第29話 福祉ぶっかけ
俺は突如現れた男前なミイラ男の激昂に、戸惑いを隠せないでいた。
「可憐な小春さんにあんな暴力的な命令をさせたのは、お前のせいに決まってる!」
「待て、何のことだ?」
そもそも小春と可憐という言葉が結びつかない。
虎視眈々とか虎口の難なら分かる気がするが。
「くぅぅ~っ、この状況でしらばっくれるのか!」
「この状況って……」
俺が猛獣3柱を抑えてる状況かな?
「お兄ちゃんどいて! そいつ誅罰できないっ!」
「あきくん、あたしにもチャンスが欲しいの!」
「先輩、今度こそ自分も上手くやりますからぁ」
右手で小春、左手で美冬を制止しながら、夏実ちゃんにはベンチでお座りをさせる。
制する手には2人とも抗議するかのように両手で掴み、夏実ちゃんは腰に抱き付き懇願している。
……
はい、どうみても両手に美少女を纏わり付かせ、腰にも抱き付かせてるフザけた奴ですね!
「それほど小春さんを自分のものだって、見せつけたいのかっ!」
「身動き出来ないのは俺の方なんだけどなぁ」
「き、きさまぁああぁーッ!!!」
ミイラ男は血管が切れそうなくらい顔を真っ赤にする。
もはや見ている方がハラハラする位だ。
そしてどこから取り出したか、木刀を俺に突き付けた。
……おいおい、木刀って凶器だぞ?
かの剣豪宮本武蔵も真剣勝負に用いたほどだし、今でも特定の状況下に於いては軽犯罪法に抵触するんじゃなかったっけ?
「フゥーッ、フゥーッ!」
「スゥ――ハァ、スゥ――ハァ」
「剣道三倍段と言いますが、今の自分は史上5人しか居ない10段相手でも負ける気がしないです」
ほらぁ、猛獣達がそんな玩具見せられて、興奮しちゃってるじゃないか!
虎に猫じゃらし、熊に蜂の巣、狼にフリスビー見せるに等しい行為だぞ?
早く仕舞っ……て、そういえば俺が標的なんだっけ。
……
あれ?
凶器を突き付けられてるのに、何故だろう……あまり怖いとか感じない。
こいつ、本気じゃないのかな?
「とりあえず落ち着こう? ね? え、えーっと……」
「加藤だ! 加藤清真!」
「わかった、かちょーくん。男同士話し合おう」
「か・と・う、だ! おのれ馬鹿にして……ッ!」
「あ、悪かった。謝るから、かちょーく……あ!」
「~~~~~ッ!!!」
うぅ、完全に俺のミスだ。別にわざと言い間違えたわけじゃない。
それにこれは加藤くんにだって問題があると思う。
そんな子供遊びの様な怒気だと……ねぇ?
おままごとじゃないんだからさ。
「そこに直れ! 今すぐお前のような男を成敗してくれるっ!」
そう言って男前な加藤君は、まるで槍で突くかのような構えで木刀を持つ。
全身をバネにして低く構える姿は、まるで火縄銃の火種がじりじりと、火薬に触れるのを今か今かと待っているかの様。
――虎殺し。
ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
あ! もしかして今朝話に出ていた顔面崩壊のイケメンって彼の事?!
「……えへっ♪」
「……ふふっ♪」
「……あはっ♪」
……いけない。彼女達がやる気満々だ。
色々と人が現代社会で出してはいけない気を放出しはじめている。
「ッ!?」
「やめろ、加藤くんっ!」
血を見るぞ!
「――…………ハァ、ハァッ!」
さすがに生物としての危険察知能力はあった様で、全身からいけない汗をかきながら虎殺しの構えを解いていた。
「……フッ、女の子の前で恰好を付けたいという、貴様の心意気はわかった」
「お、おぅ」
女の子の手を、血で染めまいとする心意気かな?
「だからその心意気に免じて、男同士の会話に応じよう」
「そうか、それは助かる」
「放課後追って連絡する。いいか? お前だけだぞ?!」
「ああ、当たり前だ。約束する」
じゃないと妹や幼馴染や後輩が犯ざ――いや、さすがにそれはないか。ないよね?!
そう言って、加藤君はどこかビクビクしながら去っていった。
……
はぁ~~~~~! 緊張した!
「お兄ちゃんどうして? わたし悔しいよ!」
「あきくん、今からでも色々出来るけどどうする?」
「先輩、自分に1つ命令さえしてくれれば……ッ!」
あなたたち、ちょっと好戦的過ぎない?
「大丈夫、加藤くんの誤解を解くだけだし、話せばきっとわかってくれるさ」
だが皆は納得がいかないようだ。『でも』や『だって』、『やっぱり』という言葉が漏れている。
このままだと色々首を突っ込んで来そうな勢いだ。
……
「1人で行かせてくれたら、福祉飲むから」
「「「っ!?」」」
一瞬にして彼女達の表情が従順な色に変わった。
「お、お兄ちゃんがそう言うなら」
「あきくん、約束だからね?」
「先輩、オプションつけてもいいですか?!」
うんうん、何故これで言うことを聞いてくれるんだろうね?
俺の心情は福祉という言葉とは対極になってるんだけどね?
どんどん泥沼に嵌まっていく……そんな状況を自覚した。
◇ ◇ ◇ ◇
「よく来たな!」
「約束したしな」
放課後、最後までなんだかんだと心配そうに話しかけてきた美冬を煙に巻き、指定された場所にやってきた。
まぁ昼間と同じ校舎の裏手だったんだけど。
「俺達も話に混ざってもいいよなぁ?」
「色々納得いってない事、話してもらうぜぇ?」
「前々から気に入らなかったんだよ、てめぇは!」
「ぉっぱぃ」
…………
知ってた。
こういう事になるって。
加藤君だけじゃなく、同じ部の仲間と思しき竹刀を持った人たちや、柔道部で中西君や獅子先輩に押さえつけられていた人たちもいた。
あはは。
その全ての瞳は憎悪や嫌忌、それに妬みの色に染められており、その全てが俺に向けられている。
不味いかな……あれ、でも――
「小春ほどの迫力はないな?」
「あぁっ?!」
「俺達より女の方が怖いってか?!」
「くそ、ふざけやがって!」
「あっ!」
また煽った形になり、加藤君たちの怒りに油を注ぐことになってしまった。
だけど、う~ん……やっぱり小春が甘えてきて対応を間違えた時の、本気で命を獲られそうなほどの迫力はない。
「このっ、小春さんを解放しろっ!」
「うわっ!」
ヒュッ!
と風が目の前を通り抜ける。
それは全身をバネにした、疾風の突きだった。
身を低く構えた姿勢から繰り出されたそれは、一瞬にして俺と加藤君の距離を詰め俺の喉笛を狙っていた。
「【虎殺し】を避けるとは、や――」
「美冬の捕獲ほど素早くないな?」
「――ああ゛っ?!」
うん、いくら気をつけても回避不可能、必中属性が付いていそうな美冬ハッグに比べれば牛歩のごとき素早さだ。
「でりゃああぁあぁっ!!」
「うぉおおぉおぉっ!!!」
「おっと!」
死角から柔道部の連中が当て身や掴みに掛かってきた。
しかし、いつも予測不能な夏実ちゃんの言動に比べれば、まるでタネが分かってる手品ほどの驚きもない。
……
あれ? 猛獣達に囲まれているうちに、俺の感覚とかもろもろおかしくなってきちゃってる?
と、ともかく――
「あの、落ち着いて? 話し合いをね?」
「これが落ち着いていられるかっ!」
「ちょこまか逃げるんじゃねぇっ!」
「くそっ、余裕ぶってんじゃねぇぞ!」
う~ん、困った。
こういうのってガス抜きしたほうが後ほど禍根を残さないかな?
顔とか急所さえ守れば大丈夫、だといいけれど。
俺は構えを解き力を抜いて、もう一度加藤君たちと相対した。
「……ふぅ、わかった。話し合おう」
……………………
…………
……
「お前たち、何やってんだ!!!」
焦りを大分に含んだ野太い声が響く。
亀のように丸まっていた俺への攻撃の手が止まる。
「し、獅子先輩……」
「……チッ」
俺を助け起こしてくれたのは獅子先輩だった。
それだけじゃない、中西君やあの日現場にいた柔道部の連中も何人かいる。
その顔はみんな一様に青褪めている。
顔や急所はガードしたけど……そんなに俺は酷い状況なのか?
今からでも全力疾走できるくらいの余裕はあるんだけど。
「お、お前たち、何をしたのかわかってるのか?」
「何って……お話だよ」
「洗脳された女の子の救出?」
「穏便に話が済んでよかったよなぁ」
震える声で問いかける中西君に、ニヤニヤしながらすっとぼける加藤君たち。
以前、柔道部内での俺限定乱取り稽古に比べればマシ――
「いいから、逃げろ! 早くっ!!」
「「「「え?」」」」
非難でもされるかと思っていた加藤君たちは、中西君の予想外の言葉に面を食らって固まっている。
「夏実様達に見つかる前に早っ――」
「どうしてお兄ちゃんがこんな目に遭ってるのかな?」
「ひどい……あきくんが何をしたっていうの?」
「自分、通販で買ったものを色々試してみたいんですよね」
それはまさに、檻から放たれた猛獣だった。
加藤君たちを睨む形相は、亡者を取り締まる地獄の獄卒と言ってもいい。
「こ、小春さん、キミを解……ほ……ぅ……」
「あれ、なんで? 手の震えが」
「ひっ……あ、足に力が……」
「え……虎? 熊? 狼?」
蛇に睨まれた蛙って、あんな風に固まって動けなくなるのかな?
もはや息をすることさえ忘れて、卒倒しだす者さえ出てきた。
え、えーと……なんだろう?
加藤君たちに納得してもらおうとしていたのに、何でこんなことになってんだ?
なんか段々腹が立ってきた。
う~ん、でも……
「て、手当てして欲しいなぁー、なんて!」
この場の空気を変えようと、大きな声で訴えてみた。
なるべく明るい声を心がける。
小春や美冬、夏実ちゃんが心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「ひどい……頭から血も出てる……っ!」
「待ってね、あきくん。今手当てをするから!」
「らいおん先輩、消毒するものとかないんすか?!」
普段思うところはあっても、甲斐甲斐しく世話をしてくれるとちょっと、まぁ……我ながら現金だな。
だというのに、加藤君たちは何でそんな目で見るかな?
そもそも洗脳とか言ってイチャモンつけてきたそっちだよね?
「夏実様、福祉の原液なら!」
「それでいいから、先輩に頭から掛けてください!」
大体もう……えっ――
トットットットットッ。
何か瓶から琥珀色の液体を掛けられた。
「ぶはっ! けほ、けほけほっ!」
「お兄ちゃんしっかり!」
「わんこちゃん、ハンカチもってる?!」
「あ、荒縄か拘束具なら……っ」
鼻にツンと突き抜ける濃い匂いのそれが鼻や口から入ってきて、思わず飲み込んで咽てしまった。
一体なんてものを消毒液代わりに掛けてくれちゃってるの?!
……
ああ、もう、なんだかどうでもよくなってきた!
それになんだあいつ? かちょー? だっけ?
なんでそんな目で俺を見てるんだ?!
虎殺しとかふざけた名前だっけ?
そんなので虎は狩れねーっての!
大体その目、いや、その顔は――
「――かちょー、お前は歪んでいやがる」
思わずそんな呟きが漏れ出した。
そして、俺の意識は暗転した。
面白い!
続きが気になる!
ストロング+ゼロだ!
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今夜のお供はダブルグレープフルーツでっ!











