第45話 5.5宍戸ビル事件② ☆獅子先輩視点
今回は柔道部のヌシ、獅子先輩視点です
俺の名は宍戸。
学校では獅子先輩とか呼ばれている。
らいおんの鬣の様なあごひげがチャームポイントなごく普通の四留高校生だ。
よく退学にならないなって?
親がいわゆる地元の名士でね。
そこはそう、そういうことなのさ。
ははっ。
……正直たまに凄く鬱になるけど。
そんな時はこれ、飲む福祉。
これを飲んでいる間はそういった悩みや不安を限りなくゼロに近づけてくれる。
もはや人生に欠かせない。まさに飲む福祉。
是非、皆にお勧めしたい。
「おっつー、またねー! 悩み過ぎたら飲む福祉を呷ればいいよー!(@^^)/~~」
だから、なんだか悩みのあった様子のオータム君にも勧めておいた。
『綿毛らいおんさん、流石にそれを勧めるのはちょっと……』
「硬いなぁ季節龍さんは┐( -”-)┌ヤレヤレ」
オータム君と季節龍さんとは2年来の付き合いだ。
実際顔を会わせたことはないが、掛け替えの無い友人と言える。
いつか機会があれば会っ――
『~~~~♪』
「dぐ:えlんすあykfふじこ!!」
『い、いきなりどうしたんだい?!』
それは夏実様からの着信だった。
びっくりして五体投地の体勢を取ってしまい、その衝動で変な会話を打ち込んでしまう。
「仕事の電話。落ちる、ごめね(*_ _)人」
『そうかい、社会人は大変だね』
季節龍さんに見栄からの嘘を混ぜたことに胸が痛む。
そして五体投地の姿勢のまま寮に頭を向けてスマホを取った。
『らいおん先輩、手を貸して欲しいです』
俺も昔は結構やんちゃをしてきた。
そして多少の事は家の権力でなんとかできた。
――乾夏実様。
その覇気に触れて、魂で理解した。
この世にはそんなものが通用しない相手がいるということを。
「どこに、どれだけの人数を集めればいいですか?」
『話が早くていいっすね。では――』
そして大いなる存在に尽くす喜びを知った。
◇ ◇ ◇ ◇
『宍戸千南津がサインしてくれるってよ』
『うそ、ホント?! 何かのイベントか番組?!』
『きゃー! スタイルちょーすごい! しかも何あの小顔、反則!』
『あ、握手とかもしてくれるかな?!』
翌日、俺達は駅前に集められていた。
近くでは宍戸千南津が現れたとかでちょっとした騒ぎになっている。
……ねーちゃん?
今日オフって言ったよね?
公にはしていないが、宍戸千南津は俺の年子の実姉だ。大学卒業したばかりの23歳。
何故か仕事では20歳になってるけど……
未だ高校生をやっている俺は、姉の目が痛い。
多少のコネを使って年齢詐称もしているとはいえ、宍戸千南津の人気は本物だ。
だが集められた精鋭達には彼女の人気といえど、興味の対象外だった。
「馬鹿野郎! 小春様に直接殴られるのが一番のご褒美だろうが!」
「歯まで折ってくださった加藤の奴が羨まし過ぎる!!」
「ふざけてんのか?! 夏実様に泥の付いた靴でぐりぐりされる方が尊いだろうが!」
「大体、直接ナマで殴ってもらうとか恐れ多いんだよ!」
しかし小春様派の剣道部と、夏実様派の柔道部の間で諍いが起きていた。
全くもって度し難い奴らだ。
どの御方も等しく尊いというのがわかっていない。
「お前達! 御三柱にお気に入り紳士漫画が見つかった事を想像してみろ!!」
「「「「ッ!!??」」」」
想像力豊かな彼らは、思わず三角座りになってしまった。
「俺の『破れかぶれ×ストッキング』が見つかったら……?」
「その上『ロリ姉体操零式』を朗読されたら……」
「くっ、むしろ『妹ねばねば♪山芋』なら見つかりたいっ」
「我輩は『完璧眼鏡マニュアルとろろ和え』を献上して燃やされたい……獅子先輩、なんて事を思いつくんだッ!」
駅前で三角座りになる男子高校生集団、なかなかシュールな光景だ。
だけど、この状態じゃ諍いを続けることもできやしまい。
全く世話が焼ける。
ふぅ、やれやれだぜ。
「あんた達なんで三角座りなの?」
「先輩達何やってるんすか、それ?」
「「「「っ?!?!」」」」
「いや、その、高ぶった気を鎮めているといいますか……」
「へへっ、むしろ今の立ち上がった俺を見て欲しいというか」
「おい馬鹿やめろ! 早まるな! 1人だけずるいぞ!」
「……俺達はいったい何を下らない事を争っていたんだろう」
「中西、お前なんで賢者モードになったの?!」
いつの間にかやって来ていた夏実様と小春様は、そんな俺達を蔑んだ白い目で見てくださった。
ああ、なんというご褒美!
「まぁいいです。ちょっと頼みがあるんですよ」
「いい? ちゃんと聞いてね?」
――宍戸コーポ企画出版 フォトグラファー 出尾 蘭人
この人物を探して欲しいということだった。
どうやら大橋さんと美冬様にちょっかいを出しているらしい。
正気か?
彼はどれだけ命知らずな事をしているか自覚がないらしい。
俺なら銃弾飛び交う紛争地帯に行けと言われた方がまだマシだ。
しかし、宍戸グループ出版系列のカメラマンか……
『最近、紙面に自分のページ寄こせって言う、やたら若い女の子連れ込もうとするカメラマンに困ってるのよね』
「あ!」
そういや、ねーちゃんが妙なカメラマンがいるっていってたっけ?
「らいおん先輩、知ってるんすか?」
「何?! 知ってることがあったら教えなさいよ?!」
「お、おぅ」
ゴゥッ!
御二柱が勢いよくこちらを向かれたとき、その覇気に飲まれて五体投地をしてしまう。
くっ! 平然と彼女達を侍らす大橋さん、パネェな!
「実はな……」
「ちょっとあんた達その恰好どうにかならないの?」
「公道の真ん中で、三角座りと五体投地で囲まれる立場にもなってくださいっすよ」
俺達は分身を滾らせていたので、全員が三角座りで立ち上がれないでいた。
とは言っても、自然の摂理には……
あ、はい!
気合入れます!
だ、大丈夫です!
人間死ぬ気になれば結構なんとでもなるもんだな!
俺たちはまた一つ学んだ。
「つまり出尾ってやつは、女の子にモデルデビューをチラつかして狼藉働いてるってこと?」
「酷いっすね……本当の狼藉がどういうモノか目にものを見せてやるっすよ……」
俺達は憤慨する夏実様と小春様と一緒に、宍戸ビルに向かっていた。
大丈夫か? ビルに猛獣を解き放って……
親父やねーちゃんに怒られないかな……
おほん。
小春様曰く勘。
夏実様曰く悪い奴は本拠地で狼藉を働く。
しかし、そんな犯罪まがいの事が宍戸ビルで?
もし本当だとしたら、洒落に――
「いやああぁぁあぁああんっ!!!」
「女の叫び声?!」
「ていうか嬌声?!」
「あっちだ!」
「おい、マジかよ……!」
ねーちゃん?!
おいおいおいねーちゃんが、あの宍戸千南津がこんなあられもない声を?!
「ねーちゃん! 一体何が?!」
「ぐ、愚弟……男の子が……」
「大橋さんか?!」
宍戸ビルの入り口では玉のような汗をかき顔は紅潮させ、身体をポルポルと震わせる宍戸千南津がいた。
「え、うそ宍戸千南津?!」
「でも、ねーちゃんって」
「そういえば獅子先輩の本名は宍戸……」
「うわ、似てねー!」
皆から総ツッコミを受けるが今はスルーだ。それよりも――
「あ……ありのまま、今起こった事を話すわ……! 男の子がスキットルを呷ったかと思うと黄金の様な風が駆け抜けていったの……何をされたかわからなかった……そして自分の中の変化に気付いてしまったの」
「へ、変化?」
「肩凝りが無くなってるのよぉおおおぉっ!!!!」
「わけがわかんねぇよ?!」
そういやねーちゃんも夏実様達ほどではないといえ、結構な巨乳だ。
いつも肩凝りに悩まされてるって言ってたっけ?
それが今、何と関係が――
「肩がっ?!」
「腰がっ?!」
「首や目の疲れが?!」
「二重手術が元に……またかよぉっ?!」
阿鼻叫喚――
そんな声が宍戸ビルから聞こえてきた。
俺達は頷きあう。
夏実様に小春様も確信している。
この中に大橋さんがいる――!
俺達は走り出していた。
「ちょっ、愚弟ーっ?!」
どこに向かえばいいのかは一目瞭然だった。
まるで戦闘の跡が、波紋を描く潮流の様に続いていたからだ。
こいつら何者だ?
髪や頭がカラフルだったり奇抜だったり……少なくとも真っ当な社会人には見えない。
そしてその誰もが、ずっと日陰で育てられていた植物がやっと存分に太陽の光が当てられたかのように、恍惚に彩られた大輪の花を顔に咲かせて悶えていた。
この光景の意味がわからず、俺は頭がどうにかなりそうだった。
「お兄ちゃん!」
「それに美冬お姉様も!」
「はるちゃん、わんこちゃん!」
辿りついた先は、宍戸ビル中腹にある撮影スタジオ。
しかしそこは、まるで闇の帝王が君臨する玉座の間じみていると錯覚した。
「貴様ら! 見ているなッ! 何者だ!」
「「「「ぐぅおっ!!??」」」」
まるで人間を食い物にするかのような人外のモノの覇気が俺たちを襲う。
くっ!
これは夏実様に匹敵……いやそれを超えるかも……?!
「あ、あいつは出尾蘭人……なぜここにっ?!」
「知っているのか、来出くんっ?!」
来出くんは最近交流のある剣道部の3年生だ。
「元プロボクサー、時間停止のDEOだ……ッ! まるで時が止められたかと錯覚するほどの超精密高速パンチを繰り出す無冠の帝王……ッ!」
「な、何だと……っ?!」
俺も聞いたことがある。
確か王座にあと一歩というところで、一般人相手に傷害沙汰起こして資格剥奪されたとか……
そんな相手にびびりながらも、俺達は出尾を取り囲む。
小春様に夏実様、それに柔道剣道部員が20人、さすがに相手が元プロボクサーと言えど……
「お前達、それで私を追い詰めたと思っているのか……?」
「皆、顔をガードするっすよ!」
「「「「っ?!」」」」
な、なにっ?!
――ドッ!
とっさに上げた腕に、まるで車にぶつけられたかの様な衝撃が走った。
「くっ、おぉぉおぉっ!?」
俺、いや俺達全員が吹き飛ばされ、ガードをしたというのに無様に床を舐めてしまう。
こ、これが時間停止DEOの超高速精密パンチだというのか?!
なんて速さ、そして一瞬にして俺達20人を無力化するその威力……ッ!
まるで時が停められたのように、一瞬の出来事だった。
危なかった……
夏実様の言葉には絶対服従……その訓練が行き届いたからこそ俺達はガードが間に合ったが、もし間に合わなかったら……
「あんた……今、小春お姉さまの顔を狙ったっすね?」
「ほぅ?」
夏実様だけは、小春様への攻撃2発分を受け流して後退するだけに留まっている。
……すごいな、夏実様。
大の男が吹き飛ばされるような攻撃を2発もいなすなんて。
「ふぅぅぅ、膝に矢を受けて引退した身体もあったまってきた。やはり戦場の空気が一番よく身体に馴染む」
嘘だろう?!
あの攻撃がただのウォーミングアップだって?!
俺達全員の目が驚愕に見開かれる。
「お前達を全員無力化した後で、女達をいたぶるのもいいかもなぁ……考えるだけで最高にハイってやつだぜえ!」
くっ……!
夏実様達を?!
そ、そんな事はさせな……しかし今の俺達はたったの一撃で、ガードをしたというのに床に転がり、あまりに無力――
「体幹が歪んでるな」
「なにっ?!」
そこには何事も無かったかの様に悠然としている大橋さんがいた。
無事、だったのか?
全くわけがわからない。
何故ここで体幹の話になるんだ?
だがその雄姿に俺達の胸は痺れ、憧れのようなものが去来した。
「貴様は他のやつとは違うようだ、なぁーっ!」
「「「「?!」」」」
――ドドドドドドドドドッ!!
それはまさに小さな台風だった。
超高速で繰り出される出尾の暴力の嵐が大橋さんを襲う。
縦、横とそれこそ縦横無尽な流れ星の如く軌道を描くその拳戟は、まさに星屑の十字軍の行進さながらだった。
俺達は、その一瞬のうちにボロ屑同然に変えられる大橋さんを、確かに幻視した。
「お兄ちゃん!」
「あきくん!」
「先輩!」
さすがの御三柱も悲痛な声を上げる。
「な、なにぃーーーっ!?!?」
しかし、驚愕の声を上げたのは出尾のほうだった。
「左からの攻撃が遅いし軽い……膝を故障しているな?」
大橋さんはその攻撃を全てかわし、そしていなしながら、まるでファーストクラスの客に極上のサービスを提供する客室乗務員の様に、優雅に近付いていく。
しかもご丁寧に相手の怪我をいたわって、だ。
その異様な光景に恐怖を抱いた出尾は、拳舞の如き連打を繰り出しながら、1歩、2歩と後ずさる。
嘘だろう?
大橋さんどうやってんだ?
攻撃すらせずに、あの出尾が退かせているぞ?!
「な、舐めるなぁーーーーーっ!!!」
「「「「あぁあぁっ?!」」」」
それは高速で無数に繰り出される拳戟を、たった1つに纏め上げた巨大な拳だった。
先ほどまでの拳舞が流星とするならば、これは彗星。
そのあまりにも強すぎる力が篭められたその一撃は、まるで巨大なロードローラーに押しつぶされると錯覚してしまった。
俺達もその壮絶な暴力に、絶望の声を上げてしまう。
「出尾、お前は歪んでる」
ズパァアアァァアアァンッ!!
え?
「な、なぁっ?!」
それはお手本のような一本背負いだった。
出尾の彗星をモノともせず掴んだと思ったら、流れる星が地面へと追突していた。
「がっ……はっ……!」
床を叩いた時の衝撃波が、俺たちを襲う。
まるで地震が起こったかのように、ビルが揺れた。
「きゃっ、地震よ?!」
「これ大きくないか?! 机の下に潜れ!」
「横揺れ?! すごい横揺れじゃない?!」
同じフロアの事務エリアから混乱した声が聞こえてくる。
俺たちは既に床に伏せていた事が幸いしたのか、その被害は小さい。
形勢は一瞬にして逆転し、出尾は床に縫いつけられていた。
「左膝だな。その歪み、矯正する」
「きさ、なにを……おあああああああああああっっ?!?!?!?」
またも俺たちの時が止められた。
今度は大橋さんの手によって。
先ほどの出尾を匹敵、いやそれ以上の拳戟が彼の左膝に叩き込まれる。
「俺はッ! 君の膝が治るまでっ! さするのを止めないっ!(※軽擦法マッサージです)」
――後光。
虎殺しの加藤の時にも見た光だった。
光速を超える按摩マッサージが光を放ち、果たしてそこには山吹色の太陽が顕現した。
「やめっ、あぎゃっ、ちょっ、ひぎぃっ!」
まるで太陽の光を浴びた吸血鬼の様に、古傷が煙を上げながら灰になって消えていく……そんな幻想的な光景だった。
急速に癒され治っていく様は、まるで何度も生と死を繰り返す苦痛と快楽が入り混じっているよう。
治りかけのカサブタを剥がすと痛痒気持ちいい感じを数億倍の規模にしたものだろうか?
その残酷なまでに美しい光景に、俺たちのハートは震えあがり燃え尽きそうな位ヒートアップしてしまう。
「おにいちゃん……」
「あきくん……」
「先輩……」
御三柱も興奮したのか、血に飢えた獣のような覇気をかもし出している。
……うん、あれもおっかないな。
やがて光が収まった後に残されたのは、苦悶と恍惚の表情を湛えるピクピク痙攣して横たわる出尾だった。
「愚弟?! あんた大丈……なにこれ?! さっきの男の子?!」
遅れてやってきたねーちゃんが見たものは、出尾をマッサージする大橋さんと地べたに這い蹲る男子高校生20人。それに興奮した美少女3人。
なにこれ、と言われても俺も答えようがない。
そこへ起き出した来出くんが、まるで王のように大人の様子を伺う。
「福祉確認!!」
「ちょ、福祉確認って何?! 愚弟?!」
そうか、元プロボクサーといえど大橋さんの敵ではなかったか……
「あきくん!」
福祉疲れなのか、倒れそうになる大橋さんを美冬様がそっと抱きとどめる。
それに夏実様と小春様も続いて駆け寄る。
巨悪を倒したヒーローを出迎えるヒロイン達と言う映画のワンシーンじみたその風景は、何故か血に飢えた猛獣に身を投げ出すようにも見えてしまい、戦慄してしまった。
「愚弟、あの男の子は一体何なの?!」
大橋さん? そんなの決まってるだろう?
「フッ……夏実様のご主人様さ」
俺はニヒルに答える。
「え? は? 何を言って?」
地べたから立ち上がり、復帰した部員達と目が合い頷きあう。
夏実様達と感動的な再会を果たしているのに俺達が居ては無粋だろう。
あと純粋に興奮した彼女達が怖い。
「三獣士親衛隊はクールに去るぜ!」
「ちょ、何言ってんの?! 愚弟? 愚弟ーっ?!」
こうして、表向きの5.5宍戸ビル事件は幕を閉じた。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロング+ゼロだ!
って感じていただけたら、ブクマや評価、感想で応援お願いしますっ。
今夜のお供はドライ・ザ・シャープでっ!











