第101話 中西君へのアドバイス
気が付けば自室で、時刻は朝だった。
「んっ、んんん~っ!」
午前6時25分、身体にしっかり染みついた習慣なのか、いつもの時間に目が覚めた。
……いつの間に寝てたのだろう?
公園でガラの悪い人に何か絡まれて……あれ……?
ううん、上手く思い出せない。頭がぼんやりしており、どこか重い。寝過ぎなのか、思考もぼんやりしている。
何か頭に液体を掛けられたかのような……
そして身体も重い。
特にこめかみ(※人体急所)、みぞおち(※人体急所)、アキレス腱(※人体急所)がまるで重石を乗せられたかのように重い。
しかもその辺りに、炎症を起こしているのか、ほんのりと熱を感じる。
怪我でもしたのだろうか?
他にも衣服が汗を存分に吸って気持ち悪い。顔もなにか皮膚呼吸ができないのか心なしかべっとりしている。
とりあえず着替えようと思い寝転んだまま衣服に手をかけようとし――
「ん?」
「ぃゃん」
何か柔らかいものに触れた。
それは俺の身体の上を艶めかしく動いたかと思うと、頸椎(※人体急所)や肩口(※人体急所)、脛(※人体急所)を的確に抑える。
「……」
「うへへ……お兄ちゃんの芳醇な香り……」
視線を下に回してみれば、そこに居たのは実妹だった。
締まりのない顔でヨダレを垂らし、額を俺に擦り付けている。
……世間様にはお見せ出来ないな。
それにしても……俺は制服のまま寝てたのか。
昨日の記憶はあやふやだ。
またどこかで飲む福祉を摂取してしまったのだろうか?
体質に合わないのか、わずかな量でも前後不覚になってしまうのはちょっと怖い。記憶も無くなるし……
それはともかく、小春だ。
数か月前の、敵視されるかのような態度からは考えられない甘えっぷりだ。
まるで兄に懐く妹の様だ。
以前のように嫌われるよりかはマシだと色々容認していたが……さすがに今の俺はダメだろう
着替えもせず、昨日の制服のまま汗だく状態なのだ。
男子高校生なんて代謝が盛んだ。つまり汗のにおいもきつい。
そんな匂いを起きぬけの小春に嗅がれたら……また、かつてのように嫌われるかもしれない。
「ふんぬっ!」
「ぁんっ」
気合一閃、小春を起こさぬよう振り払いつつベッドから抜け出した。
よし、うまくいった。
気付かれる前にシャワーを浴びてこないとな。
◇ ◇ ◇ ◇
「むぅ~~」
朝の通学路に小春の唸り声が響く。
不機嫌を隠そうとせず眉をしかめているが、かといって取っている腕を離そうともしない。
ううむ、年頃の女の子って難しい……
「~~♪」
一方、少し前を行く夏実ちゃんは上機嫌だった。
心なしか肌もつやつやしている。
まるで思う存分運動してストレス発散したかのようだ。
昨日何か良い事でもあったのだろうか?
……そういえば、結季先輩に絡んでた奴にけしかけたっけか。
大丈夫だろうか? 相手の命やらもろもろが。
保護監督責任を問われたりしないだろうか? 生憎と女子中学生に特定動物飼養の保管許可申請が必要だという話は聞いた事がないけれど……
「……」
俺の少し後ろからは、陰鬱な気が流れてきていた。
発信源は美冬だ。
俯き加減で暗い顔をして、どこか俺を見ながらビクビクしている。
まるで俺に怒られないか、恐れている様子だ。
一体何の理由があって幼馴染に恐れられないとダメなのだろうか……
「……っ! ごめんね、あきくん……昨日は出遅れちゃって……」
「いや、特に気にしてねぇよ」
「でも……っ!」
「いいから」
目が合うと、必死な顔でそんな事を言ってくるが、残念ながらどういうことかわからない。
時折ぶつぶつと『介入が遅れた』『情報が遅かった』『手足を増やさないと』と物騒なことを呟きながら、『あきくんの貞操……』と関係性がわからない台詞が聞こえてきた。
思い当たるのは、昨日結季先輩と公園に行ってからの記憶がない事だ。何があったか知りたいけれど……やぶ蛇になりそうで聞くのが怖い。
そんな3人と連れたって学校を目指す。
当然ながら周囲から奇異な視線を集めるが、そんな俺達よりも視線を集めている人が居た。
「おい、ガキ共! ちゃんと手を上げて渡りやがれ!」
「馬鹿野郎、そこの車ちゃんと止まれ! 横断歩道前の一時停止は義務だろうが!」
「いいか、速やかに渡るんだ――そうだ、カチコミかけるときの様に素早く……お前ら将来いい鉄砲玉になれるぜ」
「あ、あわわわ……」
「ともちゃん、手握って……」
「あ、足がガクガクするよぅ……」
そこは交通量の多い横断歩道だった。
派手な柄のシャツや紫色のドギツイ色のスーツに身を包んだ男達が、黄色い旗を持って登校途中の小学生たちを交通整理していた。どう見てもヤから始まる人たちに見える。
ランドセルを背負った子供たちは完全に怯え切り、逃げるように横断歩道を渡っていく。
「ガキっていいよな……無垢で……未来があって……」
「守らなきゃならねぇよな……オレ達みたいにならねぇようにさ」
「あのガキ、皆の鞄を持たされて……おいおいイジメか? オラァ、ガキ共ーッ!!」
だがヤな人たちは、どこか恍惚とした表情で子供たちを見守っていた。
どう見ても今にも獲物を物色しているようにも見え、今にも誘拐しそうにも見える。
……大丈夫か、あれ?
「鬼束組の人達っすね。昨日ちゃんと調教したので無害っすよ」
「あ、あきくん! 昨日は出遅れちゃったけど、ちゃんとあの人達にノータッチを徹底させたよ!」
「そ、そうか……」
よくわからないが、夏実ちゃんと美冬がそう言うのなら、そうなんだろう。
ほら、彼らも夏実ちゃんに気付くと五体投地してるし。うんうん、躾けもしっかり――って何か可笑しいな?!
深く考えるとどツボに嵌まりそうなので、夏実ちゃんが駆けて行った先から聞こえる『ありがとうございます! ありがとうございます!』という野太い男達の感謝の悲鳴をBGMに、昨日からの懸念事項に意識を向けた。
そう、中西君と根古川さんのデートの件だ。
結季先輩と一緒に下見というかそんな感じのものに行った。
残念ながら普通に遊んだだけなので、特筆すべき事はなかった。
悲しいかな、内容については俺からアドバイスできることは特にない。
強いて言えば――待ち合わせや公園でガラの悪い連中に絡まれた事か。
治安がちょっと悪くなっているというのを小耳に挟んでいたが、まさにその通りだった。
俺から中西君に気をつけてと言えるのはそれくらいだ。
根古川さんは普通の女の子だ。普通の女の子は覇気で相手を威嚇したり怯えさせたり物理的に制圧したりできない。はず。……だよね? 普通の女の子って一体……(哲学)
ともかく、そうこうしているうちに、校門が見えてきた。
「お、おはよう、秋斗君!」
「結季先輩」
そこでは待ち構えていたかのような結季先輩が居た。
いつもの様にピンと背筋を伸ばし、歩く姿も品がある。相変わらず綺麗な体幹で絵になる人だ。
同じ学校で見慣れているはずなのに、みんなの視線を集めてる。
だが、結季先輩は1人で周囲に誰も居ない。まさに高嶺の花だ。少し寂しそうにも見える。
なるほどね、こうして見れば友情に餓えてるのかもしれないな。
「き、昨日はそのありがとう……た、楽しかった……っ!」
「それはよかった」
ほんのりと頬を染めながら、そんな事を言われた。
後半記憶がないが、喜んでもらえたのなら重畳だ。
「ま、また誘ってくれると嬉しい……っ」
「それじゃ、また機会があ――」
「お兄ちゃん!」
「「「「ッ?!」」」」
また誘って欲しい――友情に餓えた結季先輩にとっては、勇気を振り絞って出した言葉だったのだろう。
高嶺の花が誰かに手折られるのを願うかのようなその台詞は、周囲に激震が走った。
「龍元先輩から誘ってと懇願……?」
「あいつ、例の高等部2年の……」
「まさか4人目?!」
「あんなやつのどこが……」
怒りとも嫉妬とも畏れとも言えない視線を向けられ、小春はむくれてぐいぐいと爪をめり込ませる。
ははっ、痛い……色々痛いデス。
「お兄ちゃん、行こ! この女、発情してる!」
「なっ、私は……っ!」
「おい、小春!」
そう言って小春は強引に俺を引っ張っていく。
俺はごめんという意味を込めて、結季先輩に片手を上げて片目を瞑った。
どこか残念そうな顔をする結季先輩と、どこか驚いた表情の中西君が見えた。
――中西君、居たのか。
…………
教室に着いたら、後から追いかけてきた中西君がやってきた。
「大橋さん、一体何をすればあの龍元先輩と仲良く……っ!?」
「中西君」
そうか、傍から見れば次遊ぶ約束をするくらい仲良くなれたように見えるのか。
だが、生憎と特別なことをした覚えはない。
強いて言えば――
「性癖を疑われるようなハードな乙女本や紳士本を見せあったくらいか?」
「なっ?!」
驚くのもわかる。
実際俺も乙女本を見せられた時は困惑した。
だけど――
「ははっ、おかげで隠したり取り繕ったりする事はなくなったかな」
「全てをさらけ出す……抜き身の付き合い……」
「中西君……何を言って……?」
「わかったよ、大橋さん! オレも根古川に全てを見せてみるよ!」
「あ、あぁ、頑張って……?」
鼻息荒く、臙脂の勝負ブルマーがどうこう言いながら去っていく。
……
大丈夫だろうか?
おまけ・中西君のデート前日
「下に着ていく勝負ブルマーのサイズに悩む……機能性重視でフィットするものにするか、夏実様と同じサイズで気合を入れていくか……くぅ、悩ましいッ!」











