第125話 7.19祭り・終 祭りの終わりはいつだって寂しくなる
「ん、んぅ……」
独特の倦怠感と頭痛と吐き気、そして自己嫌悪と共に意識が覚醒していく。
俺は一体……あぁ、そうか、福祉を浴びて……
目を開けるのは嫌だった。
中西君と根古川さんの仲睦まじさに嫉妬して、やってられないとばかりに自ら福祉を浴びる。それは正しく現実逃避以外の何物でもなかった。しかも妹や幼馴染、後輩に福祉を持ってないか、なんてねだって……ってあいつら何で福祉もってんだ?! 女子高生や女子中学生が常備してるようなものじゃないだろう?!
そんなツッコミと共に目を開けていると、意外な顔が目の前にあって、驚いてしまう。
「ゆ、結季先輩?!」
「起きたか、秋斗君」
「え、あれ、ちょっ!」
「あ、暴れないでくれ」
それだけじゃなく、どうしたわけか結季先輩に膝枕されている状態だった。
訳がわからなかった。
結季先輩は浴衣が汚れるのもいとわず芝生の上で正座をし、俺の頭を膝の上に乗せていてくれる。
しなやかで肉感に乏しい印象があったけれど、後頭部で感じる柔らかさは、俺の頭を沸騰させてしまう。自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
そんな俺を見て、結季先輩はくつくつと笑い、余計に顔が赤くなってしまった。
「そ、そういや小春達はどうしたんだろう? 美冬や夏実ちゃんの姿も見えてたような……」
「ええっと、彼女達はあそこで……その……」
「あれは……」
先輩の膝に頭を乗せたまま横を向けば、少し離れた芝生の上で、ピクピクと悶絶する妹と幼馴染が居た。
恍惚の表情を浮かべながら涎をこぼし、年頃の乙女として、周囲に絶対見せちゃいけない類の顔をしている。
幸いと言うべきか、彼女達を見るものはいない。いないというか、全員が参道の脇に綺麗に並んで寝かせられていた。まるで獺が、捕らえた魚を供物に並べ祭っているかの様だ。
なんだか不気味な光景ではあるものの、左右対称きっちり並んでいたので歪みは感じない。
ついでに言えば、小春や美冬からも歪みは感じないな。
更に周囲を見渡せば、地面は塵一つ落ちておらずピカピカで、芝生もやたらと刈り揃えられている。
屋台もいつの間にか等間隔に並べ替えられており、テントには皺一つなくピンと張っている。なんだか歪みが無くて見ていて気持ちがいい。
そして広場の中央では柔道着姿の倒れた人の山の上に、夏実ちゃんが君臨していた。
天に向かって拳を突き上げ雲を割り空を開き、意識が無いのか立ち往生。
「何やってんだ、夏実ちゃんは……」
「急に体調が良くなった、肩凝りが消えた、有り余る力を持て余しすぎて発散したいと……足元の人達は全員『ありがとうございます!』と言いながら夏実君と戦って……」
「そうか……」
そこはいつも通りだったか。
とにかく、いつまでも結季先輩の好意に甘えているわけにはいかないと、一抹の名残惜しさと共に身体を起こす。
「あ、気が付かれたんですね、大橋先輩」
「根古川さん……」
そんな俺に気付いたのか、根古川さんが声を掛けてきてくれた。
すぐ近くに居たようだった。そして根古川さんも俺と結季先輩と同じように、中西君を膝枕にしている。頬をほんのりと赤く染め、中西君の髪を愛おしげにすくっている。
どう見ても好きな人に対する所業だった。たどたどしい手の動きの初々しさが、より一層、そのなんだ、羨ましいな、チクショウ!!
相変わらず福祉を浴びたあとの記憶は残っていない。
「根古川さんと中西君は……」
「え、はい! その、あ、ありがとうございました!」
「は、はは、そっかぁ」
「これも全て、大橋先輩のおかげです!」
そう言って根古川さんははにかんで、顔を赤らめた。
さすがの俺も、何があったかは容易に推測出来る。
なんだか見ていられなくて、そっと視線を外すと、そこには悶絶する妹とその辺に整然と並ぶ人々、天を衝く夏実ちゃんと人の山。遠くで忍さんをはじめ御庭番衆の人達が忙しなく動いているのが見えた。なんだか祭りの終わりを物語っているようだった。
……とても切ない気持ちになって、代わりに空を見上げる。
夏実ちゃんの気で雲は霧散しており、綺麗な夕日が佇んでいた。
「全て終わったな……」
ポツリ、そんな事を呟く。
どうしたわけか、そんな言葉を拾った御庭番衆の人達はビクリと震えた。信じられないモノを見るような目で俺を見てきた。
あ、はい。
裏方をやってる人は今から片付けが始まるんですよね、すいません。
彼らに申し訳ないと心の中で謝っていると、結季先輩が話しかけてきた。
その顔はほんのりと赤い。俺も先程の膝枕の事を思い出し、赤くなってしまう。
「あの、だな、秋斗君……さっきの福祉を浴びてた時も言ってたし、疑問だったんだけど、どうして私だけその、手出しをしなかったんだい?」
「どうして相手を……?」
言っている意味がよくわからなかった。
手出し? 俺はここで悶絶してる小春や美冬、夏実ちゃん達他に何かやらかしたのだろうか?
わからない。
首を捻りつつ、結季先輩をジッと見つめてみる。
……
俺の視線を受けて、少し気恥ずかしそうに身じろぎする結季先輩は、相変わらず美しい姿勢だった。
先程まで膝枕をしていた浴衣はきっちりと折り目正しく整えられており、帯も左右対称の貝の口結び。
髪型だってそうだ。アップに結い上げられ、覗くうなじのほつれ具合すら左右対称で完璧である。
そしてなにより鍛えられた、しなやかな筋肉。特に肩の部分を中心としたところは、小春や美冬、夏実ちゃん達と違って一切の歪みを感じさせない。思わずため息が出てしまう。
「ふぅ、やはり綺麗だ。浴衣も良く似合っている。だからじゃない、ですかね?」
「…………え?」
福祉タイムに何があったかはわからない。
しかし他の皆と結季先輩の違いと言えば、それしかない。心の中の福祉が歪みを正せと囁かない。
極端に歪み過ぎたものがあると、どうこうしたくなるという気持ちがある。人として当然だろう。本棚とかきっちりしていないのを見ると直したくなったりするのと一緒だ。
だからきっと、何もしなかったのだろう。
「秋斗、くん……」
「結季先輩……」
夕日に照らされ、互いに赤い顔をしながら互いの名前を呼び合う。
それが何だか居た堪れなかった。
恋という甘酸っぱい思いで顔を赤らめる中西君と根古川さんと比べ、俺は福祉を呑んで意識を失ってた時の失態を問われて赤面している。
その差がとても情けなくて、とても哀しくなって――そっと背を向ける。
俺は少し泣いた。
大橋秋斗16歳。
素直で可愛くて勝手に独身小姑になる決意を固めた妹有り。
ゆるふわで2番目愛人志望のNTRセに目覚め、地元物流と情報を牛耳る幼馴染有り。
責任とか微塵も取りたくない、この地方一体の空手団体を統一した後輩ペット有り。
名家のお嬢様で下の名前で呼び合う先輩有り。
傘下に降った柔道部と剣道部と他校柔道部と龍元御庭番衆と剛心空手会有り。
地元大企業グループに貸し1つ有り。
地元名家にも貸し1つ有り。
世界的に有名な犯罪組織を複数個壊滅の経験有り――NEW!
配下の縁を結ぶ福祉なキューピッドの経験有り――NEW!
されど童貞、彼女無し。
これはそんな彼と望まぬハーレムと青春と苦難とやさぐれの混沌とした物語である。
オッス! オラ作者!
いつも読んでくれてオラ、すっげぇ感謝してるぞ!
この章の終わりまでやたら時間が掛かってもうしわけねぇ……それでもおめぇたち読者さんらに、楽しんで読んでもらえてれば、えれぇうれしいんだ!
時間はかかった、それでもなんとか章末まで更新出来た……これはもうブラウザブクマ勢はちゃんと登録してからブクマ、評価がまだなやつは下の☆☆☆☆☆を★★★★★に塗りつぶすしかねぇな! みんな、オラにブクマと評価を分けてくれ!!
みんな、次章も見てくれよな!
※カワウソのお祭りこと獺祭は、それはもう物凄く美味しい山口県の日本酒です。スト〇ングゼ〇の対極のような存在ですが、美味しいので是非、ご賞味してください。











