第22話 ある日の小春 ☆大橋小春視点
きら幸運様からレビューを頂きました! ありがとうございますっ!
ピピッピピッピピッピ――ガチャ。
まだ夜も明けぬ5時丁度だ。
もぞもぞとベッドの中で蠢き、サイドチェストにある体温計を咥える。
大橋小春の朝は早い。
「………………36.35度」
測った体温を部屋のカレンダーに書き込む。
毎朝の検温は中学に上がってからの習慣だ。
うん、今は低温期。周期はぴったり、狂いは無い。
まだまだ朝は冷えるけれど、気合を入れて布団を跳ね除け、鏡を覗く。
寝起きの不細工な顔に、所々跳ねて癖のついた髪。
とてもじゃないけどお兄ちゃんには見せられない。
薄暗い廊下を音を立てずに歩き、風呂場を目指す。
人は寝てる間にコップ1杯分の汗をかくという。
つまり、いまのわたしはそれだけの寝汗をかいているというわけだ。
そんな汗臭い状態で、お兄ちゃんの前になんて出られない――
気付けば、毎朝のシャワーが習慣化していた。
お兄ちゃんの匂いならどんなものでも無条件で受け入れられる自信があるけれど、自分の匂いとなったら話は別だ。
もし臭いなんて言われたらショック過ぎて立ち直れない。
お兄ちゃんの鼻の穴に焼けた鉄棒突っ込んであたしも死ぬ。
だからそう思われないように丹念に身体を洗い、肌を磨き上げる。
髪の手入れも気を抜けない。
『こはるの髪はさらさらでさわっててきもちいいな』
小学校上がる直前の3月27日の昼過ぎだったと思う。
お兄ちゃんに褒められた自慢の髪なのだ。
それ以来髪を長く伸ばし、いつでも撫でてもらっても良いようにしている。
だから3月27日は髪褒められた記念日に設定した。
でも最近撫でて貰っていない。
今度お願いしてみようかな?
出来るなら、部活帰りで芳醇な兄香を蓄えた手で、お兄ちゃんの匂いが移るくらい撫でまわして欲しい。
ふゅーちゃんと夏実よりも、お兄ちゃんの妹だって証を刻み込んで欲しい。
そんな事を考えながらバスタオルで水気を払い、洗面所の鏡を見ながらブラシやドライヤー、スキンケアローションを使って髪や肌のお手入れをしていく。
その次に悩むのが下着。
わたしのサイズは人より大きい。
人より大きいってことは、それだけ市販で流通しているものが少ないのだ。
つまり、可愛いのが中々なかったりする。
だけど、そこはまだ私が努力すればいいところ。
お兄ちゃんが可愛らしくキュートな方が好きなのか、大人で色気たっぷりな方が好きなのか、それが問題。
兄コレクションの中ではお姉さん系が充実しているのは、ふゅーちゃんの裏付けもあってわかっている。
だけど、最近ロリなものも混ざっており、ふゅーちゃんが言葉濁していたのも気がかりだ。
選んだのはピンクと白のレースと胸元のリボンが可愛い甘めのやつ。
ちょっと子供っぽいかな? だけどわたしは妹で年下だし、今日は甘めの可愛い系で攻めてみた。
…………カチャリ。
合鍵を使ってお兄ちゃんの部屋に忍び込む。
現在5時50分過ぎ。
お兄ちゃんが起きるまでおよそ30分。
あどけない様子で無防備に眠る様子は卑怯だと思う。
兄なのに、年上なのに、母性本能が擽られてなんだかイケナイ気持ちになってきちゃう。
むくむくと湧き上がる心のままに、無防備に晒している鼻と口の間のくぼんだところ(※人中、人体急所)や耳の後ろの突起したところ(※乳様突起、人体急所)を撫で上げる。
ピクリと反応するところがキュンときちゃうし、こんな姿他の誰にも見せたことが無いと思うと、優越感に浸れたりする。
布団を少し捲ると、一晩熟成された兄香が鼻腔をくすぐった。
一晩寝汗と共に蒸れた布団に潜り込むと、一瞬意識を持っていかれる。
胸の鼓動が激しくなり、幸福感から頭のネジがいくつか飛んでしまいそう。
妹をそんなにしちゃって、困ったお兄ちゃんなんだから……
ちょっとした抗議のつもりで、お腹の上の方の窪んだところ(※水月鳩尾、人体急所)を撫で上げた。
「う、うぅ……俺は美味しくな……」
「っ?!」
一瞬、寝言にビクリとなる。
時計を見ると6時前。
いつも起きるのはぴったり6時25分。
うん、大丈夫。
その辺の生活習慣は頑固なまでにキッチリしてるから起きるはずがない。
だからそれまでの間に、他の女が寄らないようにわたしの……匂いを……はにゃあ……
………………
……
「何で小春がここにいるんだ?!」
そんなお兄ちゃんの抗議の声で目が覚めた。
そう言われても妹の特権であり義務でもあるのだから、何でと聞かれても困る。
それよりも、毎回わたしが寝落ちてしまう事について抗議したい。
どんだけ妹を安心させて眠らせる匂いを醸してるのよ……ばか。
何か色々とお小言みたいな事を言われた気がするけど、兄香力によって幸せ回路フル稼働状態のわたしの耳には、あまり入ってこなかった。
出ていけ? 二度とするな?
照れ隠しだよね? もう、そんなこと言っちゃって……きゃっ!
もし本気なら顎を強打したり(※人体急所)喉仏を噛み千切ったり(※人体急所)しちゃうぞ♪
あ、お兄ちゃんがブルって震えた。
お布団蹴飛ばしたから寒いのかな?
わたしが温めてあげなきゃ! すりすり……♪
…………
お母さんにもお兄ちゃんとの仲を揶揄われながら朝食を摂って家を出る。
最近一緒に登校するようになってから、目に映る世界が激変した。
あらゆるものが色鮮やかに見え、全てが輝いているように感じちゃう。
それもこれもお兄ちゃんが傍にいるから――
「おはよ、あきくん♪」
「おはようございます、先輩♪」
…………
「はるちゃんもおはよう♪」
「小春お姉様、おはようございますっ!」
すべてがキラキラしているわたしでも、苦手なものはいくつかある。
その1つというか2つがこの2人だ。
「はるちゃんどうしたの?」
「……べ、べつにっ」
押隈美冬。
わたしとお兄ちゃんの幼馴染。
肩まで伸びたゆるふわな明るい色の髪に、わたしより大きいかもしれない胸のくせにキュッとくびれた腰という抜群のプロポーション。
トロンと垂れた大きな瞳は柔らかな印象を与え、如何にも女の子っぽい。
まるで雑誌のモデルと言われてもおかしくないような美少女だ。
そのくせ貴方だけなの! と言わんばかりにずぅっとお兄ちゃんの隣に居座る女熊。
ま、まぁ?
わたしにも友好的に接してくれるしぃ? 昔みたいにふゅーちゃんって呼んじゃったりするけど、その……(ごにょごにょ)
「大丈夫ですか、小春お姉様?」
「な、なんでもないわ!」
まるで従順なわんこの様に顔を覗き込んでくるのは乾夏実。
お兄ちゃんの部活の後輩。
ふゅーちゃんは良いとして、この子はまだ油断ならない相手だと思ってる。
お兄ちゃんのペットになりたいとか羨ま……ふざけた事言ってるし、色々油断できない餓狼だ。
だけど、この子がもたらした情報は看過できなかった。
小鳥遊秋葉――
女子の間で有名な部活クラッシャー。
承認欲求の塊で、男子を翻弄する女。
お兄ちゃんだけじゃない。
色んな男子を勘違いさせては弄び、かつては学園三大天使と呼ばれながらもその所業故に堕天使となった女。
そいつがまた、最近高等部からの編入組相手に色々とやらかしているという。
今更お兄ちゃんに絡むことは無いと思うけど……だけど油断は出来ない。
またお兄ちゃんが誑かさ……は? あのわんこお兄ちゃんに何渡してんの? お仕置きボタン? 何それちょっとずる……こらーっ! ふゅーちゃんもどさくさに紛れてなにやってんのバカーっ!
……
…………
まったく、ふゅーちゃんやわんこの方こそ油断ならないんだから!
すったもんだがあった末、右がわたしで左がふゅーちゃん、そしてわんこが前という布陣になった。
なんとなく、周囲から視線が集まっているのを感じる。
ふふっ。
まぁ? わたしはお兄ちゃんだけ目に入ってればいいんだけど?
でも、みんなにお兄ちゃんを自慢したくなるのってわかるかな?
だから、お兄ちゃんが目立つ様に一歩控えるのだ。
ほら、こそこそしないで?
胸を張って?
周囲の目が怖い?
なに訳わかんないことを言ってないでほら!
◇ ◇ ◇ ◇
昇降口でお兄ちゃんと別れて自分の教室を目指す。
1年の教室は3階でちょっと遠い。
廊下は登校中の生徒やすでに登校した生徒が雑談してたりなんかして、非常に賑わっている。
以前はこの時間が憂鬱だった。
どうしてあんな態度取ったんだろう?
どうしてあんなこと言っちゃったんだろう?
どうしてもっと素直になれなかったんだろう?
そんな後悔ばかり。
だけど今は違う。
お兄ちゃんの事を思い出したり、こっそり部屋から拝借した兄香たっぷりのハンカチを弄んだり嗅いだりしていると自然と笑顔になっちゃう。
「お、おはよぅ、大橋さん」
「おはよう、東野さん」
にやにやしていたわたしに話しかけてきたのは東野咲良。
ボリュームのある栗色のふわふわミディアムヘアーに、眼鏡がトレードマークの小柄な女の子だ。
ほんの少し前までのわたしは、素直になれない後悔からいつもブスーとしており、話しかけてくる人なんていなかった。
東野さんはそんなわたしに話しかけてくる稀有な子だ。
きっかけは、この子が他の女子グループに雑用押し付けられたり絡まれたりしていた所を助けたからだ。
助けたのはほんの気まぐれ……それと中1の時の自分とちょっと被ったから。
お兄ちゃんを追いかけてこの学校に来たはいいけど、既に結構大きかった胸の事で揶揄われ、孤立していた。
当時どん底にいたわたしを救ってくれたのは、やっぱりお兄ちゃんだった。
多分、お兄ちゃんはその時の事を覚えていないと思う。
はぁ……それにしてもあの時のお兄ちゃんカッコよかったなぁ……
また以前みたいに夏でも黒のコートを着たり眼帯付けたり梵字の書かれた包帯をアクセにしないかな?
ふふ、あのカッコイイお兄ちゃんの姿は――
「大橋さん?」
「え? な、なんでもないわ!」
いけない。
お兄ちゃんの尊い姿を妄想してトリップするとこだった。
まったく、離れてても困ったお兄ちゃんなんだから!
「大橋さん、最近よく笑うようになったよね」
「え、そう?」
自覚は……ある。
笑うというかニヤニヤしてるだけかも。
あれ、それちょっと恥ずかしいな……自重しなきゃ。
「うん、すごく可愛くなった」
「えっ?!」
わ、わたしが?
そうなのかな?
お兄ちゃんにも可愛いって思ってもらえてるかな?
あ、また顔がにやけて――
「大橋、小春……さん!」
声を掛けられたのは、見知らぬ男子生徒だった。
顔立ちは女子から見ても嫌味なくらい整っており、短く刈り込まれた髪と相まってやたら爽やかな印象を受ける。
「……誰?」
「か、加藤くん!」
「東野さん、知ってるの?」
「大橋さん、知らないの?!」
ざわざわと注目を集めているのがわかる。
なるほど、如何にも女子にモテそうな感じの人だ。
きっと有名人なのだろう。
そんな人が一体わたしに何の――
「あんな奴と別れて、俺と付き合っ――ぶげらっ?!」
思わずグーが出てしまった。
「きゃああぁっ!!」
「か、加藤君がぁっ?!」
「ち、血が! 鼻と口から血が?!」
「お、大橋さんっ?!」
なんか外野がうるさい。
そんな事より、こいつは今何て言った?
「どういう意味かしら?」
「ひぅっ!」
自分の感情が抑えられないのがわかる。
素直になって色々解き放った今のわたしは――無敵よ?
張り切り過ぎたのか、ちょっと長くなっちゃいました;
面白い!
続きが気になる!
ストロングはゼロだ!
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今夜は正月に疲れた体を労り、休肝日でっ!











