第60話 対外シ合① ☆鎌瀬高主将視点
忘れがちですけど現実世界〔恋愛〕です。
今回は秋斗達柔道部員の試合相手となる、鎌瀬高主将の視点です。
俺は主将。
名門鎌瀬高の柔道部主将だ。
春の大会も優勝し、主将業も板についてきたと思う。
ちょっと無茶をしすぎて怪我をしてしまったが……
勘解由小路って名前があるんだが、長い上に読みづらいってんで主将と呼ばれてる。
だから、主将でいい。
そんな俺はある日、学校OBの有名人に呼び出しを掛けられていた。
駅前の奥まった場所にある、隠れ家的な高級喫茶店だ。
学生服だと明らかに浮いてしまう。
緊張のあまり、先の大会で脱臼してしまった肩へ無意識に手をやる。
「嵯峨さんのところの柔道部と試合すか?」
「ああ、なんとか都合つけられないか?」
「いいすけど……はっきり言って勝負にならないすよ?」
「それは百も承知さ。いっそ、壊してしまってもいい」
「へぇ……?」
ホストの様な金髪の男の口元が、にやりと上がる。
見た目も言動も、とてもじゃないが教師には見えないな。
嵯峨佳央。
柔道だけでなく、あらゆるスポーツ分野に強い鎌瀬高で様々な記録を打ち立てた伝説の人物だ。
大学ではスポーツ工学や指導法を学び、若くして様々な競技選手の成績を伸ばし名をはせた。
だがその一方で、非人道的とも言える練習法やスポーツ哲学は、時に何人もの選手を廃人に追いやったともいう。
恐ろしい人だ。
この人が何を考えてるかはわからない。
自分の受け持つ学校の部員を壊せだって?
「わからないといった顔だね?」
「正直全くわからないですね」
だが一転、その反応を待っていたと言わんばかりの笑顔になった。
「金というのはね、不純物が多い鉱石なんだ」
「はぁ」
「より輝く黄金を得る為には、その不純なものを取り除く力が必要なんだ。それが――」
「オレ達……」
つまり、何らかの目的の為に俺たちを利用したいと。
…………
はっきり言って、嵯峨さんの宍戸学園の柔道部は弱い。
鎌瀬高と比べるのもおこがましいレベルだ。
こちらには何のメリットも無い。
嵯峨さんは有名人とはいえ、ただの一介のOB。
次の大会へ向けての調整もあるし、そこまでの義理は無い。
相手を壊すつもりでというのは、少し心が惹かれるが……
「申し訳ないですけど、自分達も予定――」
「君は肩を怪我しているね。来月の大会には厳しいんじゃないかな?」
「――ッ!」
何故それを?
確かに前の大会で肩を脱臼した。
痛みもあるし、よしんば治っても仕上がりは万全と言えないだろう。
「先月の個人戦4位……はは、悪くはない。だが、上位が全員自分より柔道暦の浅い選手に才能を見せつけられての4位だ」
「……何が言いたいんすか?」
「キミ、怪我で安堵しているだろう?」
「んなっ?!」
図星だった。
主将という意地で戦った。
だが結果を見てみれば、4位。
個人戦1位と3位は我が部から出ているが、どちらも俺の後輩だ。
はっきりと才能の差を感じてしまった。
焦りから強引に勝利をもぎ取ろうとし、その結果がこの怪我だ。
怪我ならしょうがない。
そんな言い訳が立つ。
「勝ちたくないか?」
「それ、は……」
「私ならキミを勝たせてあげられる」
「なっ?!」
それは悪魔の囁きだった。
俺には才能がない、その上怪我だし負けて当然だ、そんな諦めが心にあった。
だがその実、誰よりも勝利に餓えていた。
気付けば、嵯峨さんより差し出されたものを受け取ってしまっていた。
「これは?」
「傷を治し、不安を取っ払ってくれる薬さ」
「……馬鹿な!」
「嘘だと思うなら、実際使ってみると良い」
嵯峨さんは不敵な笑みを浮かべ、伝票を握りしめて席を立つ。
後に残されたのは俺と、得体の知れないカプセルが1つ。
そんな夢の様な都合のいい薬なんてあるわけない。
いや、あったとしてもロクなもんじゃない。
だというのに俺は、その薬を捨て置けないでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「よし、次の奴かかってこい!」
「勘弁してくださいよ、主将」
「もうまともに動ける奴なんていませんって!」
「どんだけ元気なんすか!」
柔道場では皆が床に座り込み、肩で息をしていた。
立っているのはオレだけだ。
とくに先の大会で優勝した後輩はひと際ボロボロで、怨嗟に近い瞳で俺を見ている。
「チッ! しょうがねぇなぁ!」
そんな台詞とは裏腹に心の奥底では歓喜で溢れかえっていた。
驚くほど身体が軽い!
身体だけじゃない、心もだ!
目の前でへばっている、後輩を見下ろす。
先の大会で優勝したやつだ。
ははっ!
これが本気のオレだ!
これがオレの真の実力だ!
大会では運が悪かっただけだ!
まるで生まれ変わったかのような気分だ!
戦い足りないと、身体の内側に潜む獣が暴れまわっている。
ははっ!
抑えてくれよ、オレ。
こいつらを壊したいだなんて。
今だってヤリ過ぎだったと思ってるんだからサ!!
大きな怪我とかシテないよナ?
アア、モットだ! モット壊しタイ!
モットォ――――
「ハッ! まるで新しい玩具を貰ったガキだな」
「誰ッ……て、あんたは当宇麻?!」
不遜な態度で柔道場に入ってきたのは、学内の有名人だった。
当宇麻俊。
高校レスリングの全国大会入賞者でもあり、国体強化選手でもある。
そのヘビー級を誇る2メートルを超える巨躯を揺らしながら、獰猛な笑みを浮かべて俺の前に立つ。
ははっ!
オレよりも一回りはデカイ。
コイツを壊スならドウ技を――
「フンッ!」
「――ッ!」
挨拶代わりとばかりに、襟を取ろうとしてきた。
させるかとばかりにその腕を払う。
「良い反応だ」
「テメェ……」
おいおい、レスリングならともかく柔道じゃ――
――へぇ。
当宇麻は腰を深く落とす。
まるで獣が飛び掛るような体勢だ。
お互いの目が合いニヤリと笑いあう。
「――せぃッ!」
「ハッ――!」
パァンッ! と柔道場に乾いた音が響き渡る。
獣の突進じみた当宇麻のタックルは、事実ものすごい衝撃だった。
嵯峨さんにもらった――――が無ければどうなっていたか。
ははっ! はははははははっ!!!!
なんだコイツ! ビクともしねぇ!
まるで大きな岩を抱えてるみたいだ!
ああ!
投げる? 極める?
どうせ投げるなら畳じゃないほうがいいな!
極めるのは骨が折れそうだ。
だが、どっちが極める方が上か試してみたい!
「ははっ!」
こらえ切れず笑みが零れる。
「くははっ!」
それは当宇麻も同じだったのか、笑い声を上げる。
きっと、俺たちはお互い鏡を見ている心境なのだろう。
この膠着状態ですら楽しくて仕方が無い!
もっともっとモッともットモットモットモットモット!!!!!!
同じく愉快で堪らないといった顔の当宇麻がオレに囁いてくる。
「"獣"を飲んだな?」
「どうシテそう思ウ?」
「オレも飲んだからな!」
「ソウか!」
"獣"とは嵯峨さんに貰った薬の通称だ。
痛みに鈍くなり、気分を高揚させる。
なるほど、なるほど!
道理で似ているはずだ!
「それで、柔道部には何で来たんだ?」
「決まってるだろう?」
それは餓えた獣を連想させる、獰猛な笑みだった。
「宍戸学園の対外試合に来たんだよ」
「……ははっ! ははははハハハハっ!!!!」
食事か! 言いえて妙だ!
闘争心と言う名の獣に食事を与えねばならない。
じゃないと、無差別に暴食しかねない。
「なぁに、タダでとは言わん」
「ほう……これは!」
身体を離した当宇麻が取り出したのは、例の薬――"獣"だった。
「皆でこれを使えばテーブルマナーの練習になると思ってね」
「ははっ! 最高だ!」
しかし、そんな俺たちを見ていた部員達が怪訝な目で見ている。
気持ちはわかる。
「主将、その薬は一体……」
「何かやばいものなんじゃ」
「主将が最近変なのって……」
「やめましょうよ、そんなの」
案の定、不審さを隠そうとしない声を上げている。
ああ、もう、ざわざわとやかましい。
だが、オレはコイツが飲みたくなる魔法の言葉を知っている。
「実は対外試合の打診を受けている。相手の宍戸学園は――」
そうだ。
嵯峨さんもこの事を最初に言って欲しかった。
こんな回りくどいやり方をせずとも色よい返事をしただろうに。
……"獣"については感謝してるけどよ。
それはいい。
さぁ、コイツラにも教えてやる。
「――中高一貫の男女共学校だ」
「「「「ッ?!?!?」」」」
柔道場が、水を打ったように静まり返った。
皆が皆、唖然として意味が分からないという顔をしている。
ああ、わかるぞ、お前たち。
「質問いいですか、主将?」
「ああ、なんだ?」
「男女共学という単語が聞こえましたが、空耳……じゃないですよね?」
「確かに言った。対外試合の宍戸学園は男女共学校――女子がいる」
「なん……だと……ッ?!」
「しかも中学からだ!」
ざわざわと、柔道場がにわかに活気付き始める。
「まさか、宍戸学園のやつらは女子と一緒に授業を受けているんじゃ……」
「ははっ! それだけじゃない……登校中や休み時間にも女子がいる……ッ!」
「嘘だっ!!!」
「事実だっ!!!」
そのどれもが、驚愕と疑念に彩られた声を発していた。
ははっ!
気持ちは痛いほどわかる。
鎌瀬高は男子校だ。
女子なんて幻想やお伽噺の世界の生き物と大差がない。
「女子って……あれですよね、テレビや漫画の中で見かける……」
「それが同じ教室の空気を吸って授業を受ける」
「俺たちと違っていい匂いがしたり、触れると柔らかくて壊れてしまいそうで……」
「そんな子達が調理実習でお菓子を作って、食べさせてくれたりもする」
「じ、実在するわけがない! きっと国の実験か何かで立体映像を……ッ」
「落ち着け! それくらいにして心して聞け! いいか、宍戸学園柔道部はだな――」
そこで俺は一呼吸置き……そして、俺自身最も許せない怨嗟の呪文を吐いた。
「女子部員と一緒に部活をしている」
「「「「「――――――――」」」」」
それは声にならない悲鳴だった。
この場に満ちる空気が困惑から怒り、そして殺気に変わっていくのがわかる。
ははっ!
そうだ……そうだろうとも!
オレ達が血と汗と臭い匂いに囲まれ柔道をしている間、あいつらはあろうことが女子と一緒にキャッキャウフフと一緒に部活しているのだ。
はたして、それが許されるものなのか?
「あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あッ!!!!!!!」
「田村?! しっかりしろ!!」
「くそ、しっかりしろ! 今度秘蔵の紳士動画貸すから!!」
「ダメだ! もはや、『お』と『ぱ』と『い』以外の発音を忘れてるっ?!」
「主将! 田村の奴が現実を受け入れられなくて壊れ……くそっ! 宍戸学園め!!!!」
田村め、気を強くもたないから……
ははっ!
だがその気持ちはわかる。
宍戸学園を共学と知って、その事実に耐えられなくなって"獣"を飲んだからな。
「もう一度言うぞ、お前たち。宍戸学園と対外試合を申し込まれた……受けたくないやつはいるか?」
「「「「うぉおおおぉおおぉおおぉっ!!!!」」」」
それは地を揺るがす大合唱だった。
ここにきて、鎌瀬高柔道部は創設55年以来最高の結束を見せた。
「さぁ、練習だ! 宍戸学園が憎いものはこの"獣"を飲め! いくらでも練習できる!」
「主将! オレにも!」
「田村の分も俺にくれ! 敵を討つ!!」
「まさか要らないなんていう奴なんていないよな?!」
「そんな腑抜けがいるわけないだろう!!!!」
ははっ!
頼もしい……頼もし過ぎるぞ、お前たち!
そう、特に大会で優勝した後輩。
俺に向けていた視線なんて可愛いものじゃないか!
ははっ!
ハハはハハははハハHAHAHAハハハははハッ!!!!!!!!
――――
貪るように"獣"を受け取るが、そのいくつかが柔道場の畳の上に落ちる。
そこにはこう印刷されていた。
――"welfare"――
※この作品はラブコメです。
いつも応援ありがとうございます。
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続きが気になる!
更新頑張れ!
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今夜のお供はトリプルレモンでっ!











