幽霊と異変と再会の夜
翌朝、朝食を取り、ボトラさんに感謝を告げてから馬車でグルタ村へ向かう。
1時間程走らせるとグルタ村が見えてきた。
ボトラさんはこの村に本宅があり、森の近くの小屋は仕事用らしいのだが、鳥達の世話等で村を行き来するよりは住んでしまった方が楽で良いとそのまま暮らしているらしい。
こちらの本宅には息子夫婦と子供達が住んでいるらしい。
泊めてもらったお礼に何かすることはないかと聞いたところ、息子夫婦へ取れた野菜類を届けてほしいと依頼された。
それくらいならばと引き受けて、現在ボトラさんの本宅前に停車している。
「すいませーん」
ノックをして声をかけると奥から歩いてくる足音が聞こえる。
「はい、えっと、どちら様ですか?」
「初めまして、私は昨晩森の近くのボトラさんの家に宿泊させていただいたシャオリーと申します。こちら、そのボトラさんから息子さん夫婦宛に届け物を預かりまして。失礼ですが奥さんですか?」
「あ、はい。私がトラガの妻、マエルと申します。なるほど、お義父さんから……わざわざすいません。何もないですが良ければお茶でもどうですか?」
「いえ、旅を急ぐのでこれで。また寄ることがあれば顔を出させていただきます」
トラガというのは息子さんの名前だろうか。そういえば、名前は聞いてなかった。とはいえ家の場所は間違ってないし問題ないか。
「そうですか。分かりました。こちら届けて下さりありがとうございます。お義父さんは、元気そうでしたか?」
「えぇ、とても元気でしたよ」
「良かった。しばらくこちらに戻られてないので心配してたんです。最近は街道に魔獣も出ると聞いていたので」
「魔獣ですか。それは森向こうのマンティコアのことですか?」
「いえいえ、そんな遠い所のことは全く。ここからカナーン村に向かう途中で雷狼の群れを見たと商人の方が。なのでお義父さんの方も大丈夫かなと」
「そうでしたか。私達が来たときは見ませんでしたから多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます。でもこの村に来たということはカナーン村へ行かれるのでしょう? 道中お気をつけて」
「えぇ、ありがとう。それじゃ」
マエルさんと分かれて馬車に戻り、私が乗り込んだのを見てドリーが馬車を走らせる。
「ちょっと嫌な話を聞いたわ」
マエルさんから聞いた雷狼の話を伝える。
「マンティコア・ブルにしても、雷狼にしても、こんな人里近くまで下りてくる魔獣なんですかね?」
「いいえサリファさん。マンティコア・ブルは森の深奥を住処にする大型魔獣。人の目に触れることは滅多にありません。雷狼にしても、本来は風雷山脈を生息地とする山の魔獣です」
「でもルルちゃん? 実際ここまで下りてきているわけだし」
「まぁまぁ、それは結論の出ない話よ。共通しているのは人里に下りて来ない魔獣が出てきていること。もし出会ってしまったら、まぁ、撃退しないとならないわね」
「そうですね! とりあえずさっきアイン、ツヴァイ、ドライを周囲の探索に出したので、異常があれば報告します!」
「分かりました。私も準備だけはしておきます」
「よろしく」
議論に発展しそうな所を解散させる。
議論している間に襲われたら元も子もない。
ただ、雷狼が下りてきている。それはつまり、下りなくてはならない事情があった。または、
「山の上の何かに、追い出された?」
山から下りて来た魔獣が麓の森を荒らし、荒らされた元々住んでいた魔獣が森から追い出されるように街道に出て来たのなら。
今から向かうあの山で、何が起きているのだろうか?
一抹の不安を胸にカナーン村へ近づいて行く。
道中、雷狼に襲われることなく、夕日がまだ見えるくらいにはカナーン村付近へと着くことが出来た。
村の中には入れないため、近くの森へ馬車を近づけて簡易な野営の準備を始める。
祭事は夜に行われるため、山道が開くのも夜。それまで幾ばくか猶予があるため、ここで休憩を取ることにした。
「この辺りに、シュナスさんが居らっしゃるんですよね?」
「うん。まだ山を越えては居ない筈だから。こっち側にいるはずだよ」
「そのシュナスさん? でしたっけ。村に入って居なくて、山道に向かうならこの近くに居る可能性は?」
確かに、師匠も山越えを目指しているなら、この近くに居てもおかしくは……
チリン
「……ッ!? 鈴が勝手に!?」
慌てて服の中から鈴を取りだして、周囲に向ける。右に、左に、後ろに。
そしてある一方向に向けた瞬間、
チリンチリン
と大きく鈴が鳴った。
居る。
チリン
この先に居る。
そう思った瞬間、他の事を放り出して、私は宙を駆けた。
チリンチリン
森の木も、葉も、動物も、全てをすり抜けて一直線に駆け抜けた。
開けた場所に泊められた馬車が見える。
薪を運ぶ音が聞こえる。
人影が、見える。
人影はこちらに気づいた様子で、一瞬驚いた顔をしたかと思うとすぐににっこりと笑った。
その人影に向かって勢いよく飛び付く。
勢いが良過ぎてそのまま人影と共に倒れて地面に転がる。
周りには驚いた顔のアーネが居た。久しぶりだ。でも、それよりも
「……どうして、置いて行ったんですか……?」
人影は答えない。
「……どうして、私を頼ってくれなかったんですか……?」
「……私じゃ、頼りなかったんですか? 足手まといになるからですか?」
私の下で、困った顔を浮かべて笑っている人は、頬を指でかきながらようやく口を開いた。
「……どうしてだろうねぇ。頼りない、ってことはないよ。むしろ頼りにしてたさ」
「じゃあどうして……」
「……大事だったから、かな。それでもどこかで置いてきたことを後悔もした。そして、追いかけて欲しいとも思ってた」
「だから、この鈴を直前に渡したんですか?」
「そうかもしれないね。でも、それが治ったのは偶然だ。あの直前で渡したのも故意じゃない」
「……ヴィロ様が導いてくれたのかもしれません」
「かもね。でも、本当に追いかけて来てくれるなんて」
「追いかけますよ。言いたいこともたくさんあるんですから。でも、会えて良かったです……師匠」
「お前、そんな泣き虫で甘えん坊だったのかい? 手のかかる弟子だね、シャオ」
ようやく会えたことで、抑えてた感情が爆発したようだった。
溢れる涙が零れ切るまでに、少し、時間が掛かった。




