第57話 特効薬 ☆宇佐美智子視点
今日はちょくちょく三獣士の気に当てられて教室で気絶していたりした、宇佐美智子こと、ともちゃん視点です。
私は宇佐美智子。
貧乏子沢山。
そんな言葉への理解度が高い4人姉弟の長女。
とは言うものの、そこまで生活がカツカツという程じゃないかな。
弟妹のお世話はちょっと時間取られちゃうけど、慣れれば別にって感じ。
そんな私ですが、中学から仲の良い親友がいる。
押隈美冬ちゃん。
どこかのほほんとした、見ていて癒される感じの地味な女の子。
気弱で人と交わることが苦手な私にとって、数少ない話相手だった。
3年前お父さんを事故で亡くした時も、随分元気付けられたっけ。
そんな彼女から振ってくる話題のほとんどは、とある人の話ばかりだ。
大橋秋斗く……さん。
美冬ちゃんの幼馴染の男の子。
やれ今日の下着と靴下の組み合わせが一昨日と同じだとか、やれ昨日は駅前の書店でこっそり買ったお姉さん系紳士漫画で励んでいたとか、彼についての話題の枚挙に暇が無い。
ちょっと待って、やたら詳し過ぎておかしくない?
それとちょくちょく録画や撮影機材についての話題が飛び出すのは何で?!
と、とにかく美冬ちゃんにとって大橋さんが特別な相手だってのは、確認するまでもなかった。
だって美冬ちゃんが大橋さんの為に、すごく頑張って可愛くなったんだもの。
地味眼鏡って感じだったのが、いきなり雑誌のモデルさんの様に変身したのだ。
その大橋さんが今、無理やり何かを飲まされていた。
「ちょっ、あがっ、ぐっ、んっんっんっ……」
「美冬ちゃん、何やってんの?!」
「秋斗?! お、お前たち、そんなものを飲ませてどうする気だ!?」
目の前で、大橋さんが羽交い絞めにされて何かを口に流し込まれている。
あれは飲む福祉だ。
お父さんがよく飲んでたのを覚えている。
って!
何でもってるの?!
学校でそんなの飲んだら問題じゃないの?!
「止めるんだ! お前たち、そんな事して良いと思って――」
「先輩はそこで黙って見ててください」
「あきくんね、凄いんだよ?」
嗜めようとする先輩を一喝する美冬ちゃんたち。
そもそも私の怪我とスパイクへのイタズラが問題だったはずなのに、何故大橋さんがそんなことになってんの?!
ほら、大橋さんの目がトロンと据わってきたし、なにやら雰囲気が――
えっ?!
「宇佐美、お前の足は歪んでいる」
「ふぇっ?! やっ! ぃやぁぁああぁああぁああんっ!!!」
自分でもビックリする様な声が出た。
患部の足首を、いかにも男の子といったゴツゴツした指で急に摩られたのだ。
その様はいっそ、艶めかしくさえあった。
マッサージされてるの?
炎症で熱を持っていた部分を優しく撫で上げ、時には揉み解し、丹念に摩る。
まるで熱したフライパンに入れられたバターのように痛みが溶けていき、代わりに快感を引き出されていく。
ちょ!
そんな激しく?!
あ、だめ! やばい!
「あぁあああぁぁあぁあんっ!!」
再び嬌声を上げてしまった。
「……凄い声……」
「はわわ……ともちゃん……」
「え? え? 宇佐美さん?」
ちょっと! 美冬ちゃん顔を逸らさないで?!
そんな凄い声なの?!
龍元先輩そんな顔で見ないでぇっ!
恥ずかしい……気絶していいかなっ?!
「足首だけじゃないな、腿や内股も……ジャージが邪魔だ、下を脱げ」
「……え?」
いつの間にか背後に回った美冬ちゃんが、私をがっちり拘束していた。
そして1年の女の子が私のジャージに手を掛け――ってえぇぇえぇっ?!!
ちょっと待って、流石にそれは冗談だよね?!
気絶しそ……したらその間に何されちゃうの?!
「お、おおお前たち! 飲んだ男子を前に、女子を脱がし下着姿で辱めるなぞ恥を――」
「先輩、邪魔しないで下さい!」
「あきくんに任せたら大丈夫だから!」
「お、おいっ!」
龍元先輩が道徳的見地から窘めようとしてくれるが、美冬ちゃん達はお構いなしと脱がしていく。
生まれて初めて異性の前に見せるあられもない姿に、羞恥で頭が沸騰しそうだ。
「大丈夫、痛くは無いから」
「癖になるくらい気持ちいいから」
「え、うそ?! 私何されちゃ――んんっ?!」
大きくごつごつした手が、足の付け根に添えられる。
大橋さんの熱がそこから伝わってきた。
生物としての本能なのか、少し足を広げてしまう。
ああああっ、何やってんの私?!
大体どうして、こんな状況どうなってるの?!
美少女2人に取り押さえられながら、下半身だけとはいえ下着姿を男子に晒している自分。
どこからどう見ても今まさに犯罪行為が行われようとしている光景だ。
既に足の付け根の方に手を添えている大橋さんを見てみれば、どこかいつもより身形に気を配っており、ちょっとカッコいいかなぁ、なんて思ってドキドキしてしまう。
初めてだけど別に悪くはないかぁ、でもでも最初だからちゃんと告白して好きな人と……贅沢は言わないけど優しくして――って私、流されようとしているっ?!
あぅ、気絶しそう……
手から伝わる熱に理性まで溶かされようとしていたその時、さすがに見かねた龍元先輩が大橋さんの肩を掴んだ。
「秋斗、止めるんだ! キミはそんな破廉恥な事をするような――」
「伸びた背筋、芯の通ったような体幹、肩凝りと無縁そうな柔らかい筋肉……綺麗だ」
「な、何を言って……」
「とても綺麗だ」
「んなっ! なっなっなっ……ッ!」
大橋さんはどこまでも真剣な声色で、龍元先輩にそう答えていた。
そういう褒め言葉とかに慣れていないのかな?
先輩はすごく顔を真っ赤にして動揺して、綺麗な上に可愛いなんてズルイなんて思ってしまう。
今から相手をするのは私なんだから、ちょっとは私の事も褒め――
「歪みを元に戻してやる」
――え?
抗議のつもりで睨みつけたつもりだった。
だけど大橋さんの目は、どこか慈愛にも溢れたものだった。
あの瞳、どこかで――
「んんっ、はぁっ、んっ、あぁああぁあぁあぁっ!!」
私の心境よりも足の歪みの方が重要だ。
そう言わんばかりの勢いで、丁寧に足を揉み解されていく。
捻った患部だけでなく、足全体の細かな疲労や筋肉の痛みが消え去っていく。
後光。
慈愛に満ち、どこまでも真剣に私の足を揉み解す大橋さんの背後に、確かにそれを見た。
尊いというより、どこか温かくも懐かしく――
「そのスニーカー、歪んでるな」
「さ、咲良ちゃんがソーイングセット持ってたはず! わたし借りてくる!」
1年の女の子が足早に保健室を出て行く。
その間、大橋さんは何かを確認するかのように私のスパイクを丁寧に弄くっていく。
「あきくん?」
「秋斗……?」
え?
「お兄ちゃん、これ!」
急いで戻ってきた彼女が、ソーイングセットを渡す。
無言でそれを受け取った大橋さんは、魔法を使った。
そう、まるで時を巻き戻す魔法だった。
紐は今回のイタズラで切られ、他にも長年履いてボロボロになっていたハズなのに、どんどん綺麗になって蘇っていく。
嘘、だよね? 本当に……?
『智子、中学入学おめでとう。ほら、欲しがっていたスパイクだ。はは、なぁに僕のお小遣いが減っても飲む福祉はね、とっても懐事情にも福祉的なんだ――』
スパイクと共に、父との思い出も蘇ってく。
ああ……っ!
修繕が終わった後、大橋さんは糸が切れたかのように倒れた。
一瞬ビックリしたけど、穏やかな顔で寝息を立てている。
美冬ちゃんは慣れているのか、1年の女の子と協力してベッドに運ぼうとしている。
「わ、私も手伝う!」
「ともちゃんはまず、ジャージを履いた方がいいと思うの」
「あっ!」
迂闊だった。
そういえばパンツ丸出しのままだった。
慌ててジャージを手繰り寄せ履こうとすると――何これ?!
「足が軽い……?!」
怪我なんてまるでなかったかのように……いや、生まれ変わったかのように感じる。
え?! どういうこと?!
思わず大橋さんの顔をみてしまう。
「すぅ……すぅ……」
一仕事を終えた良い顔で眠っているだけだ。
そう、まるで休日弟妹達の相手をして、疲れて一緒に昼寝をしていた父の様に。
「あ、ありがとう……」
「すぅ……んっ……」
呟く私の声に答えた寝言は福祉臭かった。
懐かしくて不意に零れた涙を見られたくなくて、思わず顔を背けてしまった。
――おとうさん……
◇ ◇ ◇ ◇
目を覚まさない大橋さんはそのままに、私達は授業があるので教室に戻っていった。
なんでもしばらくは起きないらしい。
「あきくん、凄いでしょ」
「うん、凄かったよ、おとぅ……大橋さん」
「おとう?」
いけない。
ついお父さんと呼んでしまいそうになった。
なんでもないと誤魔化すように美冬ちゃんに笑いかける。
先ほどの事を思い出す。
あれはまったくもって不思議な体験だった。
それに、どういう訳か身体が軽い。
これなら大会に勝つのは当然として、自己新記録を大幅に更新できそうな気がする。
腕の中のスパイクも、一緒に駆けたいと言っている。
「あきくんがパパ……パパ的活動……生活苦……脱童て……」
「美冬ちゃん?」
「うん、金銭が絡めばお互いwin-winだよね!」
「え?! 何が?!」
「大丈夫、あたしもお金工面するから!」
「えっ?! えっ?!」
……最近、美冬ちゃんはよくわからないことを口にすることがある。
この間も雑誌で『実録! 男を食い物にする女達!』という特集を目を皿の様にして食い入っていた。
どの子が男子高生を翻弄してくれるのかな? なんて聞かないで欲しかった。
どちらかというと、私は食い物にされそうなタイプだし……
美冬ちゃん、そういうタイプに憧れてるのかな?
今のままで十分魅力的だとおもうけど……
と、とにかく!
私は再び問題なく走れるようになった。
だけど、このスパイクに悪意あるイタズラがされたという事実は消えない。
一体誰が何の為に?
「陸上部の宇佐美智子さんだね?」
「え、はい」
ボーっと考え事をしていたら、声を掛けられた。
金髪でちょっとチャラそうな嵯峨先生だ。
密かにホストみたいだな、なんて思ってる。
そんな見た目と裏腹に、色んな部活に顔を出し的確なアドバイスで結果を残す名コーチのような一面もある。
私の信頼する教師の1人だ。
「朝練中に怪我をしたんだって?」
「はい……」
私も何度かフォームについてアドバイスを貰った。
きっと、気にかけてもらえてるんだと思う。
「次の大会は厳しそうだね」
「だ、大丈夫です、それはっ――」
「良い薬があるんだ」
「……え?」
大橋さんじゃないけれど、何か歪みのようなものを感じた。
心配そうな表情をしつつも、どこか違和感を感じる。
「痛みを消しつつ、身体能力を向上させる治療薬さ。これさえ使えば次の大会は問題なしだよ」
……何言ってるの?
ちょっと注意してみれば、私が正常に歩いているのがわかると思う。
この人は私を見ていない。
きっと今、私は何か厄介なことを持ちかけられている。
自然と何かに縋るかのように、抱きしめるスパイクの腕に力が入る。
『智子』
私の中のお父さんが気遣わしげに声を掛けてくれ、勇気を貰う。
逃げるべきだなんて、理性ではわかっている。
だけど、来年双子の弟と妹が入学したいなんて言ってるのだ。
こんな思い、2人にさせたくない。
怪我をした足首が熱を持つ。
いざとなれば逃げればいい……そんな後押しをしてもらった気がする。
「ともちゃん……」
心配そうな顔をする親友に笑顔で返す。
「その話、詳しく聞かせてください」
私も変わるよ。
お父さん。
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