第55話 呼び出し
31.3.7 54話の朝食シーンに1文追加
「大橋さん、龍元先輩にも手を……」
「若社長をコケに……」
「流石に相手が悪いんじゃ……」
「あの3人でも物足りないっていうの……っ?!」
教室では早速、今朝のやり取りが噂になっていた。
俺は自分の席で頭を抱える。
ついテンションが上がってやってしまうことって無い?
その場のノリでとか、酔った勢いで、とか。
あれは昨夜の夢に酔った俺のやらかしだった。
「あきくん、これ」
「美冬? 何だそれ……玉縁くり甲大全?」
「お琴についての本なの。先輩って旧家さんの人だから、その」
「意味がよくわから……うへぇ! 琴って高いのとか数百万円もするのか!」
「だ、大丈夫! あたしもアルバイトしてお金負担するから!」
「あの、美冬さん?」
買えと? プレゼント?
冗談だよね? 声大きいよ?
あと定期貯金がいくらとか生々しい話止めて?!
本気に聞こえるから!
「大橋さん、美冬ちゃんに貢がせて……」
「まさか他の2人にも……」
「きっと金遣いが荒くて、お金持ちの龍元先輩を……」
「さすが大橋さん……」
待て待て待て!
話が酷い方向に捩じれて行ってる!
「いいか、美ふ――」
『2年の大橋秋斗君、至急生徒指導室に来て下さい。繰り返します、2年の大橋秋斗君――』
――絶妙なタイミングで呼び出しが掛かった。
周囲から「やりすぎたんだ」「ついにこの日が来た」「あわわわわあきくんっ!」「まさか既に犯罪に手を」といった、まるで犯罪者に対する批評が聞こえてくる。
違うから!
何もして無いから!
…………だよね?
◇ ◇ ◇ ◇
生徒指導の嵯峨佳央先生は、有名人だ。
見た目は教師にかかわらず金髪で、チャラそうに見える。
「2年の大橋秋斗君、だね?」
「はい」
41歳という歳の割りに若くも見えるし、身体も相当鍛えこまれているのがわかる。
そんな感じだからか、俺たち生徒もとっつきやすく、ノリも良くて人気がある。
担当は地理なのだが、その鍛え上げられた肉体が示すとおり、うちの柔道部を始め全ての武道系の部活の特別顧問も勤める武闘派だ。
それだけでなく体育会系や文化系の部活にも造詣が深く、嵯峨先生を頼る生徒は多い。
実際、彼の指導によって大会などで好成績を収めている人も多いという。
だがその一方で、風紀を乱す生徒や生活態度の悪い生徒への指導は苛烈を極めるという。
「最近、複数の女の子と付き合っているそうだね?」
「それは……」
やはりそれか、なんて思ってしまう。
だが全くの誤解だ。
けれど、傍からそう見えるという自覚はある。
「まぁ若いんだ、そういう青春もいいだろう」
「ぅえ?!」
いいんかい! 思わず心の中で突っ込んだ。
なら、一体どういう用件で呼ばれたのだろうか?
「だが、手を出した相手が悪かった」
「は?」
手を出した相手?
小春、美冬、夏実ちゃんの誰かがやば……あ、はい、全員やばいですね。
もしかして、俺の知らないところで誰かが犠牲に――
「全国中学生剣道大会優勝、宮本武蔵杯学生の部個人1位、他地方選抜軒並み優勝――そんな1年の加藤清真君、彼に重傷を負わせた」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
加藤清真って、あの課長っぽいやつの事だよな?
重傷?!
そんなバカな!
「鼻骨変形、頬骨弓骨折、それに歯牙破損……要は思いっきり頬を殴っての顔面骨折か。医師の診断書にはそう書かれている」
「お、俺はやっていませんッ!」
「君が加藤君に、彼女の事で裏校舎に呼び出されたのは知っている」
「それは……っ!」
確か小春の件で、剣道部や柔道部員達にも一緒に囲まれた時の事だよな?
あれはむしろ俺の方が被害者だし、そもそもあの時の加藤君は既にミイラ男の様になっていた。
「俺が呼び出された時には既に、加藤君は怪我していましたよ! だから俺のせいじゃ――」
「虚偽の言い訳は見苦しい!」
「ッ!?」
ダァーンッ!!
嵯峨先生が生徒指導室のローテーブルを勢いよく叩きつけた。
ミシミシと木製のそれが悲鳴を上げる。
まるで銀河が爆発するかのような気迫だった。
「君が加藤君に呼び出されたあと、彼が病院に運ばれているッ! シラを切るなッ!!」
「それ、はッ!」
それってメンタルクリニックだったんじゃ……
だが嵯峨先生には言い訳は許さないという、鋭い視線で睨みつけらる。
それは教師達を束ねる王、教王のような迫力だった。
王、いやその王さえも束ねる皇帝……教皇かもしれない。
――逆らってはいけない。
生徒という立場の本能からか、まるで洗脳されたかのように恐れてしまっている。
「加藤清真君、彼は様々な期待を背負いそして結果も出し輝いていた。いわば黄金の生ン徒だ」
お前とは彼と立場が違う……暗にそう伝えられる。
たしか剣道の腕を買われての特別編入生だっけか。
その事実だけでも、色々な事情が伺い知れる。
あと何で生と徒の間にンを入れたの?!
「彼には様々な人、モノ、金が動いている……わかるか?」
「だけどっ!」
やばい!
有能な選手を潰した犯人として問い詰められている。
このままだと、何かしらの処分が下ってしまう。
くそっ!
その時って意識がなかったから、何があったかわからないし、反論しづらい!
「だが、加藤君の方から因縁をつけたと聞いているよ。君が一方的に悪いとは思っていない」
「え?」
先ほどまでの怒気から一転、まるで人が変わったかのような優しい声色に変わった。
にこにこと人好きする顔で俺の目を見つめてくる。
「先生なら、大橋君を何とかして上げられる」
気障っぽくその金髪をかきあげながら、慈愛に満ちた言葉と表情を投げかけた。
……
今までの俺だったら、間髪居れず縋っていたかもしれない。
しかし、ここ最近その急変する態度に散々振り回されてきたのだ。
小春とか美冬とか夏実ちゃんとか。
だから何か裏があるんじゃないかって思ってしまうのも仕方ないことだと思う。
「どういう、意味ですか?」
「……ほぅ?」
ん?
一瞬、嵯峨先生に歪みのようなものを感じたような……
「つまり、君が加藤君並の黄金な結果を出せば、文句を言ってくる人達は黙るんだ」
「急には無理じゃないですか?」
「彼に匹敵するような強い相手を倒すだけでもいい――例えば鎌瀬高の柔道部とか」
「そ、それは無理だっ!」
強豪と知られる鎌瀬高柔道部。
部としてインターハイだけでなく、所属している部員は様々な大会に出て良い成績を修め、全日本強化選手に選ばれている人もいるという。
わいわいとやってるだけの弱小のうちとの試合なんて、素手で熊や虎といった大型肉食獣と戦えと言われるようなもの。
つまり嵯峨先生は、勝てないとわかって言っているのだ。
「もし、勝てる方法があるとすればどうする?」
「え?」
意外な返答に言葉が詰まった。
そんな方法があるなら、俺じゃなくても飛びつく人がいるだろう。
余程間抜けな顔をしているのかもしれない。
クツクツと嵯峨先生が笑いを噛み殺していた。
「実は――」
「指導中、失礼します」
突如ガラリと開く扉の音と共に、凛とした綺麗な声が部屋に響き渡った。
「龍元先輩っ?!」
「……龍元結季さん?」
その手に何かの資料をもって堂々と俺たちの間に入ってくる様は、少し考えれば異常なことだとわかるのに、まるでさも当然の振る舞いとばかりに見惚れてさえしまった。
「龍元さん、今は指導中で――」
「その指導内容についての話についてです」
ピシャリと嵯峨先生の言葉を遮り、テーブルの上に何か資料を置く。
さすが龍元のお嬢様。
場を支配する風格がある。
「これは?」
「見ればわかります」
どうやら俺の分もあるらしい。
ええっと、これは……
…………
んん?!
「加藤清真君、明らかに全ていい数字を出していますよね?」
「バカな!」
かちょー君の最新の診断書と体力測定の報告書だった。
4月の始めの行われたそれと比べ2~3割アップしている。
「更には、秋――大橋君と揉めた後の対外試合では公式戦も含め全て一本勝ちをしています」
「なっ……! た、確かに」
それらの試合では見るからキレが増しており、一体どこで整体やマッサージを受けたのかと話題になったという。
なんだそれ?
何かドーピング薬キメた言われたほうが納得するぞ。
「加藤君の大橋君の呼び出しの件、他にも人が居たのをご存知でしょう?」
「あ、あぁ」
「加藤君を懸命にマッサージして介抱したという報告も受けています」
「っ!?」
「少なくとも大橋君は加害者でもない事がお分かり頂けるかと」
「……わ、わかった。大橋君、この話はここまでだ」
……
俺の理解が追いつかぬ間に、龍元先輩と嵯峨先生の間で話が終わってしまった。
ともかく、俺への疑念は晴れたらしい。
あれ、これって龍元先輩が俺を助けてくれたってことじゃ?
「先輩、助かったよ、ありがと」
「ッ?! べ、別に貴方の為に助けたわけじゃない! 冤罪を見過ごせなかっただけだ!」
だとしても助かったのは事実。
安堵からか、俺の顔も緩んでしまう。
もしかしたら今朝のお礼なのかもしれない。
そんな事を考えながら、生徒指導室の扉に手をかけた
「お兄ちゃん、大丈夫?!」
「小春?!」
開けた瞬間、小春が待ち構えていて抱き付いてきた。
顔を見るに、随分心配を掛けたようだ。
「あの人ほら、ついに」
「やっぱ何か沙汰があったんじゃないか?」
「女の子達に言えない事を強いたとか……」
「お兄ちゃんなんて呼ばせてるの……?」
小春だけじゃなく、結構な数の野次馬もいる。
今朝の事と関係付けて見に来た人もいるのだろう。
べ、別に何も無いんだからね!
ぐりぐりと小春が額を胸に押し付けている様を見る周囲の目が痛い。
よし、せめて野次馬達にも生徒指導は何も問題ないという事を伝える為に、出来るだけ明るく言おう。
「大丈夫、ちょっとした誤解だったけど龍元先輩のおかげで――」
「――どうしてそんな緩んだ顔をしているの?」
ピシャァアアァァアアァァアアァァンッ!!!!!
空気が張り詰められた音を聞いた。
小春の目の虹彩は消えており、場合によっては刺すよと瞳が言っている。
あ、あっれぇ?!
確かに頬は緩んでいたかも……あっるぇえぇっ?!
「龍元先輩? 呼ばれたのがお兄ちゃんだけなのに、どうしてあの人と一緒に出てくるの?」
「ま、まて小春! 落ち着け!」
不機嫌を隠そうとしない顔で、今にも飛び掛りそうな瞳で先輩を見つめる。
「どうしてかなぁ? 接点が何も無い筈の先輩がどうして?」
「家族だからといって、全てを知ってると思うのは傲慢じゃないかい、小春君?」
「へぇ?」
「ふふっ」
あの、先輩?! 煽らないで?!
2人とも落ち着いて?
ほら、周りの人にも目をやって?
今中等部の子が短い悲鳴を上げて倒れたよ?!
「俺、先に教室に戻っとくから!」
「お兄ちゃん!」
「あき……大橋君!」
これ以上この修羅場に巻き込まれてはかなわない。
そんな思いでその場を去ろうとした。
「あきくん、大変なのっ!!」
「美冬!」
だが、急に駆け付けた美冬がそれを許してくれなかった。
「あきくんだけが頼りなの!」
「わかった、わかったから落ち着け!」
3人目の美少女の登場により、周囲の冷ややかな目がより一層好奇と冷ややかさの色が増す。
一体今度は何だってんだ?
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