだ嵯峨佳央だ。
今日オレ達を罠にはめてボロボロにした張本人とも言える。
嵯峨は、にこにこと張り付いたような軽薄な笑みを隠そうとしない。
「そのすっきりとした顔……なるほど、存分に暴れてくれたようだ。どうだい? そいつは最高だったろう? くっくっ。宍学柔道部の奴らもこれで……」
「嵯峨さん? 何を……」
オレ達は手も足も……
「はい、今日のお礼。これからも頼みを聞いてくれたら、そいつをあげるよ。ははは」
「…………」
そう言って嵯峨はオレ達に大量の"獣"を渡し、去っていった。
困惑し、周囲の顔を見渡すが――皆同じ事を言いたそうな顔だ。
……
思う所は色々ある。
だがオレを含めこの場に居るものは、もはや"獣"を求めていなかった。
「オレ、初めて女子に投げてもらったんだ……」
「俺なんて関節極めてもらったもんね!」
「お、おれなんて倒れた後に追撃で足蹴に!!」
「夏実様夏実様なつみ様ナツミさまなつみさまなつみさまあ゛あ゛あ゛あああ゛あ゛っ!!!!」
オレ達の中には、もはや名前もつかぬ端した獣なんていない。
いるのは、そう――
「「「「夏実様万歳ッ!」」」」
オレ達は声を揃え、拳を天に突き上げた。
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ストロングだからゼロだっつってんだろ!
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