第56話 クラスメイトとスパイク
「こっちだよ、あきくん! 早く!」
「おい、美冬!」
慌てた様子の美冬が、睨み合う小春と龍元先輩の間に割って入ってきた。
「ちょっと、ふゅーちゃん!」
「あれは脂肪の塊あれは脂肪の塊……」
俺の腕を取ったと思うと、ぐいぐいと強引にどこかへ連れて行こうとする。
無意識なのか、やたら胸を押し付けてきてちょっと困る。
「あの子高等部2年の……」
「2人の間に割って入るなんて……」
「くそっ、見せつけやがって!」
「見てるだけなのに柔らかそうだってのがわかるわ」
ほら、周囲の目が冷たいし。
しかし、いつものほほんとしている美冬が、こうまで慌てるというのも珍しい。
余程の事があったのか?
「ともちゃんが退学になっちゃう!」
「はっ?!」
◇ ◇ ◇ ◇
ともちゃんは、うちのクラスで美冬がよくお喋りしている女子だ。
本名は宇佐美智子。
肩まで伸びた髪の毛を兎の尻尾のように纏めてるのが特徴の、ちょっと気弱な感じの子だ
三獣士の気に当てられて気絶していたのも記憶に新しい。
「あきくん、はやくはやく!」
「待て美冬、とりあえず落ち着けって」
「退学?! ふゅーちゃん、どういうこと?!」
「穏やかじゃない話題だね」
退学という予想外の単語に驚いたのか、小春と龍元先輩も俺と美冬の後をついてきている。
そしてそれは非常に良く目立っていた。
「あの人例の三股の……」
「え、うそ?! あれ龍元先輩じゃない?!」
「マジかよ、どうしてあいつと一緒なんだ?」
「どうして世界はこんなにも理不尽なんだよ!」
どうしてでしょうね?
ここのところ急激な変化に着いていけていないところがある。
それにしても退学か……
特に問題とかを起こしそうな子のイメージが無いし、そもそも退学という単語自体がどこか現実離れしている。
よほどのことがない限り、退学なんてさせられないよな?
なおもグイグイ引っ張る美冬に連れられ、どこか不機嫌な小春と怪訝な顔をしている先輩に見守られながらたどり着いたのは、意外な場所だった。
「保健室?」
頭に疑問符が浮かんだのは俺だけじゃないようだ。
「ともちゃん!」
「美冬ちゃん? ……と、大橋く……さん!? えぇえっ?!」
そこには椅子に腰かけるジャージ姿の女の子がいた。
美冬の友達、俺のクラスメートのともちゃんだ。
そのともちゃんはといえば、入ってきた顔ぶれに驚いたのか、目が泳ぎおどおどしている。
彼女の足首から歪みを感じたので目をやってみれば、痛々しく腫れあがっている。
手には湿布と包帯があることから治療の最中なんだろう。
……いやまて、歪みを感じるって何だ?
あと今、君付けからさん付けに強引に変えたよな?!
「大丈夫なの?!」
「あ、あはは。大丈夫じゃないかも……次の大会は無理みたい」
「そんなっ!」
宇佐美さんが力なく笑う。
どうやら見た目相応、歩くのにも難儀するみたいだ。
美冬と2人、悲壮感の漂う表情になる。
どうやら部活の朝練で怪我してしまったらしい。
「ねぇ、あきくん! どうにかならない?!」
「どうにかって……」
俺にどうにか出来るはずないだろう?
医者じゃあるまいし。
そもそも何で俺が連れてこられたんだ?
「安静にしとけば治るんじゃないのか? なら――」
「それじゃダメなの!」
「――は?」
「ともちゃんはね、陸上のスポーツ特待生なの」
スポーツ特待生。
その名の通り、スポーツで優秀な成績を修めているから授業料など便宜を図って貰っている生徒のことだ。
宇佐美さんがそうだったとは知らなかった。
「今月の大会で結果が残せないと、特待生による奨学金が来月で打ち切りだって……」
「ありえないっ!」
そう叫んだのは龍元先輩だった。
「特待生がそんな時期に取り下げられることなんてありえないし、そもそも誰が何の権利があってそんなことをっ!」
理不尽に対する俺たちの想いを代弁してくれているかのようだ。
確かに、こんな時期に打ち切りとか不自然さを感じる。
しかしどうして?
「うちは母子家庭の4人姉弟なので、奨学金がないと厳しいです。だけど、お金なら私のバイトを増やせば何とかなりますから」
「とも、ちゃん……っ!」
だから気にしないで――そう言って宇佐美さんは俺たちに笑顔を作る。
その笑顔は、どうしたって無理をしていた。
「そもそも私の不注意だったんです。スパイクの紐が急に切れちゃって……あはは、ずっと使ってるからボロボロだったし――」
「絶対おかしいよ! 切り口があんなに綺麗だなんて、どう考えても不自然だもん!」
「美冬ちゃん……」
……なるほど。
どうやら宇佐美さんの怪我は故意に起こされた事件の様だ。
詳しい事は分からないが、誰が一体そんなひどい事を。
気丈に振舞おうとするその姿が痛々しい。
「そのスパイク、見せてくれないか?」
「ふぇ?! た、龍元先輩?! こ、これですっ」
「ありがとう」
先輩がスパイクを受け取りジロジロと観察をする。
……
美冬が言った通り、紐の切り口がやたらと綺麗に切れてるな。
それこそ途中まで刃物が入ってたかのように。
何か闇の様なものを感じる。
「……紐が切れての怪我で済んで、運が良かったのかもしれない」
「えぇ?」
「はぃ?」
「へ?」
「どういうことですか?」
先輩が無言で靴の中敷きをずらしたかと思うと、裏返して中身を地面にぶちまける。
キィン、カラカラと軽妙な金属音が床で奏でられる。
「なに、それ……?」
「カッターナイフの折れた刃?」
「巧妙に中に仕込まれていた。もし紐が切れず走っていたら、靴の中に紛れ込んでいたことだろう」
「「「「っ?!」」」」
あまりの事に全員の顔が青ざめる。
さすがにこれはやばいだろう。
もはやただの悪戯じゃすまない。
「お父さんが守ってくれたのかな」
「ともちゃんのお父さん?」
「そのスパイクね、お父さんが亡くなる前、中学祝いで買ってもらった奴なの」
それから身長あまり伸びなかったけどね、と自嘲気味に笑う。
その瞳はスパイクを愛しそうに、そして傷付けられて悲しそうに見つめていた。
「宇佐美さん、だったか? これは悪質な問題だ。今すぐ手を打たないと……何なら龍元家の力をつかっても――」
「やめてください!」
「し、しかし……」
「大事にして母に心配かけたくないんです!」
「……」
「……」
「……」
そう言われてしまうと、何も言えなくなる。
宇佐美さんの家庭の問題にまでは踏み込めない。
俺たちに出来ることはないだろう。
しかし、仮にもクラスメイト。
事情を聞いてしまった以上、そうですかと言って切り捨てられる相手でもなかった。
美冬は感極まり宇佐美さんに抱き付き涙を浮かべている。
小春も唇を噛みしめ、先輩もその柳眉を歪める。
この場にいる誰もが悔しそうな顔をしていた。
俺も何か無性に胸を掻きむしりたいような気分になり、自然と拳に力が入る。
だけどまだまだ学生の身、出来ることなど限られていた。
「だけど、このスパイクで走れないのは辛いなぁ……」
「「「「……」」」」
それは宇佐美さんの心の底からの嘆き声だった。
お父さんの形見のスパイクを悲しそうに抱きしめている。
大事なものを傷付けられ、涙もなく泣いている女の子がそこにいた。
それを無視できるほど、俺たちはまだ人が出来ていなかった。
だけど、俺たちに出来ることなんて――
「……トならこんな時……」
「先輩?」
何かに祈り頼る様な目で先輩が呟く。
……誰だろう?
先輩が頼りにするような人とか想像がつかない。
「……」
「……」
「あの、小春? 美冬?」
そして俺はいつの間にか音も無く背後に回った美冬に腕を取られ、小春に缶を突き付けられていた。
…………え?
「お兄ちゃん、グレープフルーツと――」
「桃味、どっちがいい、あきくん?」
「待て待て待て! 何でここで飲む福祉なんだ!?」
脈絡が無さ過ぎだろう?!
そもそも学校に持ってきて良いものじゃない!
ほら、先輩に宇佐美さんも凄い顔してるぞ?!
「お兄ちゃん、これは人助けなの」
「あきくんだけが頼りなの!」
「意味わかんねぇから! ほら、先輩に宇佐美さんも何か言って?!」
「み、美冬ちゃん? それどこから出したの?!」
「アキ……大橋君?! そんな一気に?!」
「ちょっ、あがっ、ぐっ、んっんっんっ……」
制止も聞かず、問答無用とばかりに福祉を流し込まれていく。
そこで俺の意識が暗転した。
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今夜のお供はダブルグレープフルーツと桃ダブルの2本立てでっ!
 











