第127話 手土産とバイト
夏休み直前の教室は、色々とざわめいていた。
あとは終業式を残すばかりであり、皆の心は完全に浮き足立っている。
俺もそんな1人だった。
天狗把村。
1500メートル級の尾根が連なる山地にある村である。
山の上や中腹にあることから、人里であっても標高数百メートルから1000メートルに達する。
宍戸の街からは、まず麓の町まで電車で1時間、そこからは日に数本しか出ていないバスで2時間近く揺られなければならない。
そんな秘境とも言えるところが、夏実ちゃんの実家があるところらしい。
なるほど、かなりの田舎のようだ。寮のあるうちの学校を選んだのも頷ける。
そして俺は、夏実ちゃんの『道場』という単語が気に掛かっていた。
山奥の村で道場……しかも100人は収容できるって、一体どういう事なのだろうか?
というわけで、スマホで天狗把村の検索を掛けてみた。
「おぉ!」
思わず声を上げてしまった。
どこまでも連なる雄大な山々。
その山間に集中して広がる風情ある木造の建物。
里に隣接して流れる深いエメラルドグリーンの渓流に、その川を渡る為の吊り橋といった景勝地。
他にも鍾乳洞に湧き水、温泉、生活用トロッコを利用した観光めぐり……他にもオートキャンプやコテージといった宿泊施設も数多く載せられ紹介されている。
これは色々と期待せざるをえない。今からもうわくわくしてきてしまっている。
「あぁ、観光地でもあるんだな。夏は避暑地、冬はスキーのスポットってわけか。ええっと……?」
他にも色々村の事が書かれているので読んでみる。
村の歴史はかなり古いようだった。
場所が場所だけに縄文や弥生時代の原始遺跡はほとんど発見されてはいないものの、そんな深山幽谷の地であったことから古くは7世紀、役行者小角によって開かれて以来、山岳修験道の根本道場として栄え今に続いているらしい。
また信仰の地というだけでなく、昔から武術の修行地としても有名で、寺社仏閣の中には彼ら向けの宿坊を整備していたものも多いという。
他にも雷戴祭というお祭りも有名らしい。
なるほど、夏実ちゃんの家もそのうちの1つなのかもしれない。100人来ても大丈夫というのも頷ける。
「……けどなぁ」
夏という事は、きっとお客さんとかの掻き入れ時でもあるのだろう。
さすがに大人数で押しかけるのは気が引けるし、お金とかそういうところも気になってしまう。夏実ちゃんの好意とそこは分けて考えなければならない。
誰かに相談したほうがいいだろう。
「美冬、ちょっといいか?」
「あきくん? なにかな? 18歳未満でも入れる、表には出てこないえっちなお店の情報が知りたい感じかなぁ?」
「いや全然違う。ていうか何でそんな店のこと知ってんの?!」
「うふふ~、世の中情報を握るということは、相手の命を握るということなんだよ~?」
「いや、夏実ちゃんの家に遊びに行く時の事の相談がしたいだけなんだ」
ダメだ、この幼馴染の言う事がよくわからない。
だけど美冬は、色んなことに詳しかったりする。
相談するにはこれ以上ない相手だろう。幼馴染で気安いってのもあるしな。
「わんこちゃんの……天狗把村のこと? それとも雷戴祭のこと?」
「両方だ。せっかく行くんだし、どうせなら楽しまないとダメだろう?」
「「「「っ!!!?」」」」
突如、周囲の空気が変わった。
騒がしかった教室が一瞬にして静まり返り、皆の注目を集めているのがわかる。
……そんなに気になることなのだろうか?
お祭りだし、どんな出し物があるのかとか、浴衣とかの貸し出しサービスとかあるのかとか、確かに気になることがあるけどさ。
それよりも、一番気になっていることがあった。
「夏実ちゃんの家に行く時さ、ただ世話になるだけってのも何だし、何か良い手土産とか必要じゃないかと思って」
「へぇ、そっかぁ……手土産ね、うん必要だと思うよ~」
「そうか、やっぱりな」
「最初から舐められるのはね~」
「舐められる? ともかく、どういうものがいいだろう? やっぱ、夏実ちゃんのお爺ちゃん好みのものを持っていきたいよな……美冬、わかるか?」
「うふふ、わかったよ、あきくん。どういうのがいいか調べておくね。あとそれって他の人も教えていいよね?」
「あぁ、もちろんだ。お世話になるんだから知っておいたほうがいいだろう?」
「「「「っ!!!??」」」」
そして再び周囲の空気が変わった。
静かだった教室が、一瞬にして緊張感を帯びたかというと思うと、一気に騒然と騒めきだす。
「手土産……おいそれって……ッ」
「つまりは雷戴祭参加資格無き者は来るな、と」
「一体どうすれば……くそ、群れの"耳"と"目"、御庭番衆の皆に連絡をとれ!」
「あぁ、俺たちも全力で手土産を持っていくぞ」
「「「「うぉおぉおおぉぉぉおおっ!!」」」」
どうしたわけか、いきなり盛り上がり始めてしまい、ちょっとびっくりしてしまう。このことを皆に広げろとばかりに半数は教室を飛び出していった。残ったものもスマホなりノートPCなりを取り出して各所に連絡を入れている。よく訓練されている様だった。おかしいな、ここってただの高校の教室のはずなんだが?
それだけみんな楽しみ……ていうか柔道部に関わりのないほかの人まで何で行こうとしてるの?! さすがにそこまでの大人数は入らないんじゃない?!
「に、人数制限ってものがあるからねー!」
「「「「わかってます、手土産を見て選抜します!」」」」
……ま、まぁそういうことなら、と思って無理やり納得することにする。
だがその一方で、悲嘆な声を上げるものが居た。
「な、中西先輩!」
「根古川」
「天狗把村に行くって聞きました!」
「わかってくれ、オレも1人の男として、目指すものがあるものとして、天狗把村は是非とも行かねばならないところなんだ」
「わかってます! そんな中西先輩だからわたしは! でも、わたしじゃとてもじゃないけど手土産を用意することができません……近くで応援したいのに……」
「根古川……」
「中西先輩……」
しばらくしてうちの教室にやってきた1年の根古川さんは、悲壮な顔で手土産を用意出来ないといいながら中西君とイチャつきだした。爆ぜればいいのに。
はて、どうして根古川さんは手土産を用意できないんだろう? もしかしたら家庭の方針でバイトができないとか、お小遣いを使い果たしたとかだろうか?
……そういや俺も、今月の小遣い心もとないな。手土産を買うにも、ちょっとした短期のバイトとかいいかもしれない。
で。
中西君と根古川さんの2人は、まるで戦争に徴兵された恋人を見送るかのような空気を作り出し、どうしたわけか周囲も涙ぐんでいたりする。
何なんだあれはいったい……
だから俺は意を決して中西君に声を掛けてみた。
「あー、根古川さんが手土産を用意できないんなら、中西君が用意したら?」
「えっ?! 大橋さん、それっていいのか……?」
「良いも何も、根古川さんは中西君の彼女だろう? それくらい甲斐性見せてもいいんじゃないか?」
「甲斐性……あぁ、わかったよ、大橋さん! 根古川、オレ、頑張るよ!」
「な、中西先輩……っ!」
そして周囲も意外な反応を見せていた。
「手土産は誰が用意しても良い……譲渡できる……?」
「複数で協力して用意して、1人を行かせることも……」
「あぁ、つまり群れの選抜メンバーをチームとして行かせることができる!」
「個ならともかく、群れとしてなら、オレ達にも勝機が!」
うんうん。ちょっと意味わかんない言葉もあるけど、友人同士融通出来るならしてもいいよね?
なんか一層盛り上がってよくわからない状況になっているけど、夏実ちゃんの家は有限だ。皆を連れていくことは出来ない。誰かが取り仕切らなければならない。
しかし俺はそういうことに向いていない。それよりも手土産のためにバイトを探さなきゃならなんし。
「美冬、夏実ちゃん家に行くメンバーの事ととか、任せていい?」
「うん、任せてあきくん」
こういう時、美冬は頼もしい。なんかいつの間にか龍元の大人の人たちとも色々やり取りして隷属させてるし、って隷属ってなんだよ……
ともかく美冬に任せておけば問題ないだろう。
「あ、そうだ。俺も夏実ちゃんのお爺ちゃんへの手土産にバイトしようかと思うんだ。何か良いのないかな?」
「へ? あきくんがバイト? あ、そっか。そうだよね、うん。近いうちに何か良いのないか探しておくね」
「おぅ、任せた」
手土産かぁ、何が良いかなー?
今度夏実ちゃんに聞いておかないとだな。
そんなに間を空けるつもりはなかったのですが、リアル都合が忙しくなってこうなってしまった……すいませぬ











