第118話 7.19祭り⑨ 浴衣のAC>シャーマン戦車>-10 *愚流怒視点
今回は特選部隊の一人、愚流怒視点になります
愚流怒ことグルド=平山=ウェルコックスは、在日米軍所属の父と日本人の母との間に生まれたハーフである。
ハーフと言っても、中途半端にくすんだ茶色い癖毛の髪に潰れた団子鼻、そして150cmしかない低身長。
はっきりいって、両親の負の部分をいかんなく受け継いだグルドは、コンプレックスの塊だった。
最近は加齢と共に、中年太りも気になってきている。尿酸値も気になり食事にも気をつけねばと思うが、ジャンクフードは止められない。
そんな彼ではあるが、凄腕のスナイパーでもあった。
裏社会でグルドと言えば、"魔術師"とも呼ばれる殺し屋としても有名だ。
鮮やかかつ、たとえ対象が複数居たとしてもほぼ同時で仕留める手腕は、まるで魔法か超能力と囁かれている。
事実、1人では実行が不可能なミッションも数多くこなしていることから、愚流怒の名は個人名ではなくチーム名だと思われていることも多い。
実際に龍元御庭番衆もチームとして認識している。
その彼の半生は、決して恵まれたものというわけではなかった。
1970年代初め、あまり器量のよくなかった山奥の集落出身のグルドの母は、仕事を求めて町に出るも要領も悪く上手くいかず、そして学があるわけでもない。
そうなると、若い女性に出来る仕事なんて必然的に限られてくる。
彼女はそれならばと、返還されたばかりの沖縄に向かった。
当時は色々とごたついていたのだろう。
治安もあまり良いとはいえなかった。
だがその分、春を鬻ぐ事はたやすかった。
1ドルが300円を超えていたという時代というものあり、自分の身体を輸出するには強かった。
彼女は随分儲けたようだが、それでも生活が楽なわけでもなかった。良いものを身に着けていたわけでもない。
だから、そんな彼女を見て不思議に思った者が居た。
当時駐留していた、在日米軍の若い将校だ。
客の1人であった彼は彼女にのめりこみ、そして稼いだお金を故郷の田舎に残してきた親兄弟への仕送りにしていることを知る。
彼にとって、それは衝撃的な事だった。
将校という事もあり、比較的裕福な家に生まれた彼にとって、家族とその生活の為に春を鬻がねばならないというのは、手を差し伸べずには居られない正義感を刺激された。
そして彼は強引に彼女の春の輸出を止めさせ、結婚することになる。
程なくして身ごもったのが、グルドであった。
だが、彼女にとってその幸運は長く続かない。
1960年から15年続くベトナム戦争――その終盤戦において彼はそこへと関わり……音信を経った。
途方にくれた彼女は、故郷に戻ることにする。
だが、髪と目の色が違う赤子を連れた彼女に待っていたのは、冷たい周囲の視線だった。
当時はまだまだ偏見が残っていた。
集落の人だけでなく、家族にさえ、汚れたものを見る目で見られた。
そんな状況でグルドは、差別されると共に悲惨かつ理不尽な幼少期を過ごした。
食べる物もロクに分けてもらえず、背があまり伸びなかったのも、この時の栄養不足が原因である。
それでも母は自分に愛情を注いでくれ、食べる物も分けてくれるが、ドンドン弱っていく母を見ては、もっと寄越せという事もできない。
グルドは小学生に上がる年になると、ろくに学校に通わせてももらえなかった。
家の畑の手伝いをほぼほぼ1人でやらされた。
しかし、いくら育てても母の兄弟達に収奪されていく。
隠れて畑を作ろうにも、集落の誰かに見つかり荒らされる。
どうしようもない地獄だった。
だけど、そんな中でも母だけが味方してくれた。慈しんでくれた。
グルドの中に生まれた負けてなるものか、屈してなるものかという思いが膨れ上がり、育てていく。
早く大人になり、早く働けるようになり、早くこの集落を出て行く……その事ばかりを考えるようになる。
そう思えば、多少のことは我慢できた。
そう、多少は……
グルドが12歳になったときの事だった。
この時のグルド達は、育てた作物はほぼ全てが収奪されるようになり、かといって現金収入のある仕事があるわけでもない。
それゆえに、食べる物を山の中へと求めるようになっていた。
生きる為に鉈の1つでもあれば、様々なトラップや山の幸を集めるほどまでに熟達した、サバイバルスキルとも言えるものを身につけていた。
家族や集落の人もそれに気付いていたので、より一層収奪が激しくなったのは皮肉だろう。
この日も、食料を求めて山に入っていた。
そして、山から開けた場所で押さえつけられた母とその兄弟、そして集落の男達が居るのを見かけた。
嫌な予感がした。
だけど、すぐさま飛び出すような真似はしなかった。
それが結果的に、グルドの運命を決定付けた。
思春期に片足を突っ込んでいたグルドは、すぐに彼らが何をしているのかわかった。
そして理解した。
――ああ、こいつらは人じゃない。獣だ。
しかも人に害為す獣だ。ならば駆除しなければならない。
この日のうちに、グルドが居た集落70余名は失踪した。
もちろん事件となり警察も捜索するが、後に、時間を置いて死体が山中で次々と発見される。
事情を聞こうにも、生存者は12歳の少年と30代の壊れた女性だけ。
むしろ保護される立場だった。
山の森の中からコンクリートの森へと舞台を移したグルドは、その技術を存分に発揮するようになった。
小さな体躯を利用しての狭所からの狙撃やトラップ、山で獲物を待つときの根気と集中力。
生きていく為に身に着けた能力であったが、それが彼の身を存分に助ける。
もっとも獲物は獣でなかったが、集落での一斉駆除で倫理観の崩壊した彼には些細なことである。
むしろ狩猟を楽しんですらいた。
相手の気付かぬところから一方的に嬲り、攻撃することに快感すら覚える――それがグルドであった。
10年もすればグルドの名は裏世界で知らぬ者が居ないほどになり、以来20年以上にわたってレジェンドと畏れられる暗殺者の1人として君臨している。
歳を取ると共に感覚はより鋭敏になり、あらゆるものが聞こえ、捉え、そして狩れぬものは無いという自負が生まれていた。
……
だが、そいつは違った。
「この、ゲスが」
「ぐが、がはっ……やめっ……うぐうぅうぅうぅぅっ」
「っ?! き、貴様どこから?!」
それは先日、クライアントから依頼の説明をされている時の事だった。
とあるホテルのラウンジ、そこで学生服を着た妙な男が、クライアントを締めあげたのだ。
一瞬の出来事だった。正に神業だと言っていい。
気付けば予兆すら感じさせることは無く、気付けばクライアントを誅されいた。
グルドの感知能力をもってしても、その片鱗すら掴むことが出来なかった。
身体の震えは止まらず、初めて未知なるモノへの恐怖を感じてしまう。
――完全なる敗北。
去り際も姿を捉えることも出来ず、グルドはただ震えながら立ち尽くすのみ。
ここにレジェンドとしてもプライドは打ち砕かれ、グルドは膝を着いた。
聞けば、グルドの様な悪を締めて回り、勢力を作っているという。
恐怖からその勢力に属することになり、現在に至る。
もっとも、その男には勢力の属しても、姿を現したことさえないのが不気味なのだが……
そして現在。
グルドはその時と同じくらいの、いやそれ以上の恐怖と戦っている最中だった。
「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」
パスン、パスン、パスン、パスンと消音機付きのライフルが小気味よく発射する音が聞こえる。
だが、スコープ越しに見える宙を舞う浴衣姿の女の子は、その弾丸全てを手でつかんでしまっているのだ。
「嘘だろう?! アンチマテリアルライフルだぞ?! 浴衣か?! あの浴衣のAC一体いくつだよ?! 戦車以上か?!」
グルドは目の前に迫りくる死神童女に対し、流れる冷や汗をコントロール出来ないでいた。











