幽霊と救出と大精霊の魔法
エルフの少女の元へ駆けつけるため、浮遊状態で速度を出す。
後ろからアーネとドリーが遅れることなく着いてくる。
アーネは冒険者として鍛え上げた脚力で、ドリーは木々の隙間を縫うように時には蔓を伸ばしてターザンロープにしている。
ドリアードとしての特性、彼女たちは木々に愛され、木々を愛している。
手首に蔦を生やして伸縮自在のロープのように操れる特性は、汎用性がありとても重宝する。
私もあれ出来ないかな……?
種族特性の再現は難しいんだよねぇ。
『マスター、風精が件のエルフを見ているんだけど、ちょっと危ういみたい』
「そう。どんな状況?」
『ワイルドファングボア……猪達だけどエルフの少女を狙って追い続けてる。走りながら弓で抵抗しようとしてるけど、力が足りなくて足止めも出来てないわね』
「そんなに堅そうな体毛を持っているの?」
『いいえ、確かに堅そうだけど通らないほどじゃないはずよ。そもそもエルフの"精霊弓"なら倒すことも可能よ』
「"精霊弓"って?」
『簡単に言えば、精霊の力を溜めて放つ技ね。弓に込めれば"精霊弓"、剣に込めれば"精霊剣"』
「そういえばエルフは精霊との親和性が高いとか。なるほど」
『弓は引き絞って力を溜めるから走りながらじゃ集中できなくて難しいと思うわ……あ、マスター!』
エアリスが慌てるように声を荒げる。
「どうしたの?」
『他より3倍くらい大きい猪がエルフの少女を吹き飛ばしたわ』
「!? ……怪我は?」
『生きているみたい。でもお腹から血が出てる』
「……まずいわね。ドリー!」
後ろを走るドリーに声をかけつつ近づきながら高度を落とす。
「ポーションと薬草関連は常備してるわよね? エルフの少女がケガをした見たい。少なくとも出血しているから血止めが必要ね。手当をお願いできる?」
ドリーは表情を引き締めて肩から掛けているバッグの中身を確認。中身が問題ないと判断したのかこちらを向いて一度頷いた。
「おっけ。じゃあ到着したらドリーはエルフの子の様子を見て。アーネ! 猪の群れが居るからお願いできる? 私はボスをやるから!」
「りょーかい!」
近づいてきていたアーネにも指示を出して再び高度を上げる。
もう目視でも見える距離まで近づいた。ボス猪の姿もよく見える。
確かに他の猪とは体格が違う。大きさも3倍近くあるし、体毛も黒い。
今はエルフの少女へ向いたまま襲うそぶりも見せない。何か待っている?
ボス猪の後ろから群れが近づいてきているからアレを待っている可能性も……でも時間もあまりないか。
『マスター、この距離から大きな一撃をぶつけて時間を稼ぐのはどう?』
「私の魔法は魔法陣が基本だから速効性があって威力の出るものは……」
『悩んでいる時間もなさそう。また私が精霊魔法を使うからその間に考えておいて!』
『え? エアリス?』
エアリスが身体の内から姿を現す。
『大気満ちる風の精霊よ 風の大精霊の名の元、汝に命ずる……』
エアリスが詠唱を始めると周囲の風を取り込むように渦を巻いていく。
その渦の面をボス猪へ向けると加速度的にマナを収束させる。
『大精霊の風撃!』
収束した風の塊が空気を震えさせながらボス猪まで勢いよく飛んでいく。
見えない風の塊に衝突されたボス猪はそのまま真横に木々をなぎ倒しながら倒れこんだ。
「……今のは?」
『私たち大精霊が使える古の呪文魔法で、風撃は周囲の風にマナを混ぜ込んで収束、射出する基本魔法よ。まぁ、簡単な割に威力はなかなかのもので、重宝してるわ』
「……エアリス、今の魔法をエクリプスに登録を――」
『もう登録済みよ唱えながら書き込んでおいたの。古代魔法陣と同じ様式だから組み換えは無理ね』
「流石ね! じゃあ思いついたことがあるの。着いたらすぐに試すから。その前に確認だけど、あの黒いボス猪。あの暗黒マナが原因だと思う?」
『えぇ。弟が纏っていたものと同じ気配がするわ』
「じゃあ対処方法は」
『過分なマナを押し当てて内部から押し出す』
「了解。じゃあ私のプランだけど言葉にすると時間がかかるからちょっと頭の中で考えて伝えるから一旦戻って」
『分かったわ。マスター』
エアリスが体内に戻り、あと数秒で到着する距離まで迫った。
『……というわけで魔法陣の構築までお願いしたいんだけど、できる?』
『大丈夫よ。ここまでの旅の途中にこの魔陣書のメインアクセス権限は譲渡してもらったわ。素直な精霊たちばかりで良かった』
『そう、じゃあそっちはお願い。準備が出来たら声をかけて』
『えぇ』
エルフの少女の前に着地し、背中で庇いながら背後を確認する。
綺麗な金色の髪は汗と土でボロボロに、透き通るような白い肌は擦り傷と出血で赤々と染まっていた。
見ていて痛ましい。それでも、少女を安心させるべく、できるだけ優しく声をかける。
「良かった。間に合ったみたいね……大丈夫……じゃないか、ドリー、見てあげて。薬は好きに使っていいから」
ドリーがポーチを確認しながら少女へ近づいていく。
応急処置は彼女に任せておけばいい。
治療はサリファの元へ帰れば魔法による治療もできる。
チラっと他の群れの方を見るとアーネが斧を振りかぶって一匹、また一匹と屠っていた。
向こうは任せておけば問題はなさそう。
ボス猪は起き上がろうと身体にまとわりつく木々を振り払っている。
少しは時間がありそうね。
振り返って少女の元へ向かう。
「すぐに仲間に見せるから、もう少し我慢しててね」
少女は状況が掴めていないのか瞳を大きく見開いてこちらを見つめている。
やがて、ハッとしたように息を吸い、整える。
「あ、ありがとうございます……じゃなくて、あいつ、普通のボアじゃ」
「分かってる。この黒いマナを、私は知っているから」
正体までは知らないけどね……
腰に下げたブックホルダーのロックを外し、魔陣書エクリプス・ヘリオスを構える。
『マスター、ちょうど今組み上がったよ』
『ナイスタイミング!』
エクリプス・ヘリオスへとマナを込める。
周囲に緑の燐光を放ちながら、エアリスが組み上げた魔法陣のページを開く。
ふぅん、エアリス。その名前を付けるなんて、いいセンスしてるね!
「エアリス、合わせて」
『任せて、マスター』
するとエアリスが身体の内より飛び出して一緒にマナを注ぎ始める。
「『大気満ちる風の精霊よ』」
風の大精霊の導きで周囲、森の外や上空から集った風の精霊達が集まってきた。
第一段階、足りない風のマナの供給源を招集。
「『風の大精霊の名の元、汝に命ずる……』」
起き上がってこちらへ突撃しようとするボス猪の周囲を小型の魔法陣で囲む。
これは前回の雷神鳥のことを踏まえて、一撃の重さよりも数で押し出した方が効果的だろうと判断してエアリスに組み込んでもらった術式。
今回の魔法は大精霊の風撃を小型化し、量産して周囲を囲み、一斉にぶつける魔法。
ループで構築しているいつもの魔法と同じようにエアリスの魔法を複製し、放つだけの魔法。
まぁその中に座標計算とか細かい制御を入れているけどそこは精霊がなんとかしてくれる。
「『大気よ、包め! 大精霊の風撃』」
魔法陣から放たれる無数の風の圧力がボス猪の身体へ襲いかかる。
そして風のマナは上皮を貫通し、内部で渦巻く暗黒マナへと当り、はじけ飛ばす。
何度でも、何度でも、完全に抜けきるまで打ち続ける。
やがて、風に巻き上げられた砂煙がやむ頃、ボス猪の姿は黒い表皮から通常の体毛へと戻り、サイズも一回り大きいくらいまで縮んでいた。
「……大丈夫そうね。エアリス」
『はい、マスター』
上空を見れば体外へはじき出された暗黒マナが漂い飛び立とうとしている。
「あれ、捕まえといて」
エアリスは上空へ手を向けると空気中に風のマナを流して暗黒マナの周囲から圧力をかける。
暗黒マナを囲むように球状に押し固められた空気の球がゆっくりと降りてきた。
『これでいい?』
「上出来!」
暗黒マナを囲んだ球をひとまずバッグへ仕舞い、エルフの少女へと近づく。
「あなたのケガ、仲間に見せたいのだけれど、着いてきてくれる?」
少女はコクッと一度頷くと、安心したのかそのまま気を失った。
「片付いたみたいだね」
アーネが斧を担いでやってくる。
奥を見れば猪の群れは皆倒れ、立っている者は居ない。
「うん。この子のケガをサリファに見せたいから急いで戻るけど、アーネ、運んでもらってもいい?」
「任せな。力仕事は私の領分ってね」
ニカっと歯を見せて笑う。
「よし、じゃあひとまずは馬車まで戻るよ。二人とも、もうひと踏ん張りよろしく!」
「あぁ」
コクッ




