第52話 龍の逆鱗とテディベア ☆宍戸千南津視点
今回は獅子先輩の姉であり人気モデルの宍戸千南津視点です。
h31.2.28 紳士漫画を諸事情(主にヒロインの性癖)により改題しました
私は宍戸千南津。
宍戸グループの経営者一族の長女にして、モデル。
最近は地方局のTVにもよく出ているわね。
自慢じゃないけど、この地方での人気はトップクラスだという自負がある。
そんな私だけど、今日は龍元家本邸へやってきていた。
「千南津さん、お久ぶりです」
「突然のお邪魔悪いわね、お嬢様」
出迎えたのは龍元家の一人娘、龍元結季、様。
私の受け答えが気に入らないのか、睨むような視線で抗議してくる。
そして無言のまま、客間へ。
ひぇ、おっかないおっかない。
かつての山城跡に築かれ、陣屋の名残を色濃く残す龍元邸は、外部も内部も見る者を圧倒してくる。
正直苦手だ。
だけど、今回来た目的は物言いなのだ。
100名近い逮捕者が出た宍戸ビル振動事件――それに関わった宍戸学園の関係者は一切不問にすべし、龍元家がそんな圧力を警察側にかけたのだ。
警察だけじゃなく、宍戸グループのメンツも潰れた。
実際のところは、事件の犯人と関係ないと声を上げただけなのだが、龍元家が言うと洒落にならない。
それくらい、この地で権威を誇っている。
宍戸グループと龍元家の関係は複雑だ。
グループ全体の株を15%以上保有しているし、工場などの土地も租借している。
如何に宍戸グループが巨大と言えど、龍元家に逆らうのは得策ではない。
だけど今回、色々と不可解な点が多かった。
その辺をまるで弱点を責めるかのように、強気で論っていく。
……こんなに強気に出られるなんて、自分にびっくりだ。
あの男の子との一件から、まるでちょっとだけ生まれ変わったかのような――まさかね。
「つまり、今回の件はお嬢の独断だったというわけね」
「……ええ、そうなるね。あとお嬢呼びは止めて頂戴」
「まぁいいわ、貸し一つという事にしといてあげる、結季様」
「……それで結構」
彼女の柳眉がピクリと歪む。
一本とってやった!
思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。
いつもこのお嬢様にはやり込められてばかりだったから、ちょっとスッキリ。
結局先の事件での圧力は、色々とグレーなやり方でこのお嬢様がちょっかい出したという感じだった。
龍元結季。
旧華族伯爵、龍元家の1人娘。
文武両道のチートなお人形様。
そう、お人形様。
まるで作り物めいた綺麗な顔に絹のような髪。
手が込んでいると一目でわかる京友禅を完璧に着こなして座る様子は、まさに牡丹。
私よりよっぽどモデル向きなんじゃないの?
決してむやみやたらに家の力を使う様な……いや、使うにしてももっと狡猾に使うだろうに、何故?
彼女らしくない感情的な、浅慮とも言える行動といえる。
まるで、何かに執着してるかのような……
「私にまだ何か?」
「いえ、別に」
いけない。
ついジロジロと見てしまった。
しかし、このお嬢様にそうまでさせる何かがあったというの?
確かにあの事件は色々よくわからない事があった。
特に――
「凄い男の子が居たわね」
「ッ!」
「何十人もいる障害をものともせず、最後は犯罪組織のボスを鎧袖一触! あれぞ正にヒーローって感じ!」
それだけじゃなく、自分に無頓着で髪や服とかいい加減だったけど、結構可愛げのある顔立ちだった。
しっかりケアなりして色々磨けば、そこそこ画面映えしそう。
あのあわあわしていた女の子の彼氏、なのかな?
ううむ、とはいえ――
「年下男子かぁ、いいかも」
「あ゛?」
――ッ?!
がッ……あッ……はぁッ……――やめ、息が……ッ!
溺れるッ……何か目に見えない重圧が身体にまとわりつく。
まるで底なし沼に引きずり込まれたかと錯覚する。
パクパクと口を開け閉めするさまは、酸素が足りない池の鯉みたいで滑稽に違いない。
龍元結季の瞳は、大事な宝物を泥の付いた手で触れる咎人を見る色をしていた。
――逆鱗。
私は今、触れてはいけないものを……
ち、違っ、助け――
「――失礼」
「……ッ?! かはっ! けほっ! はぁっ……はぁっ……!」
一体何が?!
涙目になりながら、酸素をよこせとばかりに貪るように荒い呼吸をする。
「彼が何か?」
「何って……ひっ!」
そこに不機嫌さを隠そうとしていない龍が居た。
そう、龍。
龍としか言いようのない人間離れした何か。
それが妖しげに、しかし美しく笑いかけてくる。
――畏怖。
これが、この地を治めた龍元家の血の力とでも言うの?!
そして、まるでそうすることが自然の摂理とばかりに、腰が抜けて跪こうとしてしまう。
くっ!
「ほ、他に約束があるので! 私はこれで!」
「……そう」
負け犬の遠吠えだって言うのはわかっている。
だけど、お嬢様に膝を突くのだけは、私のプライドが許さなかった。
それに実際約束があったし!
……
だけど、もし自分に尻尾があったら確実に巻いている……
そんな感じの逃げっぷりで龍元邸を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
街の外れにあるこの喫茶店は、私のお気に入りのお店だ。
少々値段は張るが、居心地のよい空間と時間を提供してくれる。
「ごめん、待たせたわね。あ、私はアイスコーヒーで」
「いえ。今日は突然すいません」
先にソファーに座っていた美少女が、申し訳無さそうに頭を下げる。
緩くウェーブのかかったふわふわな髪、人目を惹く大きな胸に、それに負けない抜群のプロポーション。
だけどその零れそうなほど大きな瞳は、物怖じすること無くはっきりと私を捉えていた。
……へぇ。
今の私はオフだった昨日とは違い、メイクもばっちり戦闘態勢だ。
あと龍元邸帰りなので、ちょっと顔が不機嫌になっていたかもしれない。
そんな私に対し気後れするどころか、むしろ検査し、見定めようとしているかのような目を向けてくる。
「電話の件だけど……モデルの話、色よい返事を期待していいのかしら?」
「えぇ、いくつか細かいお話を聞かせて頂きたいと思いまして。答えにくい事でも構いませんか?」
と、彼女――押隈美冬ちゃんはにっこりと、同じ女だというのにドキリとするような笑顔で答えた。
優しく包み込むようなその笑顔は、大きなテディベアを連想させる。
こういう娘を癒し系、とでもいうのかしらね。
さっきの、攻撃的で化け物じみた龍元のお嬢様とは全然違う!
はぁ、見ているだけでも癒される。
ふふっ。
それにしても答えにくい事、か。
堂々とそんな事を聞いてくるとか、なんていう度胸。
カメラの前でも物怖じせず輝いてくれそう。
昨日出会った時は、あわあわしてるどこか頼りない娘ってイメージだったのに。
出尾に騙されかけていたとはいえ、惜しいと思って声を掛けたけど……これは良い拾い物かもしれない。
「答えられることなら。さすがに昨日の出尾の件とか、警察絡みの事は無理だけどね」
「恋愛に関しての事ですが、大丈夫ですか?」
恋愛……ああ、なるほど。
昨日のあの男の子の事かしら?
あの子もボサボサの髪とかきちんとケアして身だしなみを整えて、磨けば光りそうな子だった。
結構可愛いらしい顔してたもんね。
「うちは別に恋愛は禁止じゃ――」
「男遊びが激しいモデルやタレントに、男の子を紹介しても大丈夫でしょうか?」
「――え?」
どういうこと?
イケメンを紹介しろとかでなく、手癖の悪い女に男の子を紹介したいの??
美冬ちゃんを見つめ返すも、その表情はどこまでも真剣だった。
「出来れば股が緩くて、尚且つ男性を何人も持ち崩させている方がいいです」
「ねぇ待って?! ちょっと待って?!」
一体どういうこと?
これが聞きたかった事なの?
真意を探るべく美冬ちゃんを今一度観察する。
一瞬、不安げに瞳が揺れるのが見えた。
……
うん、かなりの美少女だ。
ゆるふわで優しげな彼女に微笑まれたら、それだけで癒される事だろう。
系統は違うが、龍元のお嬢様にも匹敵する美貌だ。
はっ!
これほどの美少女だもの。
きっと、学校でもイジメられているに違いない。
嫉妬されないわけがない。
自分の与り知らないところでカップルを惑わし、逆恨みされているかもしれない。
……そういうことか。
きっと脅されて、モデルを紹介しろと。
だからせめて、男をゴミくずの様に捨てる地雷女を……
「大丈夫よ、美冬ちゃん! 私が力になるわ!」
「え?」
「確かに知り合いで男にだらしない奴が何人かいるわ! そしてそういうのが好きだって子もね!」
「ほ、本当ですか?!」
「ええ、任せて!」
よほど嬉しかったのか、瞳にうっすら安堵の涙を浮かべるほど。
……そう、辛かったのね。
大丈夫、イジメからは私が守ってあげる!
男を財布やストレス発散の道具か何かとしか思っていない、最ッ低な女を探し出してやるわ!
「へくしっ! あ、やべっ、季節龍さん!」
『っと! デバフミスかい? 火力は十分だから問題ないよ』
「ちょっとくしゃみをね」
『女の子が君の事を噂してたりして』
「はは、普通の子なら大歓迎だけどな」
『……普通の子、ね。いい所のお嬢様とかはどうだい?』
「お嬢様かぁ、割と好……はっはぁん、季節龍さんお嬢様系好きなんだ?」
『ッ?! そ、そう! 実はそうなんだ! あっはっは!』
「お勧めの紳士漫画あるぞ! 『お嬢様は後ろがお好き』ってのがあってな――」
『お、おぅ……』
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