第97話 お嬢様初めての交遊④ こういうのが好み! ☆中西君視点
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今回は根古川さんと戦争と言う名のデートに挑む中西君の視点になります。
俺は中西。
夏実様に仕える忠実な群れの一員だ。
群れとはすなわち夏実様に成り代わり、手足の様に動く組織。
最初は20人ほどだったのだが、現在その数は200人を超えた。
内訳は、柔道部と剣道部を頂点とする宍学部活連合約100人。鎌瀬高柔道部を中心とした約40人。そして剛拳心友会の有志約60人。
それだけじゃなく、龍元家の御庭番衆とも連携している。まぁこちらは外部の協力体制にあるだけだが。
しかし、一体どうしてこうなったのか?
3ヶ月前までは想像すら出来なかった。
人生わからないものだ。
発足当時に比べてあまりにも組織が肥大化した為、命令系統の整備が急務だった。
思い通りに動かない手足なんて、邪魔なだけだろう?
そんなわけで、拳姫四天王という役職が作られた。
夏実様の意を汲み取り、スムーズに行動する為にだ。
我々の意識は一つに統一され、個になり、夏実様のために動く。
それは形容のしがたい高揚と一体感をもたらし、団結力と個人を超えた力を生んだ。
俺たちは悦びの中に居た。
だが俺はここのところ、ある少女のせいで、その悦びが掻き乱されている。
大体彼女は一体どういうつもり――
「おい、中西! どうした、ボーっとして?」
「っと、悪ぃ」
いけない。
今は群れ会議の最中だった。
俺は拳姫四天王という身に余る光栄な地位を頂いている。
皆の模範となるべき立場だ。
それに今は、龍元家の御庭番衆から不穏な情報が伝えられていた。
無駄な事を考えている場合じゃない。
「続き、よろしいでしょうか?」
目の前では、随分と顔見知りになった百地忍嬢が居た。
ボードに資料を貼り付けて説明してくれている。
理路整然とした喋り口と、写真を多用した映像資料で非常にわかりやすい。
「つまり宍戸の街は緩やかにですが、確実に治安が悪化していっています。表面的には不良や暴走族といった若者たちがタガを外しているのが顕著かと思います」
「そういえば、最近繁華街でオラ付いてる奴が多かったな。一撃で退散する骨が無い奴らばかりだけど」
「バイクを受け止めるのは流石に骨だったかな」
「木刀やナイフより、スタンガンがやっかいだったっけ」
「裏の目に見えない所では、外部から鬼束組といったヤクザが――」
そういえば最近、ガラの悪い連中が繁華街にたむろしてることが多かったな。
夏実様や大橋さんが後れをとるとは思えないが……もし根古川さんが襲われたりしたら大変な事になるんじゃないか?
……
くそっ、まただ!
先ほどボーっとしてたのも根古川さんの事を考えていたからだ。
最近、彼女には振り回されてばかりいる。
今まで夏実様とブルマーで埋まっていた頭の中が、にわかに彼女に侵食されつつある。
彼女の事を考えると、鼠径部を締め付けるぴちぴちのブルマーの様に、オレの胸も締め付けられる。
この感情は一体……
初めて夏実様の気に当てられた時の絶望や畏怖とも違う。
初めて大橋さんの御業を目の当たりにした時の憧憬や感動とも違う。
苦しさと共に高揚感もあり、どこか懐かしい気持ちは――何かが心に引っかかった。
「ところで、夏実様はどこへ?」
「それが部活の後、駅前で大きな気を感知したといってお散歩に」
「なんだって?!」
「何故早くそれを言わなかったんだ?!」
「大きな気とか穏やかじゃないぞ?!」
「そ、それが新入りが文字通りお散歩だと思っていたみたいで……ッ」
会議室が大きくざわめき始めた。
皆の顔に動揺が走る。
夏実様のお散歩。
これは我々にとって大きな意味を持つ。
文字通り散歩をしていると考える、暢気な者は誰もいない。
『自分、ちょっとお散歩に征ってきます!』
そう言って出掛けた後、銀塩が壊滅した。剛拳心友会が傘下に下った。"獣"絡みの殺し屋と戦うことになった。
お散歩といえば血と暴力と惨劇。それらと切っても離せない。
こうしてはいられない。
誰からともなく、席を立ち上がり動き出した。
「"目"と"尾"に連絡を取れ!」
「"爪"と"牙"は先行して駅前へ!」
「拳友会は既に向かっているそうです!」
「御庭番衆は街を出る道を通ったかどうかの情報を!」
流石だ。
数々の試練を経て、皆為すべき事が分かっている。
指揮するものがその場に居なくとも、誰しもが一つの目的に向かって行動する。
この一体感、やはり何事にも代えがたい高揚だ。
速やかに数人ずつのグループが結成され、割り当てられた場所での捜索に乗り出す。
オレ達は駅前周辺の担当だ。
根古川は電車通学と言っていた。
もし万が一彼女に何かあれば――
「おい、突出し過ぎだぞ、中西君!」
「中等部のやつが息切れしている」
「焦る気持ちは分かるが、周囲にも合わせてくれ」
「……もげろ!」
「……ッ! すまない」
くっ! まただ!
やはり、ここ2~3日のオレは明らかにおかしい。
根古川の事を考えると動悸が激しくなり、手に汗をかき、感情を制御出来なくなる。
特にデートの日取りを決められてからは、それが顕著だ。
寝ても覚めても根古川のぷんすかと不機嫌そうに頬を赤くした顔が脳裏にチラつく。
そして、学校でもいつ顔を合わせるかどうかを、やたらと気にしてしまう。
どうしようもなく、期待と感情、そして一握りの恐怖に似たようなものがオレを苛ませていた。
あぁ、おかしくなっているオレに気付いてるのは周囲もだ。
柔道部員たちからは生暖かく見守る様な、そして殺意にも似た闘志をぶつけられているのに気付いている。
不甲斐ない姿を見せているのはわかっている。
根古川。高等部1年陸上部の女子。
体格こそ小柄だが、しなやかで鍛えられていた肢体をしている。
特に彼女の足は、愚直に走るために鍛えられているのが分かる。努力を欠かさぬ性格がにじみ出ている。
だが戦いに関しては素人だ。
もしどんな形式であれ1対1で戦えば、必ずオレが勝つだろう。
それは根古川も分かっているはずだ。
だけど、いつもオレと会う時の彼女は、どこか挑戦するような、恐れを抱きつつもオレに向かって真っ直ぐな眼差しを向けていた。
それでいて、失敗を恐れない意志の強い眼差しで、汗を拭けとタオルを投げつけ、水分を取れとスポーツドリンクをけし掛ける。
あれは諦めを知らない目だ。一途に意志を貫き通す目だ。
きっとオレはその目に、やられてしまったのだ。
心技体。
彼女はその全てをもってオレに挑んできていた。
その心をぶつけられ、どうしようもなく高揚する事が、心地よいとさえ感じてきてしまっていた。
今も、彼女に何かあれば……という気持ちから、足早になってしまっている。
……
認めよう。
オレは彼女を同格の相手として認めてしまっている。
認めてしまえば、なんていうことはない。
その全てに説明がついてしまう。
苦しさと共に高揚感もあり、どこか懐かしい気持ち――ああ、これは初めて試合に臨んだ時と一緒だ。
勝てるか、勝てないか……早く戦いたいようなそうでないような……久しく忘れていた、期待と恐怖が入り混じった高揚感。
そうだ。
オレは根古川とデートすることを愉しみにしてしまっている……ッ!
あぁ、ダメだ! 口元がにやけて――
「っと、また彼女の事を考えてるのか?」
「中西君、今はやるべきことをやろう?」
「もげろ!」
「っと、すまない。戦いを前に気が昂ぶ――」
「~~~~~~~~ッ!!!!」
「「「「ッ?!?!?!」」」」
ゴゥッ、と。
何か、ものすごい闘気の様なものが駆け抜けていった。
荒々しく、そして挑戦するかのような気だ。何かを試すかのような気だ。
例えるなら、逆鱗を曝け出して強敵に挑む暴れ狂う龍。
『この覚悟を受け止めてみろ! 刺し違えてでも貴様を倒す!』
それほどまでのような、悲愴な覚悟と期待感に満ちた気だった。
根古川さんがぶつけてくる闘気にも似ているような――
「な、何か今聞こえなかった?」
「気のせいだろう……あれ、足が動かない……?」
「ごめ、肩にもたれかかって……あはは、変だよね、腰が急にぬけちゃったの」
「まま~~っ、まま~~っ、うわぁああぁあぁんっ!!!」
この宍戸の地全てを覆いつくさんばかりの気は、駅前の多くの人を混乱させるのに十分だったようだ。
気を敏感に感じ取ってしまうような人は、立ちながら気絶している人もいたりする。
だから、爆心地を特定するのは簡単だった。
爆心地に近づけば近づくほど、気絶している人が多くなるからだ。
それにしても一体誰が、何のためにこんな気を放ったんだ……?
「この気迫、夏実様にも匹敵……いや、この瞬発力なら上か?!」
「くっ、一体だれが?! まさか夏実様が言っていた大きな気って……ッ」
「おい中等部、気絶するな! あぁ、そうだ。ゆっくり吸うんだ。ブルマーを介して吸った空気は万病疲労にすべからく効く……いい子だ、立てるな?」
オレ達は足にキてる中等部を激励しながら、爆心地へと向かった。
……
そこは、郊外にある緑地公園だった。
季節の花と木が植えられ、スポーツも出来る広場だ。
休日では子供たちがボール遊びをしていたり、ランニングしている人たちで賑わっている。
また、恋人たちが憩いの時を過ごす場所としても人気らしい。
そんなのどかな場所であるはずのそこは、地面と抱擁をかわす人達で溢れるという、異様な光景を演出していた。
地方都市ゆえか、土地は都心部に比べて余裕がある。
樹木が植えられたエリアは木々に覆われ、恋人たちだけでなく、曰くある人達の逢瀬にも使われるという噂が立つほどだ。森と言っても過言ではない規模がある。
そこに1組の男女がいた。
制服姿の女は鬼気迫る勢いで、紙袋から本の様なものを取り出し、男に見せつけていた。
「わ、私実はこういうのが……ッ!」
「「「「ッ!!!???」」」」
再び、ゴゥっと巨大な気が駆け抜けていった。
刺し違えてでもお前を……いや、ちがう。これは、これがダメなら『お前を殺して私も死ぬ!』だ!
圧倒的な気迫だった。あまりにもの覚悟だった。
精鋭である筈の柔道部員でさえ膝をつき頭を垂れ、中等部に至っては気絶してしまっている。
オレだってそうだ。
膝をつき、視線でどうなっているか状況を把握しようとするのに精一杯だった。
「ああ、そういうのが好きな人いますよね。別に良いと思います。ていうか、これを見てください。うちの妹なんてこんなものが――」
そして納得した。
あれほどの気を間近で受けてまで平然としている男――大橋さんだった。
……さすがだ。
それに相手は龍元のお嬢様だった。
なるほどな……
あれ、大橋さんも何か紙袋からとりだして――
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」
その日、特大級の闘気が街を襲った。
大橋さんはそれを軽く受け流していた。











