幽霊と風精と索敵魔法
魔導王国内へ風雷山脈を越えて入国した私たちだが、特に検問や村々で怪しまれることなく旅を続けている。
マギリス魔導王国。
魔族と呼ばれる種族が多く住む土地で、代々の国王は魔導王、または魔王と呼ばれている。
魔族の外見は基本は人族にそっくりで違いは多くの魔族が魔法を扱うことができるという点。
故に、魔法使いや魔女の中には魔族の者も結構いるらしい。
実際、師匠も魔族であるわけだし、逆に人族の魔法使いや魔女はそれほど多くはないそうだ。
魔族と聞いて、元の世界の間隔では悪い種族のように感じるが、この世界では特にそういう種族的な悪は存在しないらしい。
魔導王国内にも人族は済んでいるし、旅をしている者も珍しくはないので、村々でも特に怪しまれることもなかった。
そんな魔導王国内にはもう一つ代表的な種族が生活している。
それがエルフ族。
魔導王国内にあって魔導王国に縛られない独立国家のように存在している場所だが、実際は魔導王国の領地の一つでアルスレイン領と呼ばれている。
とはいえ、自他共に独立していて対外的には"アルスレイン自治国"とも呼ばれ、エルフの国と内外で呼ばれているとか。
マーリンも国扱いしてたし、魔導王国側も文句は言ってこないそうだ。
そういう背景もあり、エルフでありながら魔導王国の貴族位を拝命しているのがアルスレイン自治国を治めているルサイス伯爵。
ウィリアム殿下から親書を託された相手。
「この親書を届けるのが表向きの目的だけど、エルフたちの国に入れるのかな? 排他的だったり?」
「私もエルフの国には入ったことはないけれど、昔居た頃は排他的とは聞かなかったわね。エルフの商売人も魔都の方に来ていたから」
「そうなんですか。じゃあ国境、とは違うか領地間の関所もすんなり通してくれるかもしれませんね」
「……そうだといいけど」
師匠は何か気になることがあるのか顔を顰める。
「何か、着に掛かることでも?」
「……エルフ達は先王陛下とも交流が深かったと聞いているわ。もし元陛下の政治になって仲が険悪になっていた場合、他者の介入を防ぐために関所を閉鎖しているかもしれないと思ってね」
確かに、魔導王国内は既に鎖国状態。他国の介入を避けている節がある。
その状態で独立領であるアルスレインに介入をしていないはずはない、か。
「アルスレインはもう少し先なんですよね? 関所の様子を見てきましょうか?」
「……そうね、場合によっては迂回する必要もあるだろうし、お願いできるかしら?」
「任せてください」
御者台から立ち上がり、隣に座っていた師匠に手綱を渡して飛び立とうと準備をしていたが、
『マスター、ここは私に任せてくれない?』
身体の内側から声が響く。
『エアリス? あなたが視てきてくれるということ?』
『いいえ、私は風の守護精霊。風を使えば遠くの様子を視ることも聴くこともできるわ』
『その内容を私が聞けばいいのね?』
『ふふ、残念。私はマスターと感覚の共有も出来るの。だからマスターの目と耳を借りる許可を貰えればマスターが直接視て聴くことが出来るのよ』
なにそれ凄い。
風が入れる場所であれば盗み見、盗み聞きし放題じゃない。
『デメリットは?』
『マナを使うわ。あくまで風の魔法だから、使用時間、それと距離によってもマナの使用量が変わるの。遠ければ多く、近ければ少なくね。それとマスターがここまでの間に話してくれた内容からウィリアム王子が使ったと言う魔法無効化空間みたいな場所では使えないと思うわ』
即座にデメリットも話してくれる。優秀な精霊だなぁ。
『わかった。今回は私が近づく必要もないし使い心地の検証もしたいからお願いするね。私が姿を消して幽霊スキルをフルで使用した隠密と今後使い分けて行くから』
『ふふ、ありがとマスター。その信頼に答えて見せるわ』
エアリスが身体の内側で呪文を唱える。
それに合わせて私の中のマナがググっと吸い取られていった。
少し不思議な感覚、自分で魔法を使うのとはちょっと違うのね。
練り上げられたマナが身体の外に溢れて周囲の空気と混ざり、風を生む。
『風よ視よ、風よ聴け、風精の主が元へ汝の声を届けよ……"風精の輪"』
周囲を回っていた風が空高く飛んでいく。
『マスター、これから感覚を共有するわ。どうする?』
『どうするって?』
『両目、両耳を共有するか、片方だけか』
『あぁ、なるほど。じゃあ右耳と右目だけでお願い』
『わかったわ』
そして右目を瞑るとだんだんと瞼の裏に映像が映し出される。
これが風の精霊が視た景色、右耳からは風を切る音が響いていてあまり聞えない。
「シャオリー? どうしたの立ったままで……どうかした?」
ふと師匠が声を掛けてきた。
そういえば、エアリスと会話しているのは他の人には聞こえないんだった。
「エアリスが私に任せてって言ってるから任せてみようかと思って」
「そう。じゃあエアリスによろしく伝えて」
「分かりました」
『聞いてた? エアリス』
『はい。マスターの師匠さんは優しいですね』
『自慢の師匠なの。あ、師匠には内緒ね?』
『分かってますよ』
そんな会話をしているとやがて右目が関所らしき場所を捉える。
門は閉まっており、その前には耳長の兵士が二人程立っている。
「……関所が見えました。門は閉まっているようです」
「そう、ということは一般には開放していないということね」
そのまま門番の兵士に近づいてみたけれど、特に雑談もせず立ち尽くして待っているだけで情報は得られなかった。
「ダメです。門番も優秀ですね。雑談一つ零しませんよ」
「そう。とはいえ門が閉まっているが分かった以上、迂回するか別のルートを探すしかないわね」「えぇ……そうです——」
『マスター、待ってください。風が別の声を拾いました』
『え?』
「待ってください。師匠、エアリスが何か……」
師匠との会話を打ち切って風の届けてくれる音に耳を傾ける。
視界は既に関所から離れて森の方へ向いていた。
森の奥、葉が擦れる音と木が倒れる音。
草と土が踏まれる音、風切り音。
奥へ奥へ入っていくとその音が大きくなる。
そして、その姿を視界へ捉えた。
金色のブロンドの髪を風になびかせて走る弓を持った少女。
その服はボロボロで土が着いたり破れたりしている。
その少女を追いかけているのは少女の3倍はあるだろう大きな猪の群れ。
確かあれは魔導王国に住む魔獣、ワイルドファングボア。
群れを作って農村の収穫物を襲い、その大きく鋭い二本の牙で民家や民にも犠牲を出す害獣。
「師匠! 左前方の森の中! 女の子が!」
少女の耳は長く尖っていた。それはつまり
「エルフの女の子が猪型魔獣の群れに襲われています!」
「! 分かった。後ろのアーネの馬車に連絡。森の中へ入って少女を救出してくること。メンバーはシャオリー……は私が言わなくても行くね。ならアーネとドリーを連れて行きなさい。私とサリファとルルは残って留守番。馬車を見ている。サリファにはアイン達を出して周囲を警戒させて。アーネなら戦力として申し分ないしドリーは森の中を行くのは得意なはずよ」
「分かりました!」
瞬時にそれぞれに最適な役割を指示する師匠。
さすがは私の師匠だ。
即座に今の指示をアーネ達に伝えるとみんなすぐに顔を引き締めて動き始める。
「さて、魔導王国入って最初の人助けと行きますか」




