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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と精霊と風の精霊殿

『ようやく、会えました。私の声が聞こえる人に。そして、この場所へ至れる人に』


 ドリーのような綺麗な緑色の髪、肌は白く透き通る程。

 いや、実際に透けている。それは実体のある存在ではなく、むしろ、私に近い。

 その少女は両目を閉じており、その瞳は確認できない。

 だけどはっきりと彼女は私を見ている。そう感じ取れる。心の目というやつだろうか?


『申し遅れました。私は風の守護精霊。この風の精霊殿の守護を務めております』


 守護精霊? 精霊殿? 聞き覚えのない単語に一瞬戸惑うが、挨拶をされたのなら返すのが礼儀だろう。


「……私は、ヴィ・シャオリー。幽玄の魔女と呼ばれています」

『シャオリー様……貴方のような方を悠久の時、お待ちしておりました』

「どういうこと? それに貴方、精霊なのでしょう? 言葉をどうやって……」

『お話したいことは多々ありますが、今は時間がございません。一つ、お願いを聞いていただけますか?』

「……内容によるわ」

『先程、貴方と戦っておりました彼を、助けてほしいのです』

「彼? 雷神鳥(サンダーバード)のこと?」

『はい。彼の本来の役目は風の守護獣。私と同じ、この風の精霊殿の守護者です』

「守護者……まぁ、ここがどこで何をする場所なのかは知らないけれど、その守護獣がどうして上で暴れているの?」

『黒いマナが原因なのです……数年前から、南西より流れ来る黒いマナが、彼を侵し、狂わせてしまった……』

「黒いマナ? 闇属性の?」

『いいえ、それとは違うマナです。闇属性のマナは言わば美しい漆黒の黒。対してあのマナはそう、淀んだ薄暗く不気味な黒なのです』


 闇属性の黒マナとは別の、黒いマナ……

 マナは基本は6種類、各属性の対応する色で見分けられる。

 火なら赤、水なら青、風なら緑、地なら黄、光なら白、闇なら黒。

 淀んだ黒……闇属性を彼女に倣って"漆黒"と例えるなら、その淀んだ黒は"暗黒"とでも名付けようか……少し、安直かな?


「闇属性ではない黒いマナ……仮に暗黒マナと呼ぶけど、その暗黒マナが原因で風の守護獣は暴れている、と」

『はい。本来は風と雷を纏う鳥の姿をしており、私と同じくらいの大きさだったのですが、あの暗黒マナが彼を侵食した結果、元々の風のマナと混ざり合い、あのように膨張した姿になったのです』

「膨張……本来のマナとは別のマナを取りこんだことで変異したのか……それで、助けてと言うのは?」

『はい。彼の中からあの暗黒マナを追い出していただきたいのです』

「追い出すって……どうやって?」

『方法はあります……大量の風のマナを体内に送り込んで暗黒マナを吹き飛ばすのです』

「淀んだ空気に新鮮な空気を送り込んで換気するイメージ?」

『そのイメージで問題ありません』

「なるほど。確かに、私はそれが出来なくもない。でも、どうして私なの?」

『この場所へ至ることのできる者。それはこの場所がどこにあるか、それが答えになっています』


 この場所がどこにあるか、か。

 あの時、下に引っ張られたけれど、遺跡のような場所はなかった。

 てっきり地下かと思ったけれど、それじゃあ人の手なら来ようと思えば来れる。

 風と雷が吹き荒ぶとはいえ、ここは山。

 掘ろうと思えば穴さえ掘れるだろう。

 もっと、特殊な場所……そう、例えば


「地脈、の中……」

『流石です。その通り。ここは地脈の中に作られた精霊殿です』

「なるほど。それは、普通の人には到達できないわね」

『はい。あなたは特殊な存在のようですね。精霊とも、人とも違う。まるで我らが主のよう……』

「主?」

『……その話はゆっくりとした時に。今は時間がございません。彼がこの上に居る今が好機なのです』

「さっきから結構話しているし、もう飛び去ったのではなくて?」

『ここは外との時間の流れとズレがあります。今飛び出せば貴方がここに来てから数秒で出れるでしょう』


 時間の流れが違う。なるほど、地脈の中はそういう力が働いているのか。

 各属性のマナが奔流として流れている場所だから、光や闇の影響を受けて時と空間を捻じ曲げているのかもしれない。


「理屈は分かった。とにかく、貴方は困っているのよね?」

『……? はい、とても、困っております』

「なら話は簡単よ。私は、この手が届く範囲に居る困っている人には手を差し伸べる。それが私の信条。曲げられない心。だから、助けてあげる」

『……ありがとうございます』


 さて、そのためには少し準備が必要ね。


「少し、ここで準備するけど、猶予は?」

『数分であれば誤差はそれほどありません。彼もまだ、上に居ます』

「分かった。これからここで魔法の準備をするけど、まぁ、色々な話は終わってから聞かせてもらうわ。まずは、貴方の大切な彼を助けましょう……"エクリプス・ヘリオス"」


 腰の魔陣書に手を当てて、精霊達に命令する。

 スフィアを展開して、最適な魔法を構築するために。


「……風の大出力の魔法……前に作成した台風を発生させる魔法がちょうどいいか。"暴風の渦"を中核に、それを体内に送り込むためのカプセルが必要……あの身体はすぐに通り過ぎるから体の中で静止する方法を考えないと。いや、大きな威力を一か所じゃなくて分散させて? そんな武器を前にアニメで見たなぁ。散弾銃……のもっと大きな奴。あれをイメージして……」


 時間もないので作成済みの魔法を組みまわせて新たな魔法を組み上げる。

 基本属性は風。その風を送り込むために地属性でコーティングし、起爆用に火属性を使用。さらに空間魔法である闇を使った変則四属性魔法を組み上げた。


「……よし、これならなんとかなりそう」

『……今のは、魔法を作り出したのですか? この短時間で?』

「一からじゃないよ。元々作っておいた魔法を組み合わせて回路を繋いであげただけ。突貫工事だけど、威力と範囲は十分なはず」

『……貴方は……いえ、そうですね。ここまで至れるのですから、それほどの力を持っていてもおかしくはない。彼を、弟を頼みます』

「……弟……あーなるほど。うん、分かった。任せて」


 弟かー。てっきり彼氏みたいな関係かと思ったけど。


「さて、問題はこの魔法をどうやってぶち込むかだけど。あの雷、私の身体にも効果があるみたいなのよね。さっき指先にピリっと来ていたし」

『彼の、精霊獣の力は万物へ影響を及ぼします。精霊だろうと例外ではありません。貴方は……精霊とは違うようですがこの世界に生を受けている以上、例外ではないかと』


 なるほど。やっぱり特殊な雷だったわけね。

 霊体化して透過状態でも油断しちゃダメってことか。


「この魔法、撃つのに止まらなきゃいけないし、相手も止まっていないと厳しいから時間かかるかもしれないけど、まぁ、やってみるよ」

『それでしたら、私がお手伝いできるかと』

「ほんと?」


 少女はニコっと笑った。


 ◆


「なるほど……出来るの?」

『この直上に誘導していただければ。元々彼と私の力関係は横並びですから。少しの間ならば』

「おっけ。じゃあ急造コンビだけど、頑張って彼を止めましょうか」

『よろしくお願いします。シャオリーさん』


 そう言って彼女は風が切るような音の呪文を唱える。

 その呪文は聞き取れなかったが、その直後、足元から緑の燐光と共に魔法陣が現れた。


『地上までお送りします。こちらに戻られる時はこの上で地脈に飛ぶイメージで転移すれば問題ありません。それでは、ご武運を』

「えぇ。任せて。必ず助けるから」

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