第46話 5.5宍戸ビル事件③ 押隈美冬の呟き
「――痛ぅ」
頭痛がする。
お腹の調子も悪いし最悪だ。
俺はちょっとした罪悪感めいた気分と一緒に目を覚ました。
福祉なんて飲んだところで、問題なんて――
「あきくん」
「……美冬?」
あれ、何で美冬がここに……ってこの体勢は!
どういうわけか、俺は美冬に膝枕されていた。
頭を少し動かせば、見ちゃイケナイ部分が見えてしまいそうで緊張が走る。
他にも真っ白な太ももとか、例えようがないやわらかな感触とか、寝起きの心臓に悪い。
「ごめ、すぐに退く」
「待って、もう少しこのままで」
「……美冬?」
そう言いながら、優しげな声色で俺の頭をふんわりと両の手のひらで包んだ。
まるで大切な指輪を慈しむかのように愛しいしとと言いたげなその手付きで、髪(※脳天、人体急所)や額(※人体急所)、首の後ろ(※頚椎、人体急所)を優しく撫でる。
俺は気恥ずかしさ(それとどこか生物的な恐怖心)から無理やりにでも起き上がりたかったが、何故か全く頭を動かすことが出来なかった。
一体どうやってホールドしてるんだ、これ?
「お兄ちゃん、目を覚ましたの? って、ふゅーちゃん! は・な・れ・ろ!」
「やぁん!」
「小春?」
いきなり現れた小春に、美冬が引っぺがされる。
シュッとかピュッとかいった風切り音と攻撃的なやり取りや会話が聞こえてくるけど、まぁ女の子同士の可愛いじゃれ合いだろう……多分。
とにかく、やっと自由に身動きが出来るようになったので周囲を見渡してみるが……どこだ、ここ?
セレブな人の応接間っぽい部屋だ。
俺が寝ているソファも体が沈みこむほどふかふかで、素人目にも高級品というのがわかる。
窓から目に入る光景から、かなりの高所にあることと、夕暮れということを伝えてくれる。
あれから結構時間が経ったのか?
「宍戸ビル最上階の応接室ですよ、大橋さん」
「獅子先輩」
部屋の一番奥、いわゆる上座に獅子先輩がいた。
上座?
なぜ敬語で俺に話すのだろうか?
そしてどこか英雄を見るような、それでいて恐怖すら抱いている瞳で俺を見ている。
一体何が……たしか、美冬の事を考えてむしゃくしゃして福祉を飲んで――そう、美冬だ!
「……ふふっ」
俺と目が合った美冬は、優しく包み込むような笑顔で俺に微笑む。
――ッ?!
いつも泣きべそかきながら俺の後ろを追いかけてきたその女の子は、どこか吹っ切れたような顔をしていて――その綺麗な笑顔にドキリと胸が跳ねた。
癒し系、とでもいうのだろうか?
何かに躓き立ち止まり、振り返ってみれば、全てを包み込んで癒してくれるくれる……
そんな空気を纏った女の子が、そこにはいた。
…………
まてまて。
いや、うん。まぁ確かに? のんびりおっとりしてる所は癒し系だと言えるかもしれない。
だけど、これはあまりにも――
バンッ!
「報告し――ひっ!」
「中西!」
「中西君」
そんな俺の考えを遮るように、大きな音を立てて扉が開いた。
勢いよく部屋に入ってきた中西君は、その勢いのまま1回転し、まるで王に跪くような姿勢をとる。
あ、これ知ってる。
能の役者さんがくるりと回って跪くやつだ。
ほら、あれ凄い技術なんだから、小春も美冬も騒がしくしたからって睨んだらダメだぞ。
「中西、何があった?」
「そ、それが……」
「言いにくいことか?」
獅子先輩と中西君が深刻そうな顔で話をしている。
俺は全く事情がわからないので耳を傾けるだけだ。
「不審者70名拘束完了、しかし38名は取り逃がし、出尾本人も行方を……」
「なにっ?!」
「それが何故か倒れていた者全員が、倒れる前に比べて動きが機敏になり、そのなんていうか……血色もかなりよく健康に……」
「い、一体何が起こってるんだ?!」
「わ、わかりませんっ!」
倒れた人が、何故か皆健康に? 意味がわからないな。
え?
小春に美冬?
なにそのわかりみが深いって顔をしているの?
しかし、そんなに人が倒れるような事件があったのか?
俺も倒れてたし、小春や獅子先輩達もいるし、何か大きな事件が……
…………
くそ、何も思い出せない!
「それで、夏実様はどうなされた?」
「それが狩りをすると言って、警備員の制止を振り切り部員の半数と一緒に街へ……」
「だ、大丈夫なのか?」
「それが、本気を出すから大丈夫と」
「だが、相手はあの出尾だぞ?! あの凄さはお前らも見ただろう?!」
「む、むしろ万全の相手だからこそ、と」
あの出尾って、どの出尾だろう?
……あと、何か抗争じみた会話してるけど色々大丈夫か?
「大橋さん、どう思います? 出尾相手に夏実様は大丈夫でしょうか?」
「え、えっと……?」
出尾ってあのカメラマンの?
確か美冬を撮影に……え? なんで夏実ちゃんが関わってるんだ?
「ふぅん、わんこ本気出すんだ?」
「わんこちゃんなら大丈夫かな?」
チラリと小春と美冬を見ていればそんな事を言ってる。
…………
「大丈夫じゃない?」
「……ッ!」
「だ、だけど相手はあの出尾ですよ?!」
あのって、どの?
たとえ何かあったとしても、柔道部の部員が10人とか付いてるんでしょ?
「何も問題ないっしょ」
「……ッ?!」
「お、大橋さんがそう言うなら信じますっ……! おい、夏実様に今の言葉を教えて差し上げろ!!!」
「はっ! 今すぐ!」
なんだなんだ、大げさだなぁ獅子先輩たちも。
ちなみにこの無責任に言い放った言葉が、思いも寄らぬ事になっていたと知るのはずいぶん先の事である。
◇ ◇ ◇ ◇
夕焼けを背に家路を歩く。
「ん? 電話だ……夏実ちゃんだ」
電話を取るあきくんの隣はあたし。
もう片方の隣ははるちゃんで、わんこちゃんは用事があるみたいで居ない。
「ん? 後始末はちゃんと終えた? えらいえらい、ていうか面倒押し付けて悪かったね……てご褒美? お散歩? 欲しい首輪? え、首輪?!」
電話で構ってくれないあきくんにやきもちを焼くはるちゃんに、少しだけ後ろから付いて行くあたし。
3人の影がアスファルトに揺らめいて、少し幼い頃に戻ったみたいだ。
ふふっ。
懐かしいだけじゃなく、あたしはとっても気分が良かった。
今日はまるで物語のお姫様のようにあきくんに救ってもらったのだ。
幼い頃から追いかけ続けたその背中は、紛れも無くヒーローだった。
もし、あの時のあきくんが他の女に裏切られていた状態だったらどうなのだろう?
ボロボロになったところに、あたしを求めてきてくれてたとしたら――
想像しただけで、どうしようなくあたしの雌の部分が疼いてしまった。
きっとあたしは少しおかしいのかもしれない。
こんなあたしはあきくんに相応しくない。
あきくんの純潔を捧げてもらう資格はない。
だから、一度汚された後の2番目がいい。
「そういやふゅーちゃん、あの宍戸千南津と何話してたの?」
「え、うそ、美冬そんな有名人と話したのか?!」
「ふふ、なんだろうね?」
あやふやな返事に、あきくんやはるちゃんは不満気な顔になる。
でもごめんね? あたしも宍戸千南津さんと話してる時は、あることを考えててあまり覚えてないの。
「あきくんって、まだ童貞?」
「うぇっ?! 別にいいだろ、そんなこと!」
「へ、へぇ。お、お兄ちゃんってそうなんだ?」
モデルの人って、どうしてあんなに美人なんだろう?
きっと、あれだけ美人ならいろんな色んな恋愛経験もしてきてるはず。
「あきくんって、モデルの女の子って好き?」
「なっ……そんなの考えたことないしっ!」
「付き合いたい、なんて思う?」
「そ、それは俺も男だし、まぁ……」
隣ではるちゃんが、ギロッて睨む。
あまりの迫力にあたしもちょっと吃驚した。
「どうしたんだよ、いきなりそんな事聞いて」
「……ふふっ」
もし、遊び慣れてるモデルの娘を紹介して、あきくんが身も心もボロボロになるまで壊されちゃったりしたらどうしよう?
そして、その娘の名前を呼びながらあたしの胸で泣くあきくんを慰めてあげたい。
だから――
その日の夜、あたしはアドレスを交換した宍戸千南津さんに電話をかけた。
「もしもし、押隈美冬です。例のお誘いの事なんですが――」
大橋秋斗16歳。
素直で可愛い妹有り。
ゆるふわで2番目志望の幼馴染がNTR属性に目覚める。――NEW!
責任とか微塵も取りたくない後輩有り。
されど童貞、彼女無し。
傘下に降った柔道部と剣道部有り。
地元大企業グループに貸し1。――NEW!
これはそんな彼と望まぬハーレムと青春と苦難の物語である。
5.5宍戸ビル事件④に続きます。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングをゼロだ!
って感じていただけたら、ブクマや評価、感想で応援お願いしますっ。
今夜のお供は桃ダブルでっ!











