第128話 挑戦状 ☆星加流視点
いつの間にか拳姫四天王の1人にされている星加流視点になります。
夏休みを直前に控えた俺こと星加流は、ジムでのトレーニングに明け暮れる毎日だった。
「ふっ!」
スパンッ! シュッ! パンッ! パシュッ! スパンッ! シュシュッ!
ミットが小気味の良い音を奏でていく。
技のキレは絶好調。
そして自分の思い通りの力で拳打を繰り出せられることに、安堵の笑みすら浮かべてしまう。
「星加、調子が良いみたいだな」
「あぁ、自分で自分の身体がコントロールできるのって最高だ」
「うん? 自分で自分の……?」
「ははっ、なんでもないっ」
そう言って笑ってごまかす。
ここ最近は、外部から無理矢理何かの力を入れられて、自分の実力以上の力を奮うことがあった。
何を言っているのかわからないと思う。
俺だってわけがわからない。
だがどうしたわけか、群れの連中の応援歌を聞くと自分の思った以上の力が出せてしまう体質になってしまったのだ。
打ち出す拳や蹴りが予想外スピードと力を発揮してしまう恐怖、わかるだろうか?
自転車で軽く漕いでるつもりなのに、まるで高速道路を走る自動車並みのスピードが出てしまう感じで、恐怖すら感じる。
必要な力を必要な分だけ引き出せる、その有難みを感じながらトレーニングに精を出す。
「そういえばそろそろ試合があるんじゃなかったっけ?」
「あぁ、月末にあるな。相手は確か……ええっと誰だっけ?」
「パイク=ダイソンだ」
「っ?! パイク=ダイソンって、あのイギリスの嵐の始末人サイクロンスイーパーのパイク=ダイソン?!」
「そうだけど、知らなかったのか? だからここ連日トレーニングに精を出していたのかと……」
「なんてこった……俺のような新人が試合するような相手じゃないだろう……」
そして勝てるわけがないだろ、と独りごちる。
パイク=ダイソン。イギリス出身で元ボクシングヘビー級スーパー王者という肩書を持ち、48戦48連勝無敗かつ過半数がKO勝ちという伝説的な成績を保ったまま、いきなり飽きたとばかりにボクシングをやめて急遽総合格闘技の道に転身した。
もちろん、総合格闘技の世界に入るや否や破竹の勢いで勝利を重ね、その人気はすさまじく、一戦するだけで億単位に金が動くという。いまの業界のスター選手だ。
一方俺はと言えば、まだまだデビューしたばかりの新人である。それなりに華々しい戦歴を上げているが、あくまでそれは新人の域を出ない。ファイトマネーも微々たるものだ。少なくともスター選手であるパイク=ダイソンとは、実績も実力も釣り合いが取れるわけがない。
そもそも、俺がジムにこもってトレーニングにふけっているのは、死神童女や柔道部連中、それに群れという変な連中に関わりたくないからだった。逃避と言ってくれてもかまわない。
あいつらと出会ってからは本当にろくなことがない。
一体だれが銃器をもった武装集団と戦闘をさせられると予想する? おかしいだろう? 絶対あいつら変な薬……あぁ、゛獣゛だっけか、キメてたな、うん。
俺も、かつては少々調子乗っていたことは確かだ。粋がってたと言ってもいい。
だけど、もはやすっかり頭は冷めている。丸くなった自覚もある。人間平穏が一番だ。
そう、考えろ。冷静に考えるんだ。
俺はここ数か月、散々信じられないような目に合ってきた。それに比べれば、まだパイク=ダイソンとの試合なんて現実的な理由があるはずだ。
何か……何か……あっ!
「そういえば試合会場ってどこでやるんだ?」
「おいおい、そんなことも知らないのか? ほら、今駅前から離れたところで建設中の宍戸中央アリーナだよ。しかもこけら落としの試合だぞ」
「なるほどな……」
宍戸中央アリーナは駅前から公園を挟んだ先にある、去年から建設していた総合体育館だ。もちろん宍戸グループが噛んでいる。
1万人近い収容能力を誇り、手前にある公園も利用すればもっと多くの人を動員出来るだろう。
そうなれば格闘技の試合だけじゃなく、各種スポーツや音楽ライブ、コンサートといった様々な催しものを開催されるに違いない。この地域の目玉の1つになるだろう。
となれば、こけら落としに大物を呼ぶのは当然だ。これはいわゆるエキシビジョンマッチだろう。
観客の興味はパイク=ダイソンだ。彼の強さを見に来るはずだ。その雄姿を見て盛り上がるのだ。
つまり俺は盛り上げ役の噛ませ犬だろう。
そう考えると選ばれた理由もわかってくる。俺はここ宍戸を本拠地にする新人だ。この街の顔とも言える。
つまり俺は大物相手に胸を借り、そしてパイク=ダイソンはその強さを誇示し観客はもりあがる。そんな構図だ。だから俺以外にも彼の強さを知らしめる為に複数の選手も呼ばれているはずだ。
ふぅ、焦った。
そう考えると別に変な話じゃない。
だから俺はいつも通りトレーニングを……
「でも星加、今回は目立つチャンスだ。だが、さすがにあのパイク=ダイソンに『Come on,Chicken bastard!(かかってきな、チキン野郎!)』って手紙と一緒にチキンをダース単位で送りつけるのはどうかと思うぞ?」
「ぶはっっっ!!?!? ぐっ、げほっ! ごほ、けほ……っ!」
「ほ、星加?!」
え? チキン? 俺が? パイク=ダイソンに? 何の事?
「いやいやいや、何の事だ?! 俺そんなことをした覚えがないぞ?!」
「え? はは、またまたまた。今ネットですごい噂になってるじゃないか。パイク=ダイソン本人も今朝からSNSで拡散してるぞ、ほら」
「はぁっ?!?!」
コーチが見せてきたスマホを慌ててふんだくる。
画面を見れば、今にも血管が切れんばかりの身長2メートル近い偉丈夫が、紳士という単語を忘れ去った形相で叫んでいた。
『コロす……コロスコロスコロスコロスコロス……っ! オイ、ナガレホシカと言ったか?! ケンキ四天王だといったか? 随分調子に乗っているようだな……『より強い強者と戦うための手土産にする相手にはちょうどいい。ウォーミングアップになってくれ』、か……いいだろう、ここまでコケにされたのは初めてだ。ノーグラブだ。ノーグラブでお前を処す。お望み通り地獄を見せてやる。試合の日、その日がお前の命日だと思え!』
「……な?」
「んなっ?!?!」
確かに俺に向けて言っていた。しかも流暢な日本語だ。そして俺には全く身に覚えがなかった。
サアーッと血の気が引く音が聞こえる。
一体どうして……
「あ、いたいた星加さーん!」
「君は確か宍戸さんのところの……」
「っ?!」
トレーニングジムにやって来たのは柔道着の若い男だった。この場にそぐわない姿はよく目立つ。というかどこか見覚えにあるそいつは宍学の柔道部員の1人だった。
「獅子先輩が、雷戴祭に選りすぐりの応援団を連れていきたいから、その手土産を色々手配をしたんですけど……パイク=ダイソン、オレ達も楽しみにしていますよ!」
「はっ?!」
何か嫌な予感がした。
そして何かが繋がった。
目の前にはやたらとキラキラとした目をした柔道部員。
「宍戸の老け顔はどこだーっ?!」
「ほ、星加さんっ?!」
俺はそのままの勢いで外へと駆け出すのだった。
更新滞っていてすいません……初めての書籍化作業であわあわしております……
あ、集英社WEB小説大賞金賞受賞作、この下から読めます。是非。











