第62話 対外シ合③ ☆龍元結季視点
h31.3.26 改稿
その男の子は、いつだって真っ直ぐだった。
『うるせー! さきにブランコつかってたのはチビどもじゃねーか!』
『むちゃだよ、アキト!』
『だいじょーぶだ、ユーキ! このうでにやどるアイツをときはなてば……ッ!』
『アキト?!』
道理の曲がった許せない事には、相手が誰であろうと立ち向かっていった。
目の前には自分達より年上で背も大きな少年が4人。
普通に考えれば勝てるわけが無い。
だけど、すぐ傍には泣いてベソをかくチビが2人。
普段一緒に遊ぶこともある子達だ。
果たして、自分に同じことができるだろうか?
「お前たち、歪んで――げぷ」
それは遠い昔、憧れた男の子が描いた風景と一緒だった。
目の前には自分より体格も大きな男が10数人。
すぐ傍には、半泣きで絡まれていた1年の女の子。
「は? お前何言ってんだ?」
「邪魔するんじゃねーよ、痛い目合いたいのか?」
「てめ、いきなり投げ飛ばして……許さねぇ!」
「潰す……こいつ潰す!」
秋斗君は既に囲まれていた。
逃げ出す隙間もない。
彼らの体格が大きいのもあって、頭がちょこっと見えるくらい。
それは人垣による牢獄じみていた。
「アイツ馬鹿かヒーロー気取りなのか? 無謀もいいとこだろ……」
「ボコられるのが関の山だぞ、誰か呼んだ方が?」
「だけど、アイツ前からちょっと気に入らなかったんだよな、巨乳侍らしててさ」
「お、おい、それは……」
「あわわ、筋肉の檻だ……じゅる」
取り囲む彼らは、正気が疑わしい色の目をしていた。
なにか、心の枷のようなものが外れているのかもしれない。
妙な薬でもやっているのか……?
どこからどう見ても絶対絶命。
周囲の反応も無謀のバカを見る目をしている。
実際、私も馬鹿だと思う。
だけど――いや、それよりまずは助けないと!
あまりやりたくないが……龍元家の名前を出して周囲を扇動すれば――
「咲良ちゃん大丈夫?!」
「小春ちゃん!」
騒ぎを聞きつけ、人が集まってくる。
その中には秋斗君の妹もいた。
どうやら絡まれていた1年の子とは友達のようだ。
結構な数が集まってきている。これならきっと――
「どうしよう、お兄さんが!」
「お兄ちゃん? ん~、大丈夫じゃない?」
「けど、小春ちゃん!!」
「平気だって」
「――そんなわけあるか!」
「むっ」
「龍元先輩……」
思わず会話に割って入ってしまった。
平気だって?!
相手は何人いると思ってるんだ!
「あのままだと秋斗君はリンチを受けるぞ! 平気なわけがない!」
「はぁ……全然お兄ちゃんの事わかってないのね」
「な、なんだと?!」
「見てればわかるわ」
私が、秋斗の事わかってないだって?!
わかるわからない以前に、あの人数を相手に無事に済むはずがない。
くっ!
徒手空拳だと私は役に立――
「お前は腰痛持ちだな」
「ぶぎゃっ?!」
「――え?」
いきなり、人が1人舞った。
「どいつもこいつも、歪みばかりだ」
「肩がっ?!」
「腰がっ?!」
「首や目の疲れが?!」
「寝不足がっ――すやぁ……」
それを皮切りに、次々と人が舞う。
なに、これ……何がどうなってるの?
例えるなら熟練の職人による青果の仕分けみたいだった。
秋斗君はただ淡々と、己が為すべきことしているといった顔で投げ飛ばす。
そこに無駄な動作は一切無く、まさに赤子の手を捻るかのごとく無力化していく。
「え、うそだろ?!」
「あの人数相手を……マジで?!」
「ちょっとカッコいいかも」
「これちょっと惚れるのわかるかも……」
嘘でしょう……?
一種の芸術とさえ思えるくらいの、美しい技だった。
皆が見惚れてしまうのもわかる。
私も武道を修めているだけに、あれがどれほどの技量かというのがよくわかる。
そして何より道理が通らぬことに対しては、例え相手がいかに強大でも立ち向かっていく……そんな姿に私の胸はアツく高鳴る。
やはり、秋斗君は私が憧れた――
「ば、ばかな! 全員"獣"を飲んでるというのに?!」
「動きが見えねえ!」
「こ、こいつ一体?!」
「くそっ、何か――」
「せんぱ~い、騙して福祉飲ませたのは悪か――え?」
まるで小学生かと見間違う小さな女の子がやってきた。
その小さな身体に不釣合いな大きな胸の可愛らしい子だ。
秋斗君を先輩と呼び慕い、誰が見ても仲の良い相手だというのがわかる。
「そいつを捕まえろ!」
「盾にするんだ!」
「へへ、悪く思うなよッ」
「あは♪ つかまっちゃいました、先輩♪」
それが悪かった。
残った男達は、彼に対する盾にするかのように、その小さな女の子を羽交い絞めにする。
「動くなよ! さもないと、この子がどうなるかわからんぞ!」
「お仕置きですか!? 捕まっちゃった自分にお仕置きですか?!」
まさに悪党の所業。
自分より遥かに大きな男に捕まって気が動転しているのだろうか?
女の子はやたら明るい声で空元気の様に言うのが、返って痛々しい。
くっ!
もはや人として許せない!
私も加勢を……なんとかあの子を助ける為の隙を作るくらいなら……
集中だ。
気を練り上げ、一気に襲い掛かれば私でも――
「ひ、ひぃっ! 龍!」
「へぇ……だけど止めておいた方がいいわ」
「何だと?!」
「だって……お兄ちゃんの足手まといになるだけだもの」
足手まといだって?!
これでも我が家に伝わる剣術の免許皆伝の――
「両足を捻挫したまま、腕の関節を痛めたまま無茶な動きをしたな?」
「ぅえ?」
人質がいるにも拘らず、自然体といった感じで彼らに近付いていく。
あまりに堂々としているので、鎌瀬高生達の方が動揺しているくらいだ。
あれは……気迫だけで相手を飲み込んで――いや、同化か?!
そんな馬鹿な! 私が出会った達人級の人でさえ出来るかどうか!
「痛みを感じないかのようなその振る舞い――歪んでいる」
「――――?!」
そして吸い込まれるかのように彼らに近付き――軽やかに男達が舞った。
あまりに自然な流れだったので、結果は理解出来てもその過程に何が起こったのかわからなかった。
辛うじてわかったのは、完璧なまでの崩しが入ったということだけ。
真空投げ。
体捌きだけで投げる柔道の極みの1つだ。空気投げとも言われる。
10数人いた男達は、全員青空の下で仲良くお昼寝することになった。
「す、凄い……」
誰からとも無く、そんな言葉が漏れる。
うん、本当に凄い。
かつて憧れた男の子の姿と重なる。
どうやってそこまでの技を身に着けたんだろう?
最近遠目で見ていて、ふとした時に見せる達観の表情と関係があるのだろうか?
しかし流石に1人であの人数を相手にするのは厳しいものがあったのか、足元はふらついていた。
それを支えようと秋斗君に近寄る。
「お兄ちゃん!」
「あき……大橋君!」
「お兄さん!」
顔も何だか赤いし、頭痛や吐き気を耐えるような苦悶の表情だ。
焦点の合わない瞳が私たちを捉える。
どう見ても意識が朦朧としていそうだ。
「―う―、こはる?」
「小春だよ、お兄ちゃん。ほら、こっち」
「おい、どこへ……」
「貴方には関係ないでしょう?」
「……ッ」
今のあなたには資格が無い――あの時と同じそんな拒絶の目だった。
保健室のあの時と……
大橋小春はそのまま秋斗君に肩を貸し、どこかへ行こうとする。
私はそれを見ている事しかできなかった。
「小春お姉様、自分ちょっと柔道場に戻らないとなんで、後は任せていいですか?」
「ええ、まかせといて」
「あ、小春ちゃん……」
秋斗君と大橋小春が並んで歩き去っていく。
私が夢見て止まなかった、彼の隣を別の女の子が歩いている。
なんだか無性に悔しかった。
彼女の言う通り、私が秋斗君の手助けをしようなど、考えるだけでも烏滸がましかった。それほど彼の力量はずば抜けていて、私はそれを見抜けなかった。
それだけじゃない。
もしその隣に私がと……しかしどれだけ想像力を働かそうと、隣を歩く自分は幼い少年の格好をした自分だった。
そんな彼の背中を見ることしか出来ず、大橋小春に対して嫉妬じみた感情が生まれるのがわかる。
握り締めた拳が痛い。
だけどそんな感傷じみた思いに浸ることも、龍元家の人間には許されていなかった。
「龍元先輩!」
「これは一体……?!」
「養護教諭の方にも来てもらっています!」
「キミ達は……風紀委員か」
腕に腕章を付けた男女の生徒達がやってきた。
誰かが呼んだのだろう、風紀委員だ。
事態が重く伝わったのか、20人近く来ている。
伝え聞いた状況と違うのか、どうしていいかわからずオロオロとしているだけだ。
自分達はどうしたら……そんな目で私を見てくる。
それを見て、私は龍元結季を演じる。
「そこでノビている鎌瀬高生達を日陰へ! 怪我をしている者がいたら手当てを!」
「「「「はい!」」」」
こういうとき、風紀委員ともはや無関係だとしても頼られることが多い。
宍戸の地の人々を導いてきたのは龍元家だ。
だからこうすることも自然なこと……なのだ。
だけど、もやもやした気持ちがあるのは否定しない。
それを振り払うかのように、事態の収拾へと専念した。
こんな時、秋斗君ならどうするのだろう?
『自分を偽ってる人が、お兄ちゃんを語らないで!』
不意に、あの保健室で言われた言葉を思い出した。
私を龍元家の人間と知って手を上げるなんて、ビックリだった。
さすが秋斗の妹だ、なんて思った。
そして何より図星で、反論できない自分が情けなかった。
私は結局、あの時から全然変わって――……
「あ、あの龍元先輩、ありがとうございました!」
「え……キミはさっきの」
袋小路の思考に入りかけたとき、私の意識をノックする子がいた。
先ほど鎌瀬高生達に絡まれていた女の子だ。
「1年の東野咲良です!」
「大丈夫だったかい?」
「ええ、お兄さんのおかげで!」
「あき……大橋君か」
「凄かったですよね、お兄さん!」
「そ、そうだね」
頬を上気させ、興奮したように話す。
小柄な身体で身振り手振り精一杯に凄かったと話す様子は、なるほど彼に特別な思いを抱いているのかもしれない。
確かに彼の行動は素晴らしかった。
そんなかつての親友が誇らしく思える一方、何故だか胸が痛んだ。
何故、私は――
ズドォオオオオォオォオオンッ!!!
ッ!?
「今度は何?!」
「凄い音しなかった?」
「ちょっとだけ揺れたような?」
「道場とかあるとこからか?!」
突如、大きな衝撃音が私達を襲った。
原因はわからない。
あの方向……まさか柔道場?!
くっ!
「待って下さい!」
「東野さん?」
「先輩、これを貰ってください」
「え?」
そう言って差し出したのは本が入った紙袋。
先ほど鎌瀬高生達に取り上げられ、絡まれるきっかけとなったものだ。
どういうこと……?
「これ、お礼です! 是非受け取ってください」
「いや、しかしこれは――」
「これはね、乙女を元気にしてくれる本なんですよ」
「乙女?」
乙女……この私が?
はは。
皮肉にしては笑えない。
だけど、この子の気持ちを無碍にするわけにもいかないだろう。
「これを嫌いな女の子なんていませんから!」
「そうかい、気持ちと一緒にありがたくもらっておくよ」
乙女か……秋斗君の隣に、少年の姿の自分しか思い浮かべられない私が……
……
切り替えなきゃ。
今はこの混乱を収めないと。
「落ち着いて! 半数の委員はそのままここで、もう半分は音の鳴った場所へ!」
――――
――
このとき私はまだ気付いてなかった。
だけど……その日確かに、私は運命と出会っていた――
――♂兄貴と俺のマッスルームメイト♂――
カサカサ┌(┌^o^)┐カサカサカサ
いつも応援ありがとうございます。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングのゼロか!
って感じていただけたら、励みになりますのでブクマや評価、感想で応援お願いします。
今夜はね、ちょっと最近肝臓を酷使したから休肝日で!











