第61話 対外シ合② ☆星加流視点
今回は鎌瀬高の狂犬こと、星加流視点です。
天才。狂犬。新時代の担い手。
様々なメディアで取り上げられ、そう評されてきた。
実際、格闘家としてデビューして以来全戦負け無しのKO勝ち。
それがこのオレ、星加流だ。
己の強さに自信があった。
対戦し終えた相手は心が折れるのか、畏怖するような目でオレを見てくる。
負け犬の目、なんて思ったもんだ。
これからも勝ち続けるオレは、それをずっと見続けていくんだろう。
そう、思っていた……
『あはっ♪』
気が付けば、オレが負け犬のそれで見上げていた。
そいつは幼くも美しい小さな死神だった。
ボブと呼ばれた巨躯の黒人と高校生らしき集団が戦っているその横で、まるで散歩するかのようにひょっこり現れ――
――そして、暴力を振りまいた。
彼女は銀塩の実働部隊と言われる屈強な男達の山を築き、その上に君臨した。
この場に不釣り合いなほどの笑顔を振りまき、その小さな体にアンバランスなほどの胸を揺らしながら。
打ち抜く拳は確実に急所を捉え破壊し、振り抜く脚はボールの様に人を跳ね飛ばす。
にこにこ笑顔で一歩進む度に、返り血で化粧が施されていく。
嘘だろう?
2メートルを超えるボブを2階の看板にまで蹴飛ばした?!
その現実離れした光景に理解が追い付かず、恐怖し、そして美しいなんて――
エモノハドコダ?
そんな目で彼女は周囲を見渡す。
何かを探す特徴的な瞳。
それが、オレと、目が合って――
「うわぁああああぁぁぁああぁあっ!!!」
情けない叫び声を上げ、その声で目を覚ます。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
全身嫌な汗が張り付いており気持ち悪い。
バクバクと心臓は、早鐘の様に脈を打つ。
窓から見える景色はまだ暗く夜だと主張していた。
どこまでも広がる漆黒の闇が、死神を呼び寄せるような気がして――
くそっ!
何が若き天才格闘家だ!
これではまるで怖くて夜1人で寝られないガキじゃねーか!
乱暴に開けた冷蔵庫から缶を取り出し、カシュッと小気味の良い音を響かせ、一気に呷った。
「んぐっ、んっんっんっんっ……ぷはっ!」
強い炭酸が喉を刺激し、寝起きで汗をかいた身体が水分をよこせと五臓六腑に染み渡り、レモンの香りが鼻を突き抜けていく。
くそっ! 何が飲む福祉だ!
全然、胸の鼓動が収まりやしねぇ!
クシャリ、と苛立ち紛れに握りしめたアルミ缶が歪む。
ケチが付いたのは、GWにあの変な男に投げ飛ばされてからだ。
くそっ!
震えが止まらねぇ……ッ!
◇ ◇ ◇ ◇
スパンッ! シュッ! パンッ! パシュッ! スパンッ!
ミットが小気味の良い音を立てていく。
胸の中に産まれてしまった恐怖心を打ち払うべく、一心不乱に打ち付ける。
ダメだ!
まだだ!
もっと、もっとだ!
こんなんじゃあの死神は……くそっ!
もっと早く! もっと強く! もっと鋭く!!
スパパパパパシュパシュパパパパパァァアアシュパァンッッ!!!!
繰り出す抜刀牙のキレは以前との比じゃない。
かつての高速を超えた瞬速の打ちこみは、さながら拳銃の連射。
拳銃、か。
くそ、拳銃じゃあの化け物共には何の役にも……くそっ!
くそくそくそくそくそくそくそくそくそっ!!!!
「おいおい流、ストップだ! 俺の方が持たねぇ!」
「……チッ!」
スパークリング相手のコーチからストップが掛かる。
わからなくもない。
宍戸ビルでアイツに投げ飛ばされてから、やたら身体のキレが――
「おまえも、アレやってるだろ?」
「あ?」
「すっとぼけんじゃねぇよ、あれだよ、あれ。"獣"だよ」
「"獣"?」
「ヤるなとは言わねぇ、だが依存性があると聞くし程々にしとけよ?」
「いや、オレは……」
"獣"?
なんだそれは?
獣っていえば、あの餓狼のような幼――
「うぉらぁあああぁあぁあああっ!!!!」
「ちょ、流! おいおいおいおいっ!!」
くそっ!
くそくそくそくそっ!!
「あの技のキレ、流さんやっぱり"獣"を……」
「"獣"ってかなりヤバイやつじゃ……?」
「新しいから禁止薬物に指定されてないだけとか聞くけど」
「あの強さが手に入るなら、一度くらい試してみても……」
チッ!
好き勝手言ってろ!
そんな事より強さだ! 強さが欲しい!
あの餓狼共を恐れずに済むほどの強さだ!!
次会った時ブルっちまわないほどの強さを!!
餓狼共だけじゃない……あの死神や化け物染みた龍のお嬢、それに黄金のアイツ――
くそっ!
オレは……ッ! オレはぁあぁぁ―ッ!!
――――
――
「ここが、対戦相手の宍戸学園だ」
……え?
「ここがにっくき男女共学の……」
「許せねぇ……女子と一緒とかぜってー許せねぇ……」
「どうしよう、この滾る男臭い思いを早くブツケてぇ」
「今なら誰にも負ける気がしない……くくっ!」
いやいやいや、まてまてまて。
何でオレは柔道部連中と一緒に化け物共の巣窟に来てるんだ?
あと何でこいつら女子がどうこう言ってんの?
ナンパ? ナンパしに来てんの?
それなら駅前に行ったほうがよくない?
龍元のお嬢様ってここだったよな?
宍学にいる女子、多分すっげーおっかないよ?
戻ろう? 手遅れになる前に戻ろう?
「まさか、あの星加流も"獣"をやってたとはな」
「いや、オレは――」
「水臭いぜ……どうせ嵯峨さん経路だろ?」
「サガ? 知らな――」
柔道部の主将とレスリングの当宇麻が馴れ馴れしく肩を組んでくる。
オレとは畑が違うが、双方名を馳せた実力者だ。
確か俺の練習風景を見て、お前も"獣"をやってんだろと言われて――
「ったく、嵯峨さんも恐ろしい人だ」
「ああ、"獣"を使って宍学の柔道部を本気で潰せとか正気じゃねぇ」
「ドーピングしてまで本気で潰せ……?」
尋常じゃないな。そこまでしないと相手にならないとか……まさか!
あの夜に出会ったやつら、ここの――
「ああ、早く壊してぇなぁ!」
「ははっ! ドキドキしてきたぜぇ!」
オレもすっげぇドキドキしてきたわ!
なぁ、なんか相手を舐めてるみたいな空気出てるけど大丈夫か?
きっと物凄い奴出てくるぞ?
ああ、くそっ!
置いていかないでくれ!
こんな危険地帯に一人とかたまったもんじゃねぇ!
……
さすが私立、といったところか。
校舎や設備等も新しいし、規模もでかい。
柔道場は体育館に併設された建物の2階にあり、他にもいくつかの部活の練習場があるようだった。
金かかってるな……ちょっと羨ましい。
「「「「本日はよろしくお願いします!」」」」
オレ達を出迎えてくれた宍学の柔道部員達は、何故か全員白装束だった。
……え?
それってあれだよね?
時代劇で切腹する武士とかが着てるやつ?
何で? どうして?
あと剣道着姿の奴も見えるのどうして?
おかしくない?
そいつらもってるの真剣ぽいんだけど?
介錯? ねぇ介錯?!
「ぷっ! くくっ! あ、あぁ、よろしく頼む」
うちの主将が、ライオンの鬣のような顎髭の男と握手を交わす。
必死に笑いを堪えているのがわかる。
その後ろにいる奴ら、どこか見覚えが……あの夜の!
おい、馬鹿やめろ!
「ぎゃはは、こいつはどういったギャグだよ!」
「その恰好……くくっ、どんだけ悲愴な覚悟なんだか!」
「ざんね~ん、手加減はしませんけどね~!」
「あぁ、早く投げ飛ばしてぇ!」
侮るな!
そいつらよく見てみろ!
一糸乱れぬ統率というのか、全員無駄な動きもしていないし、こちらを伺っているぞ?!
こいつらダメだ! 何かでハイになっているのか、生物としての危機感が欠如してやがる!
「ええぇ~、自分もシアイに出たいですよぉ」
「夏実様をシアイに出すとか、そんな残酷な事できません!」
「今回はなにとぞ自重して下さい!」
「お、大橋さんも夏実様に何とか言ってくださいよ!」
――ッ?!
が、餓狼の死神?!
どどどどどどうしてここに?!
シアイって死合じゃないよな?!
ああ、くそっ!
勝手に足が跪いて……ッ!
「おいおい、あんなお嬢ちゃんが試合とか残酷だよなぁ」
「さすがにあんな小学生みたいな子を……いや胸はすげぇし俺ヤリてぇかも」
「ロリコンかよ! しかし男を壊すのもいいが、女の子に寝技シテぇなぁ」
「あー、はやくヤリてー!」
お前らの目は節穴か?!
不感症か?!
幼い死神から発する圧を何も感じないとか大丈夫か?!
「ほーら夏実ちゃん、フリスビーだぞ。はーい、こっちこっち」
「あ、あぁあぁぁ、ご主人様~それはずるいっすよぉ~」
「大橋さん、そのまま夏実様を外まで……ッ!」
「あとはちゃんと俺たちでやりますから心配しないで下さい!」
――ッ!
はぁっ! はぁっ! はぁっ!
ナイス誘導だ、黄金のアイツ!
イヌ科はそういうの大好きだからな……ッ!
くそっ! くそっ!
これ以上、こんな地獄に居てたまるか!
「宍学先鋒2年中西、征きます!」
あ、あいつはあの時巨獣の攻撃を受け止め、指示を出していたリーダー格の!
……
やはり、宍学柔道部は危険だ。
オレの生物としての本能が早く離れろと、ビンビンに伝えて来てやがる……ッ!
「星加、どこへ行くんだ?」
「や、やってらんねーし、帰るんだよ」
「おいおい、勿体ねぇなぁ。オレ達で全部ヤッちまうぜぇ?」
「好きにしろ」
ていうか、ヤれるもんならヤるといい。
オレはまだこんな所で死にたくない!
「主将、オレが先鋒に出てもいいか?」
「当宇麻」
「まずは普通の交流試合だし……別にオレが全て倒してしまっても構わんのだろう?」
「ああ、遠慮はいらない。ガツンと痛い目にあわせてやれよ、当宇麻」
「そうか、ならば期待に応えるか……ッ!」
やめろ、それは死亡フラグだ!
心の中でそんなツッコミを入れながら柔道場を去った。
……
…………
ったく、一体何がどうしてここに来ることになっちまってんだ?
そんな今更な事を考えながら校内を歩く。
中高一貫というだけあって、敷地は広い。
さっさと帰ればいいものの、オレはあちこち歩いて回っていた。
土曜日の放課後だけあって、色んな部活に励んだり思い思いに過ごす生徒をよく見かける。
制服が違うオレは良く目立つ。
くそっ。
オレは一体なにやってんだ?
ここにはヤバイやつがうじゃうじゃいるのが分かってるだろう?
顔を合わせたくない奴だって――
「他校生がここで何をやっているんだ?」
「――ッ!」
条件反射で五体投地をしてしまった。
声を掛けてきたのは、前髪パッツン黒髪ロングの美少女、龍元結季。
ほら見ろ。
遭遇したくない化け物に出会っちまったじゃねぇか!
「……なにやってるんだ?」
「いや、別に……」
あの日、警察から解放された後、根掘り葉掘り話を聞き出された。
恐怖を植えつけられたオレ達の心情などお構いなしに、だ。
断ることなど許さない……そんな強者特有の覇気を感じた。
それを思い出しブルりと震える。
くそっ! 情けない!
何か、何か言わないと――
「きゃぁあああぁぁあぁあっ!!!!」
「「ッ?!」」
その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
一体何が?!
女子の声って事は、鎌瀬高のやつらではないな?
声の出所は近い。
どうしたことかと龍のお嬢と目を合わせ、現場に駆けつける。
「いやぁあぁっ! 離して! 返して!」
「俺達とお話してくれたら返すよ」
「なぁちょっとだけ、ちょっとだけいいだろう?」
「それにしても薄くてやたらと豪華な本だな?」
「わ、私の『♂兄貴と俺のマッスルームメイト♂』が~ッ!」
あいつら何やってんだ?!
鎌瀬高の柔道部員が宍学の女生徒にナンパしていた。
試合に出ないやつらが抜け出したのか?
絡まれているのは、小柄でふわふわの栗毛の眼鏡をかけた大人しそうな子だ。
ニタニタと下卑た笑いを隠そうともせず、10数人もの人数で取り囲む様は、まるで山賊の人攫いそのもの。
あいつら、"獣"だかなんだか知らねぇが力に酔ってやがんな。
「おい、あの子このままじゃ」
「誰か先生呼びにいったか?」
「お前助けてやれよ」
「ばっ、できるわけねぇだろ!」
周囲は、関わったらどうなるか堪ったもんじゃないと遠巻きに見ているだけだ。
それは正しい。
あんな力に酔ってる集団相手に文句を言えば、どうなるかわかったもんじゃない。
嵐が過ぎ去るのを、ジッと見るのが賢い選択だ。
だが、ここにはそれを良しとしない者がいた。
ギリギリと許せぬと歯を食いしばり、今にも飛び掛ろうとしている龍のお嬢だ。
もし、この化け物を解き放ったら――
「お前た――」
「――やめろ、おまえら!」
気付けば、俺は割って入っていた。
自分でもらしくないと思う。
だが、オレが出たほうが惨劇を回避できる……そんな風に思った。
……はぁ。
ここはオレが収めるからと、龍のお嬢に目配せをする。
「ああ? 星加流か」
「邪魔すんじゃねぇよ」
「それとも独り占めしたいってか?」
「そういや前からお前はちやほやされてて気に入らなかったんだよな」
いい所を邪魔されて、その不機嫌さを隠そうともせず俺にぶつける。
こいつらバカか?
そこの龍に気付いてないのか?
暴れだしたらどうなるかわかんねぇの?
「はぁ……オレが優しく言っている間に解散しな? 命が惜しいだろ?」
だから、これは心底親切心で言った台詞だった。
「テメッ!」
「ッ?!」
だがバカにされたと思ったのか、ブンッ、と奴らの一人が腕を振るってきた。
オレはバックステップでそれを回避する。
おいおい、いきなり他校内で殴りかかる奴がいるか?
「おもしれぇ!」
「全員で囲め!」
「いくら星加が強くてもこの人数なら!」
「はっ、いつも女連れてるてめぇはここでボコる、わッ!」
シュッ! ザッ! ブゥンッ!
不意打ち気味に殴りかかってくる鎌瀬高柔道部員達。
……くそっ、マジかよ!
こいつら速ぇ!
これが"獣"の力ってか?!
やべっ、タイマンなら負ける気はしないが、流石にこの人数は――
ザァアアアァアァ――――
「うべっ?!」
「あばっ!?」
「ぐぇっ!!」
その時、風が吹いた。
と同時に、鎌瀬高の何人かが吹き飛んだ。
……吹き飛んだ?
え? なにこれ?
投げ技?
「お兄さん?!」
「秋斗?!」
「お前はっ?!」
そいつは真昼間から顔を赤らめ、悠然と力に酔い痴れたケダモノ共の群れに現れた。
オレを投げ飛ばした、黄金の――
「お前たち、歪んで――げぷ」
まるで炭酸飲料を一気飲みしたかのように漏れ出すゲップは、福祉臭かった。
え?
学校内で何てモノ飲んでんの?!
いつも応援ありがとうございます。
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続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングはゼロだはっきりわかんだね!
って感じていただけたら、励みになりますのでブクマや評価、感想で応援お願いします。
今夜のお供はまるごとアセロラでっ!











