第121話 7.19祭り⑫ ハードボイルド4th~偽乳にかける想い~ ☆東野康司視点
更新遅れてすみません。
今回はドルオタ刑事、東野康司視点になります。
宍戸駅前夏祭り当日の朝。
県警本部は、各処で緊迫した空気が流れていた。
「おい嘘だろ、偽乳が宍戸に入り込んでるって?!」
「あの北米最大マフィアの?! 一国の軍隊以上の勢力と言われる?!」
「フェイクミルクと言われる麻薬を、牛乳に紛れこませて販路と勢力を拡大した、あの偽乳だ!」
「ふ、普通の警官の装備じゃ無理だ! 機動隊を呼んでくれ!」
「自衛隊の出番じゃないのか?! 在日米軍にも応援を要請したほうがいいんじゃないのか?!」
その様相は戦争さながら。
戦争――そう、まるでこれからドームツアーが始まるのかと言うくらいの慌しさだった。
ドームツアーとは国内最高数の動員がなされるイベントだ。
アイドル達にとって、夢の極地の舞台と言える。
いわゆるアリーナで行われるイベントは1~2万規模に対し、ドームとなれば5万人前後。
アーティストの聖地たる日本武道館でさえ1万5千人と言われている。
どれだけドームツアーが巨大な規模で行われるのかというのがわかるだろう。
そして、この宍戸夏祭りは近隣住民に外部からの客を加えると、10万人近い規模であると予測される。
つまりドームツアーの倍ほどの規模になるという。
なんていうことだ!
このことを聞いて、俺は戦慄した。
一体どれだけの人が集まると言うのか。
基本的に俺達アイドルファンは紳士の集団だ。
秩序を守ってこそ、推しを愛でられると言う共通認識もある。心も通い合っていると言える。
そうじゃないと、ペンライト振ったりするときのタイミングが合わないし当然のことだ。
しかし、だ。
宍戸の夏祭りに来るのは、何の訓練もされていない一般人である。
それはもう混沌となることは、想像に難くない。
あぁ、そうだ。
皆が戦々恐々としているのがわかる。
だが俺は皆と違って、昔からあらゆるドームツアーに参加してきた。
お金のない学生の頃は警備スタッフとしてバイトしたことさえある。
グループアイドル黎明期の、ファンの無秩序な行動を捌いてきたという自負もある。
慣れている、と豪語するわけじゃないが、それなりに修羅場をくぐって来ていた。
ふふっ。
ここは俺の経験を活かすところだろう。腕が鳴る。
おっと、俺は東野康司。
アイドルツアーをこよなく愛し、アイドルとファン、その次世代が内包されている街の平和を守ると誓ったおまわりさんだ。
「東野先輩、本当ですかね……あの偽乳がこの宍戸の街に入りこんでいるだなんて……」
「さぁな、どっちにしろ俺達のやることは変わらない。いつも通り皆を守るだけさ」
「こ、怖くないんですか?! 相手はよくテレビの衝撃の映像シリーズとかで、軍が相手もすることがある、あの偽乳っすよ?!」
「もちろん怖いさ。偽乳が発覚して炎上した案件なんてごまんと見てきているからな」
「そ、そんな相手……」
あぁ、そうだ。
うら若き乙女にとってスタイルの問題は決して避けては通れない。
やはりファンは男性が多いこともあり、胸に視線が行くのは仕方が無いものがある。
SNSや掲示板などでは、あの子はカップ数を盛ってるだとか、揺れが不自然だとかそういう部分を観察するのが好きな紳士達も、いつの時代も必ず一定数が居る。
中には巨乳系アイドルとして謳っていたにもかかわらず、実は豊胸手術がバレて炎上した娘もいた。
つまりアイドルと偽乳というのは、切って離せないという命題なのだ……っ!
俺も若い頃は偽乳反対派だった。
やはり自然なままの姿が美しいと思っていたからだ。
当時の推しがパッドで衣装の胸部を盛っていたのが判明した時、裏切られたとさえ感じたこともある。そのときの彼女のイベントでの告白と謝罪シーンは忘れられない。
彼女はBカップ、微乳だった。
涙を滲ませながらも、ステージの上で貧乳というわけでもなく、かといって巨乳どころか普乳にもなれない……だからパッドに手をだしたという懺悔にも似た告解。
だがそのときの彼女は誰よりも輝いて見えた。
偽乳か本物かだなんて関係ない。
その事に悩み、それでもどうにかしようと頑張る彼女達の姿こそが美しいのだと、俺はその真理を悟った。
確かに乳の真贋は重要な問題だろう。だがそれはどちらであろうと、アイドルを愛でる真理の前では小さな問題に成り下がる。
だからこそ俺は声を大にして言いたい。
「フッ、偽乳なんて些細なことさ」
「ひ、東野先輩っ?!」
隣で後輩が大きな声で驚く。
そんなに偽乳が気になるというのだろうか?
「すぐにお前もわかるさ」
「え、えぇぇ……」
俺がその真理を布教やるからな。
◇ ◇ ◇ ◇
俺たちが一番騒動が起きそうな駅前から会場にかけての道を見守っていた時のことだ。
同僚からの無線で、特殊警棒等で武装した外国人集団が現れたと情報が入った。
中にはクラッカーとか爆発物を持っているものもいるとのこと。
それだけでなく、現在龍元家の警備をやっている人間や道着姿の男達と激しい喧嘩を繰り広げているという。
近くには女性の姿もあり、彼女達の身も危ぶまれる。
くっ、喧嘩はいけない!
俺たちは直ちに現場に急行した。
喧嘩と聞いて思い出すのは、某アイドルグループのアリーナツアーに行った時の事だ。
グループ内でも仲が悪いと噂される子達の推しファン同士が、些細な事から喧嘩を初めてしまったのだ。
俺達アイドルファンは、誰から何を言われようが、どんな扱いをされようが、決して怯む事のない鋼の精神を持っている。
だけど、推しを貶されるとしたら、話は別だ。
そんな挑発をされれば平和主義者でさえ核を撃つ。
事実、その喧嘩も壮絶なものとなってしまった。
全治二ヶ月以上の重傷者が12名、骨折した者は軽傷者も含め98名、数百人を巻き込む大きなモノだ。
当然、そのイベントは中止になる。
……悲しかった。
2ヶ月前からずっと楽しみにしていたのにと。
チケットが当選した時は嬉しさのあまり一晩中そのグループの曲を歌い倒して、親も泣いていた。
喧嘩は何も生まない。
思えばその事件も、俺が警察を目指す切っ掛けになった出来事の1つだ。
「っ?! 東野先輩、あれ!」
「あれは……っ!」
それは喧嘩というにはあまりに戦争じみており、そして混沌としたものだった。
「AK-47?! サブマシンガンじゃないか! くそ、偽乳の奴らなんて物を街中でぶっ放してんだ!」
「夏実様が投げてくる石つぶてより遅いし威力も低い! 落ち着いて対処するんだ!」
「なっ、Mk19グレネードランチャー?! 嘘だろう、偽乳は何でもありか!」
「よく見ろ、小春様が叩きつけてくる覇気に比べれば、まだ頑張れば耐えられる威力だ!」
「液体窒素を放射だって?! そんな物まで使ってくるのか、偽乳は!」
「たかだか―196℃くらい、美冬様が下げる温度に比べればぬるいだろう!」
一見物騒な装備をしているように見える外国人たちが、柔道着や剣道着姿の高校生達と遣り合っていた。
あれ、あの道着姿の高校生たち、以前も見たな……?
ズドォオオオン!!
ガガガガガガガガガガッ!!
ドガァアーーーンッ!!
ゴアアァアーーーッ!!
盛大な音と共に、火花を散らしながら何かを飛ばしたりしているが……高校生達が何か三角形の紺色や臙脂色の布で叩き落したりしてるので、まぁ大げさなだけで玩具か何かだろう。
それを見て、またも俺は確信する。
無秩序に攻撃を仕掛けまくる外国人に対し、秩序だってまるで1個の生き物の様に反撃する道着姿の高校生達。
数や手数の差は圧倒的に高校生の方が少ないにも関わらず、外国人たちを圧倒する技量を見せていた。
そのあまりの鮮やかな手並みを見せられ、攻めあぐねている外国人たちは、どこか青い顔で叫んでいる。英語かな?
あぁ、そうだ。
秩序だった行動は混沌とした無秩序を凌駕する。
個人で応援するのもいいだろう。部屋ではいつだって1人だ。
だがイベントの醍醐味は、やはりファンとアイドルが一緒になって作り出す、あの一体感じゃなかろうか?
タイガー、マワリ、ロマンス、ケチャ、サンダースネイク、神威――全てパフォーマンスの技の名前だ。
応援するパフォーマンスにも、技の名前がつけられるほど洗練されている。
これらを共にこなし、ファンと言う推しの絆で結ばれ、より大きな存在へと昇華していく。
――大ファン化。
俺はそう呼んでいる。
いつぞやの病院で見せてくれた彼らのパフォーマンスは、すでにその域に突入していた。
もはや、それほどまでの推しを心の中に飼っているだなんて、アイドルファンの先輩として嬉しくなってしまう。オラ、わくわくしてきたぞ。
「な、何だこの光景は?! 偽乳の奴らまるで軍隊並の装備で……って、なんであの道着姿のやつらは平然とブルマー振り回して対処してるの?! 可笑しいだろ?!」
「ふふっ、頼もしい奴らだ」
「東野先輩?!」
「だが、ちょっとやり方はいただけないな」
「え、ちょ、何を言って……」
つまりはこういうことなのだろう。
外国人たちもこのイベントで催される何かのファンなのだろう。
これだけの規模の祭りだ、無名のアイドル達が飛び込みで営業に来ていても可笑しくはない。
あの外国人が持つ重火器とかに見えるものは、応援グッズか何かに違いない。
そして道着の高校生たちは、彼らにファンとしての心得を、身を持って教えようとしているのだろう。
だがこのままでは本格的な喧嘩が始まってしまい、イベントが中止になるかもしれない。
それだけはダメだ!
俺はかつてのような悲劇を引きこさせないと誓って、おまわりさんになったのだ!
「行ってくる」
「え?! ちょ?! 東野先輩、正気で――あぁあぁあんた一体何考えてんだあぁ?!?!」
彼らが争っている中心へと向かって足を進める。
耳をつんざく爆発音、大気を揺さぶる振動……ふふっ、まるでイベント会場で沸き起こる歓声と言う名の爆撃を受けているかのようだ。血が騒いでしまう。
「ちょ、おっさん! 危ないぞ、なにやってんだ?!」
「早くもとに戻れ! 流れ弾に当たったら死ぬぞ!!」
「どうしてあんな爆撃地の中心に行こうとしたんだ?!」
「Are you out of your mind?!(あいつ頭おかしいんじゃないの?!)」
「Have you gone insane?!(く、狂ってる!)」
外国人達も道着姿の高校生達も、いきなり現れた俺に驚き手が止まる。
いくつもの視線が突き刺さり、俺の挙動が注目されているのを自覚する。
「……」
「……」
「……」
「……ごくっ」
ここで少しでもミスをしたら、取り返しのならない事態になってしまう……それだけは確かなことだった。
重責だった。背筋には嫌な汗が流れ、手も震えてしまう。
――あぁ、彼女達は……アイドル達はいつもこんなプレッシャーの中で、笑顔を振りまきながら頑張っていたのか。
この場に居るのはせいぜい数百人、そんな数でブルってしまうなんて、自分の器のなんと小さいことか。
「お父さん?! なにやってんの?!」
「咲良……」
そのとき、娘の咲良が驚きの声を掛けた。
何やってんの、か。
まごついている俺を叱責するかのようだ。
あぁ、そうだ。
このまま無秩序を放置しておけば、イベントが中止になってしまう。
今まで応援してきた幾多のアイドル達よ! 俺にも一歩を踏み出す勇気を分けてくれ!
「咲良、小春ちゃんは近くにいるか? 呼んできてくれ!」
「こ、小春ちゃん?! わ、わかったわ!」
そして俺は、常備しているペンライト取り出し、両手に持って構えた。
周囲が意外なものが飛び出したことにより、困惑の空気が流れている。
「いいか、お前達! 俺は貴様らの先輩として伝えておきたいことがある!」
さぁ、見せてやろう。この東野康司、35年以上にわたるアイドルファン生活で身に着けた――
――オタ芸の神髄を……っ!











