第44話 5.5宍戸ビル事件① ☆押隈美冬視点
あたしはいつだってあきくんに頼っていて、そして助けられてばかりだ。
『あきくん、まって! あたし足が……』
『しょうがないなぁ、みふゆは。ほら』
小学校の遠足の時、トロくさいあたしが遅れそうな時は手を繋いで引っ張ってくれた。
『ここに居たのかよ、こっちだぞ』
『あ、あきくん、迷っちゃって』
中学の入学式の時、迷子になったあたしを探し出してくれた。
『かちょー、お前は歪んでいやがる』
『あきくん、怪我がまだっ――』
虎殺しの加藤君の時は、本気を出したあきくんの圧倒だった。
あきくんを助けに来られたとか、おこがましかった。
『お兄ちゃん♪』
『先輩♪』
あきくんの傍には2人の女の子がいる。
はるちゃんにわんこちゃん。
どちらも凄い美少女だ。
あたしも色々頑張ってはみた。
だけどあたしは元々地味で眼鏡で黒くてモサい。
そんな本性を知られているし、いつか見放されるかもしれない。
とにかく、自分に自信がもてなかった。
「君、凄く画面映えしそうだ」
「……え?」
まさか、という衝撃だった。
自分がモデルにスカウトされるなんて思いも寄らなかった。
これは詐欺か何かだと思った。
「美冬!」
「あきくん?!」
「キミは……?」
サッと、あきくんがあたしを背に隠すかのように割って入ってきた。
少し目の前にあるあきくんの背中。見慣れたいつもの位置。
また助けてくれようとしたのかな?
どこかホッとするような、甘えたくなるような感情に支配される。
だけど、はるちゃんが最近やたらと下着を充実させてあきくんの布団に潜り込んでいるのを知っている。
わんこちゃんが、部活終わりの柔道場でリードを付けてもらってお散歩してもらってるのを知っている。
それに対してあたしは何ができるだろう?
モデルになれば何か変わるのだろうか?
だから、その甘い誘いに対して即座に断れないでいた。
随分とあやふやな態度をとっていたと思う。
「うちの専属に宍戸千南津ちゃんいるから、会えるかもよ?」
「ほんとですかっ?!」
宍戸千南津。
学校でも人気のモデルさんだ。
最近では地元ローカル局のTVにも出演するようになって、人気は男子も女子もうなぎ登り。
あたしもそんな風になれたらきっと――
「美冬のことだろう? 自分で決めろよ」
だけど、うじうじ悩むあたしに嫌気がさしたのか、あきくんは去っていってしまった。
ど、どうしよう?
またあきくんに置いていかれちゃう――
「気が変わったら連絡して? 名刺に番号書いておくから」
「あ、ありがとうございます!」
モデルがどうとかより、あきくんに置いて行かれる方が不安だった。
『鞄』とか『忘れ物』という単語が聞こえた気がしたけど、構ってる暇は無かった。
『おいていかないで!』
あたしが幾度となくあきくんに投げかけた言葉だ。
――依存心。
きっと、それがあたしがあきくんに抱く心なんだろう。
はるちゃんの兄を想う傾慕の念とも違う。
わんこちゃんの先輩を慕う忠信とも違う。
なんて浅ましい。
だけど、あたしはどうしても――
「あきくん、何やってるの?」
追いついた時、あたしの頭は沸騰した。
心に沸き起こる騒めきを抑えることが出来なかった。
小鳥遊秋葉。
かつてあきくんが好きになった女の子。
色々黒い噂のある女の子。
どういうことか、あきくんに抱き付いていたのだ。
あきくんを振ったんじゃないの?
どうして?
あきくん取られちゃったの?
その時、あたしははっきりと彼女に取られたあきくんを幻視した。
どこまでも彼女に尽くし、愛し、貢ぎ、そしてボロ雑巾の様に捨てられ廃人の様に真っ白になり、この世の全ての愛を信じられなくなって虚ろになった姿のあきくんが、瞼の裏に焼き付いた。
そして、その絶望した瞳があたしを捉える。
あたしはそんなあきくんの姿に、どうしようもなく興奮してしまった。
あたし以外の女の子にあきくんの純潔が、初めてが、大事なものが散らされて、ボロボロになったあきくんを癒してあげたい。
女と言う生き物に絶望したあきくんに、その猛る獣欲をぶつけられたい。
優しいあきくんは、事後にきっとあたしの胸で後悔して泣くだろう。それを、あたしだけは傍にいるよと慰めてあげたい。
それで初めて、あたしが隣に居ても良いと思える気がした。
そんな事を思ってしまった自分に戦慄した。
あきくんを取られてしまうかもという恐怖は、興奮に変わってしまっていた。
その考えを振り切るかのよう小鳥遊さんに当たってしまった。
「モデルの話ね、受けてみようと思うの」
「――ッ!」
変わらなきゃ。
もし誰か他の女の子と付き合って振られた後、あたしに戻ってきてくれるように。
汚れ傷ついたあきくんを、あたしで浄化できるように。
「俺も行く」
「……え?」
その言葉は予想外だった。
あたしはどこまでもあきくんに甘えてしまう。
あきくんはあたしを堕落させるエキスパートだ。
実は1人で撮影とか不安だった。
ふふ。
だけどあきくんが一緒ならどこまでも強くなれる気がする。
一足先に来た待ち合わせ場所で、昨日のあきくん部屋ウォッチを思い出す。
もし強引に迫ったはるちゃんに、あきくんが無理矢理奪われたらなんて妄想すると胸が熱くなったりした。
禁断の関係、うん、イケる。
それで傷ついたあきくんを癒すのはあた――
「キミ、暇してる? 俺達いいカフェ知ってんだ」
「よよよよかったらいいい一緒にどどどう?」
そんなイケナイことを考えていると、知らない男の人に声を掛けられた。
こんなことは初めてなのでびっくりだ。
片方の銀髪頭の人は何か震えてるし、余計に怖い。
「美冬ちゃん、大丈夫かい?!」
「なんだよてめぇ、割ってはいるんじゃねぇよ!」
「俺達が先に声かけたんだぞ!」
途中で出尾さんが来て何か言ってたけど、よく覚えていない。
やっぱりあたしは一人じゃ何も――
「美冬!」
「あきくん!」
「あれ、キミは……?」
あきくんが現れた瞬間、世界が色を取り戻した。
やっぱりあきくんは凄い。
あたしの精神安定剤だ。
それからは気持ちがふわふわした感じで、全てが順調だった。
写真に撮られるのは恥ずかしかったけれど、あきくんに見て欲しくて頑張った。
だけど撮影が進むにつれて、あきくんの顔は曇っていった。
何でだろう?
あたしの頑張りが足りないのかな?
「次は衣装も変えてみようか?」
「え? でもこの服は……」
あきくんが褒めてくれた服だ。
だけど……
着替えとか恥ずかしかったし、あと何故かバンには隠しカメラが仕掛けられていた。
あたしは無意識のうちに慣れた手付きでそれを無力化し、回収してあきくんの元に戻る。
あきくんの表情は晴れないままだ。
あたしなんかじゃモデルは無理だと思ってるのかな?
「キミはここまでだ」
「え?」
「えぇっ?!」
あきくんは宍戸ビルに入ることができなかった。
事前にあきくんが来る事を言っていなかったあたしのミスだ。
あきくん無しで、あたしはちゃんと出来るだろうか?
10階にあるスタジオに案内される間、ずっと自分に問いかけていた。
うじうじ悩んでいる間にも、撮影の準備が進んでいく。
自分に問いかけるも、このスタジオは拘束して閉じ込めるには程よい大きさで、扉も頑丈で逃げられにくく、防音もしっかりしているから多少やんちゃしても大丈夫とか、そんな事しかわからない。
やっぱりあたし――
「おいお前ら、外見張っとけ!」
「うーっす」
「あとで俺達も頼みますよ?」
「たく、女ってちょろいよな」
どうしたことか、スタジオにはあたしと出尾さんだけになり、カチリと鍵が閉められる。
「あ、あの、あたし――」
「モデルになりたいなら、どうすればいいかわかるよね?」
「――え?」
いつの間にか、出尾さんの纏う空気が変わっていた。
どこか興奮した様子の出尾さんは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてあたしに迫ってきていた。
「私なら美冬ちゃんの魅力を存分に引き出して……そうだね、次回号の1ページくらいに載せるあげる事ができる。だけど他にも載りたいと思ってる子もいるし、こういう時どうすればいいか……わかるよね?」
もはや出尾さんは、その淫猥に歪んだ笑顔を隠そうとしていない。
鈍いあたしは、やっと自分の置かれている状況を理解した。
「あ、あたしやっぱり帰ります! も、モデルとかそこまで興味ないし――」
ダメ! あたしの純潔は他の女に傷付けられ絶望したあきくんにって決めているの!
「キャノンなカメラはァァアアアァア!! 世界一イイィィイイ」
「きゃっ!」
シャン。
突如いつの間にか用意されていた、砲身の長いキャノン砲めいたカメラで撮られていた。
「汗が映っているね」
ベロンッ!
そう言って、あたしの写る液晶画面を舐めだした。
「この味は! ……嘘をついてる味だな……美冬ちゃん」
「ひ、ひぃっ」
その行動は異常だった。
あたしの理解を超えていた。
あきくんあきくんあきくん……ッ!
必死に大切な男の子を思い描いて、出尾さんを睨む。
だけど足が震え、目にも力が入らない。
やっぱり、あきくんが傍に居ないとダメダメだ。
「そんな物凄く売りぃいいぃになる身体をしてるんだ。売りいぃぃぃいいぃもしてるんじゃないか? 初めてってわけでもないだろう?」
「あ、あたしまだ処女ですっ」
「なに……ショジョだと……?」
まるで薬品混入がばれて追い詰められた犯人のように後ずさり、そして興奮した面持ちで叫びだした。
「俺は(素人)童貞をやめるぞショジョオオオォォッ!!」
「い、いやああああっ!!!」
何故捨てるじゃなくてやめるなのか、突っ込む余裕も無かった。
「ここは関係者しか入れない10階のスタジオ! 声も外に漏れない! 叫ぶだけ無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーっ!」
それだけはだめ! あたしは他の女に取られて汚れ傷ついたあきくん以外とはっ……!
出尾に詰め寄られ、今まさに服に手を掛けられようとしたその時――
ズキュウウゥゥゥゥンッ!
突然、まるでギターを掻き鳴らしたかのような音を立て、スタジオの扉が強引に蹴破られた。
地面に落ちた扉は、ガランガランと大きな音を奏でる。
「誰だっ?!」
「あ、あきくん?!」
え? ていうか金属扉ってあんな音を立てられるの?
そこから現れたのは、やたら胸元を開いて強調している、そのポーズ立ってるの辛くない? ってツッコミを入れたくなる、あたしの特別な男の子がいた。
「出尾、お前は歪んでる」
ドッドッドッドッドッドッドッドッ――
あたしの胸が鼓動を刻む。
「あ、あきくん……」
まるで太陽のように顔を赤くしたあきくんの呼吸は、福祉臭かった。
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