第38話 スカウト
※31.1.21午前、前回37話後半部分大幅改稿しました
特に物語上の展開にそこまで差しさわりは無い……と思います。
ズィィィイイイィィン。
「~~♪」
鼻歌交じりに掃除機を走らせる。
GWも半ばのある日、俺は部屋掃除に勤しんでいた。
ついでとばかりにエアコンのフィルターも洗ったし、夏物を引っ張り出して色々整理もした。
こう見えて、俺は掃除や整理整頓が好きだったりするのだ。
色々きっちりしているのは、見ていて気持ちが良いよね。
お泊り会で色々と汚れが溜まっちゃったし。
そういえばお泊り会の翌日、なんだか三獣士達の反応が少し妙だったっけ。
『お兄ちゃんは水になった……スッとして軽やかで……』
『あきくんが精密な機械みたいになっちゃった……』
『酔いしれる福祉でなく、味わう福祉を求めて……』
なんだか品評会みたいな事を言っていたな。
俺はといえば頭痛と胸焼け、それと何故か腕の筋肉痛で倒れていた。
一体、何が起こっているのか相変わらず謎だ。
「ん?」
コツリと見覚えのない紙袋に掃除機が当たる。
なんだこれ?
大きく『教本進呈』なんて文字が書いてあったりする。
教本? 進呈って俺に?
…………
『策に溺れた雛子ちゃんは、先輩に躾けられて愛に溺れる~極・初めてのロープ道②~』
なんでやねん。
中に入っていたのは紳士漫画だった。
しかもロリ調教ハード系というニッチなジャンルだ。
生憎と俺の嗜好とは外れたものである。
一体誰が、なんて考えるまでもなく、犯人は1人しか思い浮かばない。
どうしろと?!
ていうか何で②?! ①は?! くそ、妙に気になるしっ!
夏実ちゃんに返す?
いやいやいや。
もし持ち主が違ったら、壮大なセクハラになってしまうじゃないか。
…………
様々なリスクを考えた結果、俺の紳士コレクションの一翼を担っていただくことにした。
べ、別に俺の趣味なんかじゃないんだからねっ!
たまたま、そう、たまたま貰ったやつがそうだったってだけなんだからね!
しかし、これはさすがに人様の目に触れるとやばそうなジャンルだな。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「お、おぅ?!」
どこに隠そうか思案していたら、小春が部屋に入ってきた。
うかつだった。
掃除中だし、窓も扉も全開にしていたのだ。
紳士漫画を、とっさに近くにあったかばんに放り込む。
「それなに?」
「な、なんでもねぇよ!」
「ふぅん?」
「それより、何か用か?」
「う、うん。ちょっと……」
もじもじと所在なさげにする小春は、いつもと違った装いだった。
白い清楚な感じのワンピース。
袖口やスカートの裾がレース状になって透けており、そこから覗く肩や太ももの肌色が妙な色気をだしていた。
――勝負服。何故かそんな単語が頭に浮かぶ。
咄嗟に俺の中での危機意識を一段上げる。
「お兄ちゃん、わたし色々考えました」
どこか畏まった様子で、俺の前にちょこんと正座する。
「ここ最近お兄ちゃんに甘えきっています。だけど、わたしはお兄ちゃんに何も返せていません。だから何をしてあげられるか考えました」
「甘える? 考えた?」
甘えるってなんだろう?
人の飲み物に隙あらば福祉を混ぜようとすることかな?
あと余計なことは何も考えないでいいよ? お願いだから何も考えないで?
やたらと丁寧な口調が小春の緊張具合を伝えてきて、さっきから嫌な予感がして仕方が無い。
しかし小春の顔はどこまでも真剣で、勝負に挑む侍のような気迫だった。
そのあまりな迫力に、俺は背後に獲物を狙う人喰い虎を幻視してしまう。
「覚悟は出来てます」
そう言って、かかってこいとばかりに両手を俺に向かって優しく広げる。
目を瞑り、ふるふると身体を震わせている。
一見すれば女の子が勇気を出して誘っているようにも見える。
だが俺には虎が爪を立てた前足で、威嚇しているようにしか見えなかった。
……
「小春」
俺はそっと近付き手を添え、小春の長い髪をかきあげ耳をくすぐる。
「お兄ちゃ……あっ!」
俺に触れられた小春はビクリを身体を震わせ、そのまま固まってしまう。
よ~しよしよしよし、よ~しよしよしよしよし。
そのまま手ぐしで髪を梳かすかのように、丹念に頭を撫で上げていく。
そう、グルーミングだ。
大切なのは無心。そう、雑念を捨てて一心にその仕事を遂行する心だ。
「あ、あわわはわ、ゃあぁぁあああぁあんっ!」
小春は女の子が上げちゃいけない類の声を上げ、ビクリビクリと身体を震わせたりするが、そこはガン無視だ。
むしろ髪をどうすれば整うか、絡まってるところはないか、その点を注意して丹念に撫で上げる。
「違っ、そういうんじゃっ、でもっ、いやぁあんっ!」
抗議をしてくるが口だけで、身体の力は完全に抜け切っており、頭をこちらに撫でやすい角度で差し出してくる始末。
――勝った。
そんな充足感すらあった。
最近あしらい方が少しわかってきた気がする。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息も絶え絶えといった様子で床に寝転がり痙攣し、まるで泥酔した酔っ払いのような身動ぎをする。
猫にまたたびを与えてみたって動画でも、似たようなの見たっけ。
……
あれ、ちょっとやりすぎちゃったか?!
反応が面白くて止め時がわからなかったのは否定しない。
年頃の女の子としてはあまりな様相になっているので、そっと、先ほど出したばかりのタオルケットをかけた。
俺にも見られたくはないだろう。
「そういや用事あったんだった。出かけてくる」
「ぃ……ぃじわるぅ……」
先ほど隠した紳士漫画入りの鞄を引っつかんで家を出る。
背後から恨めしい小春の声が聞こえてくるが聞き流す。
け、決して逃げたわけじゃないんだからね?
◇ ◇ ◇ ◇
何とはなしに、駅前に出てきた。
地方都市とはいえそれなりにお店も多いし、巨大なショッピングモールもあって賑わっている。
完全にノープランで来たが、その辺をぶらぶらするだけでも結構楽しいだろう。
GWということもあって、人通りは普段よりかなり多い。
「うそっ! あんたなんか知らない! 全然顔が違うじゃない!」
「お、俺がその加藤本人だって! ちょっと変わったと……痛ッ!」
一組のカップルぽいのが痴話喧嘩? ナンパ? しているのが目を引いた。
男が女に平手打ちを食らい、逃げられてる。
女の方は随分若いな。俺と同じくらい、高校生か?
一方男の方は……なんかちぐはぐな感じだ。
若いんだけど、顔が整形失敗したみたいな感じでやたら老けて見えて、何故だか課長と言いたくなる。
髪もストレスからか白髪が目立つし……まぁ俺が気にするものでもないか。
歪みっぽいのも感じないし、あれが彼の正常な姿なんだろう。
……って、歪みっぽいって何だよ。
ま、まぁ、今のように破局してるかちょーくんカップルは別として、さすがにデートしてる人が目立つ。
それがちょっと羨ましい。
俺だって、デートとかに憧れた事もあった。
想像したことだって何度もある。
『俺の中にはもう1人表に出せない災厄を背負った闇の俺が居る……そいつはいつの間にか闇を振りまき世の中を混沌に陥れようとしている……』
『そんな……どうしたら!』
『くっ! 俺の中でも今暴れてる……だが大丈夫だ、我が魂の片翼たる汝と共に街を回り浄化すれば……ッ!』
『一緒に街に行くだけでいいのねっ?!』
『屋内の方が闇がこもりやすい……カラオケとか、あとサイゼ何某とかいうイタリアンレストランも怪しい』
『わかったわ! 明日10時に駅前ね!』
…………
黒歴史を思い出し、悶絶してしまう。
胸が……胸が痛い……ッ!
ちなみにイメトレでの相手は小鳥遊秋葉さんだ。
いやぁ、うん。
こんな調子で話しかけてたら、そりゃあ振られるよね。
くっ! 静まれ、この想いッ!
色々と過去を封じ込めた右手で胸を押さえつけながら、過去の妄想を振り払う。
「ねね、またあのお店寄っていい?」
「え~、またかよ。そこ寄ると長いし見るだけっしょ」
「だって可愛いもの多いんだもん、それを一緒に見たいんじゃん!」
「わかったよ、しょうがないなぁ」
そんな俺の前を、いかにもラブラブしたものが通り過ぎていった。
くっ! リア充め!
しかし学校での俺を客観的に見てみれば、美少女を侍らしているハーレム野郎に見えるだろう。
実際のところは色々複雑なところなんだが。
小春は実妹で倫理的にダメだし、夏実ちゃんは見た目が幼すぎて道徳的にアウト。
じゃあ美冬はと言われると、小さいころから知り過ぎていて、どうしてかそういう目で見られない。見てはいけないとさえ思ってしまう。
だけど小さい頃からよく知っているだけに、先日の涙の跡は一際気になった。
俺の知らないところで泣いていたのか?
この間から、やけにそれが心に引っかかる。
押隈美冬。
幼い頃からのイメージは鈍くさい地味眼鏡。黒くてもっさり。
それが蛹から蝶に変わるかのよう、明るくゆるふわな美少女に変わった。
正直、かなり可愛くなったと思う。
俺の中で未だに一致しない時があるくらいだ。
もし歩いていたら、その辺の彼女と歩いている男でも振り向いてしまう程だろう。
「ちょっと、誰見てんの?!」
「……え、別に何も!」
ほら、今のカップルみたいに――って!
「ほら、悪い話じゃないと思うし、少しだけ時間とかいいかな?」
「え、でも……その……」
美冬が(俺の主観で)胡散臭そうな男に声を掛けられていた。
相手の歳は30前後か? 俺より1~2回りほど離れていそう。
後姿でも鍛えているのか、相当引き締まった身体をしているのがわかる。
「美冬!」
「あきくん?!」
「キミは……?」
気付けば、2人の間に割って入っていた。
それこそ条件反射のように美冬を背後に隠し、正面から男を見据える。
身長も俺より少し高い。180cmを超えてるだろうか?
全体的に爽やかな印象で、身に着けているものもオシャレな感じだ。
目鼻立ちも整っており、ああ、くそ! 大人で落ち着いた感じのイケメンだな!
……それになんだか隙が無い。
「彼氏君、かな?」
「え、えっとね、あきく……」
「どうでもいいだろう?」
自分でもどうしたことか、苛立ち混じりで返事をしてしまう。
それを男にやれやれと肩をすくめて受け流される姿が、ガキだと言われているようで余計に腹が立った。
「キミにも渡しておくよ。私はこういう者さ」
「何を……」
渡されたのは名刺。
『宍戸コーポ企画出版 フォトグラファー 出尾蘭 人 』
「宍戸ライブウォーク、知ってるかな?」
「それは……でお……フォトグラファー?」
「はは、いわゆるカメラマンさ」
その雑誌は知っている。
この地域で一番有名なタウン情報誌だ。
飲食店やファッション関連の記事を中心に穴場観光スポットやイベントの取材等、地域住民以外の人にも観光案内ガイドとして愛読されている。
うちでも小春がちょくちょく買っているな。
「彼女をうちの専属モデルとして、スカウトしたいんだ」
「え?」
「あきくん……」
出尾と名乗った彼は、まるで石で固めた仮面のようなニコニコ張り付いた笑顔でそう言った。
その笑顔に嫌な歪みを感じ、得体の知れない感情が俺の心へ波紋を広げた。
面白い!
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ストロングってゼロだ!
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