第102話 ハードボイルド3rd 誘拐とスカウト ☆東野康司 視点
今回はドルオタ刑事、東野康司視点になります。
「あの鬼束組が子供を誘拐しようとしているらしい」
「「「「なんだって?!」」」」
土曜日の署内に驚愕の声が響き渡った。
どうも、鬼束組が宍戸近辺で小学生以下の児童の通学路などで頻繁に目撃されているらしい。
それに恐怖を感じた市民からの通報があまりにも多く、つい今しがた朝礼での議題に上がった。
鬼束組といえば、隣の政令指定都市を根城にしている組織だ。
表向きはイベント設営やスタッフ斡旋、消費者金融、個人警護を手掛ける会社を運営している。
黒い噂がある競合企業とぶつかった時……まぁなんだ、不自然に相手が手を引く、なんてことが多々あってオレ達でもマークしている組織だ。
しかし鬼束組は、一般人に決して暴力や不法な事をしないことで有名だ。
だというのに、何故誘拐なんて……?
「あの鬼束の専務、柾谷を見かけたという話もある」
「なにっ?!」
「不死身のマサが?!」
「鬼束組は一体この宍戸で何を……ッ?!」
柾谷――通称不死身のマサ。鬼束組商事の専務取締役。
競合会社との、特に黒い噂が絶えないところといざこざが起きれば単身乗り込み、強引に話を纏め上げる――鬼束組の渉外の要だ。
交渉しに行くと相手の企業から怪我人が多数出ることから、何が行われているかは想像に難くない。
ちなみに不死身のマサが交渉しにいき、そして時には潰してきた組織は、どれも話を聞いただけで顔をしかめてしまうような事をしている外道な組織ばかりだ。
ちなみに被害届も何も出ていない事から、これらは事件ではない。
だからオレ達も手が出せない。
そんな彼を一言で言えば義賊――陰に潜み悪を狩る闇のモノ。
まさにダークヒーロー。
だからだろうか?
警察内部には、彼のファンじみた者がいるのも事実だった。
「まさか、あの不死身のマサが?」
「曲がったことが嫌いな人だぞ、何か訳があるのかもしれない」
「信じたいが……だが、彼は……」
今回の件に関しては、彼らの間にも動揺が走っている。
ヒーローに憧れ警察を目指す馬鹿野郎は多い。
きっと憧れじみた感情を持っているに違いない。
ああ、気持ちはわかる。
俺だって未だに特撮ヒーロー番組を見ている。
もはや特撮番組は、アイドルの登竜門の一つになっていると言ってもいい。
昨今ではモデルやグラビアアイドルが起用されることもあった。
様々なタイプのアイドルたちが、ヒーロー役のイケメン俳優と共に、更なる舞台へと羽ばたいて行った。
その中でも俺が昔から推してきたは、アクションも出来るヒロイン達だった。
見た目の華やかさと違って、アイドルはダンスやパフォーマンスなど、想像以上の過酷な運動を強いられる。
容姿だけでなく身体能力も求められる。
そして身体能力の高いアイドルは、ライブでも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる。
きっと、懸命な努力をしたに違いない。
その努力がより一層彼女達を輝かせているのだ。
……そう、あの少女達はそういう点でもアイドルの素質に恵まれていた。
あれは先日での病院で行われたパフォーマンスだった。
彼女達だけではない。そのファンと思しき柔道着姿の男達も――
「東野さん、オレ達も担当区域に行きましょう」
「おっと悪ぃ、考え事をしていた」
「考え事をするなんて……そんなにヤバイんですか、不死身のマサって?」
「さぁてな」
っと、いけない。
仕事は仕事、きっちりやらねば。じゃないと、胸を張って血税で賄われる給料をもらえない。
こうして俺が汗水たらして働き、それで得た給料をライブやグッズにつぎ込む。
そうすることによってアイドル本人のみならず、グッズやライブを支えたり作ったりするスタッフにもお金が回る。
もしかしたら、新しいアイドルの育成資金にも使われるかもしれない。
そして彼らが生活をして税金を納め、そしてまた俺の給料となる。
こうして世界というのは互いに支え合い、巡り合っている。
――そう考えるとアイドルって凄い。
「うしっ!」
「うわっ!」
パァン! と頬を叩いて気合を入れる。
まだ見ぬアイドルの為にも、気合を入れてこの街の治安を守るのは――使命であり天命だ。
「気合入ってますね、東野さん」
「ははっ、当たり前だろう?」
おっと、俺は東野康司。
アイドル好きな、街の平和を守るおまわりさんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
俺達の担当区域は住宅街の一画だった。
宍戸はよくある地方のベッドタウンだ。
朝夕は登下校の児童や学生、昼間はその家族の姿をよく見られる、閑静な街だ。
にわかに信じがたいが、この平和な街で誘拐が企てられているという。
誘拐――それは許しがたい行為だ。
可愛い子をお持ち帰りしたい……その気持ちは判らなくもない。
だが俺はアイドルを通じて、手が届かないからこそ、眺め見守り応援するからこそ、尊いものだという事を知っている。
輝き羽ばたこうと努力する姿が何よりも美しい。
それに手を出してしまうと、その輝きがくすんでしまう。
イエスアイドル、ノータッチ。
この真理を、もし不死身のマサが実際に犯罪に手を染めようとしているなら、事前に教え諭さなければならない。
「あ゛あ゛?! 黙ってたらわかんねぇだろうがよ!」
「東野さん、アレ!」
「なにっ?!」
街の一角にある施設、そこに不死身のマサが居た。
「オメェらどうしてめいこちゃんに手を上げた?! ちゃんと答えろ、それでも男か、てめぇら!!」
「ひ、ひぐっ」
「うっ、うっ、だって」
「ぐずっ……」
それは異常な光景だった。
紫のスーツに派手な柄シャツ、そして強面にサングラス。
どう見てもその筋に見える男が可愛らしいひよこ柄のエプロンを付けて、1人の女児を庇うようにしながら男児達を恫喝していた。
その形相はまさに鬼。俺だってびびるくらいだ。
叱られている男児達はもちろんの事、庇われているはずの女児も涙目になっていた。
「はぁ……めいこちゃんは気が強い。そして手も早い。だけどお前らは男なんだ……男は何があっても女に手を出しちゃいけねぇ……わかるか?」
どうやら、女児と男児で喧嘩があったようだ。
めいこちゃんと呼ばれた女児は、くりっとした気の強そうな目をしている。
そして、将来性を感じさせる可愛らしい相貌だ。
……なるほど、可愛くって男勝りで負けん気が強い。センターを目指す資質があると言っていい。将来が楽しみな逸材だ。
「あとな、好きだからって苛めるのは逆効果だぞ」
「っ?!」
「ち、ちげーよ、こんなゴリラ女!」
「ぶーすぶーす!!」
不意に不死身のマサが言った台詞で、男児達の顔色が恐怖から羞恥に、青から赤へと一気に変わった。
なるほど、男児達はあの歳にして既に推しという感情を知ってしまったのか。
その感情に振り回されて喧嘩……そういったところだろう。
「良いから、お前らこっちに来い」
「「「……」」」
そして不死身のマサはいわゆるヤンキー座りをして、男児達を集めだした。
子供相手にも下から睨まれる様に迫力がある姿だ。
だが頭に血が上った男児達は、負けじと気炎をあげながら彼のところに行き、頭をつき合わせて円陣のようなものを組む。
「…………だから、……………。めいこちゃんには…………して…………わかったか?」
「……うん」
「……わかった」
「……する」
どうやら何かをアドバイスしているようだ。
俺の想像が当たれば、あれは――
「東野さん、一体不死身のマサは何をして……」
「ふっ、すぐにわかるさ」
そして話が終わったかと思うと、男児達はめいこちゃんのところにやってきた。
「ふ、ふん、なによ!」
「めいこちゃん、ごめんなさい」
「さきにいじわるしてごめんなさい」
「なかなおりのあくしゅ、しよ?」
「っ! そ、そういうなら、いいよ! ほ、ほら、あくしゅ!」
そして、お互い少し恥ずかしそうにしながらも、めいこちゃんと男児達は次々に握手をしていく。
先ほどまで剣呑な雰囲気があったが、どんどんと穏やかなものへと変わっていっている。
互いの表情は、嬉しいような恥ずかしいような、そんな色へと変わっていた。
そう、それはまさに握手会だった。
ああ、そうだ。
推しのアイドルと唯一触れ合える機会――それが握手会だ。
彼らのどこか満足げな表情が、全てを物語っている。
その全てを見守っている不死身のマサ……そういえば鬼束組はイベント設営やスタッフ斡旋もしていると言っていたな。
要は祭りのテキ屋や裏の世界でのボディガードだと思っていたが――俺は思い違いをしているのかもしれない。
「鬼束組の柾谷だな? 俺はこういうものだ」
「あ? サツ?」
「ひ、東野さん?!」
気付けば、俺は保育園に乗り込んでいた。
突然の刑事の登場に園児や他の保母さんたちも驚いているが……まぁそれは今はどうでもいい。
「オレは何もサツにパクられるようなことはしてねーぞ、ガキ共がビックリしてるじゃねーか、とっとと――」
「鬼束組はイベント設営やスタッフ斡旋をしていると聞いた。これもそうなのか?」
「……そうだ。この辺りの保育園は人手が足りていないと聞いてな。言っておくが保育士の資格はあるぞ! ただ若い衆に資格を持ってる奴がいないから俺が――」
「そうか、わかった。ところで、園児たちの喧嘩の仲裁に何故握手を?」
「何故って……握手以外何があるっていうんだ?」
「……なるほど。悪かった、邪魔をしたな」
そういうことだったのか。
彼はめいこちゃん以外の女児――あの恫喝をわき目にマイペース遊ぶ子や他に怯える園児を宥める子、わざと明るく振舞って周囲の空気を変えようとする子にも注意を払っていた。
――どの子も個性的なアイドルになれる素質がある子たちだ。
つまり――
「あの、刑事さん……マサさんは見た目は怖いですけど!」
「そうです! 子供にも人気があって……彼は何も悪いことは!」
「人手不足で厳しいところなんですが助かってるんです!」
「保母さん……それに園長さんかな? ははっ、彼はイイ人ですよ」
「ま、マサさんをいじめるな!」
「まさしゃんはこわいけどいいひとなんだお!」
「お、おい若先生に園長先生、それにガキ共も!」
それだけじゃない。まるで彼を庇うかのように、保母さんや園長さん、そして園児達もが俺を非難しにきた。
当の本人は、彼らのとっぴな行動にあたふたしていた。
ははっ!
「行くぞ――不死身のマサは白だ。何も問題ない。署や上の方には俺が進退を掛けて説得する」
「お、おいあんた!」
「っ?!」
「あ、ありがとうございますっ!」
「ひ、東野さんっ?!」
俺達は困惑する不死身のマサや感謝と安堵のため息を背に保育園を去った。
誘拐だと言う物騒な言葉に惑わされたが、蓋を開けてみればそんな事はなかった。
彼はプロデューサーだ。
幼い子供達に男児と女児の付き合い方を教えていた。
何より、その目からは『イエスアイドル、ノータッチ』の精神を感じた。
鬼束組はイベント設営やスタッフ斡旋の事業をしているという。
つまりはそういうことなのだろう。
「良かったんですか?! というか本気ですか?!」
「ふっ……アイツは本物だ。信用できる」
「しかし……」
「いずれお前もわかる」
どこか納得の行かない後輩と共に、署への道を進む。
もしかしたら、近い将来この街からアイドルが誕生するかもしれない。
――そう思うと足取りは自然と軽くなった。
「ッ?! 東野さん、あれ!!」
「ん? あれは……」
住宅街にある公園に一組の若いカップルがいた。
「な、中西先輩の変態ッ!!」
パシンッ! と乾いた音が響く。
小柄な女の子は、そのままどこかへ走り出して行った。
後に残されたのは、何故かブルマー姿の男子のみ。その足元には柔道着。
一体どういう状況なんだ?
相棒と目が合い、無言で俯きあう。
やれやれ、不死身のマサの件が片付いたと言うのに……
「あーキミ、ちょっといいかな? 警察だ。少し話をしてもらってもいいか? ああ、そのキミのブルマーについてだが――」











