第134話 ご主人様 ☆百地忍視点
龍元御庭番衆の1人、百地忍視点になります
おはようございます、百地忍です。
本日、私は朝から大きな問題に頭を悩ませると共に、気合も充実させています。
ザ・ビーストの興行。
それは直接的、間接的に途方もない額の金が動く。それこそ、小国の国家予算にも匹敵するくらいの額が。
世界中のVIPが一堂に介するのだ。この場が取引の場になるのも、そう珍しいことではない。ザ・ビーストの取引が上手くいかず、破綻した銀行や恐慌に見舞われた国もあるくらいだ。
だからホストとして、龍元家の人間として気が抜けない。絶対に成功させなければいけない。私だけじゃなくお嬢様の器も図られることだろう。
問題は警備だったけれど、これは大橋さんの参加で大方その不安は払拭されている。
え?
リチャードさんのSPたちの様子がおかしい?
小さな女の子を見るとびくびくするように?
58人全員が?
あぁ、うん。
大丈夫。
宍戸ではよくあることだから。
事務所に連絡して、鎌瀬高の柔道部の誰かに来てもらって。
ええそう、彼らはカウンセリングに長けているから。
ふふっ。
さすがは大橋さんだ。
きっと、こういう時を見越して事務所を作ったのだろう。
肥大化し過ぎた群れだったけれど、情報のオーダーを一元化されているのは非常にやりやすい。
ザ・ビーストはこの宍戸の街全てが戦いの舞台だ。
つい先ほども、開始されたザ・ビーストの警護のために、龍元御庭番衆と連携して協力をしてもらっている。
こういう時、命令が一元化されているとスムーズだ。
何事も問題が起こることなく、ホストとしても興行を進行させていきたい。
もちろん、龍元御庭番衆はどんなトラブルにも対処するつもりだ。色んな対策も怠っていない。
まぁ夏実様が暴れてしまったのはちょっと予想外だったが……
しかも投資王リチャード相手にはしゃいじゃったと聞いてぞっとしたものだが、これくらいはよくあることと聞く。彼に怪我が無かったのが幸いだ。
「売却手続きに入ってくれ。あぁ、そうだ、彼らの拘束もすべて解いて……欲しいものがあればくれてやってくれ。いいんだ。あるものはすべて吐き出せ。爵位も父か兄にでもくれてやる。そんな肩書ももう、どうでもいい。手元に何も残らない? ははっ、それでいいんだ。なにせこれから神に仕える道に入る身、金なんて持ってても生きていける分だけあれば十分さ。生きていける……それだけでどれほど素晴らしいということか! Oh my Goddes!」
だが目の前で起きている光景が理解できなかった。
どうして?
私の目に、どこか憑き物が落ちたかのようにすっきりした顔の投資王リチャードが映る。
どうやら手持ち資産全てを売却、寄付をしたらしい。わけがわからない。
投資王リチャードと言えば、イギリスを代表する大貴族にして資産家だ。
都市部に膨大な土地や債券をもち、その財力と影響力は英国内に多大なものをもっている。
それがたった今、目の前で、金を、会社を、爵位を、その持ちうる全てを投げ出した。ただのリチャードになったのだ。
私とて彼と比べれば格が落ちるとはいえ、名家である龍元家に仕えている。
龍元は1000年以上の歴史を誇り、時代が時代なら8万4000石の大名であり、正五位伯爵でもあった。その従者としての矜持もある。
だが彼らはそれらをすべて放棄したのだ。理解できない。
困惑していると、リチャード同様すっきりした顔の男たちがやってくる。その相手に息を呑む。
「リチャード、君は寄付をしたのか。私は財団を作ったよ。なに、土地だけは持っているからな、ははっ」
「大きめの島に神殿を作るといいと思うんだ。そこで1000年王国を建国する」
「快適になる様インフラを整えば。開発しなければ。我らの資産はまさにそのためにあったと言える。飛行場に発電施設、忙しくなる」
「もし神が降臨なされたら、何一つ問題なく過ごしてもらえるように」
「我らは普段そこで祈りを捧げ、そして迷える者たちを群れに迎えるんだ」
「アメリカの不動産王、ウーノ=キング! 君のところにも神が? って、金融王ロスキッズに石油王アルード、建築王百済に総合商社の劉まで!?」
世界に名だたる富豪たちだった。
すごいな……彼らだけで全世界の富の20%は保有しているんじゃないか?
そして早まったかのような行動をしているリチャードを彼らが何か諭している。
わなわなと肩を震わせたリチャードは、くわっと目を開き、再び電話に戻る。
「売却は中止だ! まだだ、時期じゃない! 売り? いやそういうのじゃない、国だ、国を作るんだ! 楽園を、神を讃えるだけの国を……っ!」
言っている意味がよくわからなかった。
インドシナ半島沖に王家所有の無人島?
そして王家からは独立?
開発手段に費用が具体的なんだけど?
近くの埋め立て? 領有?
大富豪特有のジョークかと思われたが、どうやらそうではないらしい。
それと、彼らが本気で動けばわりと本気で国を作れてしまえそうなのが怖い。冗談になっていない。
なにより意味が分からなかったのは、リチャードを除く彼らの顔が傷だらけのボロボロだったことだ。
サーっと血の気が引く。何故か皆笑顔なのが不気味に覚えてくる。
彼らの身柄に危険を及んだということだ。
そして犯人は明白だった。頭が真っ白になる。どうしていいかわからない。
私は震える声を隠せずにお嬢様に問うた。
「お、お嬢様っ、ゲストが怪我を! ど、どうしましょう……?」
「やれやれ夏実くんだね。あーその、秋斗くん、悪いんだけど――」
「お、お嬢様っ!?」
そしてお嬢様が大橋さんのところへ……
えっ!?
ちょ、ぶん投げっ!?
おしょらをとんでるみたいーっ!?
な、なななな何を……って、怪我が治って!?
どうして背負い投げで地面に殴打されると傷が治るの!?
…………
……
ああ、はい。難しいことは考えないことにします。
相変わらず大橋さんは私の理解の範疇を超えています。
私はまだその……理性が邪魔をして大橋さんを理解することができません。
お嬢様? コツは感じることと?
あっはは~、レベル高ぇや……
大橋さんはその後、首根っこ掴んだ夏実様を連れてどこかへ行くようです。
あ、お嬢様もいくんですね。
少々お待ちを。準備します。
……
うん?
リチャードさん達は何か信じられないものを見る目になって、こちらに来て……話ですか?
「か、彼は一体何者なんだ!?」
「き、奇跡を!?」
「どうして死神が彼に付き添って……」
はい、私もまだ理解しておりません。
でもそうですね、彼はお嬢様の想い人。
そして夏実様の飼い主。
ならばこう言うのが適切でしょう。
「主……ご主人様、ですかね?」
「「「「っ!?!?!?」」」」
そういって私はお嬢様を追いかけるのでした。
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