第131話 ハードボイルド5th 進退を掛ける ☆東野康司視点
ドルオタ刑事にして小春の親友咲良ちゃんのパパ、東野康司視点になります。
ある夜の事だった。
「お父さん、小春ちゃんだけどそういうのは事務所を通してって……」
「なっ?!」
オレは娘の咲良からその言葉を聞いて、衝撃のあまり頭が真っ白になってしまう。愕然としたと言って良い。青天の霹靂だった。
思わずリビングの床へと膝から崩れ落ち、自分の落ち度を恥じる。
「そうか、そういうことか……」
初めて娘の友人の小春ちゃんを見たとき衝撃が走った。あれは初めてアイドルコンサートに行った時と同種のものだった。まだ経験したことないが、街中でひょっこりアイドルと遭遇した時と同じくらいの出来事だったと言って良い。アイドルに職務質問したい。
彼女は輝ける存在だ。
ただのアイドルファンのオレでさえ感じたのだ。病院に夏祭り……ここ最近彼女は様々なところで目立っていた。プロの目に留まっても、なんらおかしくはない。
「こ、こうしちゃおれんっ!」
オレは夜分にも関わらず慌てて外へと駆け出す。もはや動かずにはいられなかった。
「お、お父さんどこ行くのーっ?!」
「職場だっ!」
「えぇぇっ?! って、その格好で?!」
最近宍戸駅近郊で大きなアリーナを作っていることは知っていた。そしてこけら落とし公演として、なんか凄い人気のある格闘技の試合をするということで街が盛り上がっているということも。
正直その辺のことは興味もなかったので気にもかけていなかったのだが……盲点だった。
アリーナと言えば基本的にスポーツの、それもバスケやバレー、卓球などと言った室内競技の会場だ。事実建設中のそこでも。それらの予定が組まれていることも知っている。
そこでも各種競技における様々な人気選手を使って、この新しく出来た宍戸中央アリーナの認知度を上げるのは当然だ。この街の顔とも言えるものにしたいはずだ。
ならばこそ、こういう時に前面に出てアピールすべき人物も必要になってくる。そう、観光大使ともいえる存在、それに事務所という単語。すなわちここから導かれるべきこたえはただ1つ。
――ご当地アイドル。
ローカルアイドルとも言い、地元を本拠地として活動するアイドル達の事だ。その数の多さからまさに群雄割拠という言葉がふさわしいが、地元都市から全国デビューしているグループも少なくない。中には地方の覇者とも言えるグループもある。
あぁそうだ、このアリーナこそ小春ちゃんたちが輝くにふさわしい舞台ではないのか?!
オレはアイドルファンだ。あらゆるアイドルを愛している。そしてその活動を見守ることを生業とし、新人アイドル発掘のために各所芸能事務所の動向も欠かさずチェックしている。もちろん警察家業で培ったスキルをフル動員して、だ。
まさしく迂闊だった。ローカルアイドルは地元密着型の活動をするため、地域産業の振興とも縁が深い。
すなわち、芸能に関連しない民間企業、商工会議所青年部などの公共的団体や公共団体、NPOやボランティアの団体などの場合も多いのだ……ッ!
「ひ、東野先輩ッ?! 今日はもう……っていうか何でパジャマ姿?! 何があったんすか、ってどこへ?!」
「交通課だ!」
「交通課?! ていうかその格好で、ていうか今度は一体何を掴んで、待ってくださいってーっ!!」
そう、目指すのは交通課だ。
宍戸中央アリーナのこけら落とし公演ともなれば、多くの人が訪れる。必ず交通整理の必要性も出てくるはずで、既に届け出も提出されているに違いない。
オレは刑事だ。しかしその前に1アイドルファンだ。だからアリーナクラスが如何に混雑して――そして事故が起こり中止になる憂き目を孕んでいることを知っているし、実際何度か延期になったりしたことを目の当たりにしている。
もし……もし小春ちゃんたちの輝かしいデビューが、この宍戸の地から羽ばたくための第一歩が、そんな自分たちの努力とは別の要因で泥が付いていいのだろうか?
オレは勢いよく交通課の扉を開けた。
「宍戸中央アリーナの道路使用許可の周辺を徹底的に洗い出してくれ!」
「だ、誰だあんた……って、あの刑事課の東野さんっ?!」
「なんだってそんな恰好で……いきなりどういう?」
「その、それが何かあるのか……?」
返ってきたのは、困惑とした交通課の面々の姿。
そこで初めてオレはあまりに興奮して気が急いているのを自覚し、咳払い。そして冷静に、だがいかにこれが重要なのかを伝えるために言葉を紡ぐ。
「これから大変なことが起きる。細かいことを省くが……いいか、宍戸中央アリーナ公開を前後して、思っている以上に重要人物が来る――そう思ってこれはただの地域振興じゃなく、国を揺るがす一大イベントだと思って色々洗い出してくれ。もちろん、オレ達刑事課でも念を入れて捜査するっ!」
「ひ、東野先輩何を言って……っ?!」
「いやいやいや、スター選手が来るといってもただの興行だろう?」
「第一交通課で何を……っ!」
「頼むっ!」
「ちょ、先輩っ?!」
「土下座?! いやいやいやそんなことをされても……っ!」
「顔を上げて説明してくださいって!」
そして土下座した。
上手く説明する自信もなかったし、だがしかし誠意を見せたかった。戸惑う彼らに少しでもこの気持ちが伝わってほしい。
だから土下座したまま本気の言葉を口にした。
「全ての責任はオレが取る……進退をかける……ッ!」
「「「んなっ?!」」」
どうやらオレの本気が伝わったようで、躊躇いながらも動き出してくれた。思わず安堵のため息が出て、そして小春ちゃんたちの勇姿に思いを馳せる。
◇ ◇ ◇ ◇
「くそっ、お忍びでアメリカの不動産王が来日して宍戸に来るなんて聞いてねーぞ!」
「こっちはいくつもの国や企業を食い物にしてきた投資家だ!」
「それでもまだマシだろ! どうなってる……こっちは小国とはいえ王族が来ることになって……なんでみんなお忍びなんだよ!」
「警備体制どうなっている?! これ、ただの地方署で対応できるものじゃないぞ! 一体この宍戸で何が起ころうとしてるんだ!」
「応援を……応援を呼んでくれ、ていうか自衛隊に連絡した方がいいんじゃないのか?!」
「どうして彼らはザル警備で……って独自にSP連れてくる?! はぁああぁぁぁぁ?!」
「外務省に連絡してくれーっ!」
「したら知らないって言われたんだよ!!」
「あぁあああぁぁああぁあぁっ!!!!!」
翌日、署内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
どうやら色々調べると、とんでもない事になっていたらしい。
慌てざまを見るに、皆もやっと事の重大さを理解したみたいだ。
それにいろんなところからのお偉いさんもくるとか。
フッ。
それほどの注目度がある――思えばオレもこれは! と思ったアイドルはトップへと駆け上っていったものだ。まるで自分が育てたかのように感じてほんの少し誇らしくもある。
だから小春ちゃんたちも、ぞんぶんに輝き暴れてほしい。その存在を皆に見せつけてほしい。
「東野先輩! 各国各界の重鎮が同じくして宍戸に向かっているとわかり、ものすごい状態に……一体どこでそんな情報を仕入れてきたんですか? 本部長や署長が呼んでますよ!」
「……やれやれ困ったな。ホントにカン、だとしか言えないし説明できないんだが」
「か、カン?! これだけの事をただのカン?!」
「まぁいい、行くぞ。これを機に上の方にもしっかりと説明せねばなるまい。安全に宍戸中央アリーナの公演が行われるためにな」
そして署長室へと足を向ける。出来ることをするだけだ。
おっと、オレは東野康司。
まだ見ぬ幾多のアイドルを本気で応援する、ただのおまわりさんだ。











