第129話 バイトするなら
その日の夜、俺は自室のベッドで寝ころびながらスマホとにらめっこしていた。
「手土産ねぇ……」
何をしているかと言えば、夏実ちゃんの家に行く際持っていく手土産の検索である。
自分なりに調べてみたところ、大抵の場合地元の名産品かお菓子がセオリーの様だ。手堅いところでチョコレートや焼き菓子などだろう。とはいえ、そのへんは好みもあるところだ。
宍戸の街は一言で言えばベッドタウンだ。昭和の頃は基本的に一面畑と藪ばかりがあったらしい。
中央の方にはショッピングモールや、ビル、公園に建設中のアリーナなんかがあるけれど、それもここ10年かそこいらの話である。名産品なんて特に存在しない。
それに存在したとしても、夏実ちゃんは長期休みのたびに帰省しているのだ。その時何かしらお土産も持って行ってることだろう。
ちなみに先ほど夏実ちゃんには手土産が何が良いのか電話したのだが――
『うちのお爺ちゃんが好きなものっすか? ……そうっすね、修羅を刻んだりすることですかね? だから先輩はそのまま身1つで大丈夫っすよ!』
――という、意味不明の言葉をいただいていた。全く意味が分からない。修羅って何かな? 何かの隠語かな?
なので頭を悩ましているというわけだ。
「う~、悩ましい。でもダメもとで検索してみるか……『修羅』、『刻』と」
……
そしてお酒がヒットした。
あーあれですか。これ、夏実ちゃんのお爺ちゃんが愛飲している銘柄なのかな?
見た感じそこそこお手頃な価格だ。高校生の小遣いでも十分に手が出る。
なるほど。晩酌で毎日飲んだとしても経済的だろう。
しかしそれだと手土産としてはどうかな、と思う。
なのでそこを使っている醸造元のお店で他に何があるのかを見てみた。
「げっ、高っ!? 20万円?! こっちは35万! うわぁ……高いのは本当に高いなぁ」
思わず驚きから声を上げてしまった。
千数百円そこそこのものから、6桁前半のものまでのラインナップがあったのだ。
お酒の世界はわからないが、時々ニュースなんかでものすごい額のものが落札どうこうという記事を目にしたりする。
ううむ、さすがにこれは手がでない。
が、普段呑んでいるものというのも芸がない。
となると数千円~1万円そこそこのものかな、となってくるのだが……
「交通費とかも考えるとなぁ、手持ちが……やっぱバイトしなきゃか」
一応何か良いのがないかって美冬の奴に頼んでるけど、いくら幼馴染だからといって任せっきりはよくないな。俺からも探した方がいいだろう。
そういえばと思い出す。
地元情報誌宍戸ライブウォークにはここいら周辺のバイト求人情報が載っていたはずだ。コンビニにでも行けば売ってるに違いない。
よし、となると善は急げだ。
「よっ、と」
掛け声とともにベッドから起き上がる。
時刻はまだ9時前。ささっとひとっ走りしてくればすぐだろう。
そう思って階段を降りた。
「え、でもそれって本当に? 10万円って……でも咲良ちゃんのお父さんがそう言ってるなら……うん……うん、お父さん警察、だよね? うぅぅ~悩ましい……」
「うん?」
リビングのソファーではテレビの音をわざわざ小さくして電話をしている小春の姿があった。
相手は親友の咲良ちゃんだろうか? 小春はどこか戸惑うような表情で、内容からは警察だの10万円だの、ちょっとおっかない単語が飛び出している。
一体何が……? さすがの俺も眉をひそめ立ち止まってしまう。
「あ、お兄ちゃん」
「小春……なんかややこしい話なのか?」
俺に気付いた小春は電話先にちょっと待ってねと断りをいれて向き直る。
どうやら俺に何か聞いて欲しいみたいだ。
先ほどの電話口の内容から察するにややこしい事態に違いない。
「咲良ちゃんのお父さんがね、アイドルとかそういうの好きなんだけど、どういうわけか私にコスプレして写真を撮らせてほしいんだって。しかも10万円払うとか」
……予想以上にややこしかった。
そして、娘の友人をコスプレさせて写真を撮りたいという保護者の気持ちがよくわからなかった。しかも10万円払いたい?
さすがに高校生にとって10万円は大金だ。何かのいかがわしさすら感じてしまう、というか完全にアウトだろ、これ。
「いやいやいや、百歩譲って撮影を良しとしても、お金をもらうのはダメじゃないか?!」
「うん……咲良ちゃんにもそう言ったんだけど、課金したいお布施したいと土下座始められちゃって聞く耳もたないって……」
色々大丈夫だろうか、東野家?
「ど、どうしよう、お兄ちゃん……?」
「あー、そうだな……」
ともかく、一応小春は俺の妹だ。さすがに家族が変なことに巻き込まれていくところを見過ごすわけにはいかない。
だが咲良ちゃんは小春の友人だ。その仲を拗らせるわけにもいかない。
さてどうしたものか。
なんとなく有耶無耶にして流せればいいんだけど……大体何でこんなアイドルの撮影会みたいなことを――あ、そうか!
「よし、小春。咲良ちゃんにはこう言っておけばいいよ。『そういうことは事務所を通してくれ』って」
「へ? 事務所?」
「いいからいいから。あ、俺がそう言ってたというのも忘れずにな」
「う、うん、わかった――あ、もしもし咲良ちゃん?」
よくある断りの常套句だ。
もちろん事務所なんて存在しないし、俺は咲良ちゃんのお父さんとは面識もない。いい大人のはずだ。冷静になればきっと意味が通じるはずだ。
俺は靴を履いて外に出た。
真夏の夜はまだまだ蒸し暑い。
んー、でもちょっとだけ小春の件も心配だ。一応、根回しもしておこう。
このことを美冬に送ってと……さて、宍戸ライブウォークを買いに……うん? 電話?
『あ、秋斗君、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?』
「結季先輩? まぁ俺に出来る事なら」
『その、建設中の宍戸中央アリーナを知っているだろうか?』
「駅前の広場からちょっと離れたところにある?」
『そう、そこだよ! その、もうすぐ完成してセレモニーが行われるんだけど、人手が足りなくて……も、もちろんバイト代も弾むよ! どうかな?!』
渡りに船の話だった。
「いいですよ、よろこんで」
『っ! 良かった! 日にちは3日後、場所とかの詳細は追って連絡するよ!』
これはラッキーだ。バイトを探す手間が省けた。
どういうバイトかは分からないけれど、大方会場設営とか当日の人員整理とかそういうところだろう。
さ、ついでだしコンビニでアイスでも買ってくるかなー?











