第41話 その手を掴む
GW半ばの人通りの多い駅前広場。
それはもう、俺達は目立っていた。
……悪目立ちだけど。
「うわ、あの子めちゃくちゃ可愛くね?」
「くっ、自分の胸が恨めしくなるほどのスタイル……」
「で、あの男一体誰だよ? あの子の彼氏か?」
「え、うそ修羅場? 二股?」
モデルのスカウトが来るほどのゆるふわ美少女に、それに匹敵する儚げな美少女。そして足元には痙攣(※シバリング)する銀髪頭。
そんな2人に挟まれ詰問されてる男がいれば、そりゃ興味を引くだろう。
「あきくん?」
「こ、これはだな……」
「ひっ……!」
だがそのゆるふわ美少女は、まるで暴れ熊か羅刹のごとき気を発しながら威圧してきていた。
それにやられた小鳥遊さんが、震えながら俺にしがみ付き盾にする。
傍から見れば、どう見ても浮気が見つかって追求されている構図である。
美冬の目は何処までも深い底なし沼の様にドロリと困惑と妬みの色に濁っており、そしてほんの少しの喜色めいたものがあった。
……なんだよ、それ。
「答えて、あきくん」
「お、大橋くっ……」
「……別に、ただの人助けだし」
そう言って視線をピクピク痙攣するものに誘導する。
「ふぅん?」
「……ッ?! きゃひんっ!」
見るものを震え上がらせるほどの冷ややかな眼差しを受けた銀髪男は、ビクリと跳ね起きる。
そして四つん這いのまま、負け犬の様に逃げ去っていった。
「うわ、情けなっ」
「女の子に睨まれて逃げるとか……」
「星加流、幻滅よ……」
「てか、四つん這いはねーわ」
そのあまりな姿にちょっと同情してしまう。
「それは分かったけど、どうしてあきくんと小鳥遊さんが抱き合ってるのかな?」
「別に抱き合ってなんか……」
「ねぇ、どうして?」
一瞬の出来事だった。
やはり美冬のそれは回避不能の必中技で、あっけなく俺の腕が取られてしまう。
未だ慣れない感触の豊かな膨らみを押し付けられ、ドキリと胸が跳ねる。
「ねぇあきくん、やっぱりその女がいいの? あたし頑張ったよ? あきくん好みの女の子になれるように努力したよ? どうして? どうしてその女がそこにいるの? あたしじゃダメ? 何でもするよ? あきくんが望むなら何でも――」
「おい待て、美冬!」
そんな俺の心情など知らず、どこか必死な表情で目を潤ませな無我夢中で縋り付いて来る。
傍から見れば、俺が美冬を捨てて小鳥遊さんに鞍替えしようとしているようにしか見えない。
「やだあれ、痴情の縺れ?」
「あいつ、どんな酷い捨て方したんだよ」
「浮気する男とか去勢すればいいのに」
「女の子のレベルと釣り合ってなくね?」
ほら、周囲の人達とか完全にそう捉えてるじゃないか!
一旦落ち着けって! 俺だけじゃなく、美冬もいい目で見られないぞ!
俺は必死の表情で美冬を見つめるが――
「……へぇ」
――その時、小鳥遊さんの声色が変わった。
瞳が猛禽類のように鋭く細められる。
「自信がないんだ?」
「っ!」
「小鳥遊さん……?」
その台詞は予想外だった。
「大橋くんに気に入ってもらえる自信がないんだ?」
「…………」
「見た目同様、頭も緩いのかな? その大きな胸で媚びて、身体で繋ぎ止めようって魂胆?」
「…………」
最近学んだことがある。
それは女の子には裏があるということだ。
小鳥遊さんはまるでハゲタカが弱った獲物を甚振るかのように、辛辣な言葉を浴びせていく。
見たことの無いその一面に、俺は戸惑い見てるだけしか出来なかった。
「秋葉のように愛される自信が無いなら、大勢の中の1人で――」
「……――ふぅ」
しかし、相手は美冬である。
そう、多少弱っていようが――
「ちょっと黙ろうね、クソビッチ」
「ぃっ!」
もとよりちょっと大きな鳥程度、敵ではなかった。
轟、とばかりに猛吹雪のような冷気が辺りを襲う。
その直撃を受けた小鳥遊さんは、特大の氷柱を背筋に入れられたかのようにビクリと身体を震わせる。
「あれ、おかしいな? 今日寒かったっけ?」
「ご、ごめんなさい、私腰が抜けて」
「い、いいよ。俺だってさっきから膝が……」
「あ、あで? 歯がガヂガヂど……」
そのあまりに冷淡な眼差しは、ダンテの新曲に描かれる地獄の最下層を彷彿とさせた。
美冬の視線は的確に俺と小鳥遊さんを捕らえ、その余波は確実に周囲の一般人へと被害を与えている。
「あたしね、貴女の事が気に入らないの」
「っ?!」
何が起こったかわからなかった。
一瞬のうちに俺から小鳥遊さんが引き剥がされ、その手を美冬が掴んでいた。
「噂は色々聞いてるけど」
「ひっ……」
美冬がぐいっと一歩踏み出すと、腰が抜けた小鳥遊さんは下がることが出来ず、ぺたんと地面にへたり込んでしまう。
「小鳥遊さんがその気なら、あたしも本気出すよ?」
「あ……あ……ッ」
蹂躙。
まさにその一言に尽きる攻勢だった。
だけど、あまりに美冬らしくない気がして……どこか焦り余裕が無いように、無理をしているようにも見えて――
……
あの後、喫茶店で何かあったのか?
ニヤニヤとした、出尾の張り付いた笑顔が脳裏にちらつく。
――あの、どこか美冬を食い物にしたような笑顔を。
「なぁ、美ふ――」
「あきくん。今度ね、お試しで撮影してみないかって誘われたんだ」
「――え?」
一瞬、その言葉の意味がわからなかった。
誘われた?
美冬が?
撮影?
馬鹿げた想像だとわかってる。
「モデルの話ね、受けてみようと思うの」
「――ッ!」
だけど、どうしても美冬とニコニコイケメンに撮影されるというのが我慢できなかった。
――『あきくん、置いていかないで!』
幼い頃から、ずっと俺の後をついてきた女の子が――
ああ、くそっ!
今度は逆だ。
「お、大橋くん?!」
「俺も行く」
「……え?」
気が付けば、美冬に駆け寄り腕を取っていた。
震え怯える小鳥遊さんを後にして……
……そういや俺から美冬の手を取るのは初めてだな。
いつの間に俺が追いかける側になったんだろう?
「いいだろう?」
「……あきくん?」
驚愕、逡巡、戸惑い、それから安堵。
美冬の顔が目まぐるしく変わる。
「うん……うんっ!!」
最後に咲かせたその幼い頃から見慣れた笑顔に、少しだけ俺の心が軽くなった。
……俺は、自分勝手だ。
「なによ、あいつら……ッ!」
そして怨嗟の声を上げる小鳥遊秋葉の呟きは、俺達には聞こえなかった。
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今夜のお供は葡萄ダブルでっ!











