第99話 お嬢様初めての交遊⑥ 化け物のルール・前半 ☆不死身のマサ視点
隣の都市の勢力の鬼束組若頭、不死身のマサ視点になります。
宍戸の街の裏手に、怒声が響き渡っていた。
怒声を上げているのは、40代中ごろの派手なスーツ姿の男。
顔にいくつもの切り傷が見え、見る人が見れば相当に鍛え上げられているのがわかるだろう。
「カタギには手を出すなって言っているだろうが!」
「ふげっ!」
彼の怒声と同時に、如何にもヤンチャしていますと言った格好の若者が吹っ飛んだ。
そして彼を着崩したスーツ姿の男達が取り囲む。
明らかに私刑といった光景だ。
「だって、あいつら舐めた口を! オレを、鬼束組やマサさんをコケに……ッ!」
「はぁ……」
オレは大きくため息をついた。
こいつは宍戸で声を掛けたチンピラだ。
奇抜な髪に刺青、そして奇妙な格好。
恐らく社会のはみ出し者なのだろう。
「お前、親や兄弟はいるか?」
「そ、そりゃあ……あ、でも親父は普通のサラリーマンでつまらねぇっていうか! ばばあなんて、オレを舐めてるのか、2~3発殴るまで金渡さなくって!」
「そうか」
だめだ、こいつ全くわかってない。
はみ出し者だと思っていたが……なるほどどうして、ただ色々と拗らせただけの奴のようだ。
「おい、可愛がってやれ」
「「「うすっ!」」」
「え、な? マサさん、嘘ですよね? あがっ、ちょ、やめ……ッ」
彼を取り囲んでいたスーツ姿の強面共が一斉に暴行を加えだす。
教育的指導って奴だ。
ここでトラウマに残るほどきっちり指導して、心を折る必要がある。
こいつはいわゆる甘ちゃんだ。
ぬくぬくと育てられ、反社会的だとかそういったものに薄ぼんやり憧れただけの馬鹿野郎だ。
だから――ここで心を折られても帰る家がある。受け入れてもらえる。
そして、もう二度とオレ達のような日陰に近付かないだろう。
これは彼の為でもあった。
おっと、オレはマサ。
鬼束組の若頭、不死身のマサと言えばそれなりに名が通っている。
オレは親にも捨てられ、養父にも裏切られ、しまいにゃ施設の職員に売り飛ばされそうになったところを、先代鬼束のオヤジに拾われた。
『俺も屑だ。屑が屑と間抜けを食い物にするのは構わねぇ。だが、ガキと女を食い物にする奴だけは許せねぇ』
オレはそんな侠を魅せられた先代オヤジに憧れて、杯を交わした。
鬼束組はいわゆるはみ出しものの集団だ。
だが、はみ出し者にも秩序が必要だ。
ああ、わかってくれとは言わない。
なんだかんだ言ったところで、ゴロツキ共を力や恐怖で統制しているだけだ。
理解に苦しむのは承知している。
ただ、こちらにはこちらの理というのが存在している――それだけをわかってくれ。
その中でも鬼束は侠道とも言えるモノを実践している組だ。
必要悪――なんてオレは思っている。
先日、宍戸を牛耳っていた銀塩が壊滅したらしい。
あいつらは女や薬を売り物にする外道だった。
だが、そんな外道が屑どもをまとめ上げていたから、一般人への被害が少なかったという側面もある。
そして銀塩なき今、ここ宍戸の地はある種の無法地帯になっていた。
屑は屑の中でしか生きられねぇ。
ま、そんな屑を拾い上げに来たのがオレってわけだ。
「も、もぅゆるひて……」
おっと、アイツらやり過ぎだな。
顔はほどほどにしとけよ。
「オイ、そこまでだ」
「うぃっす」
「マサさんに感謝するんだな」
「うぐ……どうして……マサさんどうして……」
ははっ、さっきと違って随分男前になってるじゃないか。
あばらが何本かイってるが……手足は骨折までいってないな。
これなら痛みはあるが、日常生活する上では問題あるまい。
よしよし、いい塩梅だ。あいつらも分かってる。
こいつももう、オレ達と関わろうとしないだろう。
最後にもう関わるなよ、と言う意味を込め、ペッと彼の顔に唾を吐いた。
「マサさん! 向こうでもナンパして揉めてる馬鹿が!」
「チッ、案内しろ」
まったく……宍戸は馬鹿というか、言う事を聞かないヤツが多いな。
鬼束の事があまり知られていないのか、軽んじられているのか。
抑止力になっていないな。
だからこそ、早く宍戸を平らげて一般人に迷惑かけないよう教育しなければ。
「あれです!」
「ほぅ?」
チンピラが3人、メスガキに絡んでいた。
随分ちっこいな。小学生……いや、制服着てるから中学生か?
おいおい、勘弁してくれよ! ったく、複数で囲んでガキで女に手を出すとは救いようがねぇな!
まぁあのちんまい身体で反則的な胸、発展途上といった将来性のある顔立ち……わからなくもないが。
「おぅ、嬢ちゃん怖い思いさせて悪かったな。俺に免じて許し――」
「あはっ♪」
「ひぎっ!」
「ぎゃぁっ!」
「も、もう許し……へぶぁっ!」
「――て?!」
ヒュッ、と風切り音が鳴った。
ふわりとそのメスガキのスカートが舞う。
その瞬間、馬鹿共が宙を舞いオレの方まで吹っ飛んできた。
よく見れば3人ともボロボロだ。
しかし、絶妙に立ち上がれるくらいに加減されていた。
まさに遊ばれていると言った体。
……
なんだ一体?
あのメスガキ、何をやったんだ?
最新の防犯グッズか何かか? 聞いたことねーぞ?
「マサさん、助けて下さい!」
「あのガキ、えらく強くて……」
「くそぅ、あの坊主め、変なのをけしかけやがって……ッ!」
馬鹿どもはすっかり心を折られていた。
ちんまいメスガキにすっかり怯え、オレに助けを乞い足に縋る。
滑稽以外の何物でもない光景だ。
おいおい。
オレをからかってんじゃ――
「あはっ♪」
「ッ?!」
スパァンッ、と乾いた音が鳴った。
メスガキの拳を受け止めた手が痺れる。
痛ぅ――おいおい、マジか。
木刀や鉄パイプを受け止めた時だって、これほどの衝撃じゃなかったぞ?!
「お兄さんたち、遊ぼうって言ってきた割りに全然遊んでくれないんですよ」
「……そいつぁ悪かった」
「おじさんは相手してくれるっすか?」
「ガキと遊ぶ趣味はねぇんだが」
「えぇ~」
「ッ! ぐぉっ?!」
拳は受け止めたままの状態だった。
だが、オレは吹き飛んでしまった。
たたらを踏み、なんとか体勢を崩さず拳を構えた。
拳を構えたのは、数々の死線を潜り抜けてきた防衛本能からだ。
「遊んでくれる気になったっすか?」
「……そんなんじゃねーよ」
間違っても、このメスガキとやり合う為じゃない。
一体今何をされたんだ?!
足を一歩踏み込んだかと思えば……
こいつはやばいと、オレの勘がピリピリ伝えてきやがる。
抗争で単身で30人いる相手のビルに突っ込んだ時よりも嫌な予感がしている。
この凄み、全盛期のオヤジに匹敵するやも――
「大丈夫ですか、マサさん!!」
「このクソガキ、何やってんだ?!」
「おい、全員で囲め!」
「大人の怖さをこいつに教えてやらんとなぁ!」
「おい、やめろ!」
「あはっ♪」
ヒュンッ、と風が駆け抜けた。
「うがっ!」
「ふぎっ!」
「だばっ!」
「げはっ!」
またしてもふわりとスカートが舞ったかと思えば、スーツ姿の強面達が地に伏した。
その動きは全く見えなかった。
倒れたやつも、何をされたかわかっていないだろう。
くそっ、一体このメスガキは何者だ?!
銀塩が潰れたことと何か関係があるのか?!
「う~ん、この程度だと倍の数がいてもご主人様の指先程にも及ばないっすねぇ……」
準備運動にもならない……そう言いたげな表情でつまらなさそうに吐き捨てる。
おいおい、これほどの事をやっておきながらもっと上がいるっていうのか?
誰だかわからないが……きっと銀塩を壊滅させたのはそいつに違いない。
オレの直感がピーンときた。
「おじさんなら、もうちょっと頑張ってくれそうっすかね……鬼束組の不死身のマサさん?」
「なッ?!」
オレを知っているだと?!
「お前、ただのメスガキじゃないな……何者だ?」
「自分っすか? 自分はただのペットっすよ」
「ペット……?」
「そう、ペットっす」
そう言って、まるで自慢するかのように首につけたチョーカーを見せつけ……いやチョーカーだよな? どう見ても犬が付けてる首輪に見えるが……
ていうかペット? 何この化け物じみたメスガキを飼ってる奴がいるってのか?! どんな頭のネジが吹っ飛んだやつだよ、そいつは?!
ゴォオォオォォ――ッ
「ッ?!」
「むぅ?!」
その時、どこか近くで気とも言えるものが急激に膨れ上がるかのような音がした。
あまりの気迫が質量を持ち、まるで突風のように身体を叩きつけられるかのようだ。
「もぅ、先輩ったら何か楽しそうな事してるっすね!」
仲間外れはイヤっすよ――そんな事を言いながら、オレへの興味をなくしてそちらの方に向かって行った。
助かっ――
――馬鹿か、オレは!?
何と思おうとした?!
相手は中学生のメスガキだぞ?!
「くそ、あの女何なんだよ!」
「アイツにけしかけられ……そうだ、アイツだ、アイツのせいだ!」
「アイツをボコんなきゃオレたちの気が済まねぇ!」
脅威がいなくなった途端、馬鹿共はコロリと態度を変える。
そして、配下の誰かを伴いメスガキをけし掛けたやつを探そうとする。
おいおい、どう考えてもそいつがご主人様じゃないのか?
関わりたくないが、鬼束組が舐められるのはよくない。
それに宍戸を平らげろというのは隠居した先代オヤジからの命だ。
ああ、もう、くそっ!
「さっきのメスガキを探せ!」
「「「へ、へいっ!」」」
ああ、そうだ。
銀塩が潰れたってことは、潰したやつがいるってことだ。
どうやら厄介な街らしいな、宍戸は!
後半に続く











