第109話 力の1号、技の2号 ☆若視点
今回は剛拳心友会の若視点になります。
オレは若。
若草山という苗字に剛拳心友会の跡取りという事から、皆に若と呼ばれている。
自分で言うのもなんだけど、剛拳心友会継承儀式でも破格の成績を収め、歴代最強とも呼び声が高い。
だがそんなオレは今、完全に自信を喪失していた。
「ぜあぁあぁああぁあぁっ!!」
「……っ、そこっ! はいっ! せりゃっ!」
「っ!?!?」
「……若? 体調が悪いんですか……? 顔色悪いっすよ……?」
組み手の相手が、キョトンとした顔をしている。
オレの繰り出す攻撃を全て簡単にいなされてしまい、更には体調を心配されてしまった。
元より俺は格闘家として体格に優れているわけではない。
持ち前の技と術が自慢だったが……これが今のオレの全力だった。
試合をすればおそらく会員の誰かに勝つのも難しいくらい、腕を落としてしまっていた。
最近の会員達の成長度合いは著しい。
夏実様と出会ってから、どんどん力を付けていっている。
このままだと、いずれオレが完全に追い抜かれる日も――
「若、体調が悪いなら休みましょう? ほら、祭りの日が近いじゃないですか。その日まで万全に整えておかないと!」
「あ、あぁ……そう、だな……すまない、今日はこれで帰るよ……」
「気をつけて下さいよー?」
「ははっ……」
コンディションは最悪だった。
最近では組み手をしようとすると、足が震えることさえある。
一体オレは、何のために強く……
…………
……
ふらり、繁華街をあても無く彷徨っていた。
むしゃくしゃした気持ちが胸で暴れ周り、それを沈めるためにコンビニで飲む福祉を買った。
ビル郡の中で空白地帯の様に存在している公園に腰を降ろして、福祉を呷る。
半ば自棄になっているオレは、一缶目をあっという間に飲み干し2缶目に手を付ける。
モヤモヤした気持ちをおぼろげにさせることによって、現実から目を逸らす。
オレがやってるのは最低なことだという自覚はあった。
だけどそれ以外に、この行き場の無い思いを発散させる方法は知らなかった。
――きっと大橋さんほど強ければ、こんな福祉に溺れるなんてこともしないんだろうな……
そんな愚痴にも似たことを思ってしまう。
他にも中西さんに星加流、綿毛らいおんさんに様々な強者と自分を比べ――鬱々とした気持ちを育ててしまう。
そんな事を考える暇があるなら、こんな福祉に溺れてる暇があるなら、他にするべきことがあるだろう?!
そんな焦りもあるのだけれど、どうしても現実の壁にぶち当たっているオレは、何かをする気になれなかった。
……
昔、オレは病弱で苛められっ子だった。
剛拳心友会の後を継ぐなんて笑い話にされていた。
実際、オレは親や親族と比べて、ガタイがいいわけじゃない。
190cm以上ばかりの中、175cmのオレは見るからに小さい。
だがオレは諦めなかった。徹底的に技を磨くことによって、強くなりたいと、修行に励んできた。
そして親族の誰もが成功しなかった剛拳心友会継承儀式を、破格の成績で成功させた。
だけど今は――
「やめてくださいっ! は、離してっ!」
「あぁん? 金を払えないお前が悪いんだろうがよぉ!」
「そ、そんなっ! ラーメン1杯5万円だなんてぼったくり……っ!」
目の前ではサラリーマンぽい男が、屋台のラーメン屋のオヤジに引き摺り転がされていた。
スキンヘッドに鍵爪状の傷跡。どう見てもラーメン屋のオヤジというより闇の世界の住人だ。
最近の宍戸近辺の治安を考えると、事実そうなのかもしれない。
そして実際、かなりの腕前だというのが見るだけでわかった。
あぁ、このままだとサラリーマンは理不尽な暴力に晒され、持ち金は全て奪われてしまうだろう。
そして警察に駆け込んだところで、そのお金が返ってきたり、あのオヤジが逮捕される望みも薄い。
災害みたいなものだ。
周囲を通り過ぎる人達も、関わってはこちらも被害を受けるとばかりに、見て見ぬフリをしている。
それはきっと、正しく賢い判断なのだろう。
その時ふと、幼い頃の事を思い出した。
病弱だったオレは、多くの時間を寝て過ごした。
楽しみにしていたのはヒーローが活躍する特撮やアニメだった。
オレが憧れたヒーロー達はいつだって理不尽に見舞われる人達を、颯爽と現れ助けていった。
ベッドに縛り付けられていたオレは――それに酷くあこがれた。
あぁ、そうだ。
そんな人達を助けるカッコいい大人になりたいと!
誰かに憧れられるようなカッコいい男になりたいと!
そう思って、必死に病気を治して修行に打ち込んだんじゃないのか?!
だというのにオレの今の姿は何だ?!
嫌なことから目を逸らして福祉を呑んだくれる……こんな姿を、子供のときのオレが見たらどう思う?!
「おい、やめときな」
「なんだぁ、お前は」
「ひ、ひぃっ! た、助けてっ!」
手の持つ福祉の缶を握りつぶし、ゆらりと立ち上がった。
ははっ、一気飲みをしたせいか、足がふらつきやがる。
サラリーマンを庇うように身体を入れる。
きっと顔は福祉で真っ赤だ。
傍から見れば酔っ払いがイキがってるようにも見えるだろう。
スキンヘッドのオヤジは邪魔をするなと威嚇してくる。
ははっ、このオヤジ、隙が無い。
かなりの手練れだ……単独なら宍校柔道部や鎌瀬高柔道部の人達でも上位の人達に匹敵――戦闘脅威度と言えば1200匹ってところか。
「おい、身の程知らずがいるぞ、お前ら出てこい!」
「ったく、なんだってんだぁ?」
「こちとら仕込みで忙しいんだよ」
「っ?! はは、こいつは……」
まるで栽培されたかのように、同じようなスキンヘッドの男たちが数人、屋台から湧いて出てくる。
参ったな……こいつらも同じくらいの手練れだ。
今の俺じゃとても……
「おぃ、あんた! 早く逃げろ!!」
「うわ、うわわわわわっ!」
だが、これでいい。
ヒーロー気取りと笑わば笑え。
たまに……こうやって福祉の勢いに身を任せるのもいいものさ。
「さ、いくぜ……っ」
◇ ◇ ◇ ◇
「ぐっ、あぁあああぁあぁあぁっ!!」
「ったく、手間掛けさせやがって!」
「中々強かったが、相手が悪かったな」
「おーいてぇ、腕や足の1本や2本はもらっとくぞ、くそっ!」
10数分後、俺は無様にも地面を舐めさせられていた。
とてもじゃないがスランプで自信喪失、そして福祉を摂取している俺に勝ち目はなかった。
福祉が回っていた頭もすっかり冷えていた。
あぁ、バカなことを……スキンヘッドの一人が関節を極め腕を捻り上げている。
まるでブタの様な悲鳴をあげて痛がる俺を、なぶり者にして楽しんでいるのがわかる。
あぁ、祭りも近いのに何やってんだか。
くそっ! 情けなくて涙が……
「オマえハ、ソこデ終ワルのカ?」
「な、何だてめぇ?!」
「へ、変態っ?!」
「日本人じゃねぇ……どこか外国の奴らが来てるとか聞いてねぇぞ!」
「な、お前は!」
それは黒い巨獣だった。
まるでレスラーのごとくブルマー一丁穿いて覆面ブルマー。
身の丈2メートルは優に超える黒い肌の獣だった。
「WoOooOOooooOOooo!!」
「なっ!」
「ぐおっ」
「らめぇっ!」
「なっ?!」
それは圧倒的な暴力だった。
漆黒の風が通り過ぎたかと思えば、その後にはピクピクと倒れ伏すスキンヘッドだけがいた。
そいつは……かつて見た時よりも、格段に強くなっていた。
今なら爪牙の虎太郎と戦っても圧勝するに違いない。
「ブルマー仮面」
「情ケなイ姿ダナ」
「……ッ! それはッ!」
「ソのママデ、終ワるノカ?」
――っ! その言葉は胸に突き刺さった。
嫌だ、このまま終わりたくない!
だけど……どうしても即答できないくらい、心が弱っていた。
「あ、アンタは良いよな……っ!」
「Why?」
「だって、あんたは! 生まれた時から恵まれている! その肉体! 俺より高い身長! 筋肉! くそっ、力が……俺には圧倒的に力が足りてないんだ……だからこんな……っ!」
「……」
思わず愚痴をぶちまけてしまった。
こんなの八つ当たりもいいところだ。
ガタイがでかい奴の方が力が強い。
これは決して変えられない世界の物理法則のルールだ。
格闘家としても俺の体躯は小さい。
今、俺が息詰まっている全ての言い訳を、そこにしているだけだ。
あぁ、くそっ! 情けなくて涙が出てくる……っ!
「オレハ、罪ヲ犯しタ。コのブルマーを被ラナいト表ヲ歩ケナい人間ダ」
「……え?」
「ダケど夏実様ニ、ソンな恥じル自分をブルマーで隠セバ良いト教ワッタ」
「どういう……」
ブルマー仮面は自分が被る濃紺ではなく、鮮やかな臙脂色のブルマーを俺に差し出した。
「コれヲ被っテ、生まレ変わレ」
「このブルマーを……?」
「嫌ナ自分、だメナ自分ヲ、こレヲ被ルコとニヨっテ、決別すルンダ」
「今までの自分と……決別……」
俺はまるで光に群がる蛾のようにそのブルマーに吸い寄せられ、そしておもむろに頭からかぶった。
視界の半分はナイロン生地に遮られ、口元はマスクのようにブルマーのクロッチが存在している。
そこから見える景色は、吸い込む空気は、感じた事が無いものだった。
「お前ハ2号ダ」
「2号……?」
「私ニハ無い技ヲ兼ね備エタ、新タなブルマー仮面だ……ッ!」
「この、俺が……?」
成れるのだろうか?
こんなダメダメな感じになっているこの俺が……
「なっ、兄貴たちが倒れて?!」
「お前たちか?! ていうか変態か?!」
「いいから全員来い!! 変態駆除だ!!」
いつの間にか、どこからかさっきのスキンヘッドに似た男たちが栽培された男のように集まってくる。
見たところ、戦闘脅威度は1人あたり先程と一緒の1200匹てところか。
数は先程より多い。俺に勝ち目はない筈だ。だというのに、逃げ出すという選択肢は無かった。
そして、負ける自分が思い描けなかった。
拳を握りしめ、そいつらに向かいあう。
そんな俺を、温かい目でブルマー仮面が眺めていた。
「フフッ、ヤハリ思ッた通リ……俺ガ力の1号ダトしたラ、君が、君こソガ、技の2号だ……ッ!」
「ふおおおぉおおおぉおぉおおぉぉっ!!」
この日。
俺は殻を破り、新たなる世界を切り拓いた。











