第126話 夏休みといえば
新章です。
久々に書いて、どこでどう区切ればいいかわかんなくなって、あれもうなんか勢い余って6000文字超えちゃったんですけどぉ?!
夏休み。
それは学生にとっての一大イベントである。
部活に恋に勉強に、弾けるような情熱を持て余す10代の、青春に捧げるイベントだ。楽しみにしていない人なんていない。
そんな夏休みを控え、放課後の学校はどこもその話題でいっぱいである。
それはここ、俺の所属する柔道部でもそうだった。
「うおぉおおぉおおぉぉーっ!!」
「出ろ……出てくれ……ッ!」
「くそう、どうやったら出るんだ!」
「絶対この夏休みの間に出してやる……っ!」
柔道場で部員達は一様に、気合を入れながら手刀を振りかざし、何かを手から出そうとしていた。手品かな? 鳩でも出す気かな?
生憎と俺は、手から何かを出すと言われてもそんなものしか想像できない。
「大橋さん、どうすればアレを出すことが出来るんですか!」
「ヒントを……どうか少しだけヒントを……っ!」
「夏実様や小春様は気合でどうこうとしか言わないし、中西さんはその根古川さんとの時間を優先して……くそっ、リア充め!」
「オレも……オレ達も、もっと強くなりたいんです……っ!」
「え、ええっと……」
だから、俺にそんな必死な顔で質問されても正直困る。アレってあんだよ、アレって……
ていうか、一体うちの妹や後輩やクラスメイトは、何を手から出しているというのだろうか? 精々ソニックブーム的なものを出しているのしか見たことないし、それはそれで色々おかしいな?
「うーん、出せれば良いってもんじゃないかな? 出して何をするかが重要だと思う」
そう、あれは先週のことだった。
キラキラした目をした夏実ちゃんが『先輩、見て欲しいっす!』と言って、飲む福祉の缶を10個並べたかと思うと、10メートルほど離れたところからパシュッと蹴りを放ち、なんかビーム的なものが出て、スパッと缶の頭を切り落とす。
うんうん、すごいすごい。空手家の人が手刀でビール瓶の首を落とすとかアレに近い。だけどここは柔道部で、どうしてそんなことをしているかはわからない。褒めて褒めてと言われても、何をどう褒めていいかもよくわからなかった。
それよりも、俺にそんなものを飲ませようとしないで欲しい。
※その後飲む福祉は、獅子先輩や美冬に連れて来られた龍元御庭番衆の方々によっておいしく頂かれました。
俺はそんなことを思い出しながら、どこか遠い目で呟く。
「そもそも、どうして出したいんだ?」
「「「「っ?!?!」」」」
柔道部員達の顔に衝撃が走る。青天の霹靂といった表情だ。
ただ手から何かを出すのを目標にしており、それをどうしたいかを、考えていなかったようだった。
うんうん、手からビームと言うか気砲というか、必殺技じみていて子供の頃に一度はごっこ遊びでやったよね? でも俺たちもう高校生だよ? 現実を見よう?
「そうだ……飛び道具が欲しかったんだ……」
「偽乳たちと戦った時、重火器の一斉掃射で防戦一方になって、それで……っ」
「たしかに……たしかに夏実様や小春様への憧れがないと言えば嘘になる」
「正直、中西君やブルマー仮面には嫉妬している……だがっ!」
「あぁ、オレたちはただ、離れた相手に対しても積極的に攻撃できる手段が欲しかっただけだったんだ!」
「……あ、あの?」
そう言って柔道部員たちは、清々しい表情で、だが真剣な顔つきで正拳突きを始めた。
俺は彼らの言動が一切理解出来なかった。
「せいっ! せいっ!」
「空気を……空気を殴って相手へ飛ばす……っ!」
「もっとだ……もっと早くだ!」
「音速を超えねばソニックブームは出ない……っ!」
「待て待て待て待て!!」
「「「「え?」」」」
つい止めに入ってしまった。
どうやら本気でソニックブームを出すつもりのようだった。正気だろうか?
そもそも俺たちは柔道部だ。飛び道具が必要とは思えない。
何かな? その集団戦での後方からの援護射撃の必要性?
ああ、うん、それはわかる。非常にわかる。声援じゃダメ?
はい、ダメですか。
星加流クラスじゃないとダメですか。
うん、一体彼は声援でどうなるというのだろうか?
…………
ダメだ、どうしても俺は彼らの言う、遠隔攻撃能力の必要性と柔道部の活動が結びつかない。
そんな疑問顔をしている俺に対し、柔道部員たちはどうして? と不安交じりの疑問の表情をぶつけてくる。まるで間違ったことをして怒られるのを心配している子供のようだ。さすがにそんな顔をされると、強く否定するのも気が引ける。
あ、そうだ!
「俺たちは柔道部だろう? それじゃ空手部みたいじゃないか」
「「「「あっ!!!!」」」」
彼らの顔が驚きと得心に変わる。
どうやら俺の言いたいことが伝わったようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
今日は良い天気で、グラウンドでは夏らしく入道雲を背景に、柔道部員が文字通り空を飛んでいた。
「や、やぁ秋斗くん」
「あ、結季先輩」
「……彼らは一体何をしているんだい?」
「……何なんでしょうね?」
俺と結季先輩が目を向けたグラウンドの一画では、柔道部員たちが2人1組になって一本背負いを行っている。
だがそれは、ただの一本背負いとは違った。
「2年5組、北原刹那、目標を駆逐する!」
「3年2組、東碌雄、狙い撃つぜ!!」
「中等部3年4組、南野晴也、介入行動に入る!」
「1年1組、西亭英矢、目標を破壊する!」
柔道部員たちはそんな事を言いながら、パートナーの部員に投げられて空を舞う。
目標は数十メートル先の校舎の端に立っている大きな木の幹だ。腕を交差したり、突き出したり、思い思いの射撃物としての構えを取って、そこにある×印があるところへの攻撃する練習、らしい。
先ほどの俺のアドバイスをどう解釈したのか、こうなってしまったのだった。
「「「「オレが……オレたちが飛び道具だ!!」」」」
そんな事を叫びながら、またも柔道部員が空を舞っていく。
まったくもって彼らの思考回路が理解できなかった。どうしてこうなったのだろうか?
……それとも俺、また何か変なこと言っちゃいました?
またも頭を抱える俺をよそに、結季先輩はどこか納得したような表情で呟く。
「なるほど、己自身を飛び道具にしているのか。チームだからこその発想だな」
「……へ?」
「遠当て、気合当て、これらの技は戦いで有効であるものの、余程の研鑽を積まねば使えないだろう。はは、私もあまり得意ではないし」
「あの、結季先輩……?」
もしかしてビーム的なもの、出せるのですか?
疑問に思ったのは俺だけじゃなかったようだ。
木に激突して帰っていく柔道部員達の耳にも入り、わらわらと集まってくる。
「龍元先輩、て、お手本を見せていただいても……っ!」
「やはりオレたちも、目標とするものを目にしてイメージを膨らませたいと言うか!」
「え、ええっ?! こ、困ったな……私はその苦手で、剣が無いとだし、そのぅ……」
どうしてか結季先輩はチラチラと俺の方を意識しながら、「えーでもその……」とか「恥ずかしいし……」ともじもじしている。そんなにビーム的なものを発射するのが恥ずかしいことなのだろうか? むしろ武術家というか吃驚人間として誇っても良いと思う。ていうか、恥じらう先輩可愛い(現実逃避)。
「見せてあげてもいいんじゃないかな?」
「そ、そうかい? 秋斗君がそこまで言うなら……」
正直少し興味もあった。
グラウンドに居た野球部の人が、バットを持って結季先輩に渡す。
「では……」
そういって結季先輩はバットを正眼に構えた。凛とした、歪みの無い綺麗な構えだ。
ふぅ、と吐き出す吐息と共に、周囲の空気がピンと張り詰めていくのがわかる。
そして、静かにバットを振り上げていく。それと同時に、練りあがった気が螺旋を描きながらバットに登っていく。
振り上げられたバットは、結季先輩の頭上で地面と並行に構えられ、それはさながら極限まで引き絞られた弓の弦のような緊張感がつたわってくる。
「――龍空裂斬」
一瞬の出来事だった。
バットが光ったかと思えば、閃光が空を駆け抜けていき、その先にあった入道雲を縦に左右へと引き裂いた。
意味がよくわからなかった。
だけど柔道部員たちは、キラキラした少年のような目で、裂けた入道雲を眺めている。
そして結季先輩を見てみれば、手には半ばから喪失したバットを握っている。うんうん、不良品だったかな?
俺の視線に気付いた結季先輩は、恥ずかしそうにしながらはにかんだ。ええっと、俺はこういうとき、どんな反応すればいいのかな?! かな?!
「はは、加減が難しくてね」
「そ、そうか」
「そうよ、コントロールが下手なくせにそんな危ないもの放出して、お兄ちゃんが怪我したらどうするのよ!」
「むっ?!」
今度は四方八方から虎の群れが現れた。
虎と言っても向こうが透けて見える幽霊のような虎だ。それがおよそ12匹。
一斉に結季先輩に襲い掛かったかと思うも、短くなったバットを光らせくるくると回るように一閃。虎は見事に霧散する。
「むぅ、相変わらず出鱈目なやつ。結構全力だったんですけど」
「出鱈目なのはどっちだい? これほどの高密度の気を複数自在に操るとか!」
「小春……」
現れたのは不満気な表情の小春だった。目の錯覚か、その背中には大きな虎を可視化させている。一体どういうからくりかな?
「なんか強者の匂いがしたっすよーっ!!」
さらにややこしいことに興奮した夏実ちゃんがやってきた。いけない、あれは完全に理性が狩猟本能に支配されている目だ。
「げ、わんこ!」
「な、夏実くん?!」
「わぁ、龍元先輩もいるっすよ!」
昇降口から一気に数十メートルもロケットジャンプをして向かってきたかと思うと、思いっきりとび蹴りの体勢になっていた。
夏実ちゃんの目を見てみれば、すでに結季先輩と小春の事しか目に入っていない。遊んでくれと尻尾を振っている状態だ。
いけない。
本能むき出しになってしまった夏実ちゃんは、放っておくと何をしでかすかわからない。以前の様に情熱を持て余しすぎて、剛拳心友会を制圧してくるという前科もある。
「夏実ちゃん、ハウス!」
「せ、先輩っ?!」
「お兄ちゃん!」
「あ、秋斗君?!」
俺はすかさず夏実ちゃんの腕を取り、受身の要領で夏実ちゃんの身体を一回転させて足から着地させ、その有り余る気力を全て流せと言わんばかりに、もう片方の手で地面に均等に力を逃した。
ゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
「きゃーっ!!」
「地震か?! 結構でかいぞ?!」
「縦揺れじゃなくて横揺れって!」
「アラートさん、仕事しろよ!」
「震源はどこなんだ?!」
「おい、あれを見ろ!」
「あ、大橋さん!」
「なんだ、じゃあ被害は出ないようコントロールしてるな」
「ふぅ、びっくりしたぁ」
なんだか周囲が騒がしかったけど、夏実ちゃんがふにゃあと気が抜けたようになってへなへなしている。うんうん、これでしばらくは大丈夫だろう。2時間くらいは。
「あ、相変わらず秋斗君は凄いな……」
「へ、何がです?」
「いや、完全に他人の気の流れをコントロールして霧散させるとか……」
「はは、単にじゃれついてきた夏実ちゃんを諌めただけですよ」
まったく、夏実ちゃんにも困ったものである。
これから夏休みだというのに、俺の知らないところで誰かに迷惑かけなければいいのだけれど。
うん? 夏休み、か……
「あ、そういや夏休みですね。結季先輩はどこかへ行く予定があるんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
最近俺は結季先輩とちょっとは仲良くなれた気がする。
なのでこれを機に、どこか遊びに行けたらなーなんて思ったりもするわけです。健全な男子だからね!
「よ、予定?! 特にないというか、その……えっと、それは夏休み一緒に――」
「何言ってるの、お兄ちゃん! 結季先輩3年だよ、受験勉強があるに決まってるじゃん!」
「あ、そうか、そうだった」
結季先輩は良家のお嬢様だった。
きっと良い大学に行かねばならないだろうし、遊んでいる暇なんて無いハズだ。
残念――と思っていたら、結季先輩本人が大きな声で否定してきた。
「そ、そんなことないぞ! 既に受験の準備も万端だし、それにちょっとくらい遊びに行ったほうが気分転換になる! 海でも山でもドンと来いだ!」
「それじゃあ!」
「ふ、ふぅん……でも先輩、海はダメなんじゃないかなぁ? ほらその? 先輩は女子としての部分が、少々貧しいというか?」
「んなっ!」
そういって小春はその豊かな自分の胸を強調して結季先輩を挑発する。
顔を真っ赤にしてしまう結季先輩を見てみれば、あ、はい、たしかにその、うん。俺の口からは言えない。
「んん~、海か山かと言われれば、海の方がいいよね、あきくん」
「美冬」
そしてどこからともなく美冬が現れた。
背後にはどうしたわけか、涙目の水着姿の女の子たちの姿が見える。スレンダーな子にむちむちな子、背も高いに低いに様々なタイプの子がおり、どの子も魅力的な子ばかりだ。
「ほらほら、あきくん、夏と言ったら海だよ~! ひと夏のアバンチュールだよ~! ね、ほら、燃え上がる恋とか不埒な関係とか、憧れるよね~!」
「は、はは……」
美冬がそういうと、ひぃ、と女の子たちの口から悲鳴が上がる。
お庭番衆の人かな? 美冬に何か言われたのかな? 後で謝っておかないと。
「ほら、お兄ちゃん、海行こう、海!」
「あきくん、海いいよ、海~」
「あ、秋斗くん! その! 大きいだけが女性の魅力ではないというかだね!」
「う~ん、海かぁ」
宍戸は海とは縁の無い街である。
そこで生まれ育った俺としては、海と言えば特別な思い入れがある。
夏に行こうと思って赴かなければまず目にすることも出来ない。行くと言うだけで、なんか旅行って感じがして気分も高揚するのだ。
他にも海で泳いだり釣りをしたり、すいか割りといった青春的なこともしてみたい。目の前で捕れた海の幸もおいしいだろう。
目の前では小春、美冬、結季先輩が、具体的に海で何をするかを話して盛り上がってる。
ええっと? 気を海に叩きつけて魚を捕る? ガッチン漁法は違法だよ?
海面ダッシュ? 歩く? ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない。
「ダメっすよ~、山です、山!」
「夏実ちゃん?」
盛り上がってるところに待ったをかけたのは夏実ちゃんだった。
もちろん賛成すると思っていただけに、不思議に思う。
首を傾げる俺を不満気に見たかと思うと、ふくれっつらを作って抗議してくる。
「約束したじゃないっすか! 4月に! 夏休みは自分の実家の山に行くって! 温泉もあって川遊びも出来るって! 自分、楽しみにしてたんっすよーっ!」
「あ、そうだった!」
あれはゴールデンウィーク前のこと。まだこんな群れとかよくわからないモノが出来ず、平穏な毎日が侵食されかかり、どこか遠くへ行きたいっていう呟いたっけ。
「いやその、泊まるところとか……」
「自分の実家、無駄にでっかい道場なんで! 100人くらいは泊まれるっす! もう家にも話をつけてあるっすよ!」
「そ、そうか……」
さすがに夏実ちゃんに、年下の女の子にここまで言われてダメとも言えない。
幸いなことに小春や美冬、結季先輩の方を見れば、割と乗り気のようである。
「温泉! 温泉いいよね、お兄ちゃん! 浴衣着て温泉入って肌を磨いて……きゃっ♪」
「山……少ない人目……綺麗な小川と蛍……盛り上がる情熱……う~ん、それもありだね~」
「乾君の道場……まさか拳帝乾征獣郎の?!」
そして盛り上がるのは彼女たちだけではなかった。
「おい、聞いたか、お前ら?」
「各処に知らせろ、限定100人だとな」
「へへっ、夏実様の道場……高ぶるぜぇ」
「そこで修行すれば、オレも気を放てるように」
「どうやってメンツを選ぶ?」
「決まってるだろう?」
「選定、試合……っ!」
「「「「うおぉおおぉおおぉおぉぉおおおぉおーーんっ!!!!」」」」
そして再び、大地を揺るがす大合唱が響く。
あれ、なんか変なことになってない?!
夏実ちゃんの田舎に遊びにいくだけだよね? ねぇっ!?
※夏実ちゃんの実家の件は28話参照。はい、当時から夏休みにやろうと思ってたネタでした。
ぼちぼち更新していきたいと思います。亀かもですが。











