第135話 大道芸
宍戸グランドホテルの特別最上階、そこが俺の警備のバイトの舞台だった。
一度地下に潜った後、直通のエレベーターのみでしかアクセスできない場所らしい。
それだけでなんか秘密の基地っぽくて、わくわくしてしまうのは仕方がないことだろう。
あ、もちろん結季先輩の宍戸家にもわくわくして行ったんだけど、着いて早々御庭番衆の人たちに誘導されなんかスーツに着替えさせられた。ついでに髪型も。
制服とは明らかに肌触りも違うし、身体へのフィット感が違う。明らかに高級そうで、汚したらどうしようかとか小市民の俺にはちょっと心臓に悪い。
とはいえ、高級な場所でのバイトなんで、ドレスコードっていうの? 服装に関しては仕方がないと受け入れる。
そんな場所に普通の高校生が私服で居たら浮いちゃうもんね。
俺に出来るのはなんとか無難に今日1日やり過ごして、夏実ちゃんが変にじゃれついてこないことを祈るばかりである。
特別最上階は学校の体育館くらいの広さだろうか?
1フロアまるまる豪華なラウンジ? バー? 何あのシャンデリア、やたら豪華で綺麗で輝いてない?
中央に大きなモニターがどこからでも見られるように4つ。そして周囲の壁にもずらりと小さなモニターがいくつも。
ナニコレ? え、宍戸の街全体を見られるようにしてる? どうして?
ともかく、普通に生活していたら一生訪れるようなことがないような場所だった。
うんうん、これだけでも警備のバイトをした甲斐があったよ。学校がはじまったら皆に自慢しよう。
「主よ、席を用意しました」
「え?」
「飲み物は何に致しましょう? フランスから持ってきた我がコレクションをいくつか見繕いますが」
「いやいやちょっと!」
「綺麗どころの好みを教えていただければすぐさま――」
「待って、待ってくれって! 俺はただの警備だから!」
そう言って俺が叫ぶと、一瞬彼らはビクリと反応し、そして顔を突き合わせ相談し出す。
ええっと? ただの警護の裏に隠された意味? 試練? 無いよ? 何もないよ? ただのバイトで来てるんだからね?
どうしたわけか、警備対象であるお金持ちそうな人たちからやたらと気を遣われていた。接待っていうのかな?
全くもって訳が分からない。主? 「あるじ」じゃなくて「しゅ」?
これじゃ立場が完全に逆っていうかおかしくない?
忍さん、助けて? 頷いてないで助けて?
なんて少しばかり困っていたら、中央モニターの方からうぉおおぉおぉぉぉっ! という大歓声が上がってきた。
「……え?」
俺も気になって覗きに行けば、思わず変な声を上げてしまった。
「あのブルマーの上に柔道着を羽織った少年は誰だ!?」
「たった1人に手も足も出ないなんて……っ!」
「おいおい、相手は全員元スペツナズ出身者で構成された、アムールの人食い虎だぞ!?」
「今銃弾を布切れで弾かなかったか!?」
「ナイフも布切れで防いでるぞ!?」
「なんだ、あれは!? 何のブルマーなんだ、あれは!?」
中西君だった。
路地裏で中西君が20人くらいの武器を持った特殊部隊めいた人たちを相手に、大立ち回りをしていた。あ、綺麗な出足払いと小内刈り。
すごいな……いくら世間の目がないとはいえ、ブルマー一丁で柔道着を羽織った姿とか、変態以外の何者でもないじゃないか。
またも綺麗な膝車や朽木倒しを決めてる。いい感じで技を決めるだけあって、その異様さも際立ってるなぁ。
ほら、特殊部隊っぽいコスプレをした人たちも何語か分からないけれど、大声で中西君に向かって何かを叫んでいる。
きっとドン引きしているのだろう。俺だってあれがクラスメイトだなんて、頭が痛い。時折カメラに向かって決め顔なんか作ってたりするし……
あ、特殊部隊っぽい人たちが距離を取った。
うん、当然だろう。あんな変態的な見た目の人とは距離を置きたい。物理的に。俺も出来ればこのまま他人のふりをしたい。
おや? 何かライフル銃みたいなものを構えて……一斉に撃った! 集中砲火だ!
だけど中西君は両手に持ったブルマーを縦横無尽に振り回して、その攻撃のすべてをはじき返している。
すごいな……無駄にブルマーを動かす手の動きがハート型だ。
ニッと口角を上げている口元が動いて……なになに? 『ね こ が わ あ い し て る』
……惚気かよ!
あぁもう、あんな姿を見た根古川さんも呆れたりするんじゃないかな!? かな!? くそっ、リア充爆ぜろ!! 特殊部隊っぽい人たち、頑張れーッ!
ほら、ちゃんと狙って! 周囲のギャラリーたちも飛び道具効かない的なことを言ってるけど、側面左脇の下3cmとか、逆腕の左手首のブルマー返す瞬間の0.003秒とか、結構隙だらけだよ!? 何のために包囲してるの!?
やがて銃弾の雨が止んだ。弾切れっぽい。あーもぅ、しっかり狙わないから。
これはもう……え? 中西君? ペンライト? 何に使うの?
なにやっ……ブルマー被ってどうするの!? 変態仮面みたいになってますます変態度が上がって……ちょっと!? そんな深呼吸してブルマーが口元に食い込んでるんだけど!? もう……もうクラスメイトの顔をまともに見ていられない……っ!
『ブルマーの呼吸一の型、餓狼咬牙』
そんな言葉と共にペンライトを振りかざす。
するとそこから狼みたいなものが飛び出し、特殊部隊っぽい人たちを呑み込んでいく。
一撃だった。
狼は最初の1人を呑み込むと、そのままの勢いでぐるりと周囲を囲む人たちに嚙みつき、一塊にしたと思ったら、ドカンという大きな音と共にビルの壁へと叩きつけ、大きなヒビを作る。
あ、なんか最近夏実ちゃんがよく出している狼と似てるな? 小春といい、何かああいうのを出すの流行ってるのか?
周囲から一斉にワァッと歓声が上がる。
うんうん、見世物としては面白いものだよね。
……それにしても大丈夫か、中西君?
ビルを損壊させたってことで、賠償問題になったらどうするんだ?
え、なになに? カメラに向かって……『この勝利を夏実さまと大橋さんに捧ぐ』
…………
俺の名前を出さないでほしい。そっと目を逸らす。
すると、興奮気味の警護対象のおじさんが話しかけてきた。
「主よ」
「っ!? なんでしょう?」
「彼は凄いですね! あのアムールの虎をまさか一撃で! 彼のことは、どう評価しますか!?」
「う~ん……」
そんなことを言われても、ただの変態でしたね、としか……
そもそも、あのアムールの虎って何? ブルマーで弾かれるような銃ってことは、サバゲ―集団かな? それとも演劇集団?
演劇としてならわかる。なんかヒーローの活躍みたいなもの的な奴だ。
けど、うん。色々とお粗末じゃない? ヒーローがブルマー一丁に柔道着を羽織ってるんだよ? あんな姿で表通りを歩いてたら通報ものだよ?
それにペンライトから変なもの出して……あ、なるほど、そういうことか。
「大道芸として、それなりに見られたかな?」
「「「「っ!?」」」」
ひっさびさに更新しました
忘れてたとかエタらせてたというわけじゃないです!!











