第96話 お嬢様初めての交遊③ 乙女の伝道師後半 ☆東野咲良視点
引き続き、東野咲良視点になります。
「ふぁあぁぁっ! よしネコグッズがこんなに!」
「確か全種類揃ってるはずだよ」
「……ッ?! お、お小遣いなくなっちゃう……」
根古川さんはキラキラした瞳でよしネコグッズを眺めて興奮していた。
既にお財布の中身と相談し始めている。
よしネコグッズは『よし!』と猫が指差し確認する、ネット発の人気のキャラクターだ。
どうやら根古川さんはよしネコが大好きみたい。
うんうん、目論見とはちょっと違うけど、自分の好きな場所を好きになってもらえた気がして、これはこれで良いよね。
「根古川さん、小春ちゃんの様子見に行ってくるからね」
「うぅぅ、悩む……あ、はーい! 予算は2000円として……」
真剣にお迎えする子を吟味し始めた彼女を微笑ましく思いながら、私はその場を後にした。
ちなみに根古川さんがそうであるように、小春ちゃんもふらふらとどこかへ吸い寄せられていった。
確か紳士本コーナーとかが充実してるフロアだったかな?
小春ちゃんが持つ百合と男の娘という2つの属性は、どちらかというと紳士の領域と被る。
真剣に作品を吟味している紳士たちの中、同じく真剣に吟味する巨乳美少女JK。
……うん、なかなか良い絵になるかも。
むしろ店員が若い女性じゃないとレジに紳士本を持って行かないような、よく訓練された紳士たちなら興奮してしまうかもしれない。
しかし未だそこまで訓練の行き届いてない新兵だと、小春ちゃんに気圧されてゆっくりと吟味出来ないかもしれない。
思いやりというのは大切だ。
一言、忠告しておいたほうがいいかもしれない。
…………
「はっ! どうしてここに?!」
小春ちゃんを探していた筈だったのに、いつの間にか乙女本コーナーに来てしまっていた。
このエリアはある種の独特の空気が漂っている。
まるで芳しい香り(※発酵臭です)が乙女を惹きつけているのように、吸い寄せられてしまった。
無意識とは言え恐ろしい。
だが来てしまったからには新刊をチェックしなければならないという使命感が沸いてくる。
周囲の乙女達も同じ使命感を持っているのだろう。
皆も鼻の穴を大きくしながら、目を光らせている。
彼女達のそのよどみない動きや審美眼は、きっと筆記用具や食卓を眺めただけで瞬時にどちらが攻めか受けかを判断できる歴戦の乙女だというのを物語っていた。
そんな中、初々しい反応をしている1人の乙女が居た。
余程気になるのか、とある本を取っては見て返し、葛藤している様子だ。
あのコーナーは過激な描写が多いエリア……なるほど、迷いを未だ捨て切れていないみたい。
ふふっ、あんな時期も私にあったな……
懐かしさを感じると共に、先達としてこの戦場で戦う為の心得を教えねばならない――そんな使命感に駆られた。
「『俺、ケダモノたちに愛されすぎて困ってます!』それ、良い作品ですよね、龍元先輩」
「ぅひゃぁああぁっ?!」
腰まで伸びたストレートの長い髪、スラリとした均整の取れた身体に、どこか品のある綺麗な顔立ち。
その乙女はこの地なら誰もが知っている名家のお嬢様、龍元結季先輩だった。
私が声を掛けたことに余程ビックリしたのか、奇妙な声を上げる。
ちなみに周囲の乙女達は特にこちらに視線を向けたりしない。
何故ならこのエリアでは、時折あまりの作品の尊さに感極まって気勢を上げる乙女がいるからだ。うんうん、みんな訓練が行き届いてるね。
「ひ、東野咲良君?! どうしてここに――」
「――しー」
おっと! 私は人差し指を当てて、野暮なことは聞くなと伝える。
どうしてと聞かれても、この空気が発する芳しい香り(※発酵臭)に誘われたとしか言えない。
「立ち読みお試し版を読んでいましたね……かなりハードな内容にショックを受けましたか?」
「っ! あ、あぁ……正直、私の中の世界がひっくり返りそうになったよ……」
――俺、ケダモノたちに愛されすぎて困ってます! 通称俺ケダ。
これは獣人の世界に異世界転移したペットトリマーの主人公(♂)が、第一王子(♂)や騎士団長(♂)、公爵であり筆頭魔術師(♂)に妻を亡くした宰相(♂)を虜にしてしまい、愛されまくって困るという作品だ。
ハードかつ淫らな展開で、賛否が別れる作品だったりする。
ちなみに私は肯定派。
龍元先輩は――
「こ、ここ、これは自然の摂理に反しているのではないか?!」
「へ? 自然の摂理?」
「だ、だってその、非生産的というか……ごにょごにょ……」
「どこが?!」
「ひっ?!」
思わず大声を出してしまった。
賛成も反対もなかった。
結季先輩は、未だ真理の扉を開ける前だった。
「はぁ……明らかに産まれていますよね? ……愛が! とても生産的です」
「あ、愛?! いや、でも今まで読んだ深い友情のものとかと……あとどこに入れて……」
「カーーーーッ!!」
「ひ、東野君?!」
ダメだ。龍元先輩は初心者もいいとこだった。
男性が愛し合う為だけに存在する、やおい穴の存在すら知らないなんて……ッ!
「ふぅ、幸いにしてここにはお勧めできるものがたくさんあります。いいですか? じっくり話し合いましょう」
「あ、あの?! 目が怖――」
………………………………
…………
……
アッーと言う間に時は過ぎ、推しの本を読ませていった。
目は獲物を狙うかのように充血し、鼻の穴は大きく開きすぴすぴ鳴っている。私が。
ちょっと興奮し過ぎちゃったかな? ともかく――
「つまり、障害を乗り越える愛の話なんですよ! ロミオとジュリエットと一緒です!」
「そ、そんな……そうだったのか……! そういう目線で見ると……くぅ、奥が深い!」
龍元先輩も深淵にまた1つ、近づいて頂けたようだ。
うんうん、今度また一緒に語り合いましょう。
「いや、でも……うぅぅ……」
「どうしたんです?」
「さすがにこういったものが一般的じゃないという認識はある……今日はと、友達と一緒に来ていて、その……」
「なるほど」
確かに、ここまでハードなのは受け付けないという人もいる。
それに残念な事に、世の中にはこういったものを忌避する人もいる。
「大事な友達なんです?」
「あぁ、それはもう凄く!」
龍元先輩のように慎重というか、臆病になってしまう気持ちも分かる。
だけど私の脳裏には、趣味をさらけ出しても受け入れてくれた小春ちゃんの顔が過ぎった。
可愛くてカッコよくて、大好きな女の子。私の自慢の親友。
「自分の好きなものは堂々と見せましょうよ」
「……えっ?!」
「向こうも大事だと思ってくれていれば、きっと受け入れてくれるはず。それに、自分の好きなものを受け入れてくれない友達なんて、その程度ってことです。それとも自分を偽って付き合っていくんですか?」
「それは! それは……偽るのは……もうだめだ……」
自分の全てをさらけ出し、抜身の刃で付き合う。
それは互いに傷付け合うかもしれない。だけど大切な事だと思う。
私も、もし小春ちゃんがとんでもない事を言ったとしても――
「大丈夫ですって! 龍元先輩が信じる人ならきっと、理解してくれますって!」
「東野君……わかった、打ち明けてみる!」
「その意気です、龍元先輩!」
「あぁ! このハードな俺ケダを見せて、これが好きなんだって言ってみるよ!」
何か吹っ切れた様子で、俺ケダ1~4巻をもってレジへと向かった。
きっと新たな扉を開いたことだろう。
ふふっ。
今度話すときの話題が出来て楽しみですよ、先輩♪
さて、私は小春ちゃんに声をかけて皆と合流しますかね。
◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ~、結局迷ってスマホケースしか買えなかった~」
「根古川、また今度くればいいんじゃ? 今度はその人と、ね?」
「っ! そ、そうね!」
「ふふっ」
ビルを出て少し歩いたところで、私たちは戦果を見せ合っていた。
もちろん、通行の邪魔にならないような場所でだ。
さっきから根古川さんは興奮冷めやらぬ様子で、キーホルダーがどうとかランチョンマットがどうだとか言っている。
何やら物欲を盛大に刺激されている様子。
うん、わかるよ。
私もこのビルに住めたらどこで何をしようかって妄想する事あるし。
ちなみに私の戦果の本も見せたけど、イマイチな反応だった。むぅ、面白いのに。
「~~♪」
そして小春ちゃんは、ものすごくご機嫌になっていた。
何があったんだろう?
「小春ちゃん、何か良いの買えたの?」
「んふふ~、わかる? 買えたのもそうなんだけど、実はお兄ちゃんと出会ってさ~」
「お兄さんと?」
「そこでね、はい、これ見て!」
目の前に差し出されたのは『お嬢様のお付きの僕はお姉様として学園に通う~イケナイ主従、愛に溺れる~』。
見た目百合カプの男の娘モノだ。しかも……俺ケダに負けないくらいハードな内容、というかこれ紳士本じゃ……?
「一緒に紳士本コーナーで、一緒に見て回って買ったの! 一緒に1冊ずつ!」
「へ、へぇ」
よく買えたね。
ほんと、お兄さん実妹と一緒に紳士本を吟味してとか…よく買えたね。何かの罰ゲームなのかな?
でも――
「一緒に選んで買い物とか初めて……どうしよう、これ封を開けるのがもったいない」
「……」
でもこの小春ちゃんを見てると、ついつい付き合っちゃったお兄さんも気持ちもわかるかな。
だって、あんなに嬉しそうだもん。
「よかったね、根古川さん、小春ちゃん」
「はい!」
「うん!」
みんなニコニコ良い笑顔。
来てよかった。
龍元先輩も友達と上手くいってるといいな。
「………………………!!」
「~~~~~~~~っ!!」
あれ?
お兄さんと龍元先輩に似た素っ頓狂な声が聞こえたような……気のせいだよね?











