第42話 そのお守りはきっと……
「……はい、お話をお受けしようかと……はい、はい……」
その後、美冬は出尾に電話を掛けてお試し撮影を受ける旨を伝えた。
……何で番号知ってるんだ?
「あきくん、日取りは後で連絡するって」
「そうか」
なんとなく、釈然としない思いに襲われた。
あぁ、くそ。
その日の夜、隣の部屋からドッタンバッタン騒がしい声が聞こえてきていた。
「くぅ、この! 結び目が! もぅ!」
俺はそんな小春の騒ぎをBGMにして、ネトゲでチャット中だ。
『宍戸ライブウォーク? 生憎と知ってるのは"ししラブ"の愛称くらいだね』
『知ってるぜ~、ししラブは俺もちょくちょく読んでるしヽ(・∀・ )ノ』
「マジか。2人とも同じ地域に住んでたのか」
相手は頼れる兄貴な感じの季節龍さんと綿毛らいおんさん。
もちろん、美冬の件についての相談だ。
まぁリアル情報が漏れるとあれなんで、色々とボカシながらだけど。
こういう顔が見えない相手とのチャットは、案外気楽に相談しやすい。
『で、スカウト? なんとなく胡散臭いイメージがあるけど……』
『うちの姉ならそういうの詳しいかもなんだけどなぁ(σ-ω-o)ンー』
「さすがにわからんかぁ」
貰った名刺を眺めてみる。
――宍戸コーポ企画出版 フォトグラファー 出尾蘭人
宍戸グループと言えば不動産建設から生鮮食品小売業、印刷や出版まで幅広く手掛けるこの地域の一大企業だ。
そこに勤めてるというだけで、ある種のステータスになるらしい。
いわば勝ち組の代名詞だ。
……あー、そーかよ。
「お兄ちゃん、いい?」
コンコンと控えめにノックされた。
俺の考えも中断させられる。
騒ぎはもういいのだろうか?
「ん、ちょっと落ちる」
『力になれなくてすまないね』
『おっつー、またねー! 悩み過ぎたら飲む福祉を呷ればいいよー!(@^^)/~~』
綿毛らいおんさんは高校生に何てものを勧めてるんだ。
そして小春は俺の返事を待たず、部屋に入ってきた。
「なんだよ、小は……る?」
「どうかな? 夏物出してたら見つけちゃって。去年のだけどね」
浴衣だった。藍色の朝顔が描かれた可愛らしい柄だ。
見て見てと言わんばかりに俺の前でくるりと袖と裾を翻す。
普段は大人びた雰囲気な小春の幼げな行動に、思わず目を奪われてしまった。
「帯もね、自分で着付けたんだよ」
「それは凄いな」
「えへへ」
帯って結構難しいんじゃなかったっけ?
そんな感心した俺の顔に満足したのか、小春は頬をだらしなく緩ませる。可愛い顔が台無しだ。
「お兄ちゃん、わたしは着付けをできます」
「そうか」
そう言って俺に向きなおした小春は真剣な表情を作る。
「いつ脱がしても大丈夫です」
「そうか」
何言ってんだ、こいつ?
そう言いながら、小春はもじもじと身体をくねらせながら俺へにじり寄る。
俺は福祉を飲んでいないというのに頭が痛くなってきた。
……そういえば小春も宍戸ライブウォーク愛読してたんだっけ?
「小春、これ見てくれ」
「ん、何? 名刺? って、うそ! ししラブの出尾さんじゃない! どうしたの?!」
「知ってるのか?」
「モデル魅力を120%引き出す凄腕カメラマンだよ! この人がモデルを撮るようになってからししラブの売り上げが1.5倍に伸びたっていうくらい、凄い人なんだから!」
「……そうか」
小春が興奮気味に、如何に凄い人か伝えてくる。
あーそうですか、実力は確かでしかもイケメンですか。
ここでもその爽やかなイケメン笑顔を思い出されてムカムカする。
「……お兄ちゃん?」
「なんでもねぇよ」
む、顔に出てしまったか?
「でも、腕はいいけど私生活はだらしないって噂があるんだよね」
「どういうことだ?」
「柄の悪い人たちとつるんでたり、女の子も何人も泣かせてるとか……お兄ちゃん、まさか他の女絡みで――」
すぅ、と小春の目が細められる。
その背後に見えるのは人喰い虎の如き闘気。
浮気を許さぬ女の――って違う!
「お、俺じゃねえよ。美冬が――」
「――ふゅーちゃんが? どういうこと?!」
「スカウトされた」
「スカウト?! ……へぇ」
チクチクと肌を刺すような小春の気が、急に霧散した。
しかしその目の虹彩は消えており、どこまでも虚ろで全てを吸い込みそうな黒をしていた。
あ、これ見たことある。
逆らっちゃいけないやつだ。
「この名刺、借りていい?」
「あ、あぁ」
ぶんどるように名刺を取った小春が、足早に部屋を出る。
トタトタトタ、バタン。
「――ふぅ」
部屋に戻った音を聞いて、息をつく。
……小春も美冬も女の子の考えている事は、よくわからん。
ん?
『~~~~♪』
スマホが通話を知らせる音が鳴った。相手は美冬だ。
……なんとなく、見透かされるようなタイミングだったので、出るのが一拍遅れる。
「美冬?」
『今忙しかった?』
「別に」
言葉もついついぶっきらぼうになってしまう。
『撮影だけど、明日宍戸ビルがある駅前の広場に10時だって』
「そうか」
『ど、どんなの着ていけばいいのかなっ?』
「俺が知るかよ」
『そ、そうだよねっ……』
「…………」
ふと、あの作り物めいた笑顔の出尾を想像してしまった。
あのエセ爽やかイケメンなら何て――ああ、もう、なんだってんだ!
「……泊まりの時のやつ」
『……え?』
「あのワンピース、似合ってた」
『そ、そっか。ふふっ』
…………
その後はどうでもいい話をした。
多分普通に振舞えたと思う。
それはそうと、何で美冬はこないだこっそり買ったキャラクター物の付箋や、付け替えたばかりのクッションカバーの柄とか知ってたんだ?
『じゃあね、あきくん。明日ね』
「あぁ」
明日、美冬は撮影される。
出尾の手によって。
何故だろう、胸がもやもやする。
ただ撮影するだけだろ?
そしてモデルになったら、どこか遠い世界へ――
そこまで考え頭を振った時、視界の端にあるものが映った。
竹の鶴が描かれた瓶。
泊りの時、美冬に貰ったやつだ。
…………
『悩み過ぎたら飲む福祉を呷ればいいよー!(@^^)/~~』
綿毛らいおんさんの言葉を思い出す。
そういえば、獅子先輩にもらったスキットルがあったんだっけ。
ゴソゴソと、学校の鞄に入れていたそれを取り出した。
かちょーくん、だっけ。
彼との一件で空になったままだ。
やたらと角ばっていて富士山の麓が描かれたそれに、竹の鶴の中身を注ぎ込んでいく。
「おっと!」
少し零れてしまい、手のひらで受け止める。
シェリーに似た甘い香りが鼻腔をくすぐる。
手のひらに写った自分を覗き込む。
「あ、お兄ちゃん、ちょっといい?」
なんか俺、歪んでるな。
そして勿体無いとばかりに零れた福祉(原液)を啜った。
「お兄ちゃん?! ちょっ――」
◇ ◇ ◇ ◇
「やべ、寝坊した!」
現在9時57分、寝癖の付いた髪を撫で付けながら走る。
ちなみに起きた時、隣で浴衣が肌蹴てピクピクしてる小春が居たが見なかったことにした。
『出遅れる』『合流が』なんて寝言が聞こえたが……あいつも何か予定あるんじゃないか?
それよりも自分の事だ。
信号の待ち時間の合間に、少し遅れる旨は伝えておいた。
現地では既に待っているかもしれない。
美冬と出尾が。
2人で。
…………
ああくそ、絵になるかもなんて想像するんじゃなかった!
その嫌な想像を振り払うかのように足に力を込める。
だから、その光景は――
「美冬!」
「あきくん!」
「あれ、キミは……?」
出尾の背後に隠れるような美冬がいた。
そう、いつもの俺とのポジションに。
俺より背が高いので、美冬はすっかり隠れてしまい、まるで攫っているようにも見えた。
「これはどうい――」
「ちっ、他にも男かよ」
「なんだ、とんだビッチか」
あまりに出尾を美冬に意識が行ってばかりで気付かなかったが、2人の前にはいかにもナンパですと言わんばかりの男が2人いた。
「出尾さーん、機材どうしましょ?」
「レフ板は折りたたみの奴でもいいっすよねー?」
俺とほぼ同じタイミングで、撮影のアシスタントらしい人たちがやってきた。
出尾とナンパ男達の間に入り、見事な連携で分断する。
「さてキミ達、こういうことだから彼女を売女扱いした事を謝ってもらおうか」
「「「ッ?!」」」
キッ、と修羅場をくぐってきた人間独特の迫力で凄む。
まるで首筋に刃物を立てられたような錯覚をうける。
それはまるで、人を食い物にしてきた化け物じみたものだった。
猛獣とは違う質のそれに、思わず俺も息を飲んでしまう。
「お、おい行こうぜ」
「……チッ」
危機を感じたのか、ナンパ野郎共は尻尾を巻いて立ち去っていく。
……
あれ、何かおかしいな? どこか不自然……そんな気がする。
それにあいつらどこかで見たような……
「美冬ちゃん、大丈――」
「あきくん!」
「美冬」
出尾が何かを言いかけたが、美冬がそれを遮り俺のそばに駆け寄ってくる。
「…………」
そのニコニコした石の仮面のような笑顔が、少し歪んだような気がした。
俺は無意識に、お守りの感触を確かめていた。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングもゼロだ!
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今夜のお供はダブルパイナップルでっ!











