第113話 7.19祭り④ 宍戸旧地下鉄道殲滅戦中半 ☆利空無視点
今回は利空無の指導者視点です。
一般的にあまり知られていない事だが、利空無という組織の前身はとある寺である。
何故このような組織になったかというと、利空無創始者である若き僧が、悟りを開くために世界各地の紛争地帯を回ったことから始まる。
そして彼は、そこで地獄を見た。
圧政下で肥え太る一部の富裕層が、武力を背景に弱者から絞り上げ――それに反抗した人々が武力をもって立ち上がる。
だが、大多数の一般の人はそのとばっちりを受けるのみだった。
政府軍反乱軍を問わず、集落は蹂躙され、様々な物が奪い去られていく。
男も女も老いも若きも、誰一人区別されることなく、硝煙の匂いのする地獄に引きずり込まれた。
結局のところ反乱軍も、利権にあぶれた者が分け前をよこせと騒ぐだけの集団だったのだ。
彼は、理想に燃える若者でもあった。
この地獄のような紛争地帯でこそ、御仏の慈愛の精神を実践し、人々に菩薩の如く救いの手を差し伸べることこそが使命だと確信した。
誰かを救うことによって、誰かに救われる尊さを知り、そして慈愛の輪を広げて、いつしか争いを無くそう……としていこうと考えたのだ。
事実、彼はたくさんの人――紛争地帯で被害にあった弱者、主に小さな集落を救っていった。
彼には様々なサバイバル知識と医療の心得があった。
それらの能力を惜しむことなく発揮し、虐げられた人々を救い、そして慈愛の心と技術を教えていった。
次第に人々は彼を信頼するようになっていく。
いつしか噂を聞きつけ、彼に学ぼうとする人すら現れる。
弱き者達は彼の元に集まり、次第に大きな輪へと広がっていった。
誰かを助け、助けられ、支えあい、失った物は数あれど、彼らの顔は笑顔だった。
――私のした事は間違いではない。
彼は確信した。
こうして人々が助け合い、尊重しあう輪がもっと広がれば、この紛争を止められると――本気で思っていた。
そして、彼は地獄を見た。
拘束された彼の目に映るものは、まさしく阿鼻叫喚と言えた。
逃げられぬよう足の筋を切られた女達は、軍の――政府、反乱どちらかはわからないが――慰み者になっていた。
隣では同じく足の筋を切られた男達が、まるでおもちゃの様に嬲られている。
子供達は牧場の中で銃口を向けられ狩りの的にされていた。
つい先日まで互いに笑い合い、荒野に植えた作物の世話をし、ボロボロになった家を建てかえ、時に日本の遊びを教え、一緒に炊き出しをした仲間達が――無残に、まるで命をなんとも思わないような所業で遊ばれていた。
彼の命が即座に奪われなかったのは、衆生を率いた指導者への見せしめの為ではない。
日本人だから――身代金を取る、ただその為だけだった。
事実彼は、日本政府が決して安くない金額の身代金を払い、帰国している。
彼は絶望した。
己の非力さを嘆いた。
菩薩の様に救うだけではダメなのだと、そして世の中にはどうしようもない理不尽さがあることを知り――空しさを悟った。
だが、彼は諦めたわけではなかった。
方法が間違っていると――慈愛溢れる菩薩では、何も救えないと……そう認識したのだ。
大日大聖不動明王、梵名アチャラナータ。
教令輪身――外道に進もうとする者を力ずくで内道に戻し、煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている仏の一尊。
彼の信ずる仏の道にも、時には力が必要だということを説いていた。
優しさだけが人々を救う力にならないのだと、痛感していた。
故に彼は力を付けた。
無法には無法が必要だと、信念をもって闇に身を落とした。
そして救うべき者は、祖国にもいた。
ギャンブル、薬、詐欺――様々な物で身を持ち崩す、この豊かな国で人としてどこか欠損した屑ども。
彼らの身柄を強引に買取り、そして彼自身が憤怒の明王となり教令輪身を実践した。
そして教育を施したものと共に、かつての紛争地帯を鎮圧しに行った。
もはや、彼に引き金を引くことに躊躇はなかった。
そもそもメンバーを教育するときに、何人かは着いて来られず来世へと旅立っている。
今世がダメなら文字通り引導を渡して来世で徳を積めば良い――彼はそう考えるようになっていた。
果たして、かの国の政府軍と反乱軍は彼の手によって殲滅された。
争いの源となる財貨は根こそぎ奪うことにした。
だが、彼の心は晴れなかった。
世界には同じような紛争が数多くあったからだ。
争いに利は無く空しい。
ならば、全ての争いを力ずくでも止めて救済せねば……かくして彼は戦いへと身を投じていく。
いつしか彼が率いる集団は、無慈悲に人々を救済する血も涙もない戦闘集団、利空無と呼ばれ畏れられるようになった。
大国でさえ無視できない利空無、彼の祖国にある部隊が陥落したという情報は、彼にとっても寝耳に水であった。
しかも、生き残りが明らかに彼へと牙を向けているという。
今まで彼の教育を施された者が、裏切るなんてことはなかった。
だから彼は急遽紛争地域から引き返し、何があったのか確認する為に、この宍戸の地を訪れていた。
付き従うは、利空無でも選りすぐりの精鋭180人、4個小隊からなる1個中隊規模の戦力。
全員がゲリラ戦を想定した装備で、旧地下鉄道を進んでいる。
はっきり言って過剰な戦力といえた。
全員が十分な市街戦も含めた実戦訓練も積んでおり、ここまで懐に飛び込んでしまえば、たとえ100万人都市でさえ制圧することも出来る。
彼は苛立っていた。
利空無の面々には世の理を、すべきことを、散々説いたはずなのである。
それに裏切る直前に届いたメッセージ、『ブル・マ、ロリ・きょぬー』という謎の暗号も気になる。
だが、それも些事だ。
これは彼らへの粛清というよりかは、見せしめという意味合いが強い――
「うがああぁあぁっ!!」
「だ、だめだ! 物理的に防ぐ手立てが……っ!」
「第一小隊完全に沈黙、第二小隊損耗率30%を超えています!」
「お主様、別行動をしていた第四小隊からの連絡が途絶えました!」
――はずだった。
一体何が?!
ていうか何?! 何投げられてんの?! 辞書?! 何でそんな物投げられてんの?!
「うぉおおぉおおおおぉおぉおぉっ!!」
「文武っ、両道ぉおおぉおおぉぁっ!!」
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶるまああぁあぁっ!!」
ていうかあの集団何?!
何で柔道着姿?!











