第37話 お泊り会④
ネコクロ様からレビューを頂きました!
素敵なレビュー、ありがとうございましたっ!
※31/1/21 AM7:45頃 今後の展開から矛盾してきそうになるので、後半改稿しました。
「今日はお世話になりました!」
玄関先で、東野さんが頭を下げる。
時刻は7時半過ぎ、それほど遅くはないとはいえ、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
元から課題だけをしに来た彼女は、泊まらずに帰宅するそうだ。
「咲良ちゃん、やっぱり送ろうか?」
「ううん大丈夫だよ、小春ちゃん」
小春と東野さんの距離が近付き、お互い苗字でなく名前で呼ぶようになっている。
一体いつの間に?
「お兄さんもご馳走様でした!」
「お、おぅ」
夕飯に取ったピザのことかな?
一体何がご馳走様だったか深く考えまい。
「それではまた! この滾る思いを一刻も早く紙にぶつけますっ!」
そう言って東野さんは『マッスルマッスル!』と掛け声を上げながら小走りで去っていった。
……
逞しいだけじゃなくて濃い子だな。
類は友を呼ぶという諺が脳裏をよぎったが、慌てて打ち消した。
俺は彼女達ほど濃くはない。
「俺達も家に戻るか」
「うん」
「おばさん、お皿片しておきました~」
「あら美冬ちゃんありがとう、手際良いのね。うちの娘ときたらまったく……」
「い、いいの! わたしは食べるの専門なんだから!」
家に戻ると、美冬が台所を手伝っていた。
小春がとばっちりを受けている。
「それにしても美冬ちゃん、すごく可愛くなったわね? 家事も上手いし、うちへ嫁に来てもらいたいぐらい!」
「うふふ、じゃあ今は差し詰め離れに住む愛人ってところかな~?」
「もう、冗談が上手いんだから!」
あははうふふと仲良く談笑しているが、美冬の目は笑っていなかった。
俺はその事実を認めたくなくてそっと目を逸らした。
「はぁはぁ、この拘束具凄いです……動けば動くほどぎゅって絞まって……」
目を逸らした先には拘束具と一体化し、知恵の輪の親戚になっている夏実ちゃんがいた。
どうしよう、首はこれ以上は回らない。
俺はそっと目線を下におろした。
「お兄ちゃん? 指先の傷が気になるの?」
「小春? いやその……絆創膏そろそろ替えたほうが良いかなと」
「そう……はい、これ。交換用のやつ」
「あぁ、あんがと」
俺の態度を不審に思ったのか、小春が気を利かせて換えのものを渡してくれるが、剥がした古いほうをポケットに仕舞い込む妹の姿は不審以外の何者でもなかった。
こういう時どうすればいいのか、今までの経験則で知っている。
そう、ひたすら勉学に打ち込むのである。
俺達のクラスがそうであるように。
「よーし、夜も残りの課題を片付けるぞー!」
なんとなく抗議じみた視線を集めたが、気にはすまい。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ」
ガシガシと風呂上りで濡れた頭をタオルで擦る。
最近暑くなってきたし、お風呂上りともなればクーラーを付けたくなる。
自室のクーラーの当たりやすい地べたに座り込み、リモコンを入れた。
あの後特に問題が起きることもなく、夜も更けていった。
なんだかんだで課題に集中したのか、小春達もほぼ全部終わったと思う。
後はもうお風呂と寝るだけだ。
何故か小春は、俺より先にお風呂に入ることを拒否した。
人数が多い為、美冬は自分の家に入りに戻っている。
「んーっ!」
ぐぐーっと背伸びをすれば、ぺきぺきと背骨や肩の骨が音を立てた。
あれだけ集中して机に向かってたんだ。肩も盛大に凝る。
皆も凝ったんじゃないかな?
後半はやたらとぐったりしていたし、なんだか雰囲気も変わっていたような――
――コンコン。
「あーい、開いてる」
「あきくん、ちょっといいかな?」
「……美冬?」
思わず疑問系になってしまった。
当然のことながらパジャマ姿だった。
昔から好きなテディベアがプリントされている。
お風呂上りの水気の多い髪が、灯りにきらりと反射していた。
なんとなく、いい香りがしていそうだ。
どこか気が緩んで隙きの多い無防備なその姿は、今まで見たことのない幼馴染の姿だった。
それだけ俺に気を許しているというのが伝わってくる。
不覚にも、少しドキリと胸が跳ねてしまった。。
……まて、相手は美冬だぞ?!
小さい頃から一緒で地味眼鏡……だったけど、今はそんなことないし、そもそもダメな理ゆ――
「隣、いい?」
「あ、あぁ」
とてとてと。
裾を少し翻しながらこちらにやって来る。
「えへへ」
そして俺を見てはにかむその姿は、なんとなく、幼い頃俺の後ろを付いてきた美冬と重なった。
ここ最近の熊のように強引な姿とは真逆で、なんだか落ち着かない。
「…………」
「…………」
隣に座っただけで、俺と美冬の間に会話はない。
だけど、息苦しいとかぎこちないといった空気でもない。
自然。
あるがまま。
そうだ、俺と美冬は物心付いた時からずっとこんな感じだった。
むしろ落ち着くまでも――
「ごめんね」
「――え?」
突然の謝罪に困惑する。
「あたしね、あきくんに一杯迷惑かけてると思う」
「そんなこと……」
……あるな。否定できない位あるな。特にこの3週間は。
恨めしく思ったことも一度や二度じゃない。
「やっぱり……」
「あ……」
その事が顔に出てしまったのか、俺を見た美冬が顔を伏せる。
何故か、胸が軋みを上げた。
確かに迷惑とは思ったけど、別に嫌と――
「ごめんね、ごめんね、ごめんなさい……」
「美冬?」
ぽろぽろと。
大きく垂れた瞳から大粒の涙を零しだした。
押隈美冬という女の子と涙は縁が遠い。
縁は遠いが、それを見せるときは大抵俺がやらかした時だ。
脳裏に過ぎるのは、今日うちに来た時に見せていた涙の跡。
「あたしね、ダメだった。全然だめだめだった。変われたと思ってたのに、全然変わってなかったの」
「何を……」
美冬が何を言っているかはわからない。
だけど美冬が悩み、自分を変えたいと思っていたこと、そしてそれが上手くいっていないという葛藤は伝わってくる。
…………
変わったよ? 俺を捉える動きとか柔道部の誰よりも凄いし、うちのクラスのともちゃん(本名宇佐美智子)が気絶するくらいの気迫を出せるようになったよ?
「あたしね、きっとあきくんが居ないとダメなんだと思う……」
「そんなこと……」
無いと思う。
今の美冬なら、もし無人島で一人になっても素手で魚とか笑顔で捕らえられるイメージがある。
見た目もその……正直なんで俺に構ってるのかわからないくらい、綺麗になったと思う。
その容姿だけで人生勝ち組に成れるんじゃないか?
だから、美冬の何がダメなのか、俺にはわからなかった。
「あきくん、あたしね、勇気が欲しいの。自分に自信を持てる勇気を……」
「美冬?」
そっと、触れるくらいの優しい感じで手を重ねてきた。
男と違ったやわらかな肌。
じんわりと伝わってくる体温は、お風呂上りのせいか熱くさえ感じる。
まるで甘えながら何かをねだるその瞳が、俺をその場に縫い付けた。
いつもの美冬ハッグと違って簡単に引きはがせるというのに。
ふんわりと手の甲に添えられているだけというのに。
まるで身体を石にされたかのように動かせない。
「あきくん……」
「みふ……」
互いの視線が絡み合う。
目の前の美冬から漂う、蜂蜜を連想する甘い香りが俺の理性を溶かす。
ぎゅっと、溶けてしまった俺を自分に塗りたくるかのように指を絡めてくる。
幼馴染の顔なんて、見慣れたを通り越して見飽きたなんて思ってた。
全然違った。
不安げに揺らす瞳は、幼い頃からオドオドするところがある美冬そっくりだ。
しかし、どこか誘うかの色もあるそれは、どこまでも異性だということを意識させられる。
まるで息苦しく喘ぐかのように、艶かしく濡れた紅い唇が――
「なにやってんの、ふゅーちゃん?」
「美冬お姉様、何をしていたんですか?」
「こ、小春?! 夏実ちゃん?!」
美冬と間に流れていた蜂蜜のような空気が破られた。
どこか拗ねた様子の小春を見ていると無下にはできない気持ちになる。
夏実ちゃんは『放置も嫌いじゃないんですけど、のけ者はちょっと』と呟いている。
「ふゅーちゃんはいっつもそう! いつだって、いつの間にかおにぃの隣にちゃっかりいるんだから!」
「自分、美冬お姉様の捕獲とポジショニング技術には脱帽しかないです」
そういって、小春はどこかプリプリ怒った様な拗ねた様子で空いてる方の隣に座り、夏実ちゃんは相変わらずにこにこしていたが、どこか余裕なさげな表情をしながら俺の正面に座る。
あ、これ知ってる。
いつもの俺を逃さない時のフォーメーションだ。
「おにぃ、わたし達、今日は頑張ったと思うの」
「ご褒美くらいあっても、罰が当たらないと思うんすよね」
「ご褒美って……おっと!」
そうやって手渡されたのはガラスのコップだった。
おかしいな? 何で俺の分だけしかないんだろう?
抗議の意味を込めて小春と夏実ちゃんを見返すが、ギラギラと欲望に塗れたその目を見ると、抵抗するのが無意味に思えてる。
あと、クーラーが効き過ぎているのか結構寒い。
せめて、という思いで美冬を見ると――
「…………ごめんね?」
どこか申し訳ないという顔をしながらも、期待に満ちた色を湛えていた。
…………
ですよねー。
「先輩、せっかくなのでこのお米から作った福祉、試してみてください……よっと!」
「ちょ、ちょ、急に……零れるよ!」
夏実ちゃんが注いでくれたのは、手土産に持ってきてくれた瓶の中身だった。
獺がお祭りをしているかのようなラベルを貼っている。
二割三分や遠心分離という文字の意味はわからないが、高価だと言うのはわかる。
中学生のお小遣いでは厳しい代物みたいだけど、色々大丈夫?!
「…………」
「おにぃ……」
「先輩……」
どこか期待しつつも捕らえた獲物を逃さないといった瞳が、手元のコップに注がれる。
「……あきくん」
その中で、複雑な色をしていた美冬の目だけが気になった。
やっぱり、何かあったのか?
俺相手じゃ相談とか出来ないってことなのか?
…………
「……んぐっ!」
「おにぃ、きゃっ♪」
「先輩……あはっ♪」
「あきくん……」
気にはなったが、呷った福祉と共に、俺の中の不貞腐れた思いとその疑念も飲まれていった。
少しの引っ掛かりを残しつつ、お泊り会は幕を閉じた。
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明日は週初めだし、今夜は休肝日でっ!











