第47話 5.5宍戸ビル事件④ ☆出尾視点
H31.2.11 第17話 後輩の偏愛 ☆乾夏実視点 に古武術を習っているというエピソード追加
今回は出尾視点の話です。
一体何故こうなったのか?
自問自答しながら、街の裏手に『銀塩』と書かれた看板がある雑居ビルの地下を目指す。
もしもの時に備えたセーフハウスの1つだ。
路地裏をまるでネズミになったかのようにコソコソ移動し、素早く物陰に身を隠す様はまるでゴキブリ。
そんな惨めな行動に、プライドが傷つき苛立ちが募る。
くそっ!
「出尾さん!」
「よくご無事で!」
そこには既に何人かのガラの悪い連中が、這々の体といった表情で身体を休ませていた。
だがその表情に反して、皆の顔色や血色はすこぶる良い。
一体何がどうなってるんだ?
オレも左膝を含め体の調子が……
全くもって訳がわからない。
まぁいい、重要なのはこれからどうするかだ。
「無事なのはこれだけか?」
「実働部隊全員もです。撒き餌として新入りでこちらに誘う候補だった加藤と星加を中心に陽動に回したやつはもぅ……」
「そうか」
NPO団体銀塩。オレが立ち上げた団体だ。
表向きはカメラマンやモデル育成の相互扶助と地域の活性化を謳い、それを隠れ蓑にして影ではクスリや女の斡旋をしている。
表向きの事情しか知らない連中を含めると数百人規模も誇る、いい隠れ蓑だ。
新入りの加藤や星加は副業の事など知らないだろう。
中々の経歴だし、クスリ漬けにしたら使える駒になると思ってたのだが……
「現在、ボブを中心に実働部隊を使って周囲の様子を探らせています」
「わかった」
ここにいるのは、オレの子飼いの銀塩幹部だ。
何かあったとき使い潰すつもりで、普段は甘い汁を吸わせてやっている。
残ったのは8人。
傷害事件や組織の金や薬に手を出して追われた格闘家やヤクザ、それに血が好きで傭兵をやってた奴なんてのもいる。
どいつもこいつも銀塩の中じゃ武闘派の選りすぐりのクズどもだ。
「くそ、たかが高校生だと思って油断した……ッ!」
「今度やったら絶対負けねぇ……調子が物凄くいいんだ」
「おいおい、そんなやばい奴なのかよ」
「あれは拳を交えねぇとわかんねぇよ!」
すこぶる健康状態の良い彼らは、次は負けぬと気炎を吐いていた。
気持ちはわかる。
オレも何故だか身体のコンディションが、これ以上無いほどに好調だ。
それこそ、最盛期すら比較にならない位に。
拳を握り締め、自分の身体に問いかけてみる。
――スパァァアァァアンッ!!
「ッ?!」
軽くジャブを打ったつもりだった。
自分で自分に驚愕する。
「で、出尾さん……?」
「行きつけの女王様の鞭と同じ音が……」
「音速の壁を破った音……」
「そ、ソニックブーム……ッ?!」
調子が良いのはわかっていた。
だが、これほどとは思っていなかった。
……くくっ
「くははははははははははっ!!」
「で、出尾さん?」
笑いが止まらない!
正直、宍戸グループのフォトグラファーの地位を捨てるのは手痛い。
しかし、この腕があれば……ッ!
「お前ら、ここはもう捨てる! オレはこの腕を使って新天地、そうだないっそ外国にでも――」
「チクショウ……ガキだとオモッテゆだんシタ……ッ! オマエラ逃げロ……ッ!」
「ボブ!?」
「ボブさん?!」
「ど、どうしたんだ?!」
「全身血だらけじゃないか?!」
ボブは身長2メートルを悠に超える、レスラーのような恵まれた体格のアフリカ系アメリカ人だ。
海兵隊に所属していたが、傷害事件や問題を起こしまくって不品行除隊されている。
銀塩でも1、2を争うキレやすさと腕っ節を誇るクレイジーモンスターなのだが……
それが何故こうまでもボロボロに?!
「まさか、あの高校生にやられたのか?!」
「くそ、あいつめ!」
「ボブ、まずは怪我を……」
「アイツラは良くクンレンされタ兵士達ダ……逃げロ……米海軍特殊部隊よりも……!」
アイツラ……?
「待てボブ、アイツラ? 1人じゃないのか?」
「数人組の学生ダッタ……アイツラ実働部隊を兎のヨウニ、まるで狼達が狩りヲスルようニ……」
「どういうことだ?!」
銀塩の実働部隊と言えば荒事専門の荒くれ集団だ。
空手家やレスラー崩れなど武術を修めた者のみで構成されており、ただの高校生に勝てるわけが――
「あはっ! 秘密基地みたいなとこっすね、ここ♪」
軽やかに歌うような、子供特有の甲高い声色が響く。
小学生くらいだろうか?
まだまだ原石といったところだが、かなり可愛い女の子だ。
ショートカットで元気そうなイメージを抱かせるが、不釣合いなほどに大きな胸が主張している。
オレなら、妖しい色気をかもし出す童女として映し出すことができるな。
その筋の者には堪らない素材だな。
青い果実が好きな財界のお偉いさんにも確か何人か斡旋したが……その中でも最高級品といえる。
「お嬢ちゃん、こんなとこに来ちゃダメだろう?」
「立ち入り禁止って文字、読めなかったのかなぁ?」
「おじさんたちが、こわ~いおしおきしちゃうぞ~」
「こんなところ来たお嬢ちゃんが悪いんだからね~」
オレの指示を待つまでも無く、童女を取り囲む。
きっと考えるのは同じだろう。
頼もしいほどのクズどもだ。
しかし困ったな、売りに出す前に壊されたりなんかしたら……
「う、WowooOOooOoolves!! ナツミサマ?! ガキ共の司令官?! ナゼここニ?! ナツミサマ怖イナツミサマ怖イナツミサマこわイなつみさまこわい……」
「ぼ、ボブ?!」
「ご、号泣?!」
「おい、何を怯えて……」
その童女を一目見たボブは、まるで恐ろしいものに遭遇した子供の様に怯え、泣き出した。
頭を抱えながら部屋の隅に四つん這いで大男が震える様は滑稽だ。
「ははっ、ボブ、それはギャグかい? こんな小さな女の子に何を怯え――」
「自分ね、ご主人様に『大丈夫じゃない?』って言ってもらえたんですよぉ♪」
それは、自分の得意なものを自慢げに話す女の子の独白だった。
物凄く欲しかった人形を買い与えられたでもいい。
とてもじゃないが、こんなカビ臭い場所で出す声色じゃなかった。
「いいからお嬢ちゃん、俺達と楽しいこと――」
「自分に触りやがるな、です」
パァンッ!
と乾いた音が鳴った。
「あっ、がっ……」
「自分はもう既にご主人様のモノなんですからね? あはっ♪」
何が起こったか理解できなかった。
その童女を捕まえようとした傭兵崩れ(※ロリコン)の腕がひん曲がった。
本来曲がっちゃイケナイ方向に曲がっている。
「自分ね、今最高に気分がいいんです! わかります? ご主人様に『何も問題ないっしょ』とまで、言ってもらえたんですよぉ!」
くるりくるりと全身で喜びを表すかのよう踊り、ゾクゾクと震える己の身体を抱きしめる。
それはまるで人懐っこい犬が自分の周りをくるりくるりと回っているよう。
果たしてそれは忠犬か餓狼か。
…………
あの子がやったのか? いや、まて確かあの子はさっきビルで――
「このメスガキィ、調子に乗ってぇ!」
「全員で一気に押しつぶしてまえ!」
「オレ1番な!」
「あ、オレは最後で! 絶望した目がたまんねぇんだよなぁ、ぐへへっ!」
「おい、待て、お前達――」
スパパパパパパパパァァアァァアンッ!!
それは風切り音だった。
「あべしっ!」
「ひでぶっ!」
「たわばっ!」
「ぐわばらぁっー?!」
鳴り終わるや否やクズ共が宙を舞い、床とチュッチュする光景だけが広がっていた。
「あはっ♪ 自分、実は投げたりするより、壊す方が得意なんですよぉ♪」
何事も無かったかのように、それはさも当然と言った風に童女が唄う。
忠犬が暴力の舞踏を披露して、ここに居ない誰かに褒めて褒めてと得意げになっている様だ。
その足元で痙攣する大男達は、差し詰めバックダンサーといったところか。
――こいつは普通じゃない。
「元プロボクサー出尾蘭人、いや、血食らいDEOと言ったほうがいいっすか?」
「お前、その名前をどこで……?」
その2つ名は、現役時代からやっている裏社会の荒事屋の顔に付いたものだ。
明らかにこんなお嬢ちゃんが知っているような――
――スパァアァンッー!!
「んなっ?!」
その拳はまるで、上善で水の如く捉えようのない一撃だった。
もし身体のコンディションが善くなければ、この一撃で決まっていただろう。
防げたのは半分、運だと言ってもいい。
「あはっ♪ これを防ぐっすか……さすがその拳に幾多の血を吸わせてきた血食らいDEOっすね!」
「こ、このっ!」
シュバババババッゴォオアアアァァアアァーーーッ!!!!
互いに打ち合う拳が風を起こし、やがてそれは旋風に成り、そしてついには竜巻にまで膨張し、もはや拳嵐の観測は困難を極める。
「あはっ、あはははははははははははははっ♪」
「ぐっ、うっ、おおぉおぉおおぉぉぉおぉっ!」
互角に打ち合えているように見えて、その実、一撃の重さから明らかに手加減されているのがわかる。
楽しげに笑いながら拳打の嵐を繰り出す童女はしかし、幼い死神に嘲笑されているようにしか見えなかった。
「おじい様以外に自分と拳を打ち合えた人なんて初めてっすよ、あはっ♪」
「そんなっ、ジジィ、居てたまるかっ!」
「――乾征獣郎」
「んなっ?!」
驚きのあまり俺の動きが止まる。
まるでそれがわかっていたかのように、童女の手も止まる。
「自分、乾征獣郎の孫なんですよね」
「……そうかい」
拳帝、乾征獣郎。
裏の世界で生ける伝説とまで呼ばれた殺人拳の使い手。
あまりに血に飢えすぎ、その代償行動として、猛る百獣と素手で屠り己を慰めているという逸話はあまりに有名。
その虎の威を借るように、かの拳帝の身内を騙る奴は多い。
この童女もその1人――と一笑に付すには、あまりにも強すぎた。
「こんな自分、嫌いだったんですよね。こんな暴力的な自分の枷が外れたらどうしよう……そんな事を気にしていたんすよ」
「いきなり何を……?」
今までの笑顔とは一転、暗く深刻そうな顔に変わる。
死神が目標の前で己が仕事を説明する時もこんな表情なのだろうか?
「だけどね! 今は歪んでしまっても大丈夫! だって……だって!」
そして今度は年相応の、まさに恋に恋焦がれる乙女の顔で――
「先輩に直してもらえばいいんですから!」
――どこまでも幼い顔に不釣合いな、情欲に堕ちた娼婦のような顔をしていた。
ぷるりと、幼い貌に似合わぬ巨大な胸を揺らす。
この状況でそんな顔をできるこの女に、オレは心底恐怖を抱いた。
そして、この女にご主人様と呼ばせる男への戦慄を隠せなかった。
オレは知らないうちにとんでもないものの尾を踏んでしまって――
「だからね、死なない程度に壊れてくださいね、あはっ♪」
ッ?!
「あがっ!!」
ヒュッ、と何かが閃いた。
オレは何をされたかわからなかった。
何の予備動作もなく放たれた回し蹴りが頭を穿ち、脳を揺さぶる。
無拍子。
武術の奥義と呼ばれるそれだと気付いた時には、他の8人と同じく床を舐めていた。
その鮮やかさはまるで、天を翔ける狼の牙の閃き。
「ご主人様はね、凄いんですよぉ」
うっとりと淫猥に瞳を濁らせた童女がオレに近づき、足を上げる。
……え、まさか――
「こん、なっ! ことっ! してもっ! ピンピンっ! してっ、ましたっ!!」
「あぎゃっ! うがっ! やめっ! がぁあっ?! ぃだっ じぬっ! やがっ!」
首、心臓、みぞおち、肩口、金的、手首、脛に肺に頭。
急所を的確に、そして絶妙な力加減で踏みつけてくる。
まさに狼が獲物を甚振る行動さながらだった。
抵抗を許さぬその足蹴は、確実にオレの体力と気力をへし折っていく。
やめ、もうやめ……
オレの心の懇願を他所に、楽しげにオレの上でダンスを踊る童女は、まるでその成果を主に自慢するかのようにスマホを弄くっていた。
「あ、先輩! 自分、後始末きっちりつけてきたっすよ! えらい? えらい? 褒めて欲しいっす! それでね、この間ペットショップで素敵な首輪を見かけたんすよ、あはっ♪」
首輪ってなんだよ……こんな危険な生物、飼い主がいるならしっかり繋いでおけよ……
通話が終わった後、もはや指一つも動かせない俺を、さもつまらないものを見るように呟く。
「先輩の活人拳に比べたら、自分の拳って、どうしてこんなにツマラナイんだろ……」
意味がわからない。
活人拳?
そんなものなくとも、それだけの力があれば何だって……――
「ツマラナイ自分はまだまだ先輩のペットが相応しいっすね。もっと、もっと力をつけて……そしてその時は、先輩のお情けを注いでもらうんです♪ あぁぁ、もっと頑張らないと!」
くねくねと、まるで絶頂を迎えた淫蕩な女の顔をする彼女に、恐怖を通り越し崇拝の念を抱いてしまった。
――夏実様。
そういやあのガキ共にそう言われてたっけ……
トドメとばかりに振り上げられた死神の足の裏を最後の景色に、オレの意識は遠のいていった。
「ああ、夏に先輩をおじい様に紹介できるのが楽しみです♪」
薄れいく意識の中、この死神によってかの拳帝に紹介される先輩とやらに、少しだけ同情した。
5月5日午後、宍戸ビル内のみに震度5相当の謎の揺れを観測するという事件の裏側で、ひっそりと巨大麻薬・売春組織『銀塩』が壊滅した。
長年銀塩を追い続けていた東野刑事はこう締めくくった。
「捕まえた奴ら全員、小さな女の子の死神やら狼の群れがとか、怯えたように言いやがる。結局自分がやってた薬で見た幻覚で自ら破滅したんだろうよ」
最期はあっけなかったな……そう言って彼は紫煙をくゆらせた。
これにて2-2章は終わりです。
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