【外伝】朝日の森の魔女【帝歴716年】
「……行ったか」
久方ぶりの客人たちを見送り、森は再び静けさを取り戻す。
「それにしても、幽霊族、ねぇ」
久方ぶりの客人、その中でも一層珍しい客人が居た。
幽玄の魔女、ヴィ・シャオリー。幽霊族と名乗った少女……まぁ少女でいいだろう。
見た目は人族の少女と変わらないからね。
彼女は異世界から転生してきたという。
転生。
私のそれとはまた違うようだけれど、似た境遇であることは確かだ。
私の場合、ウンディーネだった頃の記憶は連続した絵を眺めているような感覚で、普段の様子はそれほど鮮明に覚えていない。
感情が昂った時の記憶は強く焼き付いているけれど。
「さて、私も研究を進めようか……ん?」
家の中に入ろうとすると、一羽の火喰い鳥が飛んできた。
彼女たちだろうか? それにしては早すぎる。火喰い鳥を飛ばすくらいなら戻ってくる方が早い。
「あぁ、タルワール君か。この近くまでやってきていたのだな」
火喰い鳥を飛ばしてきたのは懇意にしている神都の商人からだった。
出会いは偶然だ。
彼が魔獣に襲われている所、ちょうど開いていた森の入り口から中に入ってきて、迷いながらここまでたどり着いた。
そんな彼を介抱したのが縁で、こうして近くを通った時は商品を運んでもらっている。
火喰い鳥によると明日の朝には入ってくるそうだ。
今は近くのカボ村で休んでいるという。
「さて、それじゃあ先に調合をしておこうか」
彼との取引で金銭は発生しない。
私は調合したエルフの薬を渡し、彼は私の必要なものを置いていく。
私のエルフの薬は確かに効果が高いが、数が作れず儲けになっているかも怪しい。
それでもこうして取引を続けてくれるのは彼曰く、
『恩義には誠意で返すのが商人です』
だそうだ。真面目はいいことだが、もう十数年も前の話だ。
もう恩も返し切っただろうに、律儀なことだ。
シャオリーが取りに行ってくれた素材のおかげで新しい薬が調合できる。
効果に関しては国の方で検証が終わっている薬だし、タルワール君に預けて人族に仕えるか試してもらうのもいいかもしれない。
エルフの薬が人族に出回ることはあまりないからね。特にここは魔導王国じゃない。
「まぁ、人族が不眠薬を必要としているかは分からないが。使い方次第では有用だからね」
不眠薬はエルフの国では比較的流通の多い薬だ。
効果は月の出ている間は眠気を抑えられる。森の中に国を構えるエルフの国では魔獣や外敵の警戒に兵士を見回りに出している。夜間の警戒時、眠気で不意を突かれてもまずいと開発されたのがきっかけだ。
この薬の副次効果としては"絶対に眠らない"ということだ。
つまり、眠り香を持つ魔獣や、薬、魔法なんかを受けても眠くならない。
エルフの森には眠気を誘って生物を捕食する植物型の魔獣も居るくらいだ。
この薬のおかげで兵士たちの危険もだいぶ下がったと聞く。
「彼女なら、こんな薬に頼らなくてもずっと起きているんだろうけどね」
幽霊族の特徴を教えてもらったが、まず基本睡眠、食事をとる必要がなく、気分の問題だという。
この辺りは精霊族と似ている。精霊族はマナを吸収していればいいからね。
食事からマナを摂取しているようなものだ。
さらにすり抜ける透過、魔法を使わずに浮く浮遊、物を動かせる騒霊。
……いやいや、種族特性だけでどれだけという話だよ。
改めて考えても優位性しか見いだせない。
しかも魔法の多種多様性……魔法を封じられても素の能力が高すぎる。
「とはいえ、攻める方法がないわけじゃない」
彼女の話で魔法の氷に閉じ込められたというのがあった。
透過で通り抜けられるように思えるが、実際は抜けられなかった。
本人は油断していて上手く出来なかったと言っていたし、後日自分で作った氷は通り抜けられたらしい。
けれど、本当にそうだろうか?
彼女の師匠が作った氷の魔法が特殊だとしたら?
ウンディーネの時に覚えがある。
精霊族はマナを吸収する特性があるが、それは魔法で作られたマナも同様だ。
魔法で作られた氷のマナを吸収した時、身体が水になることが出来ずに動けなかった。
あれは水の精霊族として氷が弱点だと思ったけど、もしかしたら、魔法のマナを吸収してしまうのではないか?
その氷魔法が相手にマナを流し込むタイプだったとしたら?
他の属性でもあり得るけれど、それならば精霊族や近しい種族のシャオリーにも効果があるのかもしれない。
今度彼女に連絡をする時にそれとなく確認してみよう。
弱点ではあるだろうし、彼女も知りたいだろうから勝手に研究してくれるかもしれない。
私の研究にも役に立つかもしれないからね。
ふふ、実に楽しみだ。
彼女の存在はきっと、私の乾いた人生に潤いを与えてくれるだろう。
一先ずはこの精霊との会話の研究を進める。
ある程度纏まったら彼女達に火喰い鳥を送る予定だから、もろもろの報告はその時でいいだろう。
「さて、しばらく忙しくなるわね」
調合の準備をしながら、今後の予定を頭の中で反芻すると、自然に笑みが零れていた。




