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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と精霊と再開の旅路



「貴方に憑依させて欲しい。貴方の全てを見せて欲しい」


 ドリーは広げた両手をそのままに目を閉じる。

 それが答えだと、受け入れる準備は出来ていると、そう言っている。


 ふわりと地面から飛び上がり、両手広がるその場所へ抱きつくように飛びこんだ。

 触れ合い、重なり合った部分から溶け込むように一つになる。

 ドリーが、受け入れてくれているのが分かる。

 今まで、ここまで完全な同意の上での憑依はなかった。

 まるで深い海の底に潜る感覚。そして潜れば潜るほど暖かい気持ちが周囲を満たす。


 この暖かさは優しさ、これまでにドリーが感じて、想ってくれた気持ちの奔流。

 深海に向かっているはずなのにその奥底は光が満ちていた。

 その光の中心へ到達し、そして私は、ドリーと一つになった。


『シャオ』

「ドリー……こうして、直接言葉を交わすのは初めてだね」

『うん。私も嬉しい。本当はゆっくり語り合いたい。でも』

「分かってる。余り長くこの状態で居るのは、良くないよね」


 今、私とドリーは心で、魂で重なり合っている。

 この状態がどんな影響をもたらすか、正直分からない。ただ、本来あるべき形から逸脱した状態だということは分かる。

 なら、あまり長くあるべきではない、と思う。ドリーも同じ考えのようだ。


 こうして重なり合っているだけで、ドリーの感情も、記憶も、まるで自分のモノのように感じることが出来る。


「ドリー……やっぱり、貴方は仲間を……」

『シャオ、それはもう、終わったこと。それに貴方だって、世界を越えた先に残した家族のこと』

「……そうね。ドリーはもう、整理できてるのに、蒸し返すのは良くないわね。私が気にかけているのは確かだけど」


 お母さん、お祖母ちゃん……母子家庭に育った一人娘として、二人にまだ何も返せないまま旅立つことになったのは、今でも心の隅で私を締め付ける。

 それでも、この世界で生きることを選ばなければ、こうして後悔することもできない。

 向こうで生まれ変わってもそれは私ではない別の誰か。

 元の世界に戻る……それを夢見たことは何度もあった。だけど私は既に死んでいる。


「うん。やっぱり私はこの世界で生きると決めた。だから、家族のことは今ここで」


 心からの感謝を込めて、ただ、祈る。無意味であったとしても、決別の意志を込めて。


 ありがとう、お母さん。不出来な娘で、ごめんなさい。

 ありがとう、お祖母ちゃん。孫可愛がりしてもらったのに、何もしてあげられなかったね。

 お父さん、お祖父ちゃん。私、死んだけどしばらくそっちには行けそうにないから。

 むしろそっちのあの世に行けるかも分からないけれど。


 ありがとう。私は遠い、空も繋がっていないこの世界で、頑張るから……さようなら。


 想いを込めて祈ったその手から光が溢れる。光が空で小さく収束するとそのまま天に昇っていった。

 遥か上に四足のシルエットが見える。

 あぁ、そうか。


「……ありがとうございます。ヴィロ様」


 シルエットは光を咥えてそのまま彼方へ駆けて行った。

 これで私の心残りは、消えた。


「お待たせ、ドリー。それじゃあ」

『うん。シャオ。私はいつでも大丈夫だよ』


 この精神、魂の世界でさらに向かい合う私とドリー。

 そして再び手を重ね合わせて、今度は身体だけじゃなく心まで完全に重なる。

 一つになる感覚。これがドリー(シャオ)の……


 ◆


「ん……」


 気が付くと木々の葉と空、そしてドリーの顔があった。

 どうやらドリーの膝を枕に横になっていたようだ。

 憑依による同調は終わっており、今は現実の世界で二人きり。


「おはよ、ドリー。調子はどう?」


 左手でサムズアップするドリー。あぁ、ドリーの声はもう聴こえない。


「そっか。よかった……え? 知りたいことは分かったのかって? うん、大丈夫。元々器官を持っている貴方には分からないかもしれないけれど、存在しないものを感じるのは結構楽だったわ」


 名残惜しいけれどドリーの膝枕から頭を起こす。パッパと服の土を払い、グッと背伸びをした。

 肝心の精霊がマナから声を受信する器官。仮に"精霊器官"と名付けるけど、この器官の場所は把握した。

 場所としては心臓の近く。

 元々マナは身体を巡る時、心臓辺りから血液を送り出すように廻っている。

 つまり、全身を通ったマナは最終的に心臓辺りに還ってくると言うことだ。

 そう考えれば、合って当然の位置と言えるだろう。

 外界から受け取ったマナを全身を駆け廻らせて心臓近くの精霊器官で受信。

 それを頭……ではなく、物理的な場所ではない、そう、敢えていうなら心で受け取っている。


「さて、じゃあ戻ろうか。外に出てきて結構経っちゃったみたいだ……し……」


 戻ろうと家の方を見れば、こちらの様子を伺っているマーリン、サリファ、ルル。

 私に見つかったことを悟ったのだろう。

 マーリンとルルは堂々と、サリファはどこか後ろめたさを感じたのか俯き気味に。


「いやー帰りが遅かったからちょっと様子を見に、ね。そしたら彼女の膝で熟睡のようだったからね」

「ひとまず様子を見ましょうと提案しまして。お二人の仲が良くて安心しました」

「その、こっそり様子を見てて申し訳ありません!」


 どうやらあの告白もどきは聞かれていないみたいだ。よかった。流石にあれは人に聞かせられるものじゃないしね。


「心配を掛けたわね。ありがとう。代わりと言ってはなんだけど、マーリン、貴方の研究を進めるための鍵、見つけたわよ」


 そう言うとマーリンは一瞬目を見開いてガッと詰め寄る。


「そ、それは本当か!?」

「え、えぇ。ドリーの協力でマナを受け取る器官、仮に精霊器官と名付けるけど、その場所と仕組みは把握したわ。後で解説と書面にまとめて上げる」

「おぉ! それは本当に私が知りたかったことだ! ちなみに、それはヒトにも再現が可能な物なのか?」

「それを調べるのが貴方の研究でしょ? 私だってその答えが知りたいわ」

「確かに確かに。その答えこそ研究する価値のあるものだ! 何よりこの研究が軌道に乗れば様々な応用が」

「はい、そこまで。そこから先は後でにしましょう。皆もいるし」

「そ、そうだったな。すまない。取り乱した」

「いいのよ。気持ちは分かるから」


 このまま魔法の理論と研究について話そうとするマーリンを抑えて、家の方へ戻る。

 ドリーは台所へ向かって少し遅めのお昼ご飯を作っている。

 そういえば朝早くに出たからだけど、まだお昼なんだな。夕方までに出発して森を抜ければ予定通りの日程に戻れる、はず。

 サリファはこういう魔女の家が珍しいのか、道具や家具を眺め、持ってはひっくり返したりしている。

 マーリンが止めないと言うことは問題ないのだろう。


 サラサラと紙に私が知りえた情報を書き記しておく。

 精霊器官の場所、どうやってマナから言葉を、声を、情報を得るのか。

 ドリーと重なったことで分かったことを全て。

 私に再現ができなくても。かつて精霊族であったマーリンなら、方法を見つけてくれるはず。


「はい。これが私が知りえた情報」

「おぉ! なるほど、心臓の辺り。そして脳ではなく、心、か……言われてみれば、耳や頭で理解していた気はしないな。うん」

「よろしく。研究成果は後で教えてもらえると助かるかな。聞きに来ればいい?」

「あーシャオリーなら出来るんだろうけれど、定期的に来てもらうのもどうかな? どうせなら火喰い鳥を飛ばして連絡しよう。ちょうど家に1羽飼っているんだ。まだ他の火は食べさせていないからね」

「そう? じゃあそうして貰おうかしら。火は……後で馬車にランタンを吊るしておくわ。消えないように魔法陣で」

「あぁ、それでいい。後で火を覚えさせよう。そういえば、お茶会は途中だったけどシャオリーは何か詰まっていること、ない?」


 詰まっていること、か。


「精霊魔法に関係するか分からないけれど、私の魔法、一度発動したら変更できないのよ。例えば、風の槍を作ったら飛ぶ方向まで魔法陣を組む中に仕込むんだけど、自由に操れたらいいなって思うこともあるわ」

「なるほど。魔法発動後の操作性、ね。ならちょうどいいのがあるわ」

「ほんと?」

「精霊にお願いするんだけどね。発動した魔法に精霊を添えて、精霊に命令して起動を変えたりするの。命令する時はマナを乗せてね。そうすると精霊がある程度は動かしてくれる」

「なるほど、そんな手が……」


 それが出来るなら魔法の幅が広がる。一度発動してから精霊が動かせるなら、発動から発射までの待機時間とかを設定しなくても済むし、狙いも修正できる。

 戦闘用じゃなくても色々応用ができそうだなぁ。


「それ、教えて貰ってもいい?」

「もちろん。ちょっと前に本にしたんだ。持って行ってくれ」

「いいの?」

「あぁ。私は頭に入っているし、使っていないからね」

「じゃあどうして本に?」

「研究者ってのは後世に成果を残したいと、そう思うものじゃないかい?」

「……そうね。私にも分かるわ。じゃあそれはありがたく受け取らせてもらう」

「うん。役に立たせてくれるとうれしい」


 それから夕方までの間、マーリンと友誼を育み、ドリーの料理を食べながら過ごした。

 魔法についてここまで議論できたのは初めてかもしれない。

 師匠とは議論と呼べるものはあまりしてこなかったし、ルルは弟子。

 ドリーは話せないから、私が一方的に話すだけだった。


「ありがとう。有意義な時だった。また近くに来たら寄ってくれ。歓迎するよ」

「えぇ。そうさせてもらうわ。アクエリアスのことだけど」

「分かってる。人を驚かせないように、だろ? 気を付けるよ」

「よろしくね。ふぅ、これで依頼は完了ね」

「はい。後は森の出口から連絡すれば完了です」

「そういえば、シャオリー達は魔導王国領へ行くんだったね。エルフの国へは?」

「ちょうど行く予定があるわ。渡さなきゃならない手紙もあるし」

「そうか。じゃあついでに私の手紙も届けてくれないか?」

「手紙?」

「あぁ、妹への手紙だ。国を出てから一度も連絡したことなかったが、話をしていたら気になってね」


 スッと懐から手紙を取りだす。どうやらもう書いていたようだ。


「前から書いていたんだ。でも渡す方法とタイミングが無くてね」

「いいわよ。ついでだもの。妹さんの名前は?」

「妹も加護持ちのなんだ。ロゥ・リーエン。出来は私より良かったからもしかしたら偉くなってるかもしれないな」

「分かった。エルフの国に着いたら探してみるわ」

「よろしく頼むよ」


 マーリンの家を後にして、馬車で森の出口へ向かう。

 夕暮れが近くなって薄暗くなった森は少々不気味だ。

 だけど道に迷わないように森の精霊達が協力して道を教えてくれている。

 彼らはマーリンのこと、本当に好きなようだ。

 ルルはマーリンの使わない魔導書を譲り受けたみたいで読書に夢中だ。

 サリファは精霊魔法の練習なのか小型の鳥を複数召喚しようとしているようだ。

 マーリンから精霊の扱い方の指南でも受けたのかな?


 ドリーに御者を任せて荷台でマーリンから受け取った精霊魔法の研究資料に目を通す。

 火喰い鳥に覚えさせるために新しく取りつけたランタンの灯りがちょうどいい。

 火の精霊に周囲のマナを集めるように命令しているから消そうと思わなければ灯し続けるランタン。

 火力の調整は出来ないが、今読んでいるこれを取り込めればそれも可能になるかもしれない。

 そしたら料理とかにもこの魔法が使えるかな?


 予定になかった寄り道で、ちょっと長いし過ぎたが、これで本来の旅に戻れる。

 懐から鈴を取りだし、前方へ向ければチリンと小気味よい音が鳴り響く。

 師匠はこの先に居る。


 もうすぐ、師匠に会える。


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