第100話 お嬢様初めての交遊⑦ 化け物のルール・後半 ☆不死身のマサ視点
前回に引き続き、不死身のマサ視点になります。
消えたメスガキを探しながら、オレたちは繁華街を移動していた。
調子のいい馬鹿共は、メスガキをけし掛けた男を捜しているらしい。
あんな化け物を飼っている奴がいるというのか?
……
世の中には化け物としか言いようが無い者がいる。
あぁ、レスリングで世界大会で十数連覇を成し遂げたり、メジャーリーグで3000本安打を成し遂げたりする奴ってのも立派な化け物だ。
彼らは己の力を発揮できるモノと出会えたことで、化け物からヒーローになったやつらだ。
しかし、そういった出会いに恵まれなかった化け物ってのは、どうしたって存在してしまう。
オレがそんな化け物と初めて出会ったのは、まだ小学生のジャリガキだった時だった。
入れられた施設がクソで、オレのような親の居ないガキの臓器を売っ払ってる組織だった。
親にも捨てられ世の理不尽を嘆き、どこか悟ったようなクソ生意気なガキだったと思う。
『オレァな、屑だ。だけどガキと女を食い物にする屑以下の外道だけは許せねぇ!』
その化け物は、着流し一丁を身に纏い、カラカラと下駄を鳴らして現れた。
顔には皺と共に刻まれたいくつもの刀傷。
幾多の暴漢を相手にしようとなんのその。
その身にどれだけ刃や銃弾を受けようが、拳1つで暴力を振りまいていった。
一騎当千という言葉がある。
単騎にて拳を振るうその化け物は、数十の数などモノともしない強さだった。
その圧倒的な強さから幼心に、この理解を超えた光景に唖然としていたのを覚えている。
『親父、1人で行くなんて!』
『相手の組織は銃で武装した奴らが50人も……』
『数ではたりねーが、こっちも精鋭20人を……』
『カカカ! おめーらが遅いからオレ1人で終わらせちまったよ!』
仲間と思われる人が駆けつけたときには、その化け物は血の海で呵呵大笑と嗤っていた。
そう、化け物。
数十人もの日本刀や銃を持った相手に、素手ごろで全員病院送りだ。
1人、また1人と倒れていく光景は、まるで化け物が獲物を食い散らかしているかのようだった。
それくらい、現実離れした光景だった。夢を見てるんじゃないかとも思った。脳が理解を拒んでいたと言ってもいい。
事実、俺と一緒にいたガキ共は怯え、今度は自分が周囲に転がっている半死体のようになるんじゃないかと、恐怖で震えていた。
だけど――
『まったく、いい歳なのにハシャギ過ぎですよ!』
『ほら、チビ共もすっかり怯えて……これ、どうするんですか?!』
『これは安全なとこまで連れてく方が骨を折りそうだ……』
『また1人で先走ったって姐さんに言いつけますからね?!』
『イチゴパフェ禁止されても知りませんからね?!』
『お、おぅ、すまねぇ……あとアイツにだけは……ゴニョゴニョ』
強面の男達に怒られ窘められ、シュンと小さくなるのが可笑しくて――そして同時に憧れてしまった。
確かにオレはその時恐怖を感じた。畏れた。だけど、地獄から救い出してもらったのも事実だった。
理解を超えた鬼束のオヤジは化け物で、そしてオレのヒーローだった。
『~~~~っ!!』
『おい、何やってんだガキ?! 離れろって! オレァその、なんだ、コワいおじさんなんだぞ?!』
気付けば、返り血に塗れたオヤジの足に抱き付いてきた。
他のガキ共は目を見開いて驚いていたのは覚えている。
抱きつかれた鬼束のオヤジは、困ったようにしつつも、無理に振りほどこうとはしなかった。オレはその時、産まれて初めて拒絶をされなかった。
だからオレは、心まで救われた気になった。
オレも誰かを救えるような男に――侠になりたい……そう願った。
これがオレと鬼束のオヤジとの出会いだった。
憧れの化け物に、侠に成りたくて、その道を極めようとした。
「マサさん、飲んだくれのやつが一般人相手に喧嘩を!」
「おいおい、勘弁しろよ」
化け物の世界のルールは簡単だ。
強いものが正義。
ただそれだけだ。
既存のルールを曲げてしまうモノ――それが化け物だ。
だから化け物であるオヤジは、屑が堕ちた外道しか相手にしないと言うルールを課していた。
認めたくないが……あのメスガキも化け物だった。
未だ痺れる掌が、アレに関わるなと警鐘を鳴らしている。
オレも散々オヤジに憧れて無茶をしてきた。数多くの抗争に身を置き、不死身のマサなんて呼ばれている。
オヤジ以外の何人かの化け物にも会った事があるが――オヤジ程ではなかった。
だが、メスガキがお遊びで放った一撃に、オレは恐怖を感じてしまった。
単純な戦闘能力では、あのメスガキはオヤジに匹敵する。
くそっ!
恐らく、銀塩が壊滅したことにあのメスガキが関わっているに違いない。
もしくは、あのメスガキが壊滅させたのかもしれない。
あれほどの力を持つものが他にそういるわけ――
「ねぇ彼女、いいから俺達と遊び――」
「うるさい、嫌だって言ってるでしょ!」
ゴゥォオオォォォオォッ――
「ひっ?!」
「ッ?!」
覇気。
まるで人喰い虎のごとき覇気が商店街を駆け抜けた。
その気に当てられたナンパ野郎は腰を抜かしへたり込む。
「マサさん、あれ!」
「あ、あれは……ッ?!」
女子高生だった。
それも物凄い美少女な女子高生だ。
顔だけでなく、スタイルも人目を惹くほど豊かなものを持っている。
あれほどの逸材、ナンパしないほうが失礼と言わんばかりだ。
その覇気も類を見ないくらいの逸材だ。
先ほどのメスガキに勝るとも劣らないほどだ。
おいおい、マジかよ、くそっ!
「行こ、咲良ちゃん、根古川さん!」
「お、大橋さん、今何をしたの……?」
「待って、小春ちゃん!」
通行人の多くは、よくあるナンパの風景だといった感じの様子だった。
特に誰も気にも止めていない。
あるとすれば、ナンパ野郎に対する嘲笑くらいか?
「マサさん、あの子……」
「気付いたか?」
「おっぱいすげーでかかったっすね!」
「……」
いやいや、気にするところはそこじゃないだろ?!
あの覇気を――
「か、勘弁してください!」
「無茶です!」
「一体その情報をどこで……ッ」
「くすくすくす、じゃあこれを公表してもいいんだぁ?」
ヒョォオオォオオォッ――
「うぅっ……」
「せ、せめて納期を……ッ」
「そ、そのデータはこちらに渡してくれるんですよね?!」
「ッ?!」
またもや覇気だった。周囲を底冷えさせるような冷気の覇気だ。
発しているのは女子高生だった。
ゆるふわな感じのほにゃっとした見た目の美少女だ。
モデルというには小柄だが、それを補って余りあるスタイルと豊かなものを持っていた。
何人かのスーツ姿の男女と一緒に歩きながら、何かしらの交渉をしている。
人に言えない相談や交渉は、繁華街で歩きながらするのが基本――その女子高生が話のイニシアチブをとり、強者が持ちうる特有の覇気を発していた。
さっきのメスガキやあの女子高生に匹敵するような覇気だ。
あれは交渉とはいえないな……スーツ姿の男女は、まるで冬眠明けの気性の荒い熊に遭遇したみたいになっている。
くそ、この街は一体どうなってるんだ?!
「マサさん、あの子も……」
「あぁ……」
「おっぱいすげーでかいっすね!」
「……」
いやいやいや。
そうじゃない、そうじゃないだろ?!
「マサさん! 馬鹿どもがのんだくれのやつと一緒にカタギの奴に絡んでます!」
「なにっ?! 案内しろ!」
くっ!
考えるのは後だ。
オヤジに言われたのは、宍戸を平らげ裏社会の安定化を図ることだ。
オレ達の統率が出来ていないと、話にならない。
「マサさん、あいつです!」
「なっ……?!」
目の前にいるのは高校生のガキだ。
どう見てもただのガキだ。
だというのに、そのガキの目の前の光景が理解できなかった
「手が……手がぁ……ッ!」
「嘘だろ……腰が……ッ!」
「何で……肩と足が……何で……ッ!」
「…………」
先ほどメスガキに絡もうとしてた奴だけでなく、何人か見知った部下たちが地面に転がっていた。
1人や2人とかそんな数字じゃない。20人近い部下たちが地に伏して呻き声を上げていた。
あれ、何かどこか恍惚とした表情をしてるような……?
と、とにかく、その惨状を作り出したガキは、ゆらりと駆けつけた俺たちを、何か品定めするかのように見据えていた。
「これをお前がやったのか?」
「……」
「おい!」
「……」
目の前のガキからは、覇気というものは感じられなかった。
ただただ、あるがままの自然体――それが逆に不自然で仕方がなかった。
「ねぇ、キミ達は何者だい? どうして私達の邪魔をしてるんだい? 邪魔をすると言うのなら……容赦しないよ?」
「ッ?!」
そして何より、オレ達を睨む後ろの女の覇気がおっかなくて仕方が無かった。
例えるなら触れてはいけないもの――そう、龍の逆鱗に触れ暴れだしたかのような人智を超えた覇気だ。
アレと関わってはいけない。宥めて逃げ出せと本能が警告してくる。
メスガキをはじめ、この地にいる女はちょっとおかしくないか?!
「いや、すまねぇ。カタギのモノには手を出すなと言っているんだ。だから――」
「歪んでいる」
「――え?」
「秋斗君?!」
一瞬の出来事だった。
あまりの速さで動きは見えなかった。
その鋭い突きはオレの肩――先の抗争で傷を負った場所を的確に打ち抜いた。
「あっ、がっ、あぁああぁあああぁぁあっ!!!!」
まるで中枢神経を破壊されたかのような激痛が走る。
肩が痺れ、全く動けなくなった。
だがそのガキは悠然とオレに近づき腕を構える。
……くそっ!
「まだまだ歪んでいる――肩、腰、ふくらはぎ……」
「なっ、ぐっ、がはっ、いたっ、くぅっ、があぁあああぁああぁあぁあぁっ!!」
「ま、マサさん?!」
「だ、大丈夫ですか?!」
「おいガキ、お前何を?!」
次々とオレが抗争で負った古傷を的確に打ち抜いていった。
不死身のマサなんて呼ばれているが、本当に不死身なわけじゃない。
無茶をした代償は古傷となってオレに刻まれていた。
それを的確に打ち抜くとは、こいつ一体……ぐうっ!!
ダメだ、あまりの激痛に叫び声を上げる事しかできない!
「お前らどうして?!」
「離せよ! マサさんがどうなってもいいのか?!」
「いいからあのガキにやらせるままにするんだ!」
「よくわからないが、健康の為に身を任せるんだ!!」
「「「はぁっ?!」」」
どういうことか、あのガキにやられたと思しきオレの部下たちが、何故か後からやってきたオレを助けようとする部下たちを制止していた。
な、何故?! まったくもって訳が分からない。
的確に打ち抜かれた古傷は全部で14。オレが参加し、抗争で負った数と全く同じだった。
オレはここまでなのか……?
ガキがゆっくりと振り上げた拳は、まるで天蠍がその尾をオレに向けているかのようだ。
そしてオレの心臓目掛け、15発目の衝撃が打ち抜かれた。
目の前が真っ赤に染まる真紅の衝撃だった。
「がっ……あ……? ……え? あれ? なんで……?」
「マサさん!」
「マサ……さん?」
「え? あれ?」
オレは激痛の中、死を覚悟した。
だけど、次の瞬間感じたのは、天にも昇る様な身の軽さだった。
全身に血が駆け巡り、身体もぽかぽかあたたかくなっていく。
痛みに悩まされた古傷が熱で溶けて消えたようだ。
まるで若返ったかのような錯覚に陥る。
な、なにがどうなってるんだ……?
目の前のガキは慈悲に溢れた、それでいて何かをやり遂げたかのようなイイ顔をしていた。
「秋斗君?!」
そしてフラリとよろけ、背後に居た高校生の女に支えられていた。
……
まったくもって訳がわからない。
「おい、なにやってるんだ、あんたら! 早く逃げろ!」
「ベストコンディションになった強者……その匂いをかぎ分けないはずがない!」
「餓狼と遊びたくなければ早くここから去るんだ!!」
「え?」
「なんだおめぇら?」
困惑していると、道着姿のガキ達が何故かオレ達を追いやろうとしていた。
見るからに、この惨状を作り出したガキは戦える状態ではなくなっている。
一体どういう――
「くそ、夏実様がすぐ近くまで……っ!」
「おい、早く! せっかく健康になったんだろ?!」
「あんたらは一体……ッ?!」
「惨状って、今のは……?」
「あはっ♪」
「「「「っ?!?!」」」」
現れたのは小さな体躯に豊かな胸を揺らした童女――そいつは先程オレに恐怖を植え付けた、強者に飢えた狼だった。
「おじさんたち、さっきと違って凄く調子がよさそうですね……さぁ、遊びましょう♪」
◇ ◇ ◇ ◇
オレはマサ。
鬼束組の不死身のマサなんて呼ばれている。
この業界ではちったぁ名が知れていると自負していた。
だが、今日一日でその名前とプライドはズタボロにされてしまった。
あの後、身体もズタボロにされたオレ達は、這う這うの体で帰路に着いていた。
「……帰って報告しないとな――宍戸の地は平らげられないと……オヤジの命を背いてしまうことを」
「マサさん!」
「本当に言うんですか?!」
「この事を言えばオレらもどうなるか……ッ!!」
「うるせぇ、黙れ!!」
「「「ッ!!!」」」
いくら繕ったところで、オレ達は屑だ。
屑には屑のルールがある。
屑が蔓延る世界には化け物がおり、そのルールは簡単だ。
強いものが正義。
ただそれだけだ。
既存のルールを曲げてしまうモノ――それが化け物だ。
だから化け物であるオヤジは、屑が堕ちた外道しか相手にしないと言うルールを課していた。
しかし、今日一日でオヤジに匹敵する様な化け物と大量に出会ってしまい――その価値観が揺らいでしまった。
「あぁ、わかっている。宍戸を平らげろってのがオヤジの命だ……しかしあそこは強大な化け物が支配する修羅の街だった――あそこには手を出してはいけない。そっと見守り、友好的に接したいものだ」
「でもマサさんそれは……」
「あれは化け物だ……オレらにはとても手が……」
「くっ、オヤジになんて言えば……ッ」
皆の瞳にはまだ戸惑いがあった。
彼らを預かる身として、ここは一つ心を纏めねばならないな。
「やれやれ……化け物はルールを、理を作る。オレ達は確かにオヤジからそのルールを、侠の道を極めることを学んだ。だけどもう一つ、今日学んだことがあるだろう? それをオヤジにも伝えるんだ。なぁに、きっとわかってくれるさ」
一つ確かなことがある。
初めてオヤジ以外の化け物に接して、悟ったことがある。
この事をオヤジに言えば……呆れられてしまうかもしれないが、きっと分かってくれるに違いない。
オレはニヤリと獰猛な笑みを浮かべると――皆も同じような笑みを返してくれた。
ははっ!
なんだ、お前らも気持ちは一緒か!
さっき垣間見た真理を共に叫ぼうじゃないか!
「「「「夏実様、万歳ッ!」」」」
オレ達は声を揃え、拳を天に突き上げた。
夕日にスーツ姿の男たちが笑いながら消えていった。
おかげさまで100話になりました( ´艸`)











