第48話 思い出のセリフ
逢魔が時――それは光が墜ち、闇が支配する黄昏刻。
そんな夕暮れの薄暗い教室で、黒き歴史に身を堕としていた俺は、今生の天使と邂逅を果たしていた。
……
え、なにこの痛々しい感じ?
夢? 夢だよね? 夢だと言って?!
『大橋君とはそういうんじゃないから。ごめんね? 勘違いさせちゃったかな?』
心底迷惑といった表情で痛々しい俺に頭を下げる天使。
そりゃあ『この闇と光が交わるこの時、我らも恋仲となり心を交わろうぞ!』なーんて言われて付き合う女の子なんていないだろ。
夢だとわかっていても胸が痛い。
だけど、当時色んな意味で真剣だった俺には大いにショックだった。
しばらくは廃人の様に過ごしていたのを覚えている。
カッコいいと思ってでなく、廊下の窓からただただ空を眺めてしまう事もあるんだと、この時知った。
『そこから何が見えるんだい?』
なんとなく記憶に引っかかる、どこかで聞いたような台詞だった。
だから、懐かしい人に声を掛けられたと錯覚した。
それに俺は何て答えたんだっけ?
確かぶっきらぼうに、それこそ親友に向かって愚痴を吐くように、暴言にも近いことも言ったと思う。
当時の俺はそこまで余裕が無かった。
だけど打てば響くような返しが心地よくて、それに甘えてしまったのを覚えてる。
『きっと、君を理解してくれる子が傍に居るよ』
ありきたりで陳腐な言葉だった。
しかし自分でも驚くほどすんなり心に染み渡り、心が和らぐ言葉だった。
一度どこかで似たようなことが――
『あー、あんがと』
そこで初めて、俺は振り返って相手を見た。
相手の顔を見てなかったからこそ、色々吐き出せたんだと思う。
『どういたしまして』
だからその顔を見てびっくりした。
俺を見て微笑んだのは、芍薬の花のようにスラリとした佇まいの美少女。
龍元結季先輩。
美貌だけの人物でなく、文武両道で模試や大会で出した結果は数知れず。
古い家柄を感じさせない気さくな人柄で、風紀委員にも所属してる生徒の模範とも言える有名人だ。
はっきり言って、俺と住む世界が違う。
ああ、なるほど。
こんな俺を見かねて、話を聞いてくれたんだろう。
彼女に惚れる人が多いわけだ。
途端に自分が恥ずかしくなって、逃げ出してしまった。
ほんと、俺って馬鹿な奴だと思う。
……………………
…………
「……」
本日5月6日。
振り替え休日、GWの最終日。
目覚ましをかけていないが、いつも通り6時25分に起きてしまった。
――俺をわかってくれる人が傍にいる、か……
「んぅ……おにぃちゃ……」
そんな俺の隣には小春が寝ていた。
手を首の後ろ(※頚椎、人体急所)や脇の下(※人体急所)に回しており、足も脛(※人体急所)に絡めている。
5月ともなれば随分と暖かくなっているので、はっきり言って暑苦しい。寝汗も結構かいてるし。
引き剥がそうとしたが……美冬といい、なんでこんなに身動きできないように極めれんの?
あと最近この状況に慣れつつあるんだけど(困惑)?
「小春、小春」
「……ふにゃ?」
寝ぼけ眼を擦りながら、猫の様に額を肩口に擦りつけてスンスンと鼻を鳴らす。
ただでさえ寝起きのだらしない顔が、うふえへへと人様に見せられない顔へと溶けていく。
「もう暑いし、汗臭くないか?」
「むしろそれが良…………汗くさ…………?」
「小春?」
「いやぁあああぁぁああぁああぁっ!!!!!!!!!」
振り替え休日の早朝に、小春の絶叫が響き渡った。
「嗅いだ? ねぇ嗅いだ?! ふぇ、ふぇええぇぇええっ」
「な、何を?!」
からの、半泣きである。
絶望にくしゃくしゃと顔を歪ませ、大粒の涙を目尻に溜める。
え、何? 何でこうなってんの?!
「ちょっと、あんた達! 朝っぱらから何やってんの?!」
「母さん!」
「お、おかぁあさぁん~っ!」
想像してみて欲しい。
思春期の息子のベッドの上で、涙ぐむ娘を発見した母親の気持ちを。
そしてその娘が涙目で縋ってくる心境を。
「秋斗、あんた小春に何をしたの?!」
「ど、どぼじよぅ、おがぁざんんっ」
何も疚しいことはしていない。
だけどなぜか正座になってしまった。
小春が母に小声で何か耳打ちする様子を、まるで裁判で判決を言い渡される罪人の気分で見守る。
「…………秋斗」
その嘆息は呆れか軽蔑か。
「小春も女の子なんだから言葉にも気を使ってあげないとダメよ? 汗臭いとか言っちゃダメだからね?」
「え? あ、はい」
もじもじと自分のパジャマに鼻をつける小春。
ええっと?
それだけ?
「わだじお風呂で汗流してくるっ!!」
「あんた達の仲が良いのはわかったから、朝からそんなに騒がないでよね」
…………
普通、誰かの汗の匂いとか積極的に嗅ぐようなもんじゃないだろ?
先輩、俺は一番身近にいる母と妹の事をわかってあげられそうにありません……
◇ ◇ ◇ ◇
「てことが朝からあってさー」
『はは、なかなか愉快なご家族だね』
この日は一日中ネトゲをしていた。
昨日がなかなかハードな一日だったので、外出する気が起きなかったというのもある。
『一人っ子だからねー、兄妹にはちょっと憧れるよ』
「そんないいものでも……あ、でも兄貴とかいたら季節龍さんみたいな感じなんかな?」
『あ、兄貴?!』
「ごめ、迷惑だった?」
『いや、そんなこと! そっか、兄貴か……ふふっ、な、なんなら親友でもいいけどっ?!』
季節龍さんが親友か……俺が一方的に甘えてばかりな感じだから、やっぱ兄貴って感じなんだよな。
『やほー、昨日の呼び出しからやっと帰ってこれた! 疲れたー!_(:3 」∠)_ 』
『やぁ』
「ばんわー、綿毛らいおんさん」
って、昨日から?! そういや宍戸ビルで何か事件あったんだっけ?
翌日の夕方まで仕事に追われるとか、社会人って大変なんだな。
そういや獅子先輩達ともビルで別れたけど、大丈夫だろうか?
『実際に陣頭指揮を取ったのは上司で、基本自分達は後始末だったんだけどね「(´へ`;』
『凄い上司なんだね』
「どんな人?」
『女性なんだけど……なんだか"様"って付けたくなるような人かな?( ー`дー´)キリッ 』
仕事の出来る女……子供っぽい夏実ちゃんの真逆な感じの人なのかな?
「頼れるお姉さんって感じ? ちょっと憧れるかも」
『へ、へぇ、オータム君は年上好きなんだ?』
童貞だもの、優しいお姉さんに色々教えてもらいたいです、はい。
『凄い人で理解が及ばない人なんだけど……そんな彼女ですら信奉する人がいるんだから世界は広いよねΣ(ノ´Д`ノ』
『へぇ、その人も凄いんだろうね』
「……傍に居て理解してくれる人、なんかな」
今朝見た夢のせいなのか、ふとそんな言葉がついて出た。
『……え?』
「ん?」
特に意図したわけじゃなかった。
それにありふれて陳腐な言葉だ。
だけど、季節龍さんが食いついてきたのが意外だった。
『本当の君を理解してくれる子が傍に居る……いい言葉だね? どこで聞いたんだい?』
「えっとその、学校の先輩から?」
『ふ、ふぅん?』
あれ、俺そこまで言ったっけ?
「それが何か――」
『オータム君には、傍に理解してくれる子が現れたりしたかい?』
「――俺?」
俺の事を理解してくれる人、か。
どうなんだろうな?
小春に美冬、夏実ちゃん、傍にいてくれる子は居る。
俺の意志と関わらずだけど。
彼女たちが俺のことをわかっているかというと――
「わかんねーや。わかんないってことは、いないのかもな」
『そ、そうかっ』
目を瞑り誰かを思い浮かべると、小春や美冬、夏実ちゃんの顔が思い浮かんでくる。
獅子先輩や中西君とか柔道部員に、小春の友達の咲良ちゃん……それと小鳥遊さんも。
彼らの事を理解――実兄の布団に潜り込んできたり、気迫でクラスメイト泣かしたり気絶させたり、首輪をつけて散歩されたがったり、後輩の女の子を崇める様になったり――あ、無理です。
もしかして俺の周りにまともな人が居な……あれ、なんでだろう? 涙が……
――コンコン。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「あ、妹だ。ごめ、落ちる」
『オータムく……お疲れ』
『お疲れ~(*・ω・*)ゞ』
相変わらず俺の返事を聞くまでもなく部屋に入ってくる小春。
手にはいくつかの瓶みたいな容器があった。
え? 何それ?
福祉じゃないよね?
「こっちが化粧水でこっちが乳液ね。これがコットン」
「小春?」
「お風呂上りとかにね、ケアすると良いと思ってプレゼント!」
「あ、あぁ、ありがと……?」
やたらにこにこしながら、どこか期待するような目で見てくる。
ええっと?
使えって事だよな?
一体急にどうして……?
初めて妹から貰ったプレゼントの意味がわからず、混乱するだけだった。
その日、懐かしい夢を見た。
『そこから何が見えるんだ?』
その子はよく、公園のジャングルジムの上に上ってはどこか遠くを眺めていた。
『別に』
隣町に住んでいるその男子は曲がった事が嫌いな武士みたいなやつで、いい加減な俺と意見がぶつかりよくケンカしたものだ。
そんな奴だけど、ある時両親が不仲で、逃げるようにこっちの町まで来てるというのを聞いた。
だからカッとして喧嘩吹っかけたこともあって、ごめんと謝られたっけ。
当時の俺は聞き流していたけど、今考えると中々ヘビーな家庭環境だな……
『もうアキトとは遊べなくなるんだ』
そう聞いたのは確か小5の時だ。
どこか悔しそうな顔をしてた。
今思えば、引越しか何かしたのかもしれない。
『親は自分の事なんてわかってくれない!』
子供の癇癪じみた咆哮だった。
だけど、どうしようもないことに対する怒りみたいなことは伝わってきた。
その時に俺は何て言ったんだっけ?
『おれがユーキの事わかってやるよ。だってトモダチ……いやシンユーだろう?』
慰めるために言った台詞だった。
だけどその時の彼は、ユーキは、どこか悲しそうな顔をしたんだった。
その意味は結局最後までわからなかった。
ああ、龍元先輩に感じた既知感はこれだったんだ。
……
あれ? 俺、なんか季節龍さんにも引っかかってる。
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今夜のお供は葡萄ダブルでっ!











