幽霊と治療とエルフの少女
エルフの少女を連れて馬車まで戻るとサリファが外で待っていた。
「サリファ、アイン達で様子は見てたでしょ? 怪我してるの、治療をお願い」
「あ、はい。見てました。このくらいならヒール一回で大丈夫かと」
「そ、じゃあよろしく。私は師匠とルルに話をしてくるから。ドリーは一緒について上げて。アーネはこっち」
「お任せを! じゃあドリーさんは包帯の準備を。あたしは彼女にヒールを唱える準備するんで!」
馬車の中へ少女を寝かせ、治療はドリーとサリファに任せる。
アーネを連れてもう一台の馬車へ向かうと師匠とルルが待っていた。
「ルル、ただいま。師匠、戻りました」
「お帰りなさい先生。大丈夫でしたか?」
「えぇ。問題ないわ」
ルルへ返事を返すと師匠がスッと前に出て会話を引き継ぐ。
「それはよかった。で、何があったの?」
「森の中でワイルドファングボアの群れに襲われているエルフの少女を救助しました。その時、群れのボスと思われる個体が居たのですが……」
そのボスの体毛が黒く変色し、巨体になっていたこと。
その内部に風雷山脈で確保した暗黒マナが渦巻いていたこと。
そのマナを体外に放出し確保。その後、ボス猪の討伐に成功したことを報告した。
「それで、群れの方はアーネに頼んでいたのだけど、何か違和感はあった?」
「いや、こっちは普通の猪の群れだったよ。私の斧の敵じゃないね。ただ……」
「ただ?」
「あぁ、シャオ、お前がボスを倒した辺りで数匹残っていたんだけどね。あの黒いのが飛んでった後しばらく動かなくなったんだ。周囲をキョロキョロと見まわしたりね。あれは自分がなんでここにいるのか分からないような、そんな素振りだったよ」
「分からない? それは……ボスの命令で動いていたってこと?」
「そうなんだろうな。普通の群れでもよくあることなんだが、こう、あの猪達はあのボスに操られていたんじゃないか、または、自我がなかったのではないかって、まぁ直感なんだがね」
アーネがニカっと笑って手をヒラヒラと振る。
操られていた……
バッグの方へ視線を寄せる。
その可能性があるとすればやはりあの暗黒マナが原因だろうか?
エアリスの弟も正気を失っていたようだし、あのマナにそんな力があるとすれば辻褄は合う。
「師匠はどう思いますか?」
「……そのマナについては調査しないと分からないけれど、今回と前回の話を聞いて思うことが一つある」
「それは?」
フッと顔を上げて空を見上げる師匠。
「そのマナは放出された後、どこへ向かおうとしていたのかしらね」
……マナの行先。
前回は魔導王国の方とおおざっぱに把握したけれど、すでにここは魔導王国。
確かに、行先か。そこに発生原因があるとすれば……確かこのマナが飛んで行こうとした方向は――
「魔都……」
飛んで行った方向へ顔を向けるとそれを確認した師匠がボソっと呟いた。
「魔都、やはりそこが原因ですかね?」
「可能性は否定できないわね。私としては先代の王のことを考えるとアンブール、王の関与を疑うわ」
「そうですか。まぁそれはまだ憶測なので……そういえば師匠は確か依然魔都に住んでいたんですよね?」
「えぇ。でもそれは数十年前の話よ。今どうなっているか私も分からないわ」
「なるほど。ルルは?」
「魔導王国含め国外の事は姉さま達の管轄ですから。それに私は神王国内のことさえあまり詳しいとは言えません」
「そっか。となるとここはエルフ達から情報を得たいところね。入国できると良いんだけど……」
「貴方達、私たちの国に入りたいのね?」
その声に振り向くと、そこには救助したエルフの少女が立っていた。
横にドリーとサリファも付いている。
「あなた……あまり動いちゃダメじゃない。傷は魔法や薬で塞がっても流れた血はすぐに戻らないわ。どれだけ血を流したと思っているの?」
腹部や頭に包帯を巻いた状態で、彼女はドリーの肩を借りている。
本来であれば安静にして静養させたいところなんだけど。
「分かってるわ。自分の身体だし。あなたの言うとおり、無茶してる。でも、命の恩人の力になれそうならって思ったらね」
「……分かっているなら止めないわ。シャオ、こういう人には何を言ってもしょうがないものよ?」
「……はぁ。あまり時間を掛けても悪いわね。それで、話って?」
「ありがとう。簡単に言えば、私が協力すればあの関所を抜けられると思うわ」
「その根拠は? 失礼だけど若い貴女にそこまでの権限があるの? 今は厳戒態勢でしょ?」
師匠が疑問を投げかけたけどそれは私も思うところだ。
エルフとはいえ、若い少女。彼女だけならともかく私たちまでとは。
「それなら大丈夫よ。歳は確かにまだ100歳を超えていない未成年だけど、私には権力があるから」
自分で権力って言ってるよこの子……
「エルフで権力のある家……あなた、まさか」
「えぇ。遅くなったけど自己紹介をさせてもらうわ。私はエルフの国を治める領主、バルディッシュ家の者――」
少女はその場で礼儀正しくお辞儀をすると顔を上げて名乗った。
「バルディッシュ・ロゥ・リーエン。領主バルディッシュ・エ・ルサイスの妹です。よろしくね?」
ニコっと少女、リーエンは笑った。




