第133話 人の理 ☆投資王リチャード視点
今回はザ・ビースト観客の1人であり、運営している者の1人、投資王リチャード視点になります
人は誰しも平等ではない。
生まれた時に持つ者と持たざる者、すなわち勝者と敗者に分けられる。そこで人生が決まる。
その点この私――リチャード・ルイ・イーストミンスター公爵は、生まれながらにして勝者だった。
私が生まれたイギリスでは、21世紀にして未だに貴族という身分が存在する。
人は神のもと平等? 確かにそうだ。そうかもしれない。だが笑わせる。
妾腹とはいえ毎月数万ポンドの養育費を払われ何不自由なくぬくぬくと過ごした幼少期の私と、時折街で見かけた泥にまみれて働く旧大英帝国植民地からの移民労働者が、どうしたって平等だとは思えない。
ただの生まれた場所が違っただけで、これだけの差が出てしまう。この世は不公平だ。だがそれが全てではない。
一方で移民の中でも成功した者は山ほどいる。
米国に目を向ければ、それこそ自動車、IT、アパレル、飲食店などあらゆる分野でトップを走る者たちの中に移民出身者がいる。彼らと目の前の移民労働者の何が違うのか、と。
だからこそ気付いた。彼らの違いは勝機を掴む才能があるか否か、だと。
果たして私はどうなのだろうか?
結論から言えば、またしても私は持つ者であり勝者の側の人間だった。
切っ掛けは些細なことだった。学校の級友間で流行った子供じみた賭け事だが、私は負け知らずだった。
そう、私はとてつもなく強かった。勝利への道筋が見えるのだ。
特にポーカー、ブラックジャック、バカラ、麻雀など、相手との駆け引きが絡むものなら、負ける自分が想像できない。
勝利することが自分が持つ者だという証明になり、何よりも楽しくのめり込んでいく。
そして幾多の勝利をおさめた。本来ハイスクールの学生が持て余すほどの金が舞い込んでくる。最高だった。
故に疑問を抱く。
果たして勝者であり持つ者である私が、どうして妾腹というだけで家督を継げないのか、と。
家督は、先祖から受け継いできた資産や名誉その全ては私こそが受け継ぐにふさわしく、そう在るべきであり、そして過去の先祖の誰よりも発展させられる自信があった。
だから私は大学に進むと共に、それまでにゲームで貯めた資金を元手に起業し、投資を開始した。
この勝負は私にとって、酷く簡単なものだった。
瞬く間にこの投資で勝利をおさめていった私は、10年もしないうちに生物学上の父や正妻の子達を追い出し、その当主の座につく。
金は有り余っていた。そして金の力は偉大だった。
裏から手を回し、父や兄の事業が失敗して落ちぶれていく様は見ていて痛快で、そこで初めて私は自分自身に気付く。
――あぁ、私は勝利することが好きなんでなく、敗者になった者が悔しがり絶望する顔が好きなのだと。
そのことに自覚した私はゲームの楽しみ方を変えた。より絶望した顔を見られるように金を動かすことに愉悦を感じるようになった。
我が家より歴史のあり、父親よりも年上の侯爵が運営するデパートが負債を抱え、融資をちらつかせた私の靴の裏を屈辱的に涙しながら舐める姿は最高だった。
国民を飢えさせないため外資が欲しい小国の王が娘と共に、金のためとはいえ豪華な食器で泣きながら排泄物を食すのを見た時は、拍手喝采してしまった。
気高くも才能と目的のある若者たちが家族や恋人の借金のために、こんな私の為に手足となって働いているのは滑稽を通り越して痛快だ。彼らは時折裏切者として私のもとを抜け出そうとするが、そこまでの決心に至らない仲間と思っていた同僚たちに粛清されるのも堪らない。この間抜け出そうとした若者の恋人を娼婦に落とし、彼の目の前で同僚たちで代わるがわる買わせたんだっけ? あれは私も参加したかった。
自分でも歪んでいると思う。だがその狂気を指摘するものは誰もいない。言えはしない。
なぜなら金のある私こそが勝者であり絶対であり、だから正しいからだ。
金があれば何でもできる。
それはこの世の真理だ。誰にも否定できない。この世界で強さというのは手持ちの金の多さで決まり、私こそが世界で一番の強者である。だが金は力であると共に、それに溺れるとどうしようもなくなることもある。
ザ・ビーストを興行しているのは、それを確認するためでもあった。
毎回優勝した者は次回に再度参加するものはいない。
名誉のために戦うとうたっておきながら、有り得ない額の金を手にして堕落するからだ。
上手く力を扱えなければ、人はダメになる。それを戒めるために毎回ザ・ビーストの――勝者を見る。
去年の優勝者は道場を建て直したいブラジリアン柔術家だっけか。
ふふっ、建て直したはいいが、それまで支えてくれた弟子たちに金ごと妻子も奪われたのは傑作だった。さて、今年はどんな喜劇を見せてくれることやら。
そんな期待と共に、今回の舞台であるシシドシティに足を踏み入れた。
「あがっ!?」
そして私は今、宙を舞っていた。
ドスンと背中に衝撃を感じる。
わけが分からなかった。
何故? どうして? 一体何が?
確か宍戸グランドホテルに入ろうとして何物かに襲われ――護衛……そう、護衛はどうした!?
金は強者である証だが、肉体的に、物理的に強いわけではない。
だがそんな強さは金で買える。
金のために私が銃撃されようが肉の盾にならざるものなんて、掃いて捨てるほどいる。
現に今回も腕利きの護衛を何十人も用意した。
上司を殺害し抜け出して行くあてのない米海兵隊崩れ、フランス外人部隊で希少動物の密輸に手を染めていたエチオピア人、中東出身で気に入らなければ容赦なく味方を殺す薬漬け傭兵崩れ。
どいつもこいつも屑ばかりだが、人の命は金の種としか考えていない実力者だ。誰しも金のためなら私を裏切らず、1人で小隊単位の軍隊を相手取る頼もしい護衛は、何をしている!?
「あはっ♪」
「…………え?」
どういうことか理解できなかった。
死神がいた。
死神は童女の姿をしていた。
「囲め! 連携しろ、死角を突け、こいつは1対1で戦っちゃいけない相手だ!」
「わかってる、陣形を建て直せ……おい、お前アフガンで指揮経験あるって言っていたな、指示を頼む!」
「無茶だ! 軍隊を相手に指揮をしたことはあるが、重火器の弾を素手で掴むような化け物退治なんてしたこと無いっ!」
「う、うわぁああぁぁぁああぁぁこっちくるなあぁあぁぁああぁぁっ!!」
「落ち着け! 相手は独りだ、冷静になれば――がはっ!?!」
「おい、あの少女はどこ行った!? 消え――ぐふっ!!」
「あははははははははははっ♪ いいっす、いいっすよぉおおぉおぉ、おじさんたち、強いっす、血が騒ぐっすよぉおおぉ!」
「慌てるな、固まれ、集中しろ!」
「り、リチャードさんはどうす――ぐべっ!?」
「目に見えない速さで動く相手をどうやって守――あがっ!!」
「こないだ壊しちゃった愚流怒よりも手ごたえがあるっす――よっ!」
「愚流怒……愚流怒ってあの愚流怒か!?」
「壊し……最近活動を耳にしないが、まさか!」
「確かすっかり『幼女怖い』と呟くだけの腑抜けになったって聞いたけど!」
「く、くそおおおおおおっ!!」
私の目の前には地獄が形成されていた。
高級ホテルの前庭では銃弾や白刃が飛び交い、それらをものともせず素手で掴み上げ数十人のSPを翻弄する童女姿の死神がいる。
死神はフッと姿を消したと思うと、血しぶきと共に1人、また1人と倒れていく。時折銃声と刃物の風切り音と共に地面に大きなクレーターが形成されていく。
それはまさに死神がたわむれに嬌声をあげながら、命を刈り取っていく様子そのままだった。
これは翻弄されている護衛たちが憐れと感じるべきか、それとも全て終われば次は自分なのかと怯えるべきなのかはわからない。
ただ1つ確かな事は、これ以上ない上質なホラー映画作品を特等席に見せられ、生存本能を刺激され身体が恐怖から震え逃げろと訴えている事だ。だがそれも足が震えてしまい、上手く立ち上がってくれない。
「あー……終わっちゃった……」
幾多の動かぬSPの山を築き上げ、その死神はまだ命の収穫が足りないとばかりに、残念そうにつぶやく。
血の海に佇むその光景は美しく、だからこそどこまでも恐ろしい。だから私は死を司るその神に対し、自然とひれ伏し慈悲をこいねがっていた。
「おじさん、この人たちのご主人様なんすよね?」
「ひっ……! お、お金……お金ならありますっ!!」
「この人たち強かったし、おじさんはご主人様だから、それ以上に強いって事っすよね?」
「ち、ちがっ! て、手持ちは今日は2000万ポンドしか……い、いくらでも払う! 言ってくれ、足りないなら稼いで――」
「お金で強い人、作れるんすか? 自分が勝てない位の……先輩ほど強い人と戦えるっすか? さっきの人達は準備運動にしかならなかったんすけど……」
「そ、それはっ……た、頼む、待ってくれ!!」
恐怖で失禁してしまった。
私は確かに強者だった。だがそれは人間の中での間の話で、人と違う理の住人――神の前では無力でしかない。
絶望が身を苛む。
「とりあえずおじさん、自分と力試しして欲しいっす」
「ひぃっ!」
目の前の死神は、命を食べ足りないとばかりに踏み込み、あれ、消え――
「夏実ちゃん、ハウス!!」
「ひゃあんっ!!」
ドゴォオオォオォオォオン!!
突然の衝撃と共にひっくり返る。カエルが引きつぶされたかのような情けない恰好なのは百も承知。ゆっくり目を見開くと、どうしたわけか地面にめり込んでいた。そして死神が身動ぎするたびにゴゴゴと地面が揺れる。
「まったくもう、百地さんが慌ててたぞ! 『夏実様が強そうな人を見てはしゃぎだした』って」
「せ、せんぱぁい、だってだって、みんな強そうだったんですよぉ、血が騒ぐっすよぉ!」
「だとしても、外国からのお客さんを驚かしちゃだめでしょ! めっ!」
「ひぎぃっ!」
再度混乱する。どういう状況かわからない。
ただ確かな事は、目の前の冴えない少年はこの死神よりも強く、制御できるということだった。そして話が通じそう……これが一番重要だ。
「すいません、うちの子がちょっとオイタしちゃいまして……ほら、夏実ちゃん謝って」
「ご、ごめんなさいっす……」
少年によって首根っこつかまえられた死神は、私の前で頭を下げている。
あまりの展開にわけがわからなかった。
そして死神を嗜めながらその場を去っていこうとする冴えない少年に、思わず懇願するように声を掛けていた。
「ま、待ってくれ君、私の護衛になってくれないか!? 手付金でこの2000万ポンド渡す、好きな額を言ってくれ!!」
「あはは、冗談きついなぁ」
「っ!?」
2000万ポンド……現金で2000万ポンドだぞ!? 日本円でおよそ30億近くだぞ!? 足りないというのか?
「もしかして宍戸アリーナのお客さんですか?」
「あ、あぁ」
「そんなジョーク言われなくてもちゃんと守りますよ。ちゃんと警護のバイト代も貰ってますんで」
「っ!? い、一体いくら……」
「額は問題じゃないんですけど、その、まぁ日給18000円ほど」
「っ!?!?!?!?」
そう言って冴えない少年は、恥ずかしそうな表情で死神を引きずって去っていく。
呆然とした。
18000円……たった100ポンドと少しの金額で警護をしている、と……理解が出来ない。
あぁ、そうか。
死神を御する少年、彼も人の理が通じない神、なのか……
「リチャードさん! 出迎えが遅れて申し訳ない、今回のザ・ビースト持ち回りの龍元家当主の娘、結季と――」
「私、この興業が終わったら全財産教会に寄付して出家しようと思うんだ……」
「リチャードさんっ!? え、本気の目っ!?」
な、なんとか2か月更新していませんが出る前に更新できた……











