第98話 お嬢様初めての交遊⑤ ゴミが気になるお年頃
駅から少し離れたところには緑地公園がある。
地方都市ゆえに土地が余っており、その規模はかなり大きい。
祭りやイベントの舞台としても使われることが多い。
駅前の喧騒からは切り離され、静かで穏やかな場所だ。
ここでゆっくりしながら2人で話すには丁度良い場所だろう。
おそらく中西君と根古川さんもここで2人で対話をするに違いない。
ベンチに腰掛け辺りを見回せば、思い思いに過ごす穏やかな人々が見て取れる。
景観も良いのでジョギングで走りこむ人や――あれ、なんかその辺で座り込んでいる人が多いな?
犬の散歩に連れてきている人――もなんか、芝生に寝転がってるな? 犬? 何か尻尾丸めてヘタってない?
ボール遊びをしている子供たち――の何人かはギャン泣きしてるな?
ていうか、柔道着姿の連中が動き回っているのも見え――あいつら何か妙なことやってないだろうな?
まさかね、と首を振って隣に目をやれば、結季先輩が前のめりで本を読んでいた。
「なっなっなっなっ!! こ、これは女子同士で――ふぇぇぇ、おにゃのこなのに、こんなに可愛いのに付いてるぅっ?!」
百合のような白い肌を薔薇のように紅潮させ、頭の上からはシュゥーっと湯気が出ていそう。
あぁうぅ、はわぁあぁっ、ふぇええぇっと声を上げるたびに木の葉が揺れて犬の遠吠えや子供の泣き声が聞こえる。なにこれすごい偶然。
読んでいるのは、ここに来る前小春に押し付けられた漫画だ。
表紙は可愛らしい女の子が2人きゃぴきゃぴ抱き合っているものだったが……それほど真剣に見てしまうものなのだろうか?
小春がお勧めしてくるってことは、女子の間で流行っているものなのかもしれない。
結季先輩がこんなに興奮したり、顔を赤くしたり、鼻息荒くするくらいだから面白いのだろう。
ちょっと……うん、あまりのリアクションにこっちが戸惑ってしまうけど。
もしかしたら箱入りのお嬢様過ぎて、あまり漫画を読んだことがないのかな?
きっとそうに違いない。
とにかく、よかった。
実はかなりドキドキしてたりした。
やってることは待ち合わせて普通に買い物に行って、公園でぶらぶらしてるだけ。
だけど相手は誰もが知るお嬢様、龍元結季先輩だ。
つい勢い余って遊びに誘ってしまったが、これでいいのか自信が無かったのだ。
一緒に居るうちに、昔からの友人の様な感覚に陥ったりもしたけれど……
不思議な人だ。
あと、色々見ていて楽しい人だ。
今でも漫画一つでここまで表情を変えるのは、見ていて本当に面白い。
楽しい時間を過ごしてくれてなによりだ。
「こ、こ、ここ小春くんはこういうのを好んで読んでるのかい?!」
読み終えたのか、閉じた漫画を持ってわなわなと震えていた。
初めて読むジャンルで感銘を受け、まるで新たな扉を開いたかのような表情だ。天啓を授かったと言ってもいい。
「そうみたいだな。もしかしたら咲良ちゃんのお勧めかもしれないけど」
「~~ッ、東野くんのっ?! 俺ケダといい……あ、秋斗君はこういうのをどう思うんだい?!」
「好きなら別にいいんじゃないですか?」
別に誰かが迷惑を被るわけでなし。
そういや、さっき結構ハードな乙女本が好きだとか言ってたっけ?
あれはうちで見たことがあった。
確か小春が咲良ちゃんから借りてきたんだっけ? さすがに初めて見たときはビックリしたけど。
しかし俺達が紳士本を嗜むように、乙女が嗜む為の本と考えれば納得だ。
……まぁ大っぴらにするのはどうかと思が。
「い、いやおかしいとは思わないのかい?! 自然の摂理に反しているというか、じ、自分でも変だというか……ごにょごにょ」
「でも好きなんでしょう?」
「それはっ! そうなのだが……け、軽蔑したりしないかい?」
「ははっ、しませんよ」
「~~~~ッ! そうかいっ!」
身近にいるのも似たような趣味だし?
結季先輩は嬉しいのか、困ったのか、目や口元はニヤついているのに、眉毛だけはおでこに寄っている。
感情を持て余してどうすればいいのか、手で漫画の紙袋をクシャクシャもじもじしていた。
どうも、いっぱいいっぱいになると子供っぽくなる所がある。
「あっ!」
「おっと」
どこかで力加減を間違えたのか、丸まった紙袋が飛んでいってしまった。
取りに行こうとする結季先輩を制止して、それを追いかける。
ついでに周囲を見渡すと、ゴミが多く落ちているのに気が付いた。
たばこの吸い殻に空き缶やペットボトル。他には新聞紙や雑誌、食べ物の包装やビニール袋など。
宴会でもしたのかという有様だった。
ううむ、整然としていないのは気になるな……
そう言えば治安がどうこうってのを耳に挟んでたっけ。
「おめー、今オレに向かってごみ投げたな? ヒック」
「え?」
丸まった紙袋を拾おうとしたとき、グシャリとそれを踏みつぶされた。
顔を上げて見てみれば、胸元を大きく広げた紫のスーツの男性。鎖の様なネックレスにサングラス。どう見てもヤから始まる人だ。
手には飲む福祉を持っていて顔は赤い。どう見ても出来上がってる。
う、これは関わりたくはない。
「そんな事は……気に障ったんなら謝りま――」
「兄貴! こいつです!」
「オレ達に急に喧嘩売ってきたんすよ!」
「シメちゃってください!」
「あぁん?」
だが、誤魔化すことは許されなかった。
どこかで見た男たちがやってきて、俺にヤの人をけしかけようとする。
あれは……駅前で結季先輩をナンパしようとしてた奴か?
なんてこった、タイミングが悪い。
それにしても随分ボロボロな気が……
「はぁあぁぁあ?! お前、オレの大事な舎弟を随分可愛がってんじゃねーか?!」
「いや、ちがっ!」
「秋斗君っ!」
事態に気付いたのか、結季先輩がこっちにやってこようとする。
これはまずい。
結季先輩は美少女だ。
もしヤの人なんかに目を付けられたら、どうなるか分かったもんじゃない。
「ごめんなさいっ! どうかここはひとつ、許してくださいっ!」
「あぁぁん?!」
なりふり構っている場合じゃなかった。
とりあえずその場に土下座した。
それはもう、ものすごい勢いで。
見た目はあれだが、土下座と言うのは人目を引く。
これで結季先輩じゃなく俺に意識が行けばいい。
「はっ! コイツラを一蹴したって聞いたけど、とんだ腑抜けじゃねーか。ヒック」
「兄貴、これ俺たちに任せて貰ってもいいっすか?」
「小学生みたいな女にコケにされ……いや、ちょっとむしゃくしゃしてんですわ」
「遊んでくれるよな、あぁん?」
「あ、秋斗君! 君がそんな事をする必要は……ッ!!」
「大橋さんっ?!」
「うそだろ?」
「どうして?!」
結季先輩の息を飲む音がする。
ヤの人達が驚き、嘲ろ吹き出す音も聞こえる。
そして柔道部員の聞きなれた声が……あれ?
「あ~、白けた。ちょっとは骨のあるヤツだと思ったのによぉ~。まぁいいや、誠意に対してこれをくれてやんよ」
「くっ!」
ヤの人は興味は無くなったとばかりにため息をついた。
そしてツマラナイ奴だとばかりに手に持っていた飲む福祉を土下座する俺の頭にドボドボとぶっかける。
はぁ、どうしてだろう?
今日はせっかく結季先輩を遊びに連れ出して、楽しんでもらっていたというのに。
「ぎゃはは、見てみろよあいつ!」
「おぅおぅ、坊やにはそれはちょっと早いんじゃないでちゅかー? みるくのほうがいいんじゃないでちゅかー?」
「ガキが調子にのってるからこうなるんだよ!」
どうしてこんな奴らがのさばっているのだろうか?
今まで楽しくやっていただけに、なんだか気分が悪くなってきた。
頭に欠けられた福祉の匂いが鼻にツンとくる。
さらには噎せ返る様に喉の奥を刺激され、飲んでいないのになんだかお腹がムカムカしてきた。
「大丈夫かい、秋斗君?! こんなやつらに頭を下げる必要なんてないよ!」
「おいおい、あの時の美人ちゃんじゃないか」
「ひゅ~、彼氏を庇ってるの? ケナゲ~!」
「でも、そいつが無事で帰るためには俺たちに付き合ってくれないと……わかりゅ?」
「おぃおぃ、上玉じゃねーか、オレが1番だぞ」
「何を、この外道ッ!」
あーもう、こっち来ちゃダメじゃないですか、結季先輩。
気付いてますか?
こいつら、変な肩をいからせた歩き方をしているせいか肩や足の筋肉が変に凝り固まってたり、福祉の過剰摂取で内臓とかが機能不全で歪みが出ていてめっちゃ気になるんすよ。
「おい、起き上がれるもので連携を組め!」
「大橋さんと龍元先輩の間に入れ!」
「目か鼻のやつはいるか?! 連絡に走れ!」
「先輩、それ何の遊びっすかぁ? 自分も混ぜて欲しいっすよぉ~」
あーもう、どうして皆もこんな所に来ているのかな?
せっかく皆を捲いてきたと思ったのに。
中西や夏実ちゃんの姿も見えるじゃないか。
とりあえず、これだけは言っておかないと。
「気になった事を言おうと思う」
「おいおい、勝手に立ち上がってんじゃねぇよ。今からお楽しみを這いつくばって見て貰わないとなぁ!」
「秋斗君?! どうし――」
「結季先輩、良い体幹をしている……小春と違って肩の凝りもなく筋肉の凝り具合も――綺麗だ」
「なっ!? なっなっなっなっ、わ、わわわ私が綺麗?!」
「それに比べ――」
ヤの人達、ろくな健康習慣が無いんだろう。
あちこち歪になっている。
まるで公園の景観を乱すゴミの様だ。
「歪みを矯正しなきゃ」
「なぁっ?! 誰がゴミだって?!」
「てめ、また喧嘩売ってんのか?!」
「ふざけやがって!」
「おいおい、ごめんなさいって言ってた土下座野郎が調子のってんかぁ?!」
福祉の匂いが俺の意識を蝕んでいく。
そこで俺の意識は暗転した。











