第54話 脳裏に焼き付いた言葉
間が空いてごめんなさい。
今日から新章、連載再開します。
31.3.7 朝食時にシーン追加
『おれがユーキの事わかってやるよ』
それはきっと子供特有の万能感から来る、傲慢な言葉だった。
気持ちに嘘は無かった。
だけど俺がユーキの事をちゃんと理解したかと問われると、否としか言えない。
所詮子供だったし、どういう問題を抱えていたのかさえ知らなかった。
実際にその言葉への返事は無く――
――どこか辛くて悲しそうな顔をされたのを覚えてる。
「…………」
現在6時25分、いつも通りの時間に目が覚めた。
セットした目覚ましより5分早い。
起きて早々少し憂鬱だ。
夢見が悪かったからなのか、連休明け最初の朝だからなのかはわからない。
もし、俺がユーキの事を少しでもわかっていたら今頃――
「んふぅ……すぅ……」
「……」
隣で我が妹、小春が寝息を立てていた。
その手は顎(※人体急所)と胸の上(※肺の上、人体急所)に添えられ、足は踵の後ろ(※アキレス腱、人体急所)を的確に押さえている。
一ヶ月前までは、俺と顔を会わせたら射殺すような目で睨んできたというのに、どういう心変わりがあったというのか……
俺はまだ、小春でさえ理解出来ていない。
「ふぁ……あふ……」
欠伸を噛み殺しながらもそもそとパンを口に運ぶ。
口の中にイチゴジャムの甘い味が広がるが、気力が無いのでなんとも味気ない。
ゲームだと甘味系のアイテムは精神力を回復してくれるっていうのに……現実は甘くはないな。
『――地方のシンボルである宍戸ビルが謎の揺れに見舞われるという原因不明の事件の一方で、この地域おけるアスリート達の依存性の強い薬物による問題が深刻化しており――』
それだけじゃなく、朝のニュース番組から流れてくる話題もどこかほろ苦い。
「あ、お兄ちゃん、寝癖跳ねてる」
「ん? そのうち元に戻るだろ」
「だめよ! ちょっと待ってて!」
バタバタと洗面所に行ったと思ったら、何か霧吹きのようなものとブラシを持って来た。
別にいいのだが……
昨日からやたら小春が身だしなみに口うるさい。
……もしかして俺ってその辺ダメダメなの?
「ジッとしてて。わたしが直してあげる」
「お、おぅ……いててっ」
「あーもう、結構絡まっちゃってる。お風呂上りとか、ちゃんと梳かしてる?」
ぶつくさと文句を言いつつも丁寧に髪に水気を吹きつけながら整えていく。
首の付け根(※頚椎、人体急所)や耳の後ろ(※乳様突起、人体急所)、額(※人体急所)にブラシが当たる。
他人に髪を弄られる独特の気持ちよさからなのか、ゾクリと背筋が震えたりした。
「はい、出来た。普段からもうちょっと手入れした方がいいよ?」
「あーでも、夏も近いし短くすっかなー」
「ダメ!」
「え?」
「むしろ伸ば……あ、でもウィッグ使うほうが現実的かな……」
「ウィッグ?!」
俺ってカツラとか必要なの?!
禿げてないよな?! ふさふさだよな?!
親父だって禿げてないし!
か、考えすぎると良くないよな?!
「おし、学校行こ」
「……ぁ」
立ち上がり振り向くと、小春と目が合った。
どういうわけか俺を見て固まっている。
「何だよ」
「な、何でもないよ、なんでも! うん!」
驚いた顔をして……弄くったのは小春だろう?
心なしか顔が真っ赤だ。
別に変になってないよな?
昨夜から急に眉を整えられたり、一体何を考えてんだ?
「……ちゃんとすればお兄ちゃんって……」
呟く小春の声は、小さくて聞き取れなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おはよぅ~、あきく……んっ?!」
「おはよ、美冬……て、どうした?」
「ど、どうしたの?! 何かあったの?!」
「え?」
息を呑んだ美冬が、大きなタレ目をこれでもかと見開いて、無遠慮に俺の顔を見回してくる。
正直ちょっと気恥ずかしい。
「小春にちょっとな……変か?」
「そ、そんなことないよ!」
ブンブンブンと、普段のトロくさい動きからは信じられない勢いで首を振る。
心なしか頬が赤い。
……
一体俺はどうなっているというのか?
鏡は持ってないので、カーブミラーで確認してみるが……なんとなく、こざっぱりした自分が映るだけ。
んー、全体的にスッキリしてる感じ?
「あきくん、モテモテさんになれるよ~! モデルさんと並んでも大丈夫なくらい!」
「そ、そうか」
よくわからんが、褒められて悪い気はしない。
あと、そこまで言われると流石に照れる。
「むぅ、わたしがやったんだからね!」
「ぐっじょぶだよ、はるちゃん!」
「え? え、えぇ」
興奮気味に小春の手を取る美冬。
きゃいきゃいと、まつ毛はどーするやら唇の乾燥はどうこうという話し声が聞こえてくる。
えーっとそれ、俺への計画か?
「あ、そうだあきくん。わんこちゃんは今日は来られないって。朝練? があるらしいよ」
「え、うそ朝練? 聞いてないぞ」
「自主練だって。集団戦がどうとか」
集団戦? 柔道の?
最近部員達がなんだかおかしいんだよな。
やたらと練習に気合が入っているというか、カルト宗教じみているというか。
……
ま、いっか。
「…………」
「…………」
「…………」
小春と美冬はどこか照れくさそうにしつつも無言だった。
そんな2人に挟まれながら通学路を歩く。
静かで大人しいところが、逆に不安に駆られる。
相変わらず腕は左右に捕らえられたままだし……
「なぁ小春?」
「ッ!?」
「その、美冬?」
「っ?!」
それぞれ話しかけようとするも、顔を背けられる。
そのくせ、俺の腕を掴む力がぎゅうっと絞まったりする。
ちょっと痛い。
相変わらずといえば、周囲から向けられる視線も相変わらずだ。
正統派美少女な小春に、ゆるふわ美少女の美冬。
ただでさえ目立つ2人に挟まれていると、それはよく目立つ。
……悪い意味で。
「あの人、相変わらず女の子を……」
「女の子が顔を赤くして大人しく……まさか!」
「男の方、どこか垢抜けたような顔を……そういうことか?!」
「GW中に2人共その毒牙に……くそっ!」
「どうしてあんなダメそうな奴にっ」
「もしかしてダメ男がタイプとか、そういうことか?!」
あ、あれ?
大人しい2人のせいで事態が悪化してない?!
今までの嫌悪するような視線から、外道を見る蔑んだ視線にランクアップしてるんだけど?!
くぅっ!
何も無いから! GW何もなかったから!
あと俺はダメ男なんかじゃないから! 多分!
「僕のどこがダメだったか、ちゃんと教えてくれ!!」
ッ?!
俺の心のうちを代弁したかのような叫び声が響き渡った。
ちょっとドキッとしてしまう。
声の主は、校門前にいる仕立てのよさそうな白いスーツ姿の男性だ。
周囲が制服ばかりなので、それはよく目立つ。
しかも話しかけている相手が、あの龍元結季だから尚更だった。
スラリとして気品があり、人の上に立つ風格すら漂う美少女――相変わらず、絵になる人だな。
そう思うのは俺だけじゃないようで、先ほどまで俺たちを揶揄していた連中も釘付けになっている。
「お兄ちゃん、あの人って……」
「龍元結季先輩、だな」
「しゅ、修羅場なのかな? あわわ……」
誰だろう?
見た目は身なりもいいし、爽やかそうなイケメンだ。
歳は俺たちより少し上……大学生か、それより上くらい。
「私はまだ学生の身だし、お見合いの件は何度もお断りを――」
「じゃあ僕自身には問題無いってことだろう?! ならっ!」
爽やかな感じのイケメンだが、やってることは爽やかじゃなかった。
それにしても学生なのにお見合いか……龍元家ともなればそういう事もあるのか。
「あ! あの人って」
「知ってるのか、美冬?」
「うん……最近有名なSNSと流通を利用したベンチャー企業の社長さん」
「あ、わたしも知ってる! 年商10億円の若き社長に迫る、で特集組まれていたやつ!」
「そうそう!」
美冬の呟きに小春が反応する。
どうやら2人が愛読している雑誌で特集が組まれていたそうだ。
へ、へぇ。
会社は大学在学中に立ち上げて?
親は畿央銀行の頭取?! この地方最大の地銀じゃん!
それだけじゃなく、陸上でも国体行った選手?!
生まれも良い上に会社を成功させる能力があってスポーツも出来て、その上イケメン。何そのチート?
「あの人確か、ピアノのコンクールで賞を取ったとか」
「家が凄い豪邸で、この前テレビでも紹介されてたよね」
「凄すぎて嫉妬すらしねぇ……」
「美男美女でお似合い……」
周りの反応を見ても、その凄さがわかる。
会話内容が現実離れし過ぎていて、まるで天上人の会話を聞いているみたいだ。
きっと俺には関係ないし、理解できない世界なんだろう。
だけど――
「だから、私はまだそんな歳でもないので――」
「ああっもう、理解できないな! 僕以上に君に相応しい男は居なッ――」
「止めとけよ」
「「「「ッ?!」」」」
――その言葉に身体が反応してしまっていた。
2人の間に割って入り、先輩を掴もうとした男の手首を掴む。
「な、何だね、君は?!」
「……大丈夫ですか、先輩?」
「あっ……き……」
自分でも何をしてるんだか、なんて思う。
ほら、先輩なんて信じられないものを見る目で俺をみてるし。
普段なら、絶対こんな目立つ真似とかしなかった。
『おれがユーキの事わかってやるよ』
思い出すのは今朝の夢。
そしてかつての親友の辛そうな瞳。
それが何故だか龍元結季先輩に重なってしまったのだ。
「あいつ確か、中等部の子をペットにしている……」
「おい、まさか今度は龍元先輩を……」
「さすがに身の程を過ぎるんじゃ」
「あれ、いつもよりちょっと大人っぽい?」
……
け、軽率だったかなーっ?!
ただでさえ目立ってしまっているのに、このままだと先輩も巻き込んでしまう。
それは流石に避けたい。
「手を離せ! これは僕と彼女の問題だ! 君は引っ込んでいたまえ!」
「…………」
そんな俺の胸のうちとは裏腹に男はヒートアップしていた。
あれ、手遅れ?
「どうっ、して……キミは……っ!」
どこか辛そうな顔をして、瞳を潤ませる龍元先輩。
そういえばこの男って、いいとこの社長なんだっけ。
きっと彼女の事、俺がこの後何かされないか身を案じてくれてるのだろう。
ちょっとした言葉が問題になるかもしれない。
なるべく言葉は短く簡潔にしないと。
「大丈夫だよ」
「ッ!!」
なるべく自然な感じで龍元先輩に笑いかける。
上手く出来ているだろうか?
ボロがでないうちにさっさとここを去ったほうがよさそうだ。
「行こう、遅刻してしまう」
「あ、ああ」
どこか戸惑い顔を赤くする先輩を、学校へと促す。
や、やめてくれ。
俺だってキザな台詞になってしまって恥ずかしいんだ。
さっさと、さっさと行こう? ね?
「待て、貴様! ふざけているのかっ?!」
だけどそれを許してくれない人がいた。
例の若社長だ。
「結季、まだ終わってな――――へぶぉあっ?!」
「あっ!」
ズササササササーーっと、若社長が地面に顔面からスライディングした。
……見てるだけでも痛そう。
勢いよく向かってきたので、つい癖で出足払いを掛けてしまったのだ。
真っ白なスーツだけに、土の色が良く目立つ。
……
あのスーツって高いやつだよね?!
ど、どうしよう?!
え、えーと、こういうときはどう言えばいいんだ?!
「すまない、クリーニング代は払うよ」
「~~~~~ッ!!!!」
あっるぇえぇ?!
今明らかに言葉のチョイス間違えたよね?!
バカ! 俺のバカ!!
「あの若社長があしらわれて……」
「あいつ、怖いもの知らず過ぎないか?」
「普通じゃないのは確かだろ、じゃないと3人も侍らさないし」
「くそ! ちょっとだけカッコいいなんて思ってしまった!」
周囲の視線と話題は独占状態だ。
早くここから立ち去りたい。
「本当に、君って奴は……っ!」
「先輩?」
それは何かを堪えるかのような顔だった。
辛そうで、それでいて何かを俺に訴えかけているかのよう。
……どういうこと?
「き、君がそんなだから私は……っ!」
「え?」
「何してるの、お兄ちゃん?」
「「「ッ!!?」」」
そこには夜叉がいた。虎の如き夜叉が。
焦点の合わない目でふらりふらりとこちらに向かってくる様はまるで幽鬼の様。
ぶっちゃけ実妹ながらちょっと怖い。
「へぇ、お兄ちゃん、いつの間にか先輩と仲良くなってたんだぁ?」
「まて、小春! 人として発してはいけない気が漏れ――」
「ほぅ、よい気迫だ」
「――先輩?!」
小春に触発されたのか、龍元先輩が今まで抑えていた気を解放させていた。
清廉に透き通り張り詰めた清水の如き気は、まさに龍。
「キミは確か秋斗の妹だったか」
「へぇ、良くご存知ですね」
「目立っていたからね」
「別に先輩ほどじゃないです。あと早くお兄ちゃんから離れてください」
「何故? キミのモノというわけじゃないだろう?」
「く、このぉっ!」
そんな2人が俺を挟んで睨み合う。
出来れば他所でやってほしい。
「ぼ、僕を無視するな――」
「鼻血社長はすっこんでて!」
「ストーカーは失せて下さらない?」
「ひっ!!」
そんな2人に気圧された若社長は『つ、次は一緒に来てもらうからな!』と、負け犬感ハンパ無い台詞で去っていく。
その姿を見て思うのは、かっこ悪いとか情けないとかそんなネガティブなものでなく、早く逃れられて羨ましいという感情だけだった。
「いこ、お兄ちゃん! 先輩なんだかお兄ちゃんを狙う肉食獣みたい!」
「えっ?!」
「秋斗君気を付けて。妹君はキミを何か別のモノに変えようとしている気がする。」
「えっ?!」
「図星ですか、先輩?」
「ふふ、同じ言葉をそっくり返すよ」
え、えーと、2人とも何を言……
「あれ、修羅場か?」
「はは、なんでだろ、震えが」
「今日こんな寒かったっけ?」
「ごめん、腰が抜けて……」
ほら、皆怯えてるよ?
押さえて? その可視化してる虎と龍を引っ込めて?
は!
そうだ、美冬だ!
美冬ならこの2人にも負けじと何かを――
「あきくんが先輩に無理矢理奪われて……はわわ……先輩はょ」
どこかうっとりとした表情で、不穏な事を口走っていた。
……
なぁ、ユーキ。
俺、妹も幼馴染も、あとついでに先輩も理解できねぇよ……
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今夜のお供はトリプルレモンでっ!











