第120話 7.19祭り⑪ 機嫌が悪い *罵亜汰視点
今回は罵亜汰的な3人称に近い視点です。
一度書いたのですが、気に入らなくて全部書きなおしたので更新遅れました、すいません。
罵亜汰は薬物に手を出したアスリートや格闘家達の、裏の世界における相互扶助組織である。
元々の組織名は、物々交換を意味するバーター。
米国中心に活動しており、罵亜汰はアジア漢字圏における通称である。
彼らは薬物を使用し、表世界での栄光などを対価に、より強く、早く、高みを目指すために集まった。
いや、彼らのとってもはや表世界のルールというのは、ただの枷でしかなかった。
『もっと先へ、もっと向こうへ、更なる前進』
これが彼らの共通意識であり、その為に、どう効率よく禁止薬物に違法手術に手を出しドーピングするか……それが彼らの至上命題でもあった。そのためならば、いかなる手段も辞さない。
裏の世界である彼らが、資金を得る為に差し出したのは、己が肉体とその技術だった。
故に、罵亜汰に所属する構成員は、すべからく素手暗殺術のプロフェッショナルである。
一見小柄で体重が50kgも無いような頼りないような男性でさえ、その両の拳こそが最大の凶器というフライ級のボクサーであり、街中に溶け込み獲物を狙う暗殺者になる。
武器の要らない彼らは、その肉体こそが武器であり、様々なボディチェックをすり抜け暗殺を提供してきた。
そんな彼らがこの地に来て求めるのは唯一つ。
"獣"。
この地で開発が為されていた向精神薬であり、その副次作用として脳のリミッターを外す事によって得られる反射運動能力の向上がある薬物だった。
ちなみに、元は脳を直接刺激して育毛を促す発毛剤を目指して作られていたものなのだが、知る人はほとんどいない。
しかしながらドーピング剤としての効能は非常に高く、罵亜汰のメンバー達が無視するにはあまりにも魅力的過ぎた。
彼らはどうしてもこれが欲しかった。
神経系に分類されるので、肉体増強系の薬物との組み合わせが出来るんじゃないかという期待に沸く。
もちろん、複数の薬物を同時摂取すれば副作用が大変なことになるかもしれないが、そんな事は彼らは気にしない。
そもそも気にするのであれば裏の世界に堕ちやしない。
命を引き換えにしても強さを求める――それが罵亜汰だった。
この地にきて早々彼らは、裏世界で交流のあった偽乳と合流した。
つまり、龍元御庭番衆が把握している特選戦力の中で唯一、闇の帝王とかいう恥ずかしい呼称をされてる輩と拳を交えておらず――最大戦力を保持したままだった。
そういう意味では、特選戦力の中では一番危険な集団といえる。
事実、暗殺者個人としても有名なメンバーが終結していた。
戦闘狂で、日に3度は拳に血を吸わせないとダメな元ボクサーのコーキー。
罵亜汰内では珍しく刃物を使い、コンバットナイフ1つでマフィア20人を血の海に沈めたフーマトー。
タックルで人を壊すことが何よりも快感になってしまった、元アメフト選手のアイシー。
好物はステロイド、素手で北極熊をも倒すジャック=U・G=ロゥ。
相手の関節を外し、身動き出来ない状態で嬲ることが何よりも好きな、ブラジリアン柔術家のグレッグ。
現役時代プロテクターを着けていたにも関わらず、対戦相手を4人殺害してしまった空手家の枡龍
他にも彼らに負けないほどの曰くつきのメンバーが30人。
もはや罵亜汰のメンバーだけで、一国の軍隊の拠点を制圧できるだけの戦力が整っていた――はずだった。
「な、何が起こっている?!」
「トラップ?! 鳥もち?!」
「っ?! 何か爆発音がしたぞ?!」
「お、女が! 変な女に掴まれたとかいう声が?!」
「さ、寒い……今は夏だろう?! どうなってんだ?!」
「に、忍者?! 忍者の集団に襲わ――あぁあぁっ?!」
「お、狼?! あれは狼?!」
「こっちは熊が……ジャックはどこだー、倒してくれーっ?!」
駅前の裏手通り――正確には、かつて銀塩がアジトにしていたうらびれたビル内では惨状が広がっていた。
"獣"を求める罵亜汰達は、その情報を得ようとここにやってきていたのだが、そこで見たのは熊に率いられる狼の群れだった。
「もぅ、あたしを見て熊って言われるの、失礼しちゃうな~」
「美冬様、龍元御庭番衆と狼の腕、目標の12人捕縛しました!」
「こちらは狼の牙、3人と交戦中!」
「狼の目、偵察中に4人と遭遇、緊急時に付き武装1級解除して交戦中!」
押隈美冬は容赦が無かった。
彼女自身も制圧を進め、要請を求めてきた龍元御庭番衆と群れの皆と共に戦闘の指揮を執っている。
その顔に苛立ちの色が見られるのは、せっかくのデートだというのに、罵亜汰などという組織の輩に手が取られているからだった。
「あ、武装レベルは最大まで解除していいよ~」
「は? それだと相手の障害が残る危険性が――」
「自業自得じゃないかな~? 死なないだけ運がいいと思ってもらわないとね~」
「わ、わかりました!」
すでに押隈美冬の歩いた先は、床に血だまりが出来ていた。
それを下駄でペチャっという音を立て、連絡してくれた御庭番衆の連絡員に目もくれずに先に進む。
むき出しのアスファルトの床には、下駄で出来た二本線の足跡が作られていく。
連絡員はそれを見て、美冬が心底機嫌が悪いことを強制的に理解させられた。
震える身体が止まらない。
ふと、美冬はピタリと足を止め、振り返ることなく連絡員に話しかける。
「あなた達、まだここで休んでるのかな~? みんな早く終わらそうと頑張ってるんだよぉ?」
「へっ、は、はい! 今すぐ!」
「腰が抜け……あ、気合! 気合があれば大丈夫です!」
「あ、あいつもう逃げてる、くそっ!!」
美冬に発破かけられた彼らはすぐに動き出す。
寒冷前線の北上と共に、ビルには悲鳴が響き渡る。
この日龍元家は、違法薬物が人体にどう影響を与えるか、その副作用、医療用に転用できるかどうかのためのデータを入手してしまったのであった。
ギガレモン、って出たんですね……











